第9話
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メディカルルームの前に立った山形は、自分の右手に持つICカードを見つめながら……躊躇していた。
バイオハザードエリア自体が各部屋毎に完全防音なので、鈴元が放った銃声は山形の耳には届いていなかったが……
臭いがするのだ、腐ったような、なんとも形容しようのない臭いが……
(俺が仕事を代わらなければ、有紀先輩は採血断れたんだよなぁ。)
意を決して、山形はICカードをかざした。
シュッと小さな音がして扉が開き、山形の目前には、変わり果てた有紀が立っていた。
全身血だらけで、顔の右頬の肉がなく骨が見えている。
目は白く濁り
肌は青白く
何より……身体中から先程、嗅いだ腐臭が漂っていた。
「あっ!………ゆ・ゆ・き・せ……」
有紀の名前を呼ぶ間もなく。
数十分前までは優しく綺麗だった有紀は
「ウガァァァァア…」と叫び、その面影を微塵も見せずに、躊躇なく大きな口を開けて山形の左首筋にガブリと噛みつき、一瞬のうち首の肉を食いちぎった。
首から吹き出す大量の血液は、比例して山形の意識を奪っていった。
山形の目に写った最後の景色は、部屋の奥で……口の中に拳銃をくわえたまま座り、その頭の後ろの壁に赤い模様をつけた自衛官の姿だった。
山形のせめてもの救いは密かに憧れていた有紀の手によって生命に終止符をうたれこと……
痛みを感じることのない素早い死の訪れだったことかも知れない。
山形の首の肉をクチャクチャと咀嚼しながら、それ以上食する訳でもなく
まるで、ゾンビの本能の中に食欲以外に種の保存、いや、種の繁栄がインプットされてあるかのように……
有紀は通路へと一歩を踏み出していた。
通路の左方向の遠いところから、人の耳では聞き取ることが困難なほど微かなガチャ・ガチャと金属のぶつかる音につれられて、有紀はのそりのそりと左手に向かい歩き始めた。
有紀に続くように、変わり果てた姿の、遠藤博士、徳永2士、元凶の助手が次々とドアから出てきて有紀の後を追った。
山岡だったゾンビは左膝が壊れているのか、少し遅れて現れ、大きく身体を揺らしながらも、まるで遅刻したかのように必死に、何かに引っ張られるかのように……有紀達の後を追っていた。
そして、山岡の後を、あり得ない角度に、不自然に傾いた頭を揺らしながら山形が続いた…………
メディカルルームの中には、身体中に噛まれた傷がある鈴元がうなだれるように壁にもたれかかっていた。頭の後ろの壁は真っ赤に染まっていた。
その足元には、額に小さな赤い穴と後頭部に赤い破裂傷がついた松下が静に横たわっていた。
そう、鈴元はバディ(相棒)の松下にゾンビとして人を襲う屈辱を阻止し
自らも、ゾンビに成り下がることを拒否し、最後の1発を人間の尊厳に使ったのだった。
その、鈴元の左手首には松下と自分のドッグタグ(認識票)が巻かれていた。
きっと、きつく握り締めておきたかったのだろう。
しかし、最後の引き金を確実に引く為に、躊躇して奴らの仲間入りをしないために、巻きつけたのだ。
ドッグタグは、壮絶な状況だったにも関わらず。まるで、「人」としての尊厳のすべてが表されいるかの様に、一点のくもりもなく輝いていた。
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