第27章:眠れぬ夜に《後編》
【SIDE:日野大河】
深夜の自室、希美は俺に抱きつきながら甘える仕草をする。
見つめ合う瞳同士、お互いの吐息すら聞こえる間近の距離。
覆いかぶされるような体勢のシチュエーション。
漫画でよくある展開だが、相手が違わないか?
希美は美人だが俺の妹なわけで、こういう雰囲気になっちゃいかんだろう。
とか言いつつ、ドキドキしまくってる俺がいた。
「……希美?」
「大河兄さんは私の大事な人です。私の事も大切に思ってくれています」
「そりゃ、俺の可愛い妹だからな」
美鶴姉ちゃんの狂暴さには姉を持った事を嘆くが、希美の可愛さは妹として最高だ。
兄に従順、素直さを見せてくれる。
これだけよくできた妹を持つと兄としては感無量。
だが、甘えられすぎるのもちょっと困ってしまったり。
「……妹、ですか。そうですよね。まぁ、そういう兄さんの鈍感さは気に入ってますけど、少しくらい敏感になった方が兄さんのためでもありますよ。そうじゃないと……悪い女の子に騙されてしまいますから」
「悪女ならうちの姉で散々な目にあってるぞ」
「ふふっ。姉さんは別に悪女じゃありませんよ。怖い人ですが、基本的に面白ければそれでいい所があります。本当に悪い女の人に騙されないでくださいね」
姉ちゃん以上の悪女に会えるのも中々いないと思うが。
それより、そろそろ身体を離してくれないだろうか。
男としての我慢にも限界ラインがあるのだ、妹相手だとしても。
「……兄さんと一緒にいると安心できるんです」
希美もまだまだ子供だなぁ。
高校生になっても甘えたがりな性格は変わらない。
「にい……さん……すぅ」
希美は俺に何かしようとしていたようだが、眠気に負けて寝てしまった。
……ホントに寝てしまったぞ?
怖い夢を見てたというから、眠いのは確かなんだろう。
「やれやれ。変わらないな、希美。俺も寝るとしようか」
俺も疲れていたので、さっさと寝ることにした。
久々の妹の温もりに包まれながら……。
「ち、違うんです、こういうつもりじゃなかったのに……」
翌朝、なぜか凹んでいる希美がいた。
布団にくるまりながらシクシクと泣き真似をしている。
よほど何か凹むことがあったのだろうか?
「希美?何があったんだ?」
「……自分の眠りの良さに呆れているだけです」
「昔から寝付きいいよな、希美って。ベッドに入ったらすぐ寝ちゃうし」
何やら分からないが、彼女なりに考えがあったらしい。
「うぅ、千載一遇のチャンスを逃すなんて……。私、ダメな子です」
「そこまで落ち込まなくてもいいじゃないか」
肩をガックリと落として、落ち込む希美。
何が彼女をそこまで落ち込ませているのだろうか?
「り、リベンジですっ!大河兄さん、今日も一緒に寝ましょう!」
「……リベンジ?」
「いいから、お願いします。今度こそ、私、頑張りますからっ」
何を頑張るんだろう、希美?
意気込みを見せる希美に俺が疑問を抱いていると、
「――何も頑張らないでいいわ。希美」
部屋の扉がいきなり相手、不機嫌そうな美鶴姉ちゃんが顔をのぞかせる。
「ぬぉ!?あ、朝から殺気が……どうした、姉ちゃん」
「大河に用はないから安心しなさい。おかしいわね。希美ちゃん、何で大河の部屋にいるのかしら?寝る時は私の部屋でって言ったわよね?人が寝ている間にどうしてこの部屋にきてるの?理由を説明してごらんなさい」
「……きゃふんっ!?」
希美の首根っこを掴む姉ちゃんは怒りの形相で睨む。
「や、やぁ~っ。やめてください、姉さん!?」
「うっさい。こっち来るなって言ったのを守らない希美が悪い」
「だって、せっかく兄さんに甘えるチャンスなんですから」
「……希美とは一度きっちりお話した方がよさそうね?」
ひっ、と隣の俺がビクつく怖さ。
姉ちゃんの恐ろしさを見た俺は縮こまって動けない。
「違うんです。昨日は悪夢を見て、怖くて、それで兄さんを頼っただけなんです」
「悪夢、ね?そんなに見たいなら今すぐ見せてあげるわよ」
「ね、姉さん。嫌ぁ~っ!?」
引きずられていく希美を俺は見送ることしかできなかった。
ごめんな、姉ちゃんに俺はさからえないのだ。
悲しいけど、俺はこれからも姉ちゃんと暮らさなければいけないので敵にしたくない。
連れ去られた希美が帰って来たのはそれから数時間後の事だった。
これから出かける予定だったので、時間までには解放してもらえたらしい。
「くすんっ。姉さん、怖かったです」
よほど姉ちゃんの説教が堪えたのか、瞳の端に涙を浮かべる希美。
俺は彼女の頭を撫でながら慰めてあげる。
「怖いお姉さんに何をされたんだ?」
「いろいろ、と。あんな性格だから恋人のひとりもできないんですよ……ぁっ!?」
希美はビクッと身体を震わせて背後を見る。
そこまで警戒しなくてもいいだろうに。
当の姉ちゃんは朝食を食べながら、「ん?」とこちらをうかがう。
食パンを口にいれて希美に笑顔を見せるだけで俺達には効果が大きい。
「あっ、そうだ。ふたりとも今日はどこに出かけるつもり?」
「繁華街でぶらっと遊んでこようかなって……」
「へぇ。そうなんだ」
姉ちゃんの言葉に希美は「まさかついてくるんですか?」と危機感を募らせる。
さすがにそれはないだろう?
ていうか、この数日で妹の姉に対する危機意識がずいぶんと高まった気がする。
昔は仲のいい姉妹だったのだが、時の流れとは残酷なものだ……多分。
「別にー。ふたりについていっても面白くないからいかない」
「それはよかったです」
「どーいう意味でよかったのか、分かんないけど。私は、いかないだけよ」
「はい?私は……?」
その言葉の意味を理解する前に我が家のチャイムが鳴る。
「誰か来たみたいだ。誰だ?」
今日は別に来客があるという予定もない。
俺が玄関に出ると、そこにいたのは……。
「――おはよう、大河先生っ」
朝から清々しい笑顔を見せる梨紅ちゃんがいた。
「あっ、おはよう。梨紅ちゃん、こんな朝から何か用?」
「あら、来たのね。梨紅さん」
「おはようござます、美鶴さん。時間通りに来ましたよ」
どうやら俺たちではなく、姉ちゃんに用事があって来たらしい。
「よく来てくれたわ。ちょうど、いいタイミングだったのよ」
美鶴姉ちゃんは俺と希美の前に梨紅ちゃんを連れて来る。
「今日は梨紅ちゃんがふたりと一緒に行くから」
「え?ど、どうしてですか?なぜ、そんなことをしなければいけないんですっ!?」
声を荒げたのは希美の方だった。
「なぜって、希美と大河を一緒にしていると変な方向に行っちゃいそうだから。梨紅ちゃんを混ぜておけば、大丈夫でしょ」
「私と兄さんはふたりで一緒に出かけるんです。姉さんといえど、邪魔はさせません」
「だったら、私が一緒に行こうかしら」
「……くっ、仕方ありませんね。梨紅さんを連れていきます」
即答っ!?
そこまで姉を苦手としなくてもいいだろう。
希美は「準備してきます」と部屋に戻って行った。
今日は落ち込んでばかりだな、希美。
何が理由で落ち込んでいるのかは分からないけどね。
「大河、梨紅ちゃんをよろしくね」
「あ、うん……でも、何で姉ちゃんが?」
「ふふっ。今のままじゃつまらないからね。私が面白くしてあげるわ」
と、何やら物騒な発言をして去っていく姉ちゃん。
あの姉は今度は何を企んでいるのだ?
残された俺は梨紅ちゃんに尋ねてみる。
「うちの姉と何かあった?」
「あったと言えば、あったかな。そんなことより、先生。せっかくの春休みなのに、どーして私と遊んでくれないのよ」
「うぇ?それは別に約束していたわけでも……」
「ひどい~っ。休みになったら私と遊んでくれるって言ってたじゃない」
むぅっと頬を膨らませる梨紅ちゃん。
それは希美が来る前の話で、俺も適当に返事してたんだよな。
俺は彼女の機嫌を損なわないように「今日は楽しもうじゃないか」と微笑で誤魔化す。
女の子ってどうしてこうも気難しくて大変なんだろう。
俺はちょっと気落ちしつつ、梨紅ちゃんをなだめていた。