「君には価値がない」と婚約破棄された天才薬師ですが、私の霊薬なしでは生きられない元婚約者が没落していくのを眺めています
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この作品は生成aiを用いて執筆を行なっています
あらかじめご了承の上、お楽しみください
「君との婚約は破棄する」
桜吹雪が舞う黄昏の庭園で、暁人様はそう告げた。
五年間。私はこの方のために尽くしてきた。季節ごとの体調管理、社交界での立ち居振る舞いの補佐、そして──王族にしか処方されないはずの霊薬の調合。
すべてを、この瞬間のために?
(……いいえ、違うわね。この方にはそこまでの深謀遠慮はない)
「僕が本当に愛しているのは、君の従姉妹の椿姫だ。君のような地味で退屈な女に、僕の傍にいる資格はない」
暁人様の傍らで、椿姫が勝ち誇った笑みを浮かべている。艶やかな黒髪を風になびかせ、大きな瞳を潤ませながら──ああ、その演技は社交界の殿方には効果的でしょうね。
「ごめんなさいね、桜花。暁人様のお心は、もうずっと前から私のものだったの。あなたには悪いけれど……ふふ」
(悪いと思っているなら、その勝ち誇った笑みを引っ込めてはいかがかしら)
「……あら」
私は静かに微笑んだ。
「それはおめでとうございます、暁人様」
「……は?」
暁人様の眉がぴくりと動く。どうやら、取り乱して泣きすがる令嬢の姿を期待していたらしい。
申し訳ないけれど、私は五年前からこの日が来ることを予測していたのだ。いえ、正確に言えば──願っていた、というべきかしら。
「おめでとう、ですって?」椿姫が甲高い声を上げた。「あなた、状況がわかっているの? 公爵家嫡男との婚約を破棄されたのよ?」
「ご心配いただきありがとうございます、椿姫様」
私は深く、優雅に一礼した。
「ですが、その心配は不要かと。私には私の道がございますので」
「道?」暁人様が鼻で笑う。「君に何ができるというんだ。君はただ、僕の婚約者という肩書きがあったから価値があっただけだろう」
(──ああ、この方は本当に何も見ていなかったのね)
五年間、毎日欠かさず調合した薬。季節の変わり目に悪化する暁人様の持病を抑え、社交界で常に万全の体調でいられるように整えた処方。あれがどれほどの価値を持つものか、この方はまったく理解していない。
「そうですね、暁人様のおっしゃる通りかもしれません」
私は穏やかに頷いた。
「……では、お返しいただけますか?」
「何を?」
「私がお渡ししたもの、すべてです」
桜の花びらが、私と暁人様の間をひらひらと舞い落ちる。
「婚約の証として贈られた品々は、当然お返しいたします。ですから暁人様も、私が差し上げたものをお返しくださいませ」
「あの薬のことか?」暁人様は苦笑した。「あんな気休めの調合薬など、とっくに──」
「椿姫様に差し上げていたのでしょう?」
私の言葉に、暁人様の表情が凍りついた。
「な……っ」
「存じておりましたわ。半年ほど前から、お渡しした薬の減り方が倍になっていましたもの」
椿姫の顔色が変わる。
「ええ、ええ、構いませんのよ」私は優雅に微笑んだ。「あの薬がどのようなものか、暁人様はご存じありませんでしたものね。……椿姫様も、まさかご存じではありませんでしたわよね?」
「な、何を言っているの? ただの滋養強壮の薬でしょう?」
「いいえ」
私は静かに首を振った。
「王宮薬師団が王族にのみ処方する『霊薬』です。原材料だけで、この庭園が三つは買えるほどの価値がございますわ」
沈黙が落ちた。
桜吹雪だけが、変わらず優雅に舞い続けている。
「嘘……嘘よ!」椿姫が叫んだ。「そんな高価な薬を、ただの伯爵令嬢が調合できるわけがない!」
「私が『ただの伯爵令嬢』かどうかは、王宮薬師団にお問い合わせくださいませ」
私は懐から一通の封書を取り出した。
「こちらは王宮薬師団からの推薦状です。匿名で発表していた私の論文が認められ、正式な薬師として迎えたいとのお申し出をいただいております」
「そん、な……」
暁人様の顔から血の気が引いていく。
彼はようやく理解したのだろう。自分の体調が常に万全だったのは、生まれつきの頑健さでも、名医の診察のおかげでもなく──私が調合し続けた霊薬によるものだったということを。
「ま、待ってくれ桜花!」
暁人様が慌てて私の腕を掴もうとする。
「考え直そう、僕は──」
「いいえ、黎明様」
私は庭園の入り口に立つ人影に向かって呼びかけた。
「ちょうどよいところへ」
銀灰色の髪と深い紺碧の瞳。隣国の若き辺境伯・黎明様が、静かな笑みを浮かべてこちらに歩いてくる。
「お待たせしてしまい、申し訳ございません」
「いや、良い時間に来られたようだ」
黎明様は私の傍らに立ち、暁人様を冷ややかに見下ろした。
「き、貴様は何者だ!」
「隣国の辺境伯、黎明と申します。そして──」黎明様は私を振り返った。「桜花嬢の薬学論文を、匿名で支援してきた者でもある」
私は思わず目を見開いた。
「あの支援者は、黎明様でしたの……?」
「学術誌で君の論文を読んだ時から、いつか直接お会いしたいと思っていた。まさか、これほど不当な扱いを受けているとは思わなかったがね」
黎明様は暁人様に向き直る。
「公爵家嫡男殿。あなたが五年間、何を手にし、何を捨てようとしていたのか──理解できましたか」
「脅しているのか!」
「いいえ。ただの事実を述べているだけです」
桜吹雪が一層激しく舞う。
黎明様が私に手を差し伸べた。
「桜花嬢。あなたの才能を正当に評価する場所で、存分に力を発揮されてはいかがでしょうか」
「……ありがとうございます、黎明様」
私はその手を取った。温かい掌だった。暁人様の冷たい指先とは、まるで違う。
「待ちなさい! 桜花、あなたなんかに──」
椿姫の金切り声が背後から響く。
私は振り返り、穏やかに微笑んだ。
「椿姫様。どうぞ、霊薬なしで暁人様の体調管理をなさってくださいませ。……私にできた『気休め』ですもの、椿姫様にもきっとおできになりますわ」
椿姫の顔が蒼白に染まる。
「桜花様、お荷物の準備は整っております」
庭園の隅から、白妙の落ち着いた声が聞こえた。銀髪の侍女は、いつも通りの寡黙な佇まいで私を待っている。
「ありがとう、白妙」
私は最後に、暁人様と椿姫を見つめた。
「では、ごきげんよう。暁人様、椿姫様。どうぞお幸せに」
「桜は散っても、また咲く」
黎明様が静かに言った。
「だが、散らした者は二度とその美しさを見ることはない」
私たちは背を向けて歩き出す。
背後で椿姫の金切り声が響いた。暁人様が私の名を叫ぶ声も聞こえた。
けれど、私はもう振り返らない。
五年間、散り続けることを強いられた季節は終わったのだ。
(これからは、自分のために咲きましょう)
黎明様の隣を歩きながら、私は初めて、桜吹雪を美しいと思った。
◇ ◇ ◇
三ヶ月後──。
「桜花様、調合が完了いたしました」
白妙の声に、私は顔を上げた。
王宮薬師団の研究室。かつて夢見ることさえ許されなかった場所に、今、私は立っている。
「ありがとう、白妙。確認させて」
あの桜吹雪の庭園を後にしてから、私の生活は一変した。
王宮薬師団への推薦は正式に受理され、私は史上最年少の主席薬師として迎えられることになった。匿名で発表してきた論文の数々が、ようやく正当な評価を受けたのだ。
「桜花様」
研究室の扉が開き、黎明様が姿を見せた。
「お忙しいところ申し訳ない。少しよろしいか」
「黎明様。どうぞ、お入りください」
白妙が素早く茶の準備をする。私は調合台の前を離れ、応接用の椅子を勧めた。
「実は、面白い噂を聞いてね」
黎明様は紺碧の瞳を細めた。
「公爵家嫡男殿の体調が、著しく悪化しているそうだ」
「……そうですか」
私は静かにお茶を口に含んだ。
「因果応報、とでも言うべきでしょうか」
「冷たいな」
「冷たいでしょうか?」私は首を傾げた。「私は五年間、あの方の体調管理のために霊薬を調合し続けました。その対価は『君には価値がない』という言葉でしたわ」
「……そうだな。君は十分すぎるほど尽くした」
黎明様は窓の外を見た。
「彼は今になって、君の価値を思い知っているのだろう。遅すぎるがね」
「遅すぎますわね」
私は微笑んだ。
「ところで黎明様。椿姫様の噂は聞いておりますか?」
「ああ」黎明様の表情が険しくなる。「『公爵家を狙った毒婦』として、社交界で孤立しているそうだ。霊薬を無断で服用していたことが問題視されてね」
「椿姫様は知らなかったのでしょう。暁人様から『ただの滋養強壮剤だ』と言われて、信じていただけで」
「同情するのか?」
「いいえ」
私は首を振った。
「人を嘲笑い、奪い取ることで優越感を得ようとした報いです。私が同情する義理はありませんわ」
黎明様が静かに笑った。
「君は本当に、面白い女性だ」
「お褒めの言葉として受け取っておきますわ」
扉が再びノックされた。
「失礼いたします。桜花様に面会希望の方が……」
王宮の使用人が困惑した表情で言う。
「公爵家嫡男、暁人様でございます」
私と黎明様は顔を見合わせた。
「……お通しして」
「桜花様、よろしいのですか?」白妙が眉をひそめる。
「構わないわ。最後に、きちんと終わらせましょう」
現れた暁人様は、三ヶ月前とは別人のようだった。
頬はこけ、目の下には深い隈が刻まれている。かつての傲岸不遜な態度は影を潜め、どこか怯えたような目つきで私を見た。
「桜花……いや、桜花様」
「お久しぶりでございます、暁人様」
私は丁寧に、しかし冷淡に一礼した。
「本日はどのようなご用件で?」
「頼む……もう一度、あの薬を……」
暁人様は膝をついた。公爵家嫡男が、伯爵家の令嬢だった女の前で。
「僕が間違っていた。君の価値を、僕は何も分かっていなかった。だから──」
「お断りいたします」
私は迷いなく答えた。
「な、なぜだ! 僕は謝っている! 婚約を元に戻してもいい!」
「暁人様」
私は静かに彼を見下ろした。
「あなたが謝罪しているのは、私に対してではありません。あなた自身の体調と、公爵家の威信のためでしょう?」
暁人様が言葉に詰まる。
「私が五年間捧げた誠意を、あなたは『価値がない』と断じました。私の薬を『気休め』と呼び、愛人に横流しした。そして今、自分が困ったから頭を下げている」
私は一歩、後ろに下がった。
「それは謝罪ではありません。取引です。私はあなたと取引する気はございません」
「桜花……!」
「お引き取りください」
黎明様が静かに、しかし有無を言わせぬ口調で言った。
「これ以上、彼女の時間を奪うことは許さない」
暁人様は黎明様を睨みつけた。しかし、かつての威圧感はどこにもない。病に蝕まれた体では、辺境伯に対抗する力など残っていないのだ。
「……覚えていろ」
捨て台詞を残し、暁人様は去っていった。
「覚えていますとも」
私は小さく呟いた。
「あなたが私を捨てた、あの桜吹雪のことを。永遠に」
暁人様が去った後、研究室には静寂が戻った。
「……大丈夫か」
黎明様が穏やかに尋ねる。
「ええ。むしろ、すっきりいたしました」
私は窓の外を見た。王宮の庭園には、季節外れの桜が一本だけ咲いている。
「ねえ、黎明様」
「何だ?」
「あなたは、なぜ私を支援してくださったのですか? 匿名の論文を書いていた、顔も知らない薬師を」
黎明様は少し考え込むように沈黙した。
「……君の論文を初めて読んだとき、衝撃を受けた」
「衝撃、ですか?」
「ああ。あれほど緻密で、それでいて独創的な処方を考案できる人間がいることに。そして、その人物が正当に評価されていないことに」
黎明様は私に向き直った。
「俺は君の才能に惚れた。論文を通じて見えた、君という人間に」
「……それは」
「誤解しないでくれ」黎明様は苦笑した。「今すぐ何かを求めているわけではない。ただ、君に知っていてほしかった。俺は五年前から、ずっと君を見ていたということを」
私は言葉を失った。
五年間、暁人様に尽くしながら──その間ずっと、私を見ていてくれた人がいたのだ。
「……ありがとうございます、黎明様」
私は深く頭を下げた。
「今はまだ、お返事をする準備ができておりません。けれど──」
「構わない」
黎明様は穏やかに笑った。
「桜は、急かされて咲くものではないからな。君が自分の季節に咲くまで、俺は待つよ」
窓の外で、桜の花びらがひとひら、風に舞った。
今度こそ、私は自分のために咲こう。
そう、静かに心に誓った。
◇ ◇ ◇
一年後の春。
桜の季節が、再び巡ってきた。
「桜花様、黎明様がお待ちですわ」
白妙の声に、私は鏡から目を離した。
淡い桜色の髪を丁寧に結い上げ、琥珀色の瞳には一年前にはなかった輝きが宿っている。王宮主席薬師の正装に身を包んだ私は、あの頃の「控えめで儚げな令嬢」ではない。
「ありがとう、白妙。行きましょう」
黎明様が待つのは、王宮の桜庭園だった。
彼は銀灰色の髪を風になびかせ、満開の桜の下に立っていた。
「来てくれたか」
「お呼びいただきましたもの」
私は微笑んで隣に立った。
桜吹雪が舞う。一年前、暁人様に婚約破棄を告げられたあの日と同じ景色。けれど、今の私には同じ花びらがまったく違うものに見えた。
「この一年、君の活躍は目覚ましかった」
黎明様が静かに言う。
「王宮薬師団の改革、新薬の開発、そして──辺境伯領への医療支援。君のおかげで、俺の領地の乳幼児死亡率は三分の一にまで減った」
「私一人の力ではありません。黎明様が資金と人材を惜しみなく提供してくださったから──」
「君がいなければ、俺には何もできなかった」
黎明様が私の手を取った。
「桜花。俺は一年前、『待つ』と言った。君が自分の季節に咲くまで待つと」
「ええ」
「今、聞いてもいいか」
紺碧の瞳が、真っ直ぐに私を見つめる。
「君の隣で、これからも共に歩くことを──俺に許してくれるか」
桜の花びらが、私たちの周りをひらひらと舞う。
一年前、私はこの季節を恐れていた。散らされることしか知らなかったから。
けれど今は違う。
「黎明様」
私は彼の手を握り返した。
「私は、あなたのために咲きたいと思います」
黎明様の表情がふっと緩んだ。普段は冷徹で近寄りがたい彼が、こんなにも穏やかな顔をするのを見たのは初めてだった。
「ありがとう、桜花」
「……でも」
私は少し意地悪く微笑んだ。
「一つだけ条件がございます」
「何だ?」
「私を『守る』のではなく、『共に歩く』と──今、おっしゃいましたわね」
「ああ、言った」
「その言葉、忘れないでくださいませ。私は薬師としての仕事を辞めるつもりはありませんし、あなたの領地のためにもっとできることがあると思っています」
「望むところだ」
黎明様は苦笑した。
「正直に言えば、君がただの令嬢として収まるなど、最初から期待していない。君は──そういう女性じゃないからな」
「よくご存じで」
私たちは顔を見合わせて笑った。
その時、庭園の入り口から視線を感じた。
振り返ると、やつれ果てた男が一人、桜の木陰から私たちを見つめていた。
暁人様だった。
公爵家嫡男としての威厳はどこにもない。社交界から姿を消して久しいと聞いていたが、ここまで落ちぶれていたとは。
彼の隣には誰もいない。椿姫は「毒婦」の噂が広まって以来、実家に送り返されたと聞いている。
私と目が合った瞬間、暁人様の顔が苦痛に歪んだ。
羨望、後悔、そして絶望。
一年前、あの庭園で私を見下ろしていた男とは思えない表情だった。
「……行こうか」
黎明様が私の肩に手を置いた。
「ああいう人間には、君の時間を使う価値もない」
「ええ、そうですわね」
私は暁人様から目を逸らした。
憎しみも、恨みも、もう感じない。ただ──あの方が失ったものの大きさを、今ようやく理解したのだろうという、冷めた感想だけがあった。
「一年前、あなたがおっしゃった言葉を覚えていますか」
歩きながら、私は黎明様に尋ねた。
「『桜は散っても、また咲く。だが、散らした者は二度とその美しさを見ることはない』──でしたわね」
「ああ、言ったな」
「素敵な言葉だと思いました。でも今は、少し違う解釈をしています」
「ほう?」
「散らされた桜は、もっと美しく咲き直すことができる──と」
黎明様が立ち止まった。
「……君は強いな」
「あなたがいたからですわ」
私は微笑んだ。
「一人では、きっと咲き直すことなどできませんでした。あなたが見ていてくれたから、私は自分を信じることができた」
「それは俺の台詞だ」
黎明様が私の髪に落ちた花びらを、そっと払った。
「君がいなければ、俺はただ論文を読んで感心するだけの男で終わっていた。君のおかげで、俺は『共に歩む相手』を見つけられた」
「では、お互い様ということで」
「ああ、お互い様だな」
桜吹雪が、祝福するように私たちを包み込む。
「桜花様」
庭園の出口で、白妙が待っていた。
「王宮薬師団から緊急の連絡です。新しい処方の承認が──」
「わかりました。すぐに向かいましょう」
私は黎明様を振り返った。
「申し訳ありません、仕事が」
「構わない。俺も領地の報告書を片付けなければならないからな」
黎明様は穏やかに笑った。
「夕食は一緒にどうだ?」
「喜んで」
私は彼に背を向けて歩き出す。
一歩、また一歩。自分の足で、自分の道を。
「──今度は、君が散らされる側ではなく、誰かを照らす桜になればいい」
歩きながら、黎明様の言葉が蘇る。
「俺はその光を、ずっと隣で見ていたい」
桜吹雪は去年と同じように舞っていた。
けれど、その花びらを受け止める手は、もう冷たくはなかった。
私は桜花。
一度散らされ、そして再び咲いた花。
これからも、自分の季節に、自分らしく咲き続けよう。
隣にいてくれる人の温かさを感じながら──。
【完】




