第26章:眠れぬ夜に《前編》
【SIDE:日野大河】
希美がこちらに来た翌日。
今日の昼に、彼女を街に案内していた時に梨紅ちゃんが来ていたらしい。
姉ちゃんと何か話していたようだが、何をしているんだろうか?
また妙なことを企んでいなければいいのだが……美鶴姉ちゃんが絡むとろくなことがない。
「ふわぁ、眠いなぁ……」
深夜、夜遅くになってから俺は自室のベッドで眠ろうとしていた。
毎週楽しみにしている深夜ドラマを見ていたので時計は夜の2時を過ぎていた。
あいにく、うちにはDVDがないから録画もできないのだ。
「明日は希美と遊びに行くからそろそろ寝るとしようか」
俺は目覚まし時計をセットして寝ようと瞳を閉じる。
コンコンっと控えめなノックの音が聞こえた。
「大河兄さん、希美です。まだ起きてますか?」
「……希美?こんな時間に?」
俺は目を開けて起き上がると、ドアを開けてきたのは希美だった。
「あっ、起こしてしまいましたか?ごめんなさい」
「いや、今から寝ようとしたところだから。どうした、希美?」
電気をつけて部屋に招き入れると彼女は恥ずかしそうに顔を赤らめる。
「その、怖い夢を見たんです。それで……」
「俺の所へきた、と?」
彼女は頷くと俺は「こっちにおいで」と妹を誘う。
実家にいた時もたまにあったんだよな。
怖いものが苦手で、嫌な夢を見た時はよく俺のところにやってきたっけ。
「……姉ちゃんは寝てるのか?」
「はい。ぐっすり熟睡していています」
一度眠ったら中々起きないのがうちの姉だ。
悪夢にうなされて怖がる妹の助けにはならないわけだ。
「兄さん、今日はこっちで寝てもいいですか?」
「え?俺の部屋で……?うーん?」
状況が状況だけに断るのは気が重い。
だが、姉ちゃんという恐怖と天秤にかけると難しい。
「――ダメですか、兄さん?」
涙を瞳の端に浮かべながら俺にすがる希美。
可愛い妹の頼みを断る兄がどこにいる?
「いいよ。でも、俺のベッドは狭いぞ?」
「大丈夫です。実家でもたまにしていたじゃないですか」
高校ぐらいまでは希美と一緒に寝るというのは時々あった。
その時はまだ希美も子供だったが、今は立派な女の子だ。
すっかり女性らしくなった身体つきに俺はほんの少しだけ意識してしまう。
この子も成長したなぁ……。
「……それじゃ、お邪魔します」
ベッドに入り込んでくる希美は俺の横に寝る。
それほど大きくないベッドだ、ふたりが寝れば多少きつさもある。
「少しだけ寄らせてください」
希美の身体が俺に抱きつく形で触れて来る。
ほんのりと香るのはシャンプーのの匂いか?
よく見れば髪の毛が濡れているようにも見える。
「シャワーでも浴びたのか?」
「あっ、はい。寝汗をかいてしまったので……汗臭くないんですか?」
「全然。むしろ、いい匂いがする」
女物のシャンプーの香り、美鶴姉ちゃんが使っているものだ。
俺がそう言うと希美は照れながら、
「や、やだ、兄さんっ。もうっ、恥ずかしい事を言わないでください」
恥ずかしい事か?
希美の手に触れると僅かながら震えている。
「まだ怖いのか、希美?」
「……ちょっとだけです。本当に嫌な悪夢だったので」
「そうか。でも、変わらないな。昔からそうやって一緒に寝たっけ」
小さい頃から希美が悪夢に悩まされた時は大抵、俺のところへやってきた。
一緒に寝てあげると安心するのか、ぐっすりと眠るのだ。
「だって、私にとって兄さんほど頼れて安心できる人はいません」
俺を褒めてくれる唯一の存在だな。
頼りになるとか言われると素直に嬉しいです。
俺の周りの女の子の評価は「ヘタレ」や「頼りない」やらと散々だからな。
俺は褒められて育つタイプの男の子だと思うんですっ。
「明日もあるんだ、そろそろ寝ようか」
「そうですね。ふふっ、兄さんの横に寝ると本当に安心できます」
優しく慕ってくれる希美がいないとダメなお兄ちゃんです。
ホントに希美は妹して理想だなぁ。
これだけ可愛い妹がいて俺は幸せだと思う。
「……やっぱり、私はダメですね。兄さんがいないと寂しくて仕方がないんです」
「希美……」
「大河兄さんに甘えっぱなしなのは私の悪い癖です」
悪いどころが全然かまわないと言いたい。
希美の体温を感じつつ俺はそっと寝返りをうつ。
「……大河兄さん?」
こちらをジッと見つめていた希美と目があった。
ね、眠れるわけないじゃん……。
妹相手だと言うのに俺はドキッとしてしまう。
「ふふっ、眠れなくなっちゃいました。兄さん、お話をしてもいいですか?」
「どんな話だ……?」
「うーん。話したいことはたくさんあるんです。まずは兄さんの恋の話が聞きたいです」
いきなり、俺の苦手分野が来た。
大学生活を初めて1年が経ったと言うのに恋人のひとりもいない。
梨紅ちゃんにはどうやら好かれている様子でアプローチをかけられている。
でもなぁ、梨紅ちゃんは美人だけど中学生だからな。
どうにも本気になっていいのか悩んでしまう俺がいる。
「兄さんには恋人みたいな人はいませんよね?」
「残念ながら。中々、相手が見つからなくてさ」
「……梨紅さんとかは仲がいいみたいですね」
「梨紅ちゃん?仲がいいっていっても、ここ数ヶ月の付き合いだし、恋人っていうのじゃないよ。家庭教師の生徒だからね」
希美は何やら思案顔をして「……恐れるに足りず、か」とつぶやく。
「何の話だ?」
「いえ、梨紅さんとは仲良くできそうですって意味です。私、人見知りするタイプですから……兄さんも知ってるでしょ?」
確かに彼女は大人しいから、人見知りする。
性格に問題があるわけじゃないが、他人と距離を作ってしまうんだろう。
「希美の話を聞かせてくれ。高校生活はどうだ?楽しいか?」
「はいっ。楽しいですよ。友達もできましたし、部活動も充実しています」
「部活?そういや、何か部活を始めたんだっけ?何部をしているんだ?」
「水泳部です。室内温水プールなので、夏以外でも練習ができるんです」
希美が水泳か、意外な気もする。
運動神経がいい方ではないイメージがあるんだよな。
希美ってドジ属性ある子だからさ。
「水泳部って楽しいのか?」
「楽しいですよ。泳ぐのは好きです。こう見えても、一年生では優秀な方なんですよ」
「そっか。これからも頑張れよ、希美。応援しているからな」
色々な事を話しているとやがて眠気がやってくる。
希美も悪夢は忘れたのか、すっかりと元気を取り戻した様子だ。
「兄さんとじっくりとお話をするのって久しぶりです」
彼女はこちらに視線を向けて微笑む。
間近に見合わせた顔と顔、狭いベッドだから自然と距離も近い。
「……ねぇ、兄さん。もっと甘えてもいいですか?」
「え?」
それはあまりにも自然だったので俺は身動きできなかった。
希美が布団の中で俺に抱きついてくる。
唇同士が触れ合うか、触れ合わないかくらいの距離に迫る。
「の、希美、これは……?」
これはさすがにお兄ちゃんと言えど、意識しちゃう範囲なのですが!?
「ずっと寂しかった分を穴埋めしてください」
「そりゃ、寂しい思いをさせたのは悪いと思うけど、これはちょっと……」
「……いつまでも子供じゃありませんよ。私も、女の子ですから」
それは甘えると言うよりも誘惑に近い。
普段と違った、艶めかしい希美の表情に緊張する。
「大人になりかけている私をもっと見て欲しい、です……」
ほのかに香る妹の長髪が俺の顔に触れた――。