第20話 伊集院 剛 6日前 ②
なかなか話しが前進しないですが、しばしお付き合い下さいませ。
「さて、お集まりの皆さん。心して下さい。」
神妙な顔で伊集院は切り出した。
「ちょ・ちょと待って下さい。」
西郷が焦り気味に発言し遠慮気味に続けた。
「少しいいですか?
参加者はこれだけですか。」
伊集院は無言で頷いた。
「伊集院さん。
姫山防衛長官。
織田陸将補。
上岡知事。
野口さん。
あと…伊集院さんの部下の方?……
えっ?えっ〜ぇ?げ・源五郎丸外事1課長?ですか?
それで………さっきから私の死角にばかり位置してたんですね?
おかしいと思ってたんですよ。
絶対に顔を見せようとしないんですから」
源五郎丸がニヤリと、人差し指と中指を立てて右の目頭にあててふざけたように敬礼をした。
「なんだ、西郷君も含めて、皆顔見知りじゃないか!
で何か問題があるのかね?西郷君。」
不思議そうに伊集院が尋ねた。
「いえ。顔見知りとかの問題じゃないんですが……
お集まりの皆さんですが…
織田さんには姫山長官。
野口さんには上岡知事。
源五郎丸さんには伊集院さん。
と言った具合に、命令権者がいらっしゃいますが……
私だけ、警察官として単独で参加しなきゃならないんですか?」
困惑したように、西郷は姫山と源五郎丸を見て助けを求めた。
「県警本部長への命令権は、上岡君。知事の君じゃないのか?」
伊集院は上岡を見ながら尋ねた。
「いえ、残念ながらよく誤解されますが……違います。
体外的には、野口さんの公安委員会が管理していることになっていますが……
実際の指揮命令権者は警察庁です。
多分、アメリカのTVドラマの影響でしょうね。
県知事は、単なる給与支払権者です。
今回のお話しがどのような内容かが把握出来ないので……一概には言い切れませんが、西郷君の立場からいけば、管区警察や警察庁にお伺いを立てないと動けない状況と推測出来ます。
ましてや、西郷君を含めて警視正以上は地方警務官と言い、任免権は……国家公安委員会ですし給与も国庫からです。
そこらへんのことは姫山さんが一番詳しいとおもいます。……
差し置いて、失礼しました。」
上岡は、姫山の方に軽く頭を下げながら説明した。
「先輩。抜かりました。内容に気が取られてて…そこまで気が回りませんでした。
確かに、西郷君の立場なら、管区警察局か長官に相談しないと動くに動けないですわ。」
頭をボリボリとかきむしりながら、片手で真っ赤に充血した眼の目頭を押さえながら、姫山が答えた。
会議を始める前から、小さな問題が山積みってことか!
官僚的縦組織の弊害だな。しかし、俺もアメリカの刑事ドラマに影響されてたんだなぁ。
伊集院は、心の中で毒づきながら源五郎丸の方を見て
「警察庁を介入させると官僚事になって計画に大きな狂いが出ると思うんだか、君の意見は?
そもそも、君なら最初からわかっていたはずだよな?
今まで、黙ってたところを見ると、何か策があるのか?」
「確かに社長のおっしゃる通りです。
最悪のシナリオで想定した場合を考えるとこの点だけは、その場で、可及的緊急処置でムリムリで乗り切るしかないと思われます。
それを事前に準備するんですから……誰かが、泥水をすするしかないですね。」
最悪の想定の意味がわからなくても、誰が、泥水をすする役を押し付けられたかは、全員が瞬時に理解した。
「社長。西郷君の年齢と階級はご存知ですか?」
唐突に源五郎丸が全員の思考を断ち切るように質問を始めた。
「西郷!お前の年と階級を社長に説明しろ。」
「説明たって……言われても……
34歳で警視長っすけど。
俺、まだまだ若いんですよね。
結婚もまだなんすよ。
正直、泥水はすすりたくないっす。
冷や水くったキャリア警察官なんて……再就職の口ないっすからね。」
それなりに親しい間柄なのであろう。源五郎丸の先輩面した言いぐさに、西郷はまんまと引っかかって会話に引きずり込まれていた。
「ね!社長。
こいつ、拝命して僅か10年で、上は監と総監ってところまで登ってるんです。
しかも、10年間で8枚も始末書を書いててです。」
多少芝居がかった口調だが、西郷が稀にみる出世をしていることは明らかになった。
「警視長で、福岡県警本部長? 福岡は大規模県警なんだから通常は警視監が本部長ではなかったか?
よほど、警察庁で期待されてるみたいだな!」
伸びた顎髭をさすりながら、姫山が唸った。
「はぁ、期待されてんのか?追い出されたのかは微妙なんですが……」
今度は西郷が頭をボリボリ掻きながら返事をした。
「お前さんは将来、警視総監も夢じゃないくらい期待されておるわい!
その、短気とお気楽なところを治して、素直にワシの助言に耳を傾けて、老兵の知識を吸収する努力をすればな……………
じゃがな、今回のコレを乗り切らんことには、どうしようもないような気がするがのう。」
横合いから野口がチャチャを入れてきたが、元東京地検 特捜部長も西郷に対して高い評価をしていた。
西郷君には申し訳ないがそれだけ高い評価を得ているんなら、もし無事済んだ場合、姫山君や真弓君からの口添えでなんとかなるだろう。
まぁ、うちで引き取るというのも一考かもしれんな。
伊集院は楽観的な思いを振り払いながら
「西郷君の置かれている状況は充分にわかった。
それを踏まえ、今から『ある』物をお見せするので、どうするかは、皆さん個人個人の判断にお任せする。
源五郎丸君。」
「では、今から数分間。ある映像をご覧いただきます。
質問などは、見終えた後にまとめて伺いますので……
映像はハンディカムクラスで撮影された物なので、多少見にくいかもしれません。
言語はすべて英語ですので………」
説明がおわるや否や、室内の証明が落とされて、壁の一部が左右に開き、大型の液晶パネルがあらわれた。
鮮やかなブルーバックの画面が一瞬乱れたかと思った途端に
天井らしき物が映り、数発の銃声と怒声や悲鳴や混乱した人々の声が入り混じった乱れた映像が現れた。
それは、戦争映画のワンシンーンに想える映像であった。
『怒声・悲鳴、無数の銃声。
銃声は?拳銃じゃぁないな?自動小銃か?ならば軍隊か?
内乱制圧?犯罪組織への強襲?』
西郷は瞬時に眼から入力された映像を無意識に分析していた。
―《映像の音声は英語ですが…和訳です》―(筆者)
「少尉!ハンセンが殺られた!
南西のブロックの角からわんさか出てくる!
誰か寄越して下さい!」
「もちこたえろ!こっちも、ドリー・テリー・アンドレ・キッドが殺られた。」
「こちらシティ(作戦中コールサイン=本部)
チャリー、ブラボーと連絡が途絶えている。
アルファから2分隊を探索に出せ!」
「こちら、アルファ。無理です。
奴らが多すぎて、防戦で手一杯です。
既に半数が殺られてます。」
「デルタのマリオだ!問題の研究室で、『例の物』を確保した。同時に研究助手も確保。
退却するから、援護を頼む。大至急だ!」
「シティだ。研究所の北北東1キロのところに、開けた公園がある。そこにブラックホークを2機向かわせる。
そこまで来れるか?」
「マリオだ!こちらはまだ無傷で4名居てる!何とかするから、必ず寄越してくれ!15分で行く。」
「少尉!ドアを突破されました。2階に避難、ウァー、止めろ!止めろ!離せ−−」
バン・バンと拳銃音が鳴り響いた。
画面が慌ただしく動き、天井から室内に変わった。
どうやら、少尉のヘルメットにカメラが設定されており、ヘルメットを被り直したようだ。
映し出された、まさにその瞬間に部屋のドアが開き、血だらけで顔の半分が裂けた人間が、右手を前に延ばしつつ、フラフラと歩み寄ってきた、左手は肩の下辺りから無くなっていた。
「Shit!」
少尉はM4カービンを、入ってきたそれに向けて引き金を引いた。
飛び出した弾丸は、額に小さな穴を穿ったと同時にそれは床に崩れ落ちた。
しかし、同じような、普通であれば死んでいておかしくない傷を負った、人間が次から次へと部屋の中に殺到してきた。
動きは早くないどころか、かなり緩慢なため、少尉は次々にそれの頭を撃ちぬいていたが、カチンと引き金が空撃ちし、銃弾が尽きた。
M4の弾倉が映し出された。リロード(弾倉交換)をするために空になった弾倉が外れされた瞬間に、激しくもみ合う音が聞こえ、同時に、画像が激しく揺れ動き、高速で不規則に部屋のあちらこちらが映し出され、最後は壁の下がグルグルと映されて、やがて止まった。
そして悲鳴が聞こえ、止まったカメラの先には、ヘルメットの持ち主であろう少尉が仰向けに倒れており、彼が攻撃していた残りが数体覆い被さり、あろうことか少尉の身体にかじりつき、一心不乱にその肉を咀嚼していたのである。
ブツリと映像が止まり。
一同が唖然としているなか
「新手の映画のPRではありません。
1週間ほど前に、アメリカのユタ州で発生した、新手のウイルスが原因と思われる、バイオハザードで現実に起こった作戦行動です。
米統合特殊作戦軍から
レンジャー2個中隊。
デルタ(特殊部隊)2個分隊を派遣。作戦行動から6時間後に80%の隊員が罹患し、他地域にアウトブレイクの可能性が極めて高くなり……………
アメリカ空軍機と陸軍ヘリコプターで空爆。
翌未明から
デルタ1個中隊
SEALs4個小隊で
破壊出来なかった、地下地区を捜索し殲滅したとの事です。
地上部隊は、先に投入された558名の内デルタ2名と民間人1名が生還。
後続部隊は、地下で感染体約200と遭遇し、デルタから30名SEALsから20名が戦死しましたが感染体は殲滅したとの事です。」
詳細は画面を見ていただければとパソコンを操作した。
「人口はどれ位の都市なんですか。」(西郷)
「約3000人の小さな街です。」(源五郎丸)
「警察は?アメリカならSWAT(警察特殊部隊)とかなかったんですか?」(西郷)
「50名ほどの警察署だったので、軍が介入した際には全滅だったようだ」(源五郎丸)
「レンジャーとデルタにSEALs。が600名で押さえられなかったんですか」(織田)
「ご覧の通りです。
街とその周辺の地図を出します。面積は約160K?です。」(源五郎丸)
「こんな小さなエリアで……僅か人口3000の住民と600人の精鋭部隊が半日で全滅と言うのか」(上岡)
「しかし、さっきの化け物は……映画とかと同じ『ゾンビ』とかいうやつか?」(野口)
「今のところ、映画の『ゾンビ』と同じと思って支障はないと思われます。
見事に映画の『ゾンビ』の特徴と一致します。
1・動きが遅い
2・人間離れした怪力
3・致命傷は頭部または頸椎のみ。
映像はまだ他にもありますが……気分を害されるようなものばかりですので……」(源五郎丸)
「え-っと、2点確認させて下さい。
映像の中で………聞き違いかもしれませんが『例の物』
を回収したと言う兵士の声があったようですが、『例の物』ってなんなんですか?
それと、一番の疑問なんですが…
1週間前の遠く離れたアメリカのユタ州の事件で
何故?我々が?夜中にあんな特殊な方法を使って今日?ここに集められたんですか?
呼び出した方は一応民間人ですが
ここには、我々より先に防衛庁官と将軍?がいらした。
我々を案内したメンバーも道具も場所も自衛隊関係でした。
私達を何に巻き込むおつもりですか?
伊集院社長?」(上岡)
「流石に元辣腕弁護士だな。
既に、集まってもらった皆は逃れられない運命なんだ。
知らぬ間に何事もなく過ぎ去るかもしれない……
知らぬ間に命を落とす災難にどっぷり浸かるかもしれない……
たが今なら、対策を立てられる可能性がある。
引き返したい奴は部屋から出ていってくれていい。
ただし、他言だけはするな。
さぁ、10数える間に決めてくれ。
時間が惜しいんだ。」
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