第20章:初めまして
【SIDE:桐原梨紅】
3月になって早3週間、気付けば中学2年も終了。
春休みが開ければ中学3年生、受験シーズンに突入。
勉強は大して好きじゃない、成績は数学以外は悪くないけどね。
そんな嫌な雰囲気を感じつつ、私は春休み初日、繁華街にいた。
「……ふわぁ」
春休みに入ってばかりのある日、小さく欠伸をしながら出てきたのは映画館。
暗い所から出て来るとなぜか欠伸したくなる。
今日は前から見たかった映画の公開初日。
人気小説を映画化した話題の恋愛映画で楽しみだった。
大河先生も誘ったけれど、今日は用事があるらしくて断られてしまった。
仕方ないのでひとりさびしく映画を見てきたばかりだ。
「映画は楽しかったなぁ」
前評判通りに面白くて満足できる映画だった。
「先生が一緒ならもっと楽しめたのに。残念」
せっかくいい映画だったので、大河先生と一緒に見たかった。
楽しいものは好きな人と共有したいと思うのは当然よね。
先生と出会ってからもう2ヶ月、私の頑張りのおかげでちょっとは距離は近づいた。
ホワイトデーにも先生は私をデートに連れて行ってくれたもの。
このまま順調にいけば恋人になれるかもしれないって期待はある。
でも、先生に私を好きにさせるにはどうすればいいの?
基本的に年上好き、こればかりは私が生まれ時代を間違えたと後悔するしかない。
大人の魅力を身につける?
それも、背伸びして頑張った所で本物の魅力には到底及ばない。
「好きな人に認めてもらうのって大変……恋愛って難しい」
恋をした事はこれまでも何度かあった。
けれど、その全てを本気でしたことがなかったの。
大河先生だから本気で恋に落ちた、なんてね。
ただの憧れを恋だと思っていた年頃からちょっとは成長しただけ。
「……お腹空いた、どこかで食べて帰ろうかな」
時計を見るとお昼時、朝から映画を見ていたからちょうどいい時間帯だ。
駅前付近をいいお店がないか私はうろつくことに。
お気に入りの喫茶店はお客さんが一敗だったのであきらめて第2候補の方へと向かう。
その途中、私はとある少女に気づいた。
人通りの多い駅内をあちらこちらを見渡して困り果てた女の子。
「……どうしましょう?」
携帯電話を見つめているのは可愛い女の人。
歳は私よりも上くらい、高校生かな。
大きな荷物を抱えながら駅で迷子になってる雰囲気だ。
地方から来た子なんだろう、っていうのは見て取れる。
「どこかで見たことがある気がする」
私は?と思いながらも、彼女に目を向ける。
うーん、どこだっけ?
モデル並みに綺麗なので、雑誌か何かで見たのかも知れない。
あー、でも、あんな可愛い子がああいう仕草してたらマズイかも。
私の危惧通り、彼女の様子を伺う怪しい男の人たちが。
いるんだよね、助けようとしたふりでナンパする性質の悪い男って。
変に絡まれても可哀想だし、私が声をかけてあげようとする。
「……あの、どうかしたんですか?」
彼女は私に気づくと「すみません」と尋ねて来る。
「初めて来たんですけど、迷子になってしまって」
彼女は苦笑いをして、私に道を尋ねて来る。
だけど、駅の乗り換えでもなければ観光案内でもないようだ。
「東京駅まではちゃんとこれたんですよ。でも、目的地がよく分からなくて」
「どこに行きたいんですか?」
彼女が答えのはこの駅じゃなくて、隣の駅の名前だった。
そりゃ、迷子になるよ、だって目的地じゃないんだもの。
「え?ここじゃないんですか?」
「はい。間違って降りちゃったんですね。この駅は乗り換えで、目的地は隣の駅です」
「また間違えてしまいました。ちゃんと確認したんですけど、いつもしちゃうんです」
迷子になるのは日常茶飯事らしい。
彼女は反省した様子で携帯電話を取り出す。
「誰か待ち合わせでもしてるんですか?」
「兄が迎えに来てくれる予定なんです。……あら?」
彼女は携帯電話を見て気づく。
タイミング悪すぎ……画面には電池切れ表示されていた。
これでは誰も助けも呼べない、電話番号も覚えてなさそうだから無理そうだ。
「今から次の電車に乗るしかなさそうですね。……ん?」
私はその女の子の顔をジッと見つめる。
どこかで見たことがある美少女の顔。
そうだ、思い出した!
「あ、あの……もしかして、お兄さんって大河って名前じゃ?」
「そうですけど?私の兄を知ってるんですか?」
きょとんとする彼女、私は思い出していた。
それは先日の大河先生の家で発見した抱擁シーンの写真事件。
あの時に写っていたのが彼女だったんだ。
一時期一方的に敵視していたのでよく覚えている。
それに先生からは妹さんがこちらに来るような話も聞いていたから間違いない。
「大河先生は私の家庭教師なんです。それなら話が早いわ。待っていてください」
私が大河先生に連絡してみると案の定、彼は隣の駅で妹さんを待っていた。
今日のデートを断ったのはこれだったんだ。
『は?俺の妹?何でそっちにいるんだ?全然こっちに来ないのに』
「迷子になったんだって。どうしよう?そっちに行くように言えばいい?」
私がこちらの駅にいる事を報告すると、彼は唸りながら、
『……時間通りに来ないからそうじゃないかって思ってた。悪い、梨紅ちゃん。その子、捕まえておいて。かなり方向音痴だから放っておいたらまた迷子になりかねない。そうだ、駅前の喫茶店あるだろ。この間、一緒にいた所。そこで待っていてくれ』
「分かった。そうするね」
『適当に何か注文して食べていいよ。支払いは俺がするから』
彼はそう言って電話を切った、すぐにこちらに来るそうだ。
ということなので、私達はそちらに移動することに。
私としては元の予定通りなので気にせず彼女を連れていく。
お店はそんなに混雑していないのですぐに入れた。
席に座って適当に注文してから私達は改めて自己紹介し合う。
「お世話になりました。私は日野希美(ひの のぞみ)。大河兄さんの妹です。まさか大河兄さんの知り合いにあえるなんて……」
「はじめまして、桐原梨紅です。さっきも言いいましたけど、大河先生は私の家庭教師をしてくれているんです」
「話は聞いたことがあります。中学生の子を教えているって……偶然ですけど、本当に助かりました。ホント、地理に弱くて……よく迷子になるんです」
照れくさそうに笑う彼女。
先生との約束の駅は先生の家に近いけど、ここからそんなに離れていない。
乗り換える時に間違えて降りちゃったんだろう、多分。
先生が捕まえておいてって言うからには相当なんだろうな。
私は注文したカルボナーラを食べ始める。
前に先生にオムライスをお勧めをしてもらったけど、ここはカルボナーラもおいしいんだって。
食べてる姿も絵になりそうな儚げな美少女。
見た目は大人しそうな感じがする……悪いけど、美鶴さんには似てない。
あれが悪魔なら希美さんは天使って感じ、先生もいい子だって言ってたもんね。
「……大河先生の妹っていうことは、あの美鶴さんの妹さんでもあるんですよね?」
「そうですけど?姉さんとも会ったことがあるんですか?」
よく意地悪されてます、とは言えない。
だって、美鶴さんってホントに私に意地わるばかりするんだもん。
「姉は少し個性的な方なので大変でしょう?」
「……大河先生が一番大変そうです」
「ふふっ。あれはあれで愛情表現なんですよ。姉さんは兄さんの事、かなり気に入ってますから」
そういう問題なのかしら?
弟想いのお姉さんには到底見えないけど、希美さんが言うからには違いないんだろう。
希美さんって大河先生とも美鶴先生とも雰囲気が全く違う。
何ていうのかな、穏やかで優しそうな感じは先生に似てるけど、おっとりしすぎてドジっ娘的なところもありそう。
「春休みの間、こちらでお世話になるつもりなんです。梨紅さんも機会があればぜひ家に来てくださいね」
どこかの悪魔の妹とは思えない穏やかさ、妹さんの方はいい人そうだ。
希美さんか……大河先生の妹で歳も近いので仲良くできればいいなぁ。