第34章:想い、激突《後編》
【SIDE:桐原梨紅】
大河先生が好き。
この気持ちに偽りはないけれど、よく考えたらいつから好きになったんだろう?
人を好きになる気持ちは突然湧いてくるものだと思う。
ひとつのきっかけで、想いがめばえたりして。
「希美さんはどうして、そこまで大河先生の事が好きなの?」
「……私がですか?」
希美さんは私にこれだけ言うのだから、好きになる理由くらいちゃんとあるはず。
すると彼女は何かを思い出すような仕草を見せた。
「大河兄さんはずっと私にとって素晴らしい人です。優しくて、私を甘えさせてくれる存在でした。他の誰にも兄さんの代わりはできませんから」
「さっさと兄離れすればいいのに……」
「彼が幸せだと思えば、私だって身を引きますよ。それができないから、私が彼に甘え続けているだけです」
ここまで話して分かったのは希美さんってただのブラコン娘ではないことだ。
彼女は彼女なりの考えがあり、兄を慕っている。
もちろん、過激で怖い一面もあるのは事実だけど。
お兄ちゃんラブ=愛してる。
というわけでは、どうやらないみたい。
行き過ぎた愛情からくる家族愛を超えた恋愛感情。
それは他人への牽制も含めた演技に近いものがあると私は感じていた。
お兄ちゃんが大好きで守りたいっていう純粋すぎる気持ちが暴走しているともいえる。
「希美さんって本当にお兄ちゃんラブだね。でも、先生はどうだろう?」
「大河兄さんも私の事が好きですよ」
「……本当の意味、つまり、愛情って意味じゃないけどね。そうじゃなければ、希美さんが頑張って他の女の子に牽制なんてしなくてもいいわけだし」
私の一言がグサッ、と突き刺さったのか彼女は黙り込んでしまう。
これは一気にたたみこめる私のチャンス到来!?
大河先生の方は別に妹以上に思ってる素振りがない。
「……それは、そんなことないです」
「本当にそうかな?だったら、先生の方も希美さんに対してそれなりの対応みせるじゃない。それがただの妹の域から出ていない以上は希美さんのひとりよがりでしょ?」
ここがチャンスばかりに私は正論を彼女にぶつける。
「希美さんと大河先生との間に本当の愛情があるって言える?」
「普通の一般的な兄妹よりも仲がいいですっ」
「でも、それ以上ではない。普通より、上でも、本当の愛情で結ばれている兄妹っているよね?その域まで、希美さんは達していない。だって、大河先生の方には希美さんへの愛情は家族愛のままだもの」
どんなに否定しようと出来ない現実。
「希美さんは先生が好き。先生は希美さんより他の女の子が好き。その事実を認めればいいじゃない。大河先生の幸せを守る?先生が好きになった相手が悪い?すべては先生のため?そんなのはただの言い訳だよ」
「やめて……」
「希美さんはね、そういう言い訳を盾に自分が傷つかないようにしてるだけ。現実をみればいい。先生は希美さんに妹以上の感情はなくて、他の女の子を普通に好きになったりする。それがひとつ目の現実。もうひとつの現実は……」
「やめてくださいっ!」
声を荒げて否定する彼女。
厳しい現実を彼女は自分がよく分かっている。
「希美さんは我が侭なだけ。自分に振り向いてくれないから、彼が振り向いた女性に適当な理由付けをして関係を壊す。嫉妬している気持ちを言い訳で誤魔化してる、ずるい人だって私は思うよ」
「違うんですっ。私は、本当に兄さんのためを思って――」
それでも諦められないから。
大好きな人に振り向いて欲しいから。
だから、必死になってその人の気を引こうとしてる。
誰だってそうだもの。
好きな人には自分のことを好きだって認めて欲しい。
意気消沈する彼女はうなだれている。
私はここで終わらせるためにも厳しい言葉を彼女につきつけた。
「……兄と妹。行き過ぎちゃいけないラインがある。希美さんの気持ちは分かるよ。でも、だからと言って大河先生の恋愛の邪魔をする権利は希美さんにはない」
「本当なんですよ。兄さんが好きになった人達は悪い人達ばかりでっ!」
「それでもっ!それでも、人は経験をしなきゃ前に進めない。どんな恋愛だって、希美さんは見守る立場にしかないんだから。もし、その人達と付き合って先生が不幸になるかもしれない。だけどね、希美さん」
私は精一杯の感情をこめて希美さんに想いを伝える。
「――人の幸せを決めるのは他人じゃない。その人自身だよ」
先生が本当に不幸かどうかなんて分からない。
内心、美人と付き合えてサイコー!とか呑気に思ってるかもしれない。
騙されて、痛い目にあって悲しい思いをしていたのかもしれない。
希美さんがそうやって邪魔してきた事は決して良い事じゃないと思うの。
だけど、だからこそ……それは経験させるべきことで邪魔する事じゃなかったの。
「貴方には誰の想いも止める権利はない。だって、希美さんは妹だから」
私はそう言い終えると、ベッドの上に座る希美さんの顔を伺う。
「……ひっく……うぅ……」
大粒の涙をこらえながら彼女は泣き顔を見せていた。
どうしよう、言いすぎたかもしれない。
「私、悪くないです。全て兄さんのためですからっ」
「……別に注意する程度ならいいけど、希美さんの場合やりすぎなんだってば」
私は泣かせてしまった罪悪感で言葉のトーンを落とす。
基本的に悪い子じゃないことだけは分かった気がする。
深い愛情が彼女にはあって、兄に甘えたい感情が暴走している。
「そんなことばかりしていたら、希美さんだっていつか大河先生に嫌われちゃうよ」
「兄さんに嫌われる……?い、嫌です。そんなことだけは絶対に嫌です」
先生はまだ希美さんの悪行(?)を知らないはず。
もしも知る事になったら、彼はどうするんだろう?
叱りつけるとかしたら、きっと彼女は今以上にショックを受けるはず。
「……だから、もうやり過ぎちゃダメってこと」
「何か私を言いくるめて自分が有利なようにしてません?」
――ギクッ。
私は図星をつかれて首を横に振って否定する。
「してない、してないっ」
「怪しいですね。そもそも、梨紅さんが兄さんを好きだから私を言いくるめようとして……」
泣きやんだ希美さんは再び、反撃を開始しようとしたその時だった。
ドアの外からノックの音がしたので、私達は口論をやめる。
誰だろう?
ドアを開けると大河先生が普段と違う神妙な面持ちで立っている。
「大河兄さん?声がうるさかったですか?」
「そうじゃない。俺はずっと可愛い妹である希美を信じていたかった。けれども、信じていた事実が違うというのは裏切りだと思わないか?希美、素直に答えて欲しい」
「……た、大河兄さん?」
希美さんがうろたえるのも無理はない。
そこには普段は優しい大河先生の面影がない。
「――今まで俺の恋愛の邪魔をしていたのは本当か?」
静かな声でひとりの兄として、男として怒ってる姿があったの。