第5話「よろしくお願いします」
「ていうことがあって、スキルを取りました」
「なんだか、オーガの一族と聞いて抱いていたイメージとは違うんだな」
直後、スグルザは両手をぶんぶんと左右に振る。
「悪い意味じゃなくてな」と、フォローするように付け加える。
「オーガの一族て聞いたら、戦闘民族として有名で、そういう人の名前がよく残っているものでな。特に、魔王との戦いでは取れるだけの武勇を掲げていたのもあったし。なにより、今までの迷宮攻略でもそういう前線での戦士は大層尊敬されていてな。畏怖すらもあったかもしれないが、頼もしかったのは確かだ」
「実際、イメージ通りかもしれませんよ。僕だって、血は流れていますから」
アルトランや母親に限らず、他のスキルを取っていた人もいる。しかし、際立っていた――というより、最前線の維持に長けていたのはオーガの一族だろう。
体力、筋力、膂力、精神力、回復力、数多の力を凝縮したのがオーガだろうし。そういうのが、遺伝子として伝わっているのだから、アルトランも常人と比べれば戦闘寄りになっていることはあるだろう。
ただ、性根が合わなかったから、『鑑定』スキルを選んだ。命懸けの現場では、その精神性が足を引っ張ることも分かっていたから。
「じゃあ、現地調査の一員に推薦してみようか」
「それは遠慮させてください」
「そうか。まぁ、今すぐにはしないし、その意思は尊重するぞ。しっかり知識を蓄えてもらって、気が向けば行ってもらっていいくらいに認識してもらったらいい」
「行けたら行きます」
保証などはない。むしろ、行くつもりはない。
アルトランにとって、迷宮は恐ろしい場所だ。魔物の巣窟である以前に、何があるか分からない場所へ行くことの恐怖は決して覆るようなものじゃない。
ただ、迷宮下層の魔物を見てみたい興味が強いのも事実。
アルトランにとって、これが本当に厄介で、どうやっても意思とは別行動を取りたがる。だから、自分勝手にこれは戦闘民族の血筋だと片付ける。
そうする方が、都合のいいこともある。
「なんね。まだ着替えていたのね」
更衣室の扉が開かれ、酒やけ声の男性が体を割り込ませる。
のっそりとした動きだが、細かい動作はまるで職人ように繊細で、素早い。音もなく扉を開き、閉めた。
そそくさと自分のロッカーを目指して歩く。
無論、音もない。
恰幅のよい腹回りがチラッと見えた。
「どうだった。あの個体」
「凄いね。もう、凄いとしか言えないね。ヴェノムローズの毒に犯されて弱ってたと思ってたけど、そんなことなかったね」
「…………そんなことないって、どういうことですか」
アルトランの疑問に、ギロッとした双眸を向ける。
真剣な、とびっきり研ぎ澄ましたような痛々しいほどの視線。
思わず、アルトランはぎょっと身震いする。
もしかして、何か聞いてはいけなかったのだろうか、とさえ思ってしまう。
しかし、そんな胸中のアルトランへ、「あ」と口を開く。
「そういえば、自己紹介まだだったね」
「あれ、そうだったか?」
「そうね。採用初日に仕事場見させられて、気づいたら仕事手伝わされて、職場の人間のこと知らずによくやったね、この子はね。うちのマスター、抜けてるとこあるね」
「すまないすまない」
へたりとした笑いを浮かべたスグルザへ、「冗談じゃないね。しっかりするね」と釘を刺す男性。
なんとなく、失礼かもしれないが。
アルトランには、男性の方がスグルザよりも年上なんじゃないかとさえ思った。それほどに、落ち着きがあって、導いている風格がある。
体格は多少だらしなく見えるが、肩幅もでかく腕や足の筋肉はみっちりと詰まっている。
アルトランよりも、力はあるはずだ。
「ワシは、サノバと言うね。ドワーフだから力は強いね。何か困ったら力仕事でも、悩み事でも乗るね」
「ありがとうございます。……あ、僕はアルトラン・ベルベッサです。オーガ族です」
「おぉ、心強いね。ワシ以外にも長生きさんがいるのは寂しくないね」
ニカッと、歯茎を見せたサノバは、とても頼もしく見えた。
同時に、アルトランはなんとなく漂うリーダーシップの風格を理解できたような気がする。単純かもしれないが、経験だろう。
ドワーフという、長命種の代名詞。
その名に恥じない命の重さと、蓄積されたコミュニケーション。
一朝一夕で培ったものじゃないのは明白だった。
「よし、アルトランさんね。質問に答えるね。毒に犯されていたと思ってたワーウルフだけどね。厳密に言えば、免疫を獲得していた可能性があるのね」
「毒に対して、ですか」
「そうね。驚異的な回復力――自己治癒力というかね。ボロボロの体の癖して、神経毒にも対応しようとしていたのね。まぁ、死ぬ直前まで苦しんでいたのは事実だけどね。やはり、下層の魔物の常識外れな機能だと思うね」
アルトランは少しばかり、ワーウルフの死体を思い出す。悲哀でもなく。悲愴とかでもなく。ただ、あの魔物がいくつも群れになっていることを。
恐怖でしかない。
それも、五匹程のグループがいくつもできていて、戦闘中に負傷でもすれば他のワーウルフが集まってくるのだ。
果たして、そこに自分がいたとして、逃げられるのだろうか。
もしくは、切り抜けられるのだろうか。
「じゃ、先に上がるね。お疲れ様ね。アルトランさんも、今後よろしくね」
「ご苦労様。酒は程々にしとけよ」
「お、お疲れ様です。こちらこそよろしくお願いします」
いつの間にか着替えの済んだサノバは、手荷物を担ぎ出ていく。
その時、右手で何かを掴み、グイッと口まで持ち上げる。どうやら、呑んでくるらしい。
それが分かるくらいには、アルトランもその所作は見覚えのあるもので、どの種族であっても伝わるものだと感心さえした。
「あ、後、今日いた女の子はトニカて言うね。もう帰ったけど、今度会ったら挨拶するね」と、ドアからひょっこり顔を出して言い放ったサノバ。
慌てて、アルトランも「分かりました。ありがとうございます」と頭を下げると、満足そうに何度も頷きながら扉を閉めた。
なんだか、暖かい風のような人だった。アルトランはほっこりした気持ちのまま、スグルザに向き直る。
「スグルザさんは呑まれるんですか?」
「いいや。付き合い程度でしか呑まないな。下戸だとかじゃないぞ? これでもギルドマスターだからな、緊急時に動けなきゃいけないもんで満足に酔えない」
「大変ですね」
「大変だ。人手も足りないし、魔王は健在だ。だから、アルトランのようにこの仕事を選んでくれたことはとてもありがたい。ありがとう。それと、これからよろしくな」
真っ直ぐな瞳を受け止める。
なんだか、自分の思っている以上に自分は役に立つようだ。いや、価値があることになんとなくの自覚ができたようだ。
他人から決めてもらうようなことではないかもしれない。
だが、心地よいものを貰ったような気がする。
だから、若干の恥ずかしい熱を染めながら、月が照らす相手を頼もしくも興奮するように見つめて、返す。
「こちらこそ、よろしくお願いします!」
読んでいただき、ありがとうございます。
なんとなくで始めた物語ですが、思った以上に時間が掛かったような気がします。
というのも、「不遇スキル、不遇職が汚名返上する物語」よりも「人手不足だから、どんな人材であろうと活用する世界」を書いてみたいと思い立って筆を取りました。
今回題材にした『鑑定』というのも、相手の情報を得られるのは大きなアドバンテージだと思います。
この世界では唯一のメタ要素を観測できる手段でもありますし、重宝どころか優先して戦闘に導入するべきスキルでしょう。
もちろん、戦闘スキルも必要です。
だから、どんな種族だろうとスキルだろうと、使えるものがあるのなら使わなきゃ損です。そこに価値があるのです。
といっても、残酷な現実は変わらないわけですけどね。
足りない部分もありますし、逃げ出したい自分もいますし、隠し通したい感情もありますし、それをどうにかこうにか上手いことやり逃しながら、現実は過ぎるのかなとも思います。
ですので、生きる上で大事なのは『誰かに認められること』だったり、『自分の弱さも価値がある』と思うことなんじゃないかなとも思います。
そんな世界であれば、私は嬉しいですね。
長い後書きとなってしまいましたが、最後としまして。
読んでいただき、ありがとうございます。
いつも読んでくださる方も、初めて見つけてくださった方も、貴方たちのお陰で今日も書き終えることができました。
本当にありがとうございます。
良ければ、この作品の評価ポイントや、ブクマなどしていただけると嬉しいです。
感想もお待ちしております。
それでは、またどこかでお会いしたらよろしくお願いします。




