第4話「戦闘民族」
アルトランの推測通り、対象のワーウルフは意図的にヴェノムローズの毒を利用していたわけではなく、むしろ蝕まれている側で、変異種でもないと結論づけられた。
実際、ヴェノムローズの毒が付着している以外は他のワーウルフと同じだったからだ。それも、スグルザの『鑑定』スキルで判明したことだが。
また、体内外を解剖してみて判明したことがあり、3階層以外の魔物は胃袋や腸壁にも無かった。
「お疲れ様、すまないな日付が変わるまで掛かってしまった」
「いえ、大丈夫です。スグルザさんもお疲れ様です」
アルトランが防護服を脱いでいると、更衣室を開けてすぐにスグルザが申し訳なさそうに言ってきた。
新人であるアルトランには、基本業務を教えるつもりが長引いてしまったこと。なにより、ワーウルフの死臭と鼻を突き刺すような刺激臭がかき混ざった中での長時間作業は、新人にとって大きな負担になることだと思ったのだろう。
ただ、アルトランも前の職場での経験があるからこそ、耐えられたのだ。そのお陰で、最前線のギルドで働けているのだ。
「スグルザさんも、気づいていたんじゃないですか?」
「……ん? 何がだ」
「あのワーウルフは変異種でもないこと。ヴェノムローズの毒は利用したわけじゃなくて、戦っていた中での負傷だったこと、です」
「まぁ、新人に花を持たせよう、とかではないけどな」
そう前置きしながら、更衣室の窓まで真っ直ぐ歩く。
手馴れた様子で、突き出し窓を引き上げる。
「今日はよく月が見える」
「いつもこの時間まで仕事をされてるんですか?」
「いつもじゃないぞ。今日はたまたまだ」
それが嘘だというのはアルトランにも分かった。
なにせ、魔物の死骸1つからでも得られる情報は膨大だ。それを調べるだけじゃない。まとめて、見やすいように情報を掲示するとなれば無限に時間は掛かる。
特に、ギルドマスターのスグルザには余裕なんてものは一切ないのかもしれない。それでも、空を見るくらいの心はあるようだが。
「あのワーウルフだが。生殖器が傷だらけでな。多分、同種との争いで生殖機能が無くなって、群れから追い出された可能性があってな。一目散に上層まで昇って、冒険者に遭遇したっぽい」
「ワーウルフ同士で争うなんて、そんな無意味なこと」
「別に意味が無いわけじゃない。言っただろう。魔王側としては強い魔物を選別したい。群れだったり、そもそも生殖機能は無い方がいいと思っているはずだ」
「それって……生物じゃない」
「そうだな。命を育み、死する時には知らぬ誰かの血肉となる。ただ、そういう弱肉強食やらが相応しいと言えるのは、俺達だけの視点だ。魔王にとっては、回復するまでの時間を稼ぐことが目的なんだから、あまりに無駄な時間だ、生殖機能なんざ。産んで育てるまでの時間がもったいない。生まれた瞬間に戦力となってくれる存在が欲しいんだろう。実際、最下層の魔物は生き物の形状じゃないからな」
そうだろうか。
いや、魔王側の思考なんざ誰にも理解できない。
行動の予測はできるかもしれないが、真意などは掴めない。
アルトランが考えていることは、自分にとって都合のいいことではある。魔王の思想や、思惑を読み取れるだけの親しさもない。
魔王は、魔物の選別ではなく、繁殖を望んでいるのではないかと。生む者がいなければ、生まれない。その真相に気づいているのなら、例え時間が掛かってしまっても割いていい労力だとは思うのだ。実際、弱い魔物であっても群れを組むという知性が備わっているのだ。
想定された弱さなはずだ。
だとすれば、数がいれば困ることはない。食糧に目を瞑ればいい。自身の回復手段になるのが魔物だとすれば、手札は多い方がいいだろう。
そう思うが、きっと違うのだろうとアルトランは自分の思考を区切る。
魔物は人ではない。動物ではない。考えられる可能性は、無限大なのだ。
考えが迷宮入りしてしまう前に切り上げてしまわねば、囚われてしまう。
「それに、あのワーウルフはよく逃げられたとは思うぞ。上層と言っても、どの魔物も強力だ。手負いの状態で3階層まで行けたのは奇跡だろうな」
「……なんだか、ワーウルフを称えているようにも聞こえますけど」
「情報源としては最高の個体じゃないか? 普段、下層の魔物を調べることは難しいし、持ち帰ることだって困難だ。他の魔物を呼び寄せる餌を持って歩くようなものだしな。いざ調べたいと思ったら、俺達も冒険者の護衛をつけながら迷宮に入らなきゃいけないんだぞ? アルトランは魔物の巣窟に入りたいか?」
「絶対入りたくない」
ほら見てみろ、と憎らしい笑顔を浮かべるスグルザ。
なんだかしてやられた感じがして気に入らない。
まぁ、迷宮に興味がないわけじゃない。でも、怖いので入りたくはない。知的好奇心よりも生存性バイアスが優位なら、従っておいていいはずだ。
「そういえばアルトランは、なぜ『鑑定』スキルを? 別に他のスキルでも良かっただろう」
この世界は、スキルと呼ばれるものは自主選択できる。好きなものを選んで、好きな仕事に従事できる。一度決めてしまったら、二度と別のスキルを選ぶことができないものの、大きなメリットだ。
選択肢は無限に近い。それでも、アルトランがなぜ『鑑定』を選んだのは、ほんの些細なことが決定打になっただけ。
「僕はオーガの一族なんです」
「そうなのか」
「……白々しいですね。履歴書に書いてませんでしたっけ」
「こういうのは会話だろ。全く、細かいことを気にするな」
それもそうか。
アルトランは、少し昔を眺める。それは、今日みたいな雲のない夜だったような気がする。
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アルトランはオーガ。つまりは、鬼の一族である。魔物の牙も通さない頑丈な皮膚と筋肉。重い物でも軽々と扱えるほどの腕力に、数日間は走り回れるスタミナ、多少の家屋ならば屋根に飛び乗れるくらいの膂力。額には角が生えており、その角がいわば生命線とも呼ばれていた。
神々の祝福がその角から与えられている。
そんな風にアルトラン含め三十名ほどの小さな村では広まっていて、誰もが自身の力を誇示することなく、謙虚な立ち振る舞いを心掛けていた。
無論、誇示したところで小さな村での功績は大した効力などは持たない。利用できるものはなんでも使え、他者を頼り頼られろ。そういう信条が村全体に広がっていた。
小さい頃のアルトランは同年代の子と比べ、とても背が低かった。当初は未熟児だと言われていたが、大きな病気にも罹らず、むしろ体の内部は非常に頑丈だった。病気知らず――というより、免疫力が誰よりも勝っていた。
なにしろ、彼の免疫力は親からの遺伝だと思われたのだ。アルトランも、小さいながら自分の身に余るほどの能力は親のお陰だと思うくらいには、両親は凄いオーガであったのだ。
父親はオーガ族の最強だとも言われた。肉体だけじゃない。あらゆる魔物との戦闘では無傷で圧勝するほどに卓越した技能。状況判断も冷静で現場指揮もできる。非の打ち所がないほどの優秀さ。
最強のオーガ、それがアルトランの父親ステラ・ベルベッサである。
母親は治癒魔術師として有名であった。今は子育てのために休み休み働いているが、数多のパーティに所属しては窮地を潜り抜けてきた。なにより、即時撤退の判断と魔物の知識が豊富であったため、大変重宝されたと自慢のように言っていた。実際、アルトランも聞いていて魔物の知識は腐るようなものではないと思っていた。
戦う上で、無傷で生還することは決して当たり前のことじゃない。大抵、何らかの苦戦や傷を負う。そうでなければ、魔王を脅威に感じたり魔物を厄介だと扱う理由にはならないからだ。
だから、母親から魔物の特徴や弱点を聞いては、自分なりに図式したりして噛み砕く楽しさを知られたのは、母親のベール・ベルベッサのお陰だろう。
「アルト」
だから、食卓の場に関わらず真剣な顔で見つめてきた父親の言葉を聞いて、ドキッとした。恐怖心よりも、不安が若干勝っている。
なにせ、今後に関わる大事な話はいつも父親から言ってくるのだ。
「アルトは、どんなスキルにしようか考えているのか」
「……」
この時のアルトランは、まだ7歳の頃だ。
遊びたいざかり――とはオーガの村もお世辞には言えないほど、情勢は良くない。というのも、新しくできた魔王がこれまた厄介極まりないらしいのだ。
村にやってきた冒険者達が、父親に魔王討伐に協力してもらえるよう交渉してきたのがいい例だ。
だから、誇らしくもあり、寂しさがぐちゃぐちゃになった内心を抱きしめたのはつい先日のことだ。その時に、決めたこともある。その時は断った父親だったが、そう遠くはない未来には協力するはずだろう。
村の方針からして、助け合うことに誇りがあるのだ。
自分の父親がそれを蔑ろになんかするはずがない。
「『鑑定』にしようかなって」
「そうか。ちゃんと考えたのか」
「考えたよ」
父親の目を改めて見たら、アルトランは生半可な答えを出すべきじゃないと気づいた。
真剣だった。恐らく、アルトランのことを一番に考えてくれているのだ。真っ赤な目が、少し怖かった。
「僕、体は大きくないし他の子と比べて戦うのも苦手だから」
「確かに、お前は小さいからな」
「こら、お父さん」
母親は窘めるように言う。
現役の治癒魔術師である母親はこういうことには敏感なほど反応してくれた。というのも、あらゆるパーティに入っていて経験したのが、こういった些細な言葉1つでパーティの連携が瓦解することなのだ。
それで痛い思いをしたそうだ。何人も辞めたし、殉職者が出たのがより母親へこの意識を根付かせた。
それでも、優しさのためには厳しさも必要だとはアルトランには言っているが、これは自分の子供へ向けたものではないのだろう。自身に向けて言っているのだ。
そんな母親に窘められても、「事実の確認だ」とアルトラン以上に、残酷な現実に食らっていそうな声音のステラ。
「小さい体とは言ってもオーガの中での話だ。それに、アルトは観察眼もあるし、母さんから魔物の特徴を教えてもらっているだろう。だから、『鑑定』のスキルを選ぶことは父さんも賛成だ」
父親であるステラは、木彫りのコップに注がれた葡萄酒を一息に飲み干した。ステラ曰く、一度も酔っ払ったことはないようだ。どんな強い酒を飲んでもケロッとしているくらいには、酒豪だ。
恐らく、酒を飲んだことのないアルトランもその血を引き継いでいるのかもしれない。美味そうに、幸せそうに飲酒する父親に憧れているのもある。いつかはステラと晩酌してみたい、とすら思ってもいる。
「ただ、アルトに言っておきたいのが、誰かのためになることに執着してはいけない、ということを言っておきたい。村の掟だとかで助け合いなどは掲げているが、自分のことを顧みずに他人を助けることは推奨していない。自分のやりたいこと、したいことを優先してもいいんだ」
「……」
ここまで父親が考えていることを伝えてくれているのは初めてなことで、アルトランは少しばかり、寂しさすら覚える。悪いことではない。自分が大人の入口に立った気がしているからだ。気のせいかもしれない。
でも、やりたいこともしたいことは、言っていることと変わらないのだ。
「父さんは『鑑定』スキルのことどう思うの?」
「どう思うかと言われれば、そうだな……。情報というのを扱う以上、会得できる者は最優先で確保しておきたい感じだな」
「そうね。魔物の特徴もそうだけど、危険な魔物の情報が出回れば出回るほど他の魔物への対処法も解るし、情報は必要不可欠なものよ」
戦闘場面に何度も顔を出して、生還してきた二人の言葉は重みがある。信用できるものだ。
なにせ、魔物が毒を有していることもそうだが、武器や行動パターン、長所に短所も判明すれば戦闘時間が短くなることは大きなメリットだ。
なにより、『鑑定』スキルの収集した情報は永続的に記録され、同じスキル所持者へ譲渡することもできる。
この強みは人類側の希望とも言っていいだろう。無謀な装備で迷宮という予測不可能な場所へ挑む危険性が減らされるのだ。
必須なスキルなのだ。
「それに、魔物への知的好奇心が豊富なアルトにはぴったりなスキルだと思うしな」
そう真っ直ぐと言われると、アルトランは形容しがたいのに、はっきりと分かったような感覚が胸の奥に広がる。俯いて、ちらっとだけ見た母親の顔はこの上ないほど蕩けた笑みをしていた。「そうでしょうそうでしょう。ピッタリなのよ、アルトに」と言っている様だった。
こうして、アルトランは『鑑定』スキルを迷わず選んだ。




