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第10章:想いの形

【SIDE:日野大河】


 美鶴姉ちゃんのせいで俺に恋人がいない事を梨紅ちゃんにバラされてしまった。

 せっかく隠し続けていたのに何たる仕打ちだ。

 梨紅ちゃんの家庭教師を初めて一ヶ月が過ぎ、2月に入ろうとしていた。

 

「いらっしゃいませ~」

 

 そんな俺は週1、2回ほどは居酒屋でアルバイトをしている。

 今日も夜遅くまでアルバイトをして、疲れ切っていた。

 

「はぁ、今日は散々な目にあったな」

 

 嫌な客に絡まれた事もあり、俺は愚痴りながら着替えを終えて外へと出る。

 一番寒い2月になったせいで、本当に肌寒い。

 さっさと帰りたいが夕食も買わなきゃいけない。

 俺の住むマンション付近にはコンビニがないので遠回りしなくてはいけないのだ。

 いつもの慣れた道だが、嫌になるなぁ。

 

「……ん?」

 

 俺が夜道を歩いていると楽しそうに談話する中学生ぐらいの集団と遭遇する。

 その中にいたのは梨紅ちゃんだった。

 

「あれ、梨紅ちゃん?」

 

 俺の存在に向こうも気づいたらしく、こちらに振り返ると勢いよく手を振る。

 

「先生じゃない。どうしたの?あっ、居酒屋でアルバイトしてるって言ってたからその帰りかしら?」

 

 相も変わらず、尻尾を振って機嫌のいい犬のように近づいてくる。

 ここまでストレートに好意を示されると普通に嬉しい。

 

「そうだけど、梨紅ちゃんは?」

 

「私は友達と遊んできた帰りなの。ちょっと遅くなっちゃった」

 

 時計は10時過ぎ、ちょいと中学生が遊ぶにしては遅い気がするが……。

 俺達の会話を他の友人たちが気にしている。

 

「ねぇ、梨紅。この男の人は誰なの?」

 

「ふふっ。彼はねぇ……」

 

 梨紅ちゃんが何やら俺を彼女達に紹介しようとする。

 だが、それは思わぬ紹介となる。

 

「もしかして、話によく出て来る年上の彼氏さん?」

 

「えっ?あの噂の人?へぇ、そうなんだ」

 

 ……はい?

 何で俺が梨紅ちゃんの彼氏なのだ。

 自慢ではないが俺の人生=恋人いない歴だぜ……ホントに自慢にならないな。

 そんな俺を放置して彼女達は騒いでる。

 

「いい感じの人じゃない。やっぱり、年上だよね。同年と違って男らしいもの。いいなぁ」

 

「そうそう。梨紅にはこういう人が似合うんだってば」

 

 当の本人の梨紅ちゃんはものすごく気まずそうにこちらをうかがいながら、

 

「でしょう?当たり前じゃない。私の自慢の彼氏なんだから」

 

 と、友達に自慢げに話している。

 突っ込みたい所だが、それをしても彼女の友人たちへの評価をさげるだけだ。

 ふーむ、ここはどうやっておくべきか。

 空気が読めない男じゃないので、仕方なく彼女に合わせてあげる事にした。

 

「いつも梨紅が自慢しているんですよ。有名大学に通ってるだけじゃなくて、すごくかっこいい人だって。本当なんですね」

 

 友達のひとりが俺をそう言って褒める。

 やめてくれ、照れるじゃないか。

 

「ホント、梨紅ってば彼氏ができてからその人の話ばかり。でも、お兄さんみたいな人なら仕方ないのかも。梨紅を大事にしてあげてくださいね」

 

 あははっ、心配しなくても俺は付き合ってませんから……笑えねぇ。

 

「梨紅ちゃんは可愛い子だから学校でも人気者だろう?」

 

「えぇ、学内の男子のほとんどが好きってくらいに。でも、昔から全然、同年代の男に興味ないからフッてばかりいるんですよ。それが今年に入ってからいきなり惚気モード。家庭教師でイケメンで、優しい人なら当然かもしれませんけど。確かにいいですよね。私もお兄さんみたいな人なら付き合いたいもの」

 

 ……俺ってもしかして、年下にはモテるのか?

 そう言えば、これまでも高校時代の後輩にはよく慕われていたな。

 年上好きだったので興味なかったが、年下路線に目を向ければ……。

 イケる、俺の時代が来てる気がするぜ。

 だって、俺の人生で女の子たちにこうまで好印象抱かれたの初めてだし。

 

「も、もうっ……。先生、あんまり浮かれてないで」

 

 不満気に俺の手をいきなりひねる梨紅ちゃん。

 痛いっす、俺が何をしたというのだ!?

 唇を尖らせて拗ねる姿に友人たちは何やら勘違いをした様子で、

 

「あらら。怒らせちゃった。それじゃ、梨紅。私達はここで帰るから送ってもらったらいいよ。それでは、お兄さん。さよなら」

 

「バイバイ~っ。彼氏と仲良くしてねぇ」

 

 梨紅ちゃんを置いて友達が帰ってしまう。

 ふたりだけになったので、俺は梨紅ちゃんに言う。

 

「さて、何か言う事があるだろう?梨紅ちゃん?」

 

「――大河先生の浮気者っ!中学生相手にデレデレしちゃってさぁ。ふんっ!」

 

「――えぇ!?俺が責められるの!?……なぜか分からないけどごめんなさい」

 

 せっかく話を合わせてあげたのに、なぜか知らないけど怒られる俺でした。

 


  

 

 梨紅ちゃんの嫉妬(?)の怒りは寒さですぐに収まったらしい。

 俺はコンビニ弁当を買ったついでに梨紅ちゃんに肉まんを差し出す。

 彼女は白い湯気の出る肉まんを食べながら、

 

「うーん。やっぱり、コンビニの肉まんは最高っ」

 

 それひとつで気分もよくなってくれたので、俺も同じように肉まんをかじる。

 この寒い中で温もりを取り戻してくれる冬の必需品だ。

 

「それで、何か言う事は?」

 

「肉まんごちそうさま?」

 

「違うよね?それとは別件で言う事があるだろう?」

 

 俺が問い詰めると彼女は「先生って意地悪だ」と怒られる。

 だから、何で俺が怒られる立場なんだろう。

 梨紅ちゃんはちまちまとハムスターのように肉まんを食べ続ける。

 

「別に私が言い始めたんじゃないからね?先生の事を友達に話したら勝手に勘違いして恋人なんだって話になっただけ。実は私は一度も認めてないんだよ?」

 

「否定をしなければ同じ事でしょうが」

 

「うぅ、だって恋人がいるって友達同士の中じゃ優位になれるんだもんっ」

 

 俺だってその気持ちはよく分かる。

 そうなんだよな、恋人がいるってだけでなぜか偉そうにしている奴っているもんな。

 ちくしょー、恋人がなんだ、俺は別に悔しくないぞ……嘘です、悔しいです。

 そんな青春時代の過去を思い出して俺は思わず頷いていた。

 

「梨紅ちゃんの気持ちは分かるが嘘はいけない」

 

「嘘じゃないもの。すぐに事実になるし」

 

 最近覚えたてのスルースキル発動、そこにはあえて突っ込まないでおこう。

 

「それはさておき、こんな時間まで何をしていたんだ?」

 

 肉まんを食べ終わった俺達は梨紅ちゃんの家に向かう事にした。

 俺からすればかなり遠回りの道になるのだが、ここで梨紅ちゃんをひとりで帰らせるわけにもいかない。

 この前と違い、この時間帯は変態が出没する危ない時間なのだ。

 リアルに最近、この街には危ない輩が出始めてるという噂があるからな。

 

「えっと……それは秘密。乙女には話せない事情ってのがあるの」

 

「それなら聞かない」

 

「えー!?そこは気になるから聞いてよ!先生、私の話に興味を持って」

 

 どっちやねん……。

 今時の少女についていけない俺です、俺も歳になったなぁ。

 

「秘密だけど教えてあげるわ。実は……」

 

「もうすぐバレンタインデーとかそんな話か?」

 

「なぜ、それを知ってるの!?」

 

 ……秘密でも何でもないじゃん、日付で言えばあと10日程度だ。

 

「実は友達の恋を応援しているの。さっき、お兄さんって言ってた可愛い子いるじゃない。その子が気になる相手がいるんだけど、この際、バレンタインデーを利用して告白しちゃえーっ、と励ましてたのよ」

 

「それは理解したけど、こんな時間まで?」

 

「ついでにカラオケで盛り上がって、遅くなっただけ」

 

 何とも若い子らしい理由である。

 

「……バレンタインか。もうそんな時期なんだなぁ」

 

 俺は遠い目をしながら、独り身の男に悲しい現実を与えてくれる「バレンタインデー」という魔の日を口にする。

 俺、人生で一度も本命チョコをもらった記憶がありません。

 義理チョコオンリーです、義理って書かれたチョコを実際にもらったこともあります。

 思い出すだけで辛い、あまりにも悲しい現実が今年もやってくるのだ。

 

「心配しなくても私からは先生に愛のこもった本命チョコあげるから」

 

「……俺、どう反応すればいいんだろう」

 

 人生初の本命チョコを喜ぶべきなのか、それとも悲しむべきなのか?

 

「えへへっ。先生、期待していてね?」

 

「あ、うん……」

 

 梨紅ちゃんから向けられる好意を否定する程、俺は偉くない。

 素直に嬉しい半面、家庭教師の生徒というモラルからすると……悩むべき事態だ。

 出会った当初はこちらに遠慮もあったのか、あまりストレートに表現することもなかったのに、ここ1週間くらいの間にものすごくストレートに好意を示すようになった。

 それはそれで俺としては非常に困ってるのだ。

 これだけ可愛い子に好きだと言われて嬉しくない男がいるか、否、いません。

 だからと言って、年下すぎる相手を受け入れる事もできなくて……あぁー、梨紅ちゃんが同い年だったらよかったのに。

 

「どうしたの、大河先生?ぶつぶつ何か言って……?」

 

「何でもないさ。寒いから早く家に帰りたいなって、それだけだよ」

 

 そんな苦悩をする俺を知ってか知らずか、梨紅ちゃんは不思議そうな顔をしている。

 俺達は複雑な事情を抱えながら、冬の夜道を歩いていた。

 

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