第7話
相変わらず くどい文章ですが……
由紀がメディカルルーム前で待っていると、遠藤が小走りでやってきた。
「いやぁ〜。無理言って申し訳ないね。うちの雛形君(助手)も疲労でダウンしちゃったみたいなんだよ。昼から部屋に戻っててね、寝入っているんだろう、連絡が取れないんだよ。疲れているだろうから、わざわざ人をやって起こすのも偲びなくてね。・・・・
それで、色々と手配してみたんだが、他に頼む人がいなくて・・・・・」
柊博士と二分する世界的なウイルスの権威が、恥じることなく真剣な顔で若い研究員に頭を下げている。
こんな実直な博士を知っているからこそ、由紀は断れなかったのであろう。
「あの〜ォ 一つ伺ってもいいですか?いつも、こんな時間に採血するんですか?」
由紀は遠藤を待っている間に、フッと気づいた疑問を聞かずにはいられなかった。
定期的に採血しているのであれば、遠藤に陶酔し、人一倍気を使う助手の雛形が、博士みずからが人探しをするような状況にするはずがない。
雛形自身が余程の状況なのか、イレギュラーかアクシデントで緊急に採が必要になったのか・・・・・
「そうか!心配してるんだね・・・・・実は・・・・検体がここに運ばれてきて5日しか経っていないので、まだまだわからないことだらけなんだが・・・
最初の2日間は、3時間おきに採血を行っていたんだが、16回の採血の分析結果はすべて同じだったんので、頻繁に採血する必要はないと判断し、毎日13時の採血としたんだ。
血液の詳細な分析やDNA解析からも、いまのところ有益な情報は入手出来ていない。
まぁ、DNAの方はまだまだチェックするところは沢山あるんで
これからなんだが・・・・
昼に雛形君が採血して以降、今まで死んだように・・・・
いや、実際は死体だから死んだようにと言うのはおかしいが、まぁ、話しの便宜上「生き物」と前提して話すので切り分けて聞いてもらえるかね?」
由紀が頷くのを確認し遠藤は続けた。
「えっと・・・・・・そうそう、昼に雛形君が採血してから、今まで死んだように反応がなかった検体に反応が見られ始めたんだ、1時間程前からかなり反応しているそうなんだよ。
反応の原因を追究するためにも、採血から全部のチェックをしてから、柊先生に意見を求めようと思っているんだ。」
「腹ぁー、減ってんじゃないですか?」突然、遠藤の後ろから声が聞こえたと途端に、若い自衛官が現れた。
「空腹が・・・と言うのかね」
決して馬鹿にせず言葉を噛むように言い返した。この遠藤と言う学者は素人の意見すら真剣に受け止めながら、「空腹」という可能性について頭のなかでフル回転で可能性を検討しているようであった。
「鈴元陸士長です。」
敬礼をしながら、その自衛官は話しを続けた。
「俺、学は無いっすけど、昔から「勘」は鋭い方なんっすよね。
自慢じゃないですが、レンジャー訓練もこの「勘」で乗り切れたんです。それに、もう5日間、1日8時間近く「あいつ」の近くにいてるじゃないですか、先生と助手さんが生き物を扱うように話しをされているのを聞いたら、「勘」じゃなくてもそう思うんじゃないっすか?
昨日の夜番のときも、様子を診にこられた助手の方に意見を求められたんで同じことを言ったら、助手の方も、『そうか、僕と同じ意見だね』とか言われてましたけど・・・・
今も、本当はここの当番じゃなく休憩時間なんすけど、昼間の当番の奴に食堂で会って・・・・聞いたんで見に来てみたんです。」
遠藤はメディカルルームのドアにICカードをかざしながら
「そうか・・・・検討する必要はあるかもしれないな。どちらにせよ、まずは検査からだな」
部屋の中には、何とも言えない匂いが充満していた。まるで、腐肉が部屋中に釣り下がっているような匂いだった。
「うっ・・・」
「げっ・・・何だぁこの匂いわ!おい山岡!いつからなんだよ!・・・」
鈴元は毒づきながら警備をしていた自衛官に怒鳴った。
「士長ぉぉ〜。つい1時間ばかり前からなんです。博士に連絡した後から・・・バケモンが唾吐くみたいに、あちらこちに・・・粘々するもんを吐き散らしているんです。凄ェ臭いなんですよ。おまけのそこの靴見てくださいよ。」
その山岡と言う自衛官の数歩前には右長靴が床に立っていた。
「一番大きな粘々を踏んづけてみたら・・・・長靴が床から取れなくなって・・・・臭いし、気味悪いし・・・・」
その間中、検体(助手)は首を左右に振り、口から液体を飛ばしながら、皮製の拘束具がギシギシいうほどの勢いで暴れていた。
更に、「うぅ〜うぅ〜」を言葉にならないうなり声まで発し始めた。
「こいつ喋ってんのか?
先生!それと他の方も下がって下さい。何かやばそうです。
山岡!アラート準備しろ・・・無線で何名か呼んでくれ!!」
鈴元は腰から拳銃を抜き、スライドを操作し初弾をチェンバーに送り込み、両手で拳銃を構え、検体に一歩一歩近づいていった。
山岡も指示された通り、操作盤に行き、全館アラームのコードを入力するとともに、耳のイヤホンから突き出たレシーバーに向かい。
「メディカルルーム 山岡2士より、須永分隊各位!コードイエロー・コードイエロー!
緊急事態の可能性あり。装備を持ち参集せよ。
繰り返す、コードイエロー、緊急事態の可能性あり。装備を持ち参集せよ。
ルーム内は、鈴元士長、山岡2士、遠藤博士 他1名 4名在室。発砲時には注意乞う。
繰り返すルーム内は、鈴元士長、山岡2士、遠藤博士 他1名 4名在室。発砲時には注意乞う。」
「松下 了解!」
「徳永 了解!」
「須永だ!鈴元、山岡、松下、徳永でルーム内は対応しろ!残りはルーム左右で2名づつ待機。ルームからの距離は20M以上確保。個人の判断により発砲は許可する。撃つ時は間違えるなよ!訓練通り出来れば大丈夫だからな!
」
飛び交う無線を聞きながら、山岡は89式小銃に初弾を送り込みながら、鈴元の後のバックアップの位置についた。
「山岡!89のセレクターはバーストにしとけよ!俺が撃つまで発砲はするなよ!」
指示している鈴元の目前にいきなり人が飛び出して来た。
「待ってくれ!今何が起こっているのかを把握しておかないと、もしもの場合に備えないと、日本が滅ぶ可能性があるんだ!!
申し訳ないが協力してくれないか?」
遠藤であった。遠藤は鈴元の目の前まで絶対に引かない構えで立ちはだかっていた。
拘束具のギシギシと捩れる音が響くなか、二人は睨み合った。
「わかりました。3分。いや2分だけですよ。」
メディカルルームのドアが開き、松下と徳永が到着した。
「鈴元士長 外も配置もかんりょ・・・・・っと、な、なんなんだ、床がベトベトじゃないか?それにこの臭い」
思わず鼻をつまみながら、徳永が呻いた。
「こっちだ!徳永は右腕、松下は下半身、俺は左腕を押さえる!早くするんだ!」
徳永も松下も訳がわからないままに、鈴元の指示に従い、懸命に検体の体を押さえ込んだ。
「博士!早く!」暴れる検体を押さえつけながら鈴元は怒鳴った。
「山岡!拘束する紐を出して追加するんだ!早くしろ!」
あわてて山岡は、操作盤の隣のBOXから追加の拘束具を引っ張りだし、検体の周りで一番脆そうなところを見極めようとした。
「西尾くん!こっちに来て採血を始めて!右手の周りはネバネバがあるから、頭の方から、回って左手から採るんだ。早くこっちへ」
いきなりのことの展開に、パニックになりかかっていた由紀は、フラフラと遠藤博士の方に近寄って行き、博士が指す方向へ(検体の上半身を迂回して左手に向かう)一歩踏み出した、そこに、首元の拘束を強化しようと近づいた山岡が交錯した。
パニックになりかかっていた由紀にはもう1つ徹底的に運命から見放されていたことがあった。仕事中のスニーカーではなく帰り支度が終わっていたので、ヒールを履いていたのである。
交錯した由紀は、何とか踏ん張ろうとしたが、あろうことか右のヒールが折れてしまった。
それでも、「人」の本能はバランスを保つために「手」を付くという選択を由紀の「脳」に命じたのである。
「手」を付くことにより、何とかバランスが戻った由紀であるが、バランスが戻ったという安堵感を感じる前に、経験のない痛みに襲われた。
同じ時、左腕を押さえていた鈴元は・・・・なす術もなく傍観するしかなかった。
山岡と由紀が交錯する瞬間を、
バランスを失い手を付く瞬間を・・・・
そして
「ぎゃ〜〜ぁぁぁぁぁぁ」強烈な痛みと反発するように引き戻された由紀の右手には薬指と小指がなくなっていた。
検体は、由紀の2本の指をボリボリと口の中で噛み砕いているのだ・・・・
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