第1章:家庭教師、始めます
【SIDE:日野大河】
姉の姑息な陰謀、もとい、家庭教師のアルバイト話はすぐに決定した。
家庭教師を派遣する会社に行くとすぐに簡単なテストと面接が行われた。
一応、現役大学生なので中学生レベルぐらいは余裕だ。
「それでは、これからよろしくお願いしますね。日野さん」
姉の思惑通りにその日のうちに採用決定。
ちなみに姉ちゃんは俺をアルバイトに勧める事で、時給が少しだけあがったらしい。
今度、何か奢ってもらうことにしよう。
無理やりさせられた文句は言いたいが、時給もいいのは事実。
試しにやってみてもいいかな、と思う程度には興味も持てた。
俺が家庭教師をする生徒とは明日にでも会う予定だ。
一応、資料だけはもらってきたので、家に帰ってから読む。
相手は中学2年生、来年は受験生なので勉強をさせたいと親からの要望らしい。
「それにしても、相手は女の子か。今時の若い子に俺はどうすればいいのやら」
ただでさえ、女の子の扱いが苦手なの俺としては困る。
「そんなの悩まなくても別にいいわよ。ただのアルバイトなんだから」
夕食時、相談した俺に姉ちゃんはあっけらかんとした口調で言った。
今日の夕食は鍋料理、メインは魚介系、肉系を希望したが断られた。
何でもダイエット中なんだとさ、この姉にも女性らしいところはあるのな。
姉と夕食を一緒に取るのは週に2回ほど、後は各自が自由に食事をとっている。
俺も姉ちゃんもバイト関係で帰宅時間も違うからな。
「私の場合はふたりの生徒を今、受け持ってるんだけど、男の子だろうが女の子だろうが、別にプライベートの事まで首を突っ込むわけじゃないんだから適当にしておけばいいのよ。あくまでも、仕事でしょ?」
「そーいうものなのかな。姉ちゃんも最初はどうだったんだ?」
「私?そうねぇ、ちょっとくらい悩んだけど、一回してみたらどうとでもなるものよ。ようするに家庭教師=生徒の学力UPが目的なわけじゃない。よほどバカな教え方しない限り、普通にしていればいいの」
確かに正論だが今の俺にそれができるのかどうかが問題、何事も経験っていうのかな。
「あっ、分かってると思うけど、生徒に手を出しちゃいけないわよ」
「しないっての。相手は中学生だぜ?さすがの俺でもロリコンじゃないさ」
年下女は好みでもないのだ、俺の好みは年上美人なのだよ。
俺は鍋料理を食べながら、明日の事を悩み続けていた。
翌日、俺は家庭教師として派遣された相手の家を訪れていた。
今日から本番、まずは顔合わせと相手の学力チェックを兼ねた第1回目だ。
俺の住むアパートからさほど離れていない高級住宅地。
金持ちの家が立ち並ぶ場所のひとつに、目的地があった。
「えっと、桐原、桐原……あった、ここか?」
庭付き一戸建て、いかにも金持ちが住んでそうな家だ。
家庭教師なんてのを雇うくらいだからなぁ。
相場の値段を聞いてみたが、家庭教師ってのはお金がかかるのだ。
俺はインターホンを押すとすぐに中から女性が出迎えてくれる。
「貴方が家庭教師の日野さんね。初めまして、桐原紗代(きりはら さよ)と言います。あの●●大学の生徒さんなんですってね。私の娘もいずれはああいう大学に通わせたいと思っていますの。よろしくお願いしますね」
「こちらこそお願いします」
上品そうな女性、俺が受け持つ相手の母親だ。
紗代さんは俺を家の中へと案内する。
まずはリビングに案内されて俺はソファーに座る。
「娘を呼んできますから少しだけお待ちください」
俺はぐるっと辺りを見渡すが、これがお金持ちの家ですか。
外面もすごいが、中も豪華な造りになっている……いいねぇ、羨ましい。
「お待たせしました。娘の梨紅です……って、あら?」
いざ紹介、と思ったら紗代さんの後ろには誰もいない。
俺の家庭教師の生徒である女の子の名前は桐原梨紅(きりはら りく)と言う。
「こらっ、梨紅。せっかく先生が来てくれているのよ」
「嫌よ。私は家庭教師なんて頼んだ覚えはないわっ」
廊下の方で声がするので、そこにいるんだろう。
紗代さんはため息をつきながら「ごめんなさいね」と廊下へと戻る。
「梨紅。貴方のために家庭教師を頼んでもらったのよ?最近、成績も落ちる一方、このままでどうするの?」
「私は勉強なんて嫌いだもの。そんなのしなくたって生きていける」
「……もうっ、いつからそんなひねくれた子になったのかしら」
どうやら実力行使に出たらしい。
廊下からは「ひっぱらないで~っ!?」という可愛い叫びが聞こえてくる。
……やれやれ、いつまでかかるんだろうな。
「お待たせしました、日野さん」
それから数分後、根負けしたらしい梨紅ちゃんがようやくこちらに来た。
俯きながら頬を膨らませる彼女。
おっ、中学生にしては綺麗な女の子じゃないか。
梨紅ちゃんは薄茶色の長髪がよく似合う、スタイルもいい美少女だ。
いかにもお嬢さまって言う雰囲気もあるけど、そこもいい。
だが、そんな彼女は俺の方を見ようともしない、これは前途多難か?
「……梨紅、ご挨拶をしなさい」
ツーン、と無視状態の彼女。
どうやらご機嫌斜めの様子、これはまた大変そうだ。
「はぁ、梨紅もまだまだ子供ね。すみません、日野さん。娘は勉強嫌いなもので」
困り果てた紗代さん、俺は俺なりにしますか。
これもお仕事だし、諦めて帰るわけにもいかないのだ。
「初めまして、梨紅ちゃん。今日からキミの家庭教師をする事になった日野大河です」
「……?」
彼女がようやく俺の方に視線を向ける。
初めは興味なさそうに見てきた彼女だが、俺の顔を見るや俺の方に近づいてきた。
「ねぇ、お兄さん。歳はいくつなの?」
「大学1年、19歳だから梨紅ちゃんとは5歳差かな」
中学2年の14歳と聞いているからそれくらい離れている。
「……ママ、家庭教師の話だけどいいわよ。認めてあげる。ほら、先生。私の部屋に来て」
彼女は俺に興味を持ったのか、あっさりと家庭教師を受け入れてくれた。
俺の手を引いて部屋と連れて行く彼女。
いきなりやる気になってくれたのはいいが、逆に俺は困惑していた。
「急にどうしたのかしら?日野さん、娘をお願いしますね」
「は、はい……ホント、女の子って気難しい」
紗代さんに見送られて2階にある彼女の部屋へとつく。
これもまた広い大部屋かと思いきや、俺の実家にある部屋と同じくらいの広さだ。
女の子らしく可愛くファンシーな部屋ではある。
昔の美鶴姉ちゃんの部屋がこんなのだったなぁ、今からは想像できないけど。
「その椅子に座って。えっと、ひのさんだっけ?」
「日野大河。日野でいいよ」
「じゃ、大河先生って呼ぶわ。私の事は梨紅でいいから」
最初から名前か、俺を名前で呼ぶ人は姉以外いないので何だか照れくさいぜ。
大河ってなんだか大層な名前で呼びにくいんだよな。
勉強机に座った彼女だが、机の上はファッション雑誌が山積み。
これでは勉強ができないので、そこの整理からまずする事にした。
整理を手伝いながら俺は尋ねてみる事にする。
「どうして急にやる気になってくれたのかな?」
「どうして?だって、想像していた人と全然違ったから。●●大学の大学生が来るって聞いてイメージ的に眼鏡かけたお堅い男だって思ってたの。頭はいいけど、他はダメみたいな?でも、先生はカッコいいからオッケーよ」
うちの大学は名も知れているし、頭もいいけどそこまでのイメージはないぞ。
しかし、容姿でやる気を見せてくれるとは……。
「先生だって逆の立場ならどう?超可愛い女の先生が家庭教師なら嬉しいでしょ」
「確かに。それは言えているな」
美人家庭教師とふたりっきり、たまらんシチュエーションです。
「そういうこと。分かってくれたかしら?」
「まぁ、それとなく。あっ、これはどこに置けばいい?」
「その辺の隅っこにおいといて。あとで自分で片付けておくわ」
俺は雑誌を片隅に積み重ねながら、梨紅ちゃんの資料を思い出す。
担当科目は数学をメインにしてくれと言われていた。
「梨紅ちゃんは数学が苦手なのか?」
「んー、別に?テストで20点ぐらいだから大丈夫じゃない?」
「……全然、大丈夫じゃないから。苦手科目なのか」
理系が苦手な女の子って多いからな。
俺はまず軽いテスト問題を彼女にさせて見ることに。
「……これは?あれ、どうやって解くのかしら。公式に当てはめて……公式って何?」
悩みながらもシャーペンで数字を書き連ねていく梨紅ちゃん。
テスト開始から20分、何とかできあがった答案用紙を答え合わせする。
見事に×ばかり……おいおい、これは予想外にひどいぞ。
彼女が苦手とする数学だが、見事に方程式関係は全滅だ。
「えっと、梨紅ちゃん。本当に数学が苦手なんだな?」
「だって、分数習ったくらいから算数って興味なかったもの。必要ないことはしない主義なの」
「それにしたって、これは……。一応、私立の中学校に通ってるんだよね?」
「そうよ。学年の成績では優秀な方なのよ。数学はダメでも他はいい成績だからね」
自慢げに彼女は先日のテストの結果を見せてくれる。
他の科目は言うとおり、高得点で問題はまったくない。
確かにこれは家庭教師が必要なレベルだな、間違いない。
何だかんだで2時間が経過して本日の家庭教師は終了。
「ふぅ、終わった。大河先生、連絡先を教えてよ。番号とメアド、交換しましょ」
「あぁ、分かったよ。これでいいかな」
携帯電話の番号を交換し合うと彼女は嬉しそうに笑う。
「また連絡するわ。大河先生、よろしくねっ」
思わず見惚れる美少女中学生、梨紅ちゃんとの出会いはこの日から始まった。