第28章:小悪魔の囁き《前編》
【SIDE:桐原梨紅】
希美さんが私にとって、一番厄介な存在だと言う事が判明。
私は何とか美鶴さんを味方にして援護してもらえることになった。
変な所で裏切らないか心配な相手だけど心強さはある。
さっそく彼女から連絡をもらった私は大河先生の家に向かう。
何でも今日は希美さんと一緒にお出かけするんだって。
私は全然、かまってくれないのに、ずるい~っ。
先生は最初は私の登場に驚いていたみたいだけど、すぐに受け入れてくれる。
私の事が邪魔だったらショックなので、一安心。
先生たちが向かった先は繁華街。
私達、学生は春休みだけど平日なので、同世代くらいの子が多い。
「先生、どこにいくつもりだったの?」
「そうだな。適当に春用の服でも買おうか、悩んでいたんだ」
3月下旬、もうすぐ桜の咲く季節、春になる。
「先生の服かぁ。私がチョイスしてあげよっか」
「梨紅ちゃんが?それも悪くないな、俺のセンスはどうにもよくないようだし」
別にセンスは悪くないんだよ、いい服を先生は選ぶからセンス自体が問題じゃない。
ただし、それが先生に似合うかどうかは別なの。
自分に合う服を選べば、先生は十分カッコいい。
「だ、ダメです。大河兄さんの服は私が選んであげますから」
それまで先生の横で黙っていた希美さんが彼の服のすそを掴む。
「私はついこの前知り合ったばかりの“梨紅さん”と違って、ずっと長い間、兄さんの事を知っているんです。兄さんの事で知らない事なんてありません」
「別に時間の問題じゃないでしょ?こーいうのは自分のセンスの問題でもあるんだから。例え、希美さんが先生の事を理解していてもいい服を選べるかどうかは別問題」
「うぐっ……。大河兄さん~っ」
大河先生の腕に抱きつく希美さん、先生はニヤッとしながら受け入れる……この浮気もの~っ。
私の前で見せつけるなんてえげつないよ、希美さん。
「そこまで自信があるのなら私と勝負でもしてみる、希美さん?」
「勝負って何ですか……?」
「どちらが大河先生によく似合う服をコーディネートできるか、って事ですよ」
私は微笑を浮かべながら希美さんに勝負をつきつける。
彼女は「いいですよ」とこちらの勝負に乗って来た。
「いいよね、大河先生?」
「俺はいい服が決まるならいいけど?」
「お店に行くまで予算はどれくらいか決めておいてね」
勝負の内容はいたってシンプル。
先生が決めた予算内で、先生に似合う服を選ぶだけ。
最終的には先生の主観で決まるけど、私には自信があった。
「先生のこと、一番分かってるのは誰なのか。見せてあげるよ」
ここらで希美さんに牽制しておかないとね。
1時間後、勝負は決着して私達は喫茶店で昼食をとっていた。
食事をしながら私達は勝負の結果を話し合う。
「大河先生、気に入ってくれてホントによかったぁ」
「梨紅ちゃんのおかげでいい服が買えたよ」
今回の勝負は私の圧勝でした。
だって、希美さんはそーいう場所に慣れてなさそうだったからね。
私は大河先生以外にも男の人達と付き合いがあったので結構慣れてる。
男性モノの服を選んだことのある経験の差っていうのは大きかったみたい。
「希美のは惜しかったかな」
「いえ、兄さんが気に入った服があるなら仕方ありません」
希美さんも悪くはないけど、先生には少し合わなかったらしい。
選べなかった負け惜しみを言うでもない彼女は絵に描いたいい妹だ。
「……むぅっ」
不機嫌そうに顔をしかめながら彼女はオムライスを食べている。
内心は勝負に負けたのが悔しかったみたい。
美鶴さんが言っていたもの。
希美さんは先生の前では理想的な妹を演じてるから決してボロは出さない。
つまり、攻めるのならば逆に先生の前での方が効果的だって。
……確かに効果的だけど、睨まれるのは時々怖い。
ていうか、ここまでお兄ちゃんラブとは正直、思ってなかったの。
初めて会った時からそうだけど、先生に好意を向けたら敵意丸出しなんだよねぇ。
ブラコンっていうか、むしろ恋人に抱くような愛情が感じられるのは気のせい?
「大河先生と希美さんって兄妹仲は噂以上にいいんだね?」
「まぁ、あの美鶴姉ちゃんがアレだからな。自然と妹との方が仲がよくなってさ」
「姉さんは怖い人です……。最近になって余計にそう思うようになりました」
苦手意識があるのは希美さんも同じらしい。
私も苦手な方だからフォローはできない。
「……おっと、悪い。ちょっとトイレに行ってくる」
食事中に先生が席をはずしてしまう。
まずい、ここでのふたりっきりは私のピンチになる。
案の定、危惧したとおり、希美さんは私に敵意を向けて来る。
最初会った時はこんな人だと思わなかったんだけど、人って分かんないなぁ。
敵意全開の希美さんは私に言う。
「驚きました、梨紅さんが私の“敵”だったなんて……」
「別に敵とか味方とか関係ないよ。どちらも先生のことが好きってだけでしょう?」
「あら、認めるんですか?大河兄さんの事が好きだって?」
「認めるよ。最初の時は希美さんがどういう人間か分からないから誤魔化したけど、私は先生が好き。希美さんは妹なのに私と同じ気持ちっておかしくない?普通じゃないよね?」
私の発言が気に入らないのか、彼女は私から視線をそらす。
「兄さんの事を好きな気持ちでは負けてません」
「負けてなくても勝てない、よ。だって、希美さんと大河先生は……」
私は一拍置いて、彼女に言い放つ。
「――血の繋がった本物の兄妹だもの」
ぐっと彼女の表情が強張るのが見て取れる。
……今の私、ちょっと悪役っぽい?
でも、ここで油断するわけにもいかないので手は緩めない。
「家族愛は深まっても、恋愛感情は深まらないよ?アレって別物だからさ。勘違いしてたらごめんなさい」
「貴方には分からないんですよ。本当の愛はそんなもの、障害になりません。私の愛は誰にも邪魔できません」
「いや、普通に障害になるから……」
その愛が重いっ……自信を持って言える希美さんはすごい子かも?
兄妹だっていうのを改めて強調してあげれば、凹んで引いてくれるかもしれないって思っていた私の算段は甘かったらしい。
「大体、それを言えば梨紅さんなんてまだ“子供”じゃないですか。兄さんと歳の差がどれだけあると思ってるんです?」
「ぐはっ!?」
こ、子供じゃないっ……私は大人だもんっ。
歳の差を攻められると私がキツイ。
どうしてもそこだけは私も気にしているところだから。
先生がいまいち振り向いてくれないのは歳の差が原因でもある。
「今時、大学生が中学生なんて相手にするはずがない。知ってます?大河兄さんはお子様相手にする気はありませんよ?」
攻めに転じた希美さんは畳みかけるようにトドメを刺しにくる。
「いるんですよね、思春期の女の子って変な勘違いをする子が」
「勘違い?それはどういう意味?」
「年上相手に憧れたり、好きになるってのは、自分が子供の証拠ですよ。勝手に包容力とか、甘えられる存在を求めているだけ。自分勝手な想いを兄さんにぶつけないでください。いい迷惑ですよ」
「甘えるって点に関しては希美さんも同じでしょ」
そりゃ、私が年上好きなのは大人の余裕とか、子供っぽくない精神的な意味が大きい。
甘えるのが好きな私を受け止めてくれる存在が好きなんだ。
「それを求めて何が悪いわけ?私が子供だって言いたいの?」
「えぇ。そうです。子供は子供らしく、無駄な背伸びなどせずに相応の同い年の相手でも好きになっていればいいんです」
余裕の物言いに私は我慢できそうにない。
……無駄な背伸びって言ってくれるじゃない。
私の努力を否定されて、ムッときた私は言い返してあげる。
「――兄妹同士、仲良過ぎな方がよっぽど変だし、おかしいよっ」
少し声を荒げて言ってしまった。
「……や、やっぱり、変なのか?」
背後からの声に私はハッと振り向いた。
ガーンッ、と落ち込んでいる大河先生。
……あれ、先生はいつ戻ってきていたの……ていうか、私、まずくない?
「大河兄さんっ、くすんっ」
「どうした、希美?何で涙なんて浮かべて……」
「梨紅さんってばひどいんですよ。私達の関係を不健全とか不純だ、おかしいと暴言ばかり言って……私はただ、兄さんの事を“兄”として慕っているだけなのに」
「……え?あれ?」
私はそんなこと言ってもいないし、何でいきなり悪役扱い?
瞳を涙っぽい(?)ので潤ませて希美さんは先生に言うの。
「大河兄さん、私が兄さんの事を慕うのってそんなに気持ち悪い事なんですか?」
「あっ、いや、そんなことはないぞ。俺は妹として希美のこと、可愛いと思ってるし、甘えてもらうのは悪くない。ほら、昔からの事だから気にしないで落ち込まないでくれ、希美。元気出してくれよ」
「大河兄さん、そう言ってくれて嬉しいです。でも、“梨紅さん”が私たちの事を……」
や、やられたッ!?
わざと“梨紅さん”という名前を強調してきたよ、この人!
大河先生は誤解して私をたしなめるように、厳しい口調で言うんだ。
「梨紅ちゃん、あんまり希美を苛めないでくれ。この子は見た目通り繊細な子なんだ。ひどいことを言わないであげて」
うぇーん、何で私が大河先生に怒られるの?
あっという間に先生を味方につけた希美さんの反撃。
どこが天使なのよ、彼女の方が立派な小悪魔じゃない。
先生の評価が低下しちゃう、私はどうすればいいの~っ!?