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第6章:心の変化

【SIDE:日野美鶴】


 今日の家庭教師の相手は中学3年生の華奈(かな)と言う女の子だ。

 今年受験と言う事で家庭教師を頼むことになったので、今日で4回目。

 とはいっても、彼女はすごく優秀な子なので、そんなに焦る事もない。

 去年受け持った子は1年間、すごく頑張らなくちゃいけなかったので安心だ。

 

「それじゃ、この問題の答え合わせをするわね」

 

「はい、お願いします」

 

 彼女の部屋で指導をしていると、ふと彼女がこちらを向いているのに気付く。

 

「どうかしたのかしら?」

 

「いえ、先生に元気がないのでどうしたのかと思いました。何かありました?」

 

 何かと言われて思い浮かぶのは先ほどの出来事。

 偶然に街中で出会った大河内クン。

 彼は見なれぬ女性と仲よさそうにしていた。

 まだ知りあってそう何度も会っていないし、私自身も興味を持ってるだけ。

 それなのに、彼のそういう行動を見てしまうと心が痛む。

 

「そうね。少しだけ」

 

「それって男の人の事でしょう?」

 

「な、なぜそう思うの?」

 

「だって先生ってすごく男の人にモテそうですから。恋愛とかで悩んでいるのかなって思ったんですよ。違います?」

 

 華奈はからかうというよりも興味があると言った口調だ。

 中学生くらいだと恋愛にも興味があるものね。

 私は採点をする手を止めずに彼女に話をしてみる。

 

「そうね。私もこれまで何度も恋愛はしてきたわ(片思いオンリー)」

 

「先生の悩みって何なんです?話してみてくださいよ」

 

 彼女にそう言われて私は大河内クンの話をしてみた。

 気になる相手に別の女性の影。

 よくある話だし、それが彼の恋人ではないと思う。

 本人だって恋人はいないって言っていたもの。

 

「怪しいですね。それって、友達以上恋人未満ってやつじゃないですか?」

 

「……すぐにでも恋人になるかもしれない相手?」

 

「そうですよ。私の友達もそんな子がいます。本人同士はくっつ気がないのに、周りから見れば恋人にしか見えない関係。あとはきっかけだけって感じです」

 

 華奈の言っている意味は分かる。

 大河内クンは純和風なすごくいい男だもの。

 彼に惹かれる人間がいてもおかしくない。

 

「……先生はどうするんです?相手のこと、気になるんでしょう?」

 

「気にはなるけれども、ここは相手の出方を見てみる、かな」

 

 そう、無暗にあの子誰?なんて迫れるほど、私達の関係は近くない。

 まだまだ先輩と後輩でしかないのに、そんな話はできないの。

 気にはなるけれど今は様子を見るくらいしかできそうにもない。

 

「先生って大人ですね。私なら無理かも。絶対に相手を問い詰めてしまいますよ」

 

「華奈は好きな子はいないの?」

 

「この前、失恋しちゃって。それ以来、恋はしてません」

 

 私は採点を終えて彼女に答案を返す。

 

「そうなの。華奈もいい恋愛ができるといいわね。これ、答案よ。正解が多いけれど、簡単なミスが何ヶ所かあるわ。もう少しだけ落ち着いて問題に取り組めばいい」

 

「分かりました。気をつけます。恋愛の方も、頑張ってみますね」

 

 彼女はにこっと笑い、私もつられて笑う。

 

「気になる相手がいるなら、積極的に攻めてみればどうです?先生って綺麗だし、迫られて嫌な男の人なんていませんよ」

 

「くすっ。そう?頑張ってみようかしら」

 

 私はそう言ってほんの少しだけ気が楽になっていた。

 まだ何も分からない、憶測だけしかないのだから。

 下手に気にして滅入る場合ではない。

 


  

 

 華奈の家庭教師を終えて私は家に帰ると、大河と梨紅さんがリビングでじゃれていた。

 訂正、じゃれてと言う表現というよりイチャついていた。

 ソファーにふたりで座りながら身を寄せ合ってテレビを見ている。

 ……弟のこういう光景は姉としてあまり見たくない。

 

「あっ、おかえりなさい。美鶴さん」

 

「梨紅さん。来ていたの?」

 

「土日の間、梨紅ちゃんの両親がふたりで旅行にいくらしいんだ。だから、梨紅ちゃんは2泊3日、うちでお泊りさせることにした。悪いけど面倒をかける。姉ちゃん、いいよな?」

 

「別にかまわないわ。梨紅さんは私の部屋で泊ればいい。でも、今日の夜から?」

 

 今日は金曜日、明日からでも良い気がするけど。

 

「もう夕方から出かけているんです。パパとママ、仲が良くてよく二人で旅行をしているんですよ。今回は東北の方へ行くって言ってました。帰りは日曜日の夜なんです」

 

「へぇ、そうなの。今回のお泊りは許可は出ているの?」

 

「当然ですよ。私一人だと不安なので先生に預かってもらいなさいって」

 

 梨紅さんもまだ中学生、ひとりで置いておくのは不安も多い。

 そう言う意味では大河は彼女の両親に信頼されているんだろう。

 あんまりがっつくタイプでもないし。

 

「寝る部屋だけ、分ければあとは好きにして。夕食はもう食べたの?」

 

「うん。さっき、食べてきた。姉ちゃんはこれから……?」

 

「そうね。今日は作るのが面倒だから外に出て食べてくるわ」

  

 何だかこれから自炊という気持ちになれない。

 何気にまだ大河内クンの事を引きずってる。

 あの親しそうな子とどういう関係なのか。

 そう言うのって気にしたらどうしても、気になって仕方ない。

 私は家庭教師用の荷物を置いて、もう一度外へ行くことにする。

 

「へぇ、姉ちゃんがそう言うのって珍しいな。いってらっしゃい。夜だから気をつけて」

 

「何かあったら連絡するわ。連絡があれば3秒で助けにきなさい」

 

「え?殺しかけ寸前の犯人を?」

 

「……大河。私もか弱い女の子だってことを分かってる?」

 

 大河は「むしろ、襲いかかった犯人がボコボコにされる光景しか目に浮かばない」と肩をすくめて笑って言った。

 私も女なのに、どういう意味なのかしら。

 

「大河、帰ったら覚えてなさい」

 

「……まぁ、何かあったら言ってくれ。助けにくらい行くからさ」

 

「ふんっ。返り討ちにするから大丈夫よ」

 

 私が拗ねると梨紅さんと大河に笑われてしまう。

 もうっ、私は普段から二人にどう思われているの。

 

「うわぁ、ねぇ大河さん。見て。あの料理、すごく美味しそう」

 

「おー。すごいなぁ。テレビで見るとうまそうに見えるけど、実際はどうなんだろ?」

 

「絶対に美味しいよ!食べてみたいって思わない?大河さん、連れて行ってよ」

 

「そうだな。あの辺なら、値段も悪くないし今度行ってみるか」

 

 何だかんだでラブ甘な恋人同士。

 再び見つめ合ってイチャつく彼らを背に私は家を出る。

 


  

 

「……いい風ね」

 

 家を出ると心地よい春の夜風を感じた。

 月がないので今日は少し夜道が暗い。

 街灯に照らされた静かな夜道を歩いて行く。

 

「まだ9時過ぎなのに、誰もいないのも珍しいわ」

 

 この時間帯ならまだ人通りは多少あるのに、今日に限ってない。

 

 ……コツン。

 

 その違和感に気づいたのはしばらくしてのことだった。

 あと少しで繁華街にたどり着くと言う時に、背後から聞こえてくる足音。

 私と同じように歩いている人がいるのは普通だ。

 気にする事はない、そう思っていたのに。

 

 コツン、コツン……。

 

 夜の道に響く足音、私と歩調を合わせるような不思議な感じ。

 私は直感的に嫌な予感がした。

 この付近には数ヶ月前から若い女性を狙った痴漢がいるらしい。

 変質者の噂が絶えない事は知っていたけど、実際に遭遇した事はない。

 

「……まさか、ね」

 

 私はバッグから手鏡を取り出してこっそりと背後を見てみる。

 後ろから私のあとをついてきているのは男の人のようだ。

 この道はほとんど一本道なので目的が同じだけに違いない。

 そう思うのに、彼はこちらとほとんど歩調がずれることなくついてきていた。

 男の人ならとっくに私をぬかしてもいいはずなのに、距離を詰めるでもなく距離を取り続けられている。

 気のせいじゃない、予感が確信に変わり始めていた。

 まさか本物の変質者に追われるなんて思いもしていなくて。

 私は動揺している自分に気づく。

 ハッ、この私が変態相手に臆するなんてありえない。

 何かされても返り討ちにしてやるわ。

 そう、心で思うのに僅かに震える指先。

 ……怖い。

 素直に認めたくない感情が私にある。

 振り返るのが怖いので、足音だけに集中してしまう。

 だから、私は目の前の相手に気づくのが遅れてしまった。

 

「きゃっ!?」

 

 軽く前から来た人にぶつかってしまう。

 私を抱きとめた相手にビクッとして、相手の顔を見た。

 

「あっ、ごめんなさい。……あれ、日野先輩じゃないですか?」

 

「お、大河内クン!?」

 

 私は思わず彼に抱きついてしまう。

 背後から迫っていた男はそのまま私達の横を無言で通り過ぎて行く。

 考え過ぎだったのかしら?

 私はそう思っていたのに、彼が真横を通りすぎる時に背筋が凍る。

 

「……チッ」

 

 私に舌打ちをして立ち去っていく男。

 

「えっ……!?」

 

 私はドキッと心臓が高鳴り、怖くなっていた。

 男は再び闇夜の道へと消えていく。

 

「本物だったの……?」

 

 呆然とする私を大河内クンは不思議そうに「大丈夫ですか?」と顔色をうかがっていた。

 彼と会わなければ私はどうなっていたんだろう?

 

「……ひ、日野先輩?」

 

 私は「ごめんね」と一言だけ謝って彼に力強く抱きしめていた。

 怖かった、本当に怖くて、どうしようもなく安心が欲しかった。

 大河内クンはどうしていいのか分からずにいたけども、やがてそっと私の髪を撫でる。

 

「よく分かりませんが、もう大丈夫ですよ」

 

 彼の落ち着いた声に私は安堵しながら必死に動揺する自分を落ち着かせようとする。

 こんなにも怖い思いをしたのは初めてだった。

 

「大河内クンがいて本当によかった……」

 

 彼の腕に抱かれながらしばらくは私はジッと動けずにいたんだ――。

 

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