第19章:小悪魔な彼女《後編》
【SIDE:桐原梨紅】
大河先生とのデートは楽しいけど、何か物足りなさを感じていた。
水族館を出た後は先生と一緒にショッピングしていた。
繁華街って歩きまわるだけでも楽しいもの。
私は同じように恋人っぽい人達を見つめる。
仲良さそうに腕を組んだりしている光景を見て、ハッと私は気づいた。
「……そうか、密着度が足りてないんだ」
あんまり直接甘えすぎると先生は逃げてしまう。
だから控えめにしていた私だけそれじゃデートらしくない。
ここでどうすればいいのか。
私はちらっと先生の方を見る。
彼はいつものように特に変わった様子もない。
デートっぽくないからそうなっちゃうの。
「先生、デートなんだからそれっぽくしてよ」
「ん?具体的には?」
「……腕を組むとかあるでしょ?」
「アレって微妙に歩きにくいから嫌なんだよな」
先生の発言に私は思わず立ち止まる。
……今のって何、え?
「やだなぁ、先生。今のいい方だと経験あるみたいじゃない」
「……それくらいはあるけど?」
さらっと言い放つ彼に私は衝撃を受ける。
嘘、先生ってデートの経験もほとんどないヘタレさんなのに!?
「――どこで、誰と、どんなシチュでしたの!?」
「そ、そんなに詰め寄らなくても……」
私は先生に詰め寄って事の詳細を聞きだす。
「あっ、分かった。男の子同士で腕組んだりして歩いたのね。それならいいわ」
「どんな友人だよ、それ!?そーいう関係の友人関係をもってない。俺は極めてノーマルだ。女の子だよ、女の子」
「それって生きてる女の子だよね?」
「梨紅ちゃんまでうちの姉と同じことを言うのはやめてくれ。生きてるし、二次元でもなければ、怪しいお店のお姉さんでもありません。何で俺が女の子の話題出すと皆にそう言われるんだろう」
かなりショック……!
「そうなんだ。先生にそんな経験があったのはいいとして……その相手は?」
「何か期待させてる所悪いけど、うちの妹だったりする」
「妹さん……?」
大河先生の妹って、平気で先生に抱きついたりしている写真を見たことがある。
もしや、いわゆるブラコンというやつなのかも?
会った事はないけど、お兄ちゃん好き~って感じがするもん。
「そして、先生はシスコンなのね……ふぅ」
なんかショック度が余計に高くなった気がする。
これなら高校の時の同級生とかそんな相手の方がよかったよ。
「俺はシスコンじゃないって!ため息つかないで?」
何やら必死に否定する彼に私はガックリと肩を落としながら、
「否定できる?ちょっぴり喜んでたりしたんでしょ?」
「い、いや、そんなことは……」
「いいのよ。先生がシスコンの危ない人でも。今、デートしてるのは私だし」
私は何か負けている気分を味わいながら先生の腕に寄り添う。
「……妹以外なら私が最初でしょ?」
「まぁ、そうだけど」
「ならそれでよしとするわ。行きましょ、先生」
ぷち凹みしながらもデートを継続中。
先生は嫌がるけど、腕を組んで歩くだけで一気にデートっぽくなる。
いいわよね、これがしたかったのよ。
「そういえば、先生の妹ってちゃんと聞いたことなかったけど、どんな子なの?」
「俺の妹……?普通の子だよ」
「お兄ちゃんに抱きつく妹なんて今の時代、滅多にいないから。仲は良いのは知ってるけど、あまり先生から聞いたことない」
分かってるのは仲がいいことだけ。
写真は見たことあるから顔は知ってる。
大人しそうで可愛い美少女でした。
「前にも言ったかもしれないけど、年齢は梨紅ちゃんより年上。高校1年生なんだ」
「……性格は?姉の美鶴さんみたいな感じ?」
「うちにもうひとり、あんな人がいたら俺は逃げ出してるね。唯一の良心と言ってもいい。うちの美鶴姉ちゃんが悪魔なら、妹は天使だろうな。姉ちゃんとは似ても似つかないくらいに可愛いし、素直だし、それに何よりも俺に優しいからさ」
先生が美鶴さんにどれだけ虐げられて怯えているのかだけはよく分かった。
……先生、可哀想。
「先生の妹か。一度くらい会ってみたいかも」
私が何気に言った台詞に先生は「会ってみたい?」と乗ってくる。
「え?そうだけど、会えるの?確かかなり遠くに住んでるんだよね?」
「まぁ、実家は遠いけどな。春休みにこっちにくるって聞いてる」
先生の話によると、両親が2週間ほど海外旅行へ行くらしくて春休み中は先生の家で妹さんがお泊りするらしい。
「そっか。それじゃ、先生の妹さんにも会えるんだ」
「機会くらいなら作るよ。仲良くしてくれるといいんだが」
先生が好きとか言うなら仲よく出来るか分からない。
美鶴さんという姉を見ているせいか、妹さんってどんな人なのか想像できない。
「きゃっ!?」
先生がいきなり足を止めるので抱きついていた私は足をとめる。
腕に抱きつく力を緩めて私は不満気に、
「もうっ、いきなり立ち止まらないでよ!」
「ごめん。この店ってクレープが美味しいらしいけど、よっていく?」
彼が指をさした先にはクレープ屋さんがある。
最近出来たばかりのお店で私はまだ来たことがない。
「うんっ、行こうよ」
「それじゃ決まりだ」
先生と一緒にお店に入り、私は生チョコのクレープを注文する。
種類が豊富で色々と悩んだけど、美味しそうな見た目に惹かれた。
「梨紅ちゃんってチョコ系好きなんだ?」
「甘いのなら全般は好き。先生は……?」
「俺も好きだ。苦いのは少し苦手かな。これにしよう」
先生はイチゴのクレープを注文、甘いもの好きなんだ。
私は前回のビターチョコ事件を思い出しながら、あの事件を繰り返さないように尋ねる。
「大河先生って嫌いなものはあるの?」
「苦めのもの以外なら大抵は好きだよ。あっ、辛いのもダメかな」
「甘党派なんだ。男の人ってそういうの苦手だと思ってた」
「俺は結構好きだよ。今度、美味しい店に連れて行ってあげよっか?」
久々に先生と話題がうまくあった。
これよ、こういうのを私は待っていたの。
私が頷くと先生も何だか嬉しそうだ。
「ああいうお店ってひとりじゃ入りづらいからさ」
スイーツ専門店とかって男の人ひとりだと浮いてしまうのも事実。
私達は出来上がったクレープを近くの駅前広場でベンチに座りながら食べ始める。
甘くておいしい、噂通りに味も良くて満足だ。
今日のデートは一通り楽しめたと思う。
今度はもうちょっと甘い展開もありで進行できればいいな。
私はクレープを食べながら先生とスイーツ系の話題で盛り上がる。
早くホントの恋人になりたい、その気持ちを強くさせていた。