第9章:先生の元恋人?
【SIDE:桐原梨紅】
大河先生は19歳で私は14歳……たった5歳の違いが大きい。
ううん、歳の差だけじゃない、私達がもっと早く出会えてたらって思うの。
「……これは、リアルに凹むわ」
その写真に写る先生に抱きつく女の子。
以前、先生が元カノだって言ってた年上の気の強い女性には見えないけど、この親密さは恋人以外の何者でもない。
きっと、何らかの関係がある人間には間違いない。
私は美鶴さんから受け取った写真をバッグにいれて、帰る準備をする。
しばらくは雑談していたけれど、夜も遅くなってきたので帰ることにした。
夜道は危ないと言う事で先生が一緒に家までついてくれるらしい。
最近は痴漢や変質者とか普通にこの街でもいるようなので安心だ。
「準備はできた、梨紅ちゃん……?」
「うん。それじゃ、行きましょう」
冬の夜空はかなり寒い、まだ1月の中旬、寒さのピークはこれからだ。
私はダウンコートを羽織りながら先生の後ろを歩く。
「うぅ、寒い~っ。冬なんて無くなってしまえばいいのよ」
「それは北国よ、消えてしまえという意味で?」
「そこまでは言わないけど。温かい場所で暮らしたいとは思うわ。先生の実家のある県って南の方だっけ?」
「一応は温かい地方だけど。場所によるけどな。山奥の雪降る場所は雪が降るし、海側だと黒潮で比較的温かい地方もある。俺が住んでるのは海側でそれほど寒くはないからこっちの寒さには辛いものがある」
「……そうなんだ。私って寒いのは大の苦手なの」
早く帰りたいけど、先生と一緒にいる時間が少なくなるのは嫌だ。
それに私には最重要任務があるの。
このバッグの中に押収してある証拠写真を突き付けて白状させなくてはいけない。
先生の元カノ、その正体をはかせてあげるわ。
普通に話を聞かされて凹む可能性もあるので、状況によっては延期しよう。
「それにしても、美鶴さんってすごい人ね」
私にとっては衝撃的な出会い、最初から最後まで翻弄されたもの。
「あらゆる意味で逆らってはいけない人だ。俺の実姉ながら危険な人だから、梨紅ちゃんもあんまり信じちゃいけないよ」
「そう?私にはいい人に見えたわよ」
「それが姉ちゃんの罠なんだ。あれは絶対に何か企んでいるに違いない。間違いない」
先生の態度から察するに、よほど美鶴さんには痛い目を見せられ続けてきたんだ。
でも、美鶴さんは私には結構いい人にも見えたのは事実。
そりゃ、恋人だって騙された事はムッとしたけど、それ以外は先生の事にも協力してくれていたし、現にこうして写真まで探してくれた。
話をしているだけでいつのまにか家までついてしまう。
そんなに離れた場所じゃないので、仕方がない。
「それじゃ、俺は帰るよ。また次の家庭教師の日にね」
「ま、待って。そうだ、先生。お茶でも飲んでいかない?」
「でも、もうこんな時間だから」
時計を見ると10時過ぎ、普通ならこの時間には彼を止めたりしない。
けれど、今日は両親がいないっていう事もあり私は彼を誘う。
「大河先生、お願い。もうちょっとだけ一緒にいてよ?」
「と、言われても……俺もキミを送り届けに来ただけだし」
「――お願い、先生っ。今日は家に誰もいないの。少しでいいから、ね?」
「その誘い方は何やら誤解を招くんだが……まぁ、そう言うなら」
押しに弱い先生だから、ちょっと甘えたふりしたら断らない。
ふふっ、最近、先生の扱いがちょっとだけ分かって来たの。
基本はヘタレなので自分からどうこうできない分、こちらから積極的に攻めると効果的。
ただし、あまり直接的で行くと警戒されるから、今回みたいに間接的に攻める。
私は先生の手を引いて家の中に誘う。
ママ達は先ほど携帯にメールでお泊りするんだって連絡があった。
……いい歳になってもラブラブなんて羨ましいなぁ。
「先生はコーヒー?それとも紅茶?」
「コーヒーを頼もうかな」
私はコーヒーメーカーを使いながらコーヒーを入れる。
その間にお茶菓子の準備……クッキーでいいわ。
お皿にクッキーを入れて、淹れたてのコーヒーと一緒にテーブルへと運ぶ。
「そう言えば、紗代さん達はどこに行ったんだ?梨紅ちゃんはお留守番か」
「今日は結婚記念日なんだって」
「へぇ、そうなんだ。でも、紗代さんって若いよなぁ」
「ママは20歳で私を産んでるから……もしかして、ママ狙いだった?」
それは盲点、まさかの展開と言うやつだ。
すると私の問いに彼は首を横に振りながら否定する。
「俺には人妻属性ないから。余計な心配はしなくていい」
「そうよね。先生は私狙いだものね」
「……それより、最近の梨紅ちゃんの成績はどうなんだろうね」
うわっ、人の告白をあっさりスルーしたよ、この人。
何気に失礼だとは思いません?
あんまり子供相手だからって調子に乗るな、ヘタレ先生のくせに。
私は内心ムッときたので、例の写真を出すことにする。
ここで問いたださなきゃ、タイミング的にも逃しそうだもの。
「そんな事より、私はもっと気になる事があるんだ」
「気になる事?だから、俺には人妻属性もないって。俺の知り合いに20歳以上歳の差があるのに交際している奴がいるけど、それはないなって思ってるんだ」
「え?それって女性側の方が年上ってこと?若い燕がどうとやらって感じ?」
「そうだ。しかも、そいつと付き合ってた時は別居寸前の関係だったらしくてな。今じゃ離婚してそいつと交際しているらしいけど。略奪愛というか、いやはや、歳の差ってそこまで行くと自分の人生を考えなきゃいけないから難しいよね」
それはそれで興味深い話ではあるけど、また変な形で話題を変えられた。
歳の差がダメだってさりげなく言ってるつもり?
たかが5歳、されど5歳……どうして私は先生と同い年じゃないんだろう。
いつも、子供扱いされてばかりの自分。
もっと対等になりたいと大人びてしまうのは当然の事なの。
「……話をそらさないで、先生。今日、聞きたい事があるの。だから、先生をこの家に誘ったのよ。いいから誤魔化さないで。真実だけを述べて。そうじゃないと家から帰すつもりもないから」
「あの、その言い方って俺がまるで何かしたみたいな言い方なんだけど」
「そうよ。先生のことだもの。実はこの写真について知りたいの」
私は例の写真を先生につきだす。
コーヒーカップを片手に持つ先生の動きが固まった。
先ほどまでと違い、顔色が悪くこわばっている。
「え、えっと、その写真をどこで入手したんだ?」
「美鶴さんが先生の部屋で見つけたって。可愛い人だよね?先生もニヤついてるし、仲いい子なんだって?」
大河先生に甘えて抱きつく女性。
ホントに羨ましい……私もしてみたい。
妬み半分、羨望半分で私は彼にこの写真の真実を問い詰めた。
「正直に言って、先生。この子が先生の元カノなの?」
「元カノ?え?……まさか、これも姉の罠か。俺の些細な見栄すら潰す気か。あの人ならやりかねん」
「何をボソボソ言ってるの?元カノと違うの?こんなに抱きついたりしているのに友達だとかまだ言い訳する?」
意外に素の反応を見せる先生。
この子は違うのかしら?
「前に言ってた元カノさん。私、先生の事をちゃんと知りたいから教えて」
「うぐっ。そ、それは、そのですね。この写真に写る女の子は俺の元カノ……って、姉ちゃんめ、余計な事をしてくれる。ここまでなのか、ちくしょー。俺はどうすればいいんだよ……」
妙に焦りだす先生の様子がおかしい。
問い詰め続けると彼はついに自白した。
「――ごめんなさい、これは俺の妹です……ぐすっ」
「……いもうと?えぇっ!?」
だって、美鶴さんは元カノだって断言したのに?
私は本日、何度目かの驚きにびっくりする。
「俺に妹がいるって言っただろ。そうだよ、この子だよ。めっちゃ可愛い自慢の妹だ。抱きつかれているのは甘えたがりなだけ。全然、恋人なんかじゃありません。ぐすっ、泣きたい」
「ということは、また私は美鶴さんに騙されたっていうことなの?」
あの人、私の味方じゃなくてただ私の反応を楽しんでただけなのっ!?
うぇーん、こんなに悩んでいたのにあんまりよ。
やっぱり、悪魔だ……これからは簡単には信じないでおこう。
凹んだ気分を直して、私は先生に尋ねてみる。
「この美少女が先生の妹だって言うのは分かった。それなら、本当の先生の元カノって誰?いい加減に教えてよ。ものすごく気になるの。態度によっては今後の先生の扱いを考えるわ。嘘はつかずに真実を述べて」
私がググッと詰め寄ると先生は冷や汗をかきながら、ものすごく気まずそうに小声で囁いた。
「……ません」
「聞こえない。もっと大きな声で言って」
「……人生で今まで一度も恋人なんていません。そうだよ、いないんだよ!告白しても合コンしても、ダメだったんだよ。ちくしょーっ。年上と些細な見栄くらい張ってもいいじゃないか……恋人いないとダメなんですか。人生の敗北者ですか」
ガックリと肩を落としてうなだれて拗ねる先生。
「――年頃の妹に抱きつかれて喜んでる……恋人がいるって見栄をバラされた……」
おーい、先生、大丈夫ですかぁ?
もしかして、私ってば……大河先生の地雷踏んじゃった?
「そっか、先生って恋人はまだいなかったんだ」
その事実に私はホッとする。
だって、私にとってはものすごく嬉しい事だもの。
「笑いたければ笑え。存分に人生の敗者だと憐れんでくれていい」
「望むべき展開だもの。笑うわけないよ、先生。だって、これで私が先生の初めての恋人になるって事でしょう?」
私は彼に向って微笑むと「いや、まだ恋人じゃないし」と突っ込まれる。
「まだって事はこれからチャンスもあるって事でしょ。前向きに考えてよ、先生」
落ち込んだままの先生と対象的にすっきりと気分が明るくなった私。
好きな人の初めての恋人になれるチャンスが残ってた。
大好きな先生の初めての恋人になるのは、沢崎さんでもなければ妹さんでもない。
この私こそが、絶対に大河先生の恋人になって見せるわ。
そのためには、美鶴さんをどうにかして本当の意味で仲間にしないといけない。
絶対に敵に回してはいけない人だ、うぅ……。
……。
その頃の美鶴はリビングでテレビを見ながら思い出したかのように笑う。
「ふふっ、今頃、梨紅さんは驚いてるかしら。大河は自業自得ね、恋人もいないくせにつまんない嘘をつくから。それにしても大河も面白い子に好かれているじゃない。これはもっと楽しめそうな予感がするわ。次はどうしようかなぁ」
魔性の微笑み、まさに悪魔そのものだった――。