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ダンジョン攻略の裏方さん〜『鑑定』スキル持ちは陰ながらでもやりがいのある仕事に就けます!〜  作者: 月見里さん


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第3話「生態、闘争心、縄張り争い」


 アルトランが切り開いた扉の先からは、鼻を突き刺すような異臭が広がっていた。

 どうやら、中央のテーブルに置かれた死体からしているのは理解できた。

 ただ、防護用のマスクを貫通してくるのはあまりにも予想外だったのだ。

 思わぬ衝撃に鼻を覆うアルトラン。正常な反応だ。そうでなくては、毒を吸い込む危険性だってあるのだ。

 

「換気してもこんな匂いがするのか」

「多分、内臓はもっと酷いと思うね」


 ギルドマスターであるスグルザの近くまでやって来たのは、窓を全開にするよう頼まれた人ではなかった。

 背丈はアルトランよりも低い。

 ただ、顔中を覆う髭は目元以外の特徴を隠している。それが大きな特徴ともいえるが。

 防護服は着ているが、アルトランよりも大きなサイズで、マスクはしているのだろうが髭に隠されて全く見えない。

 しかも、酒やけした声はドスがきいていて、聞くだけで圧を感じるほどだ。


「新人、吐き気止めは飲んだね?」

「いいえ、前のところだと飲まずにやりました」

「そうかね。まぁ、無理しないようにね」


 スグルザへ数枚の紙を渡す。

 受け取った紙に書かれたことを素早く目を通したスグルザは、早歩きで中央テーブルへと向かう。

 そこには濃い血に塗れて、元々は黒色だったはずの体毛が赤く染った部分もあるワーウルフの死体が横たわっていた。辛うじて見える皮膚も切り傷だらけだ。それが歴戦の傷なのかもしれないと思うくらいの説得力がある。

 全身くまなく筋肉の塊だからだ。

 腕も、脚も、アルトランの腹回りよりも大きい。

 伸びた鉤爪は、先端に向けてギザギザの凹凸がある。

 狼の顔からは髭がこれ以上ないほどツルのように伸びている。毛むくじゃらの顔面にしては、やけに色も硬さも違う髭だけはしっかりと伸びて、手入れされているのだろう。

 そこだけは狼らしいといえば、狼らしいといえる。

 鼻周りの体毛が削れたように禿げているのは、アルトランが全身に目を走らせている時に、特に気になった部分だった。


「さて、準備ができたと思うので、『鑑定』をしながら情報収集にあたるとしよう。各自、スキルを使うこと。合間で報告書の読み上げを行うので聞き逃さないこと」


 スグルザの号令に合わせて、防護服を着た女性と背丈の低い男性は即座にスキルを使う。

 遅れるように、アルトランも心の中で『鑑定』とつぶやく。

 この世界において、スキル等を使うには詠唱、ないしは心の中で言わなければ使うことができない。

 実に不便ではあるものの、迷宮(ダンジョン)を攻略している最前線と比べれば大したことは無いだろう。

 アルトランは、自分の置かれた環境に安堵している間に、目の前に突如としてディスプレイが出現する。

 水色で半透明なそこには、びっしりと文字が書かれている。必要なことも、必要でなさそうなことも、情報として一括りに描かれている。

 これが、『鑑定』である。

 その書かれた内容に目を走らせるアルトラン。


【ワーウルフ 別名:人狼 状態:死】

【迷宮下層(10階層〜15階層)付近での目撃情報あり】

【リーダーとして選ばれた強靭なワーウルフを筆頭として5匹程度の群れを形成。それぞれがマーキングしたエリアを巡回し、テリトリーを徘徊している】

【しかし、同じワーウルフ同士でありながら、縄張り争いの激しい魔物であるため負傷した個体が多い

【ただ、日々警戒状態にあるためか、嗅覚の発達が凄まじく血の匂いだけでなく、毒に冒された生物や病に瀕した魔物などの匂いも嗅ぎ分けられ、弱った獲物から狩る習性をもつ】

【同じ階層内で負傷しただけでも、即座に集まってくるほどの魔物であるため、傷口の処置をする前に撤退することが推奨されている】


 ざっと見ただけでも、アルトランは恐怖で身が縮む思いをした。

 屈強な肉体かつ凶悪な鉤爪の持ち主が、5匹どころかそれ以上、自分の周りに集まるとあれば恐怖どころか絶望してしまう。

 知らず知らずではあるが、アルトランは奥歯を噛み締める。

 だからか。アルトランの背中をパンと優しく叩いたのはスグルザであった。


「案ずるな。既に死んだ魔物だ」


 その言葉に、勇気を貰った。というには、あまりに単純な考えで、実際としては冷静になれた、のが正しい。

 魔物への恐怖、それが緩んだわけではない。

 ただ、現象の解明に必要な冷静さを取り戻しただけ。

 だから、刺激臭がする中でもアルトランは呼吸を整えた。


「さて、皆、目を通したところで報告書の読み上げをしていく。相違点や違和感があれば即座に発言すること。分からないこともすぐに聞いてくれ」


 出席した者が皆、頷く。

 アルトランも同じく頭を下げる。

 心の中で成果を出したい気持ちはあれど、それよりも強いのはワーウルフという見たこともない魔物への興味である。

 怖さとは矛盾しているようで、両立した興味。

 それに突き動かされているのだ。

 今までも、きっと、これからも。


迷宮(ダンジョン)3階にて対象と遭遇。その階層には対象から発せられた臭いで充満しており、通路や小部屋には食い散らかしたであろう魔物の残骸があった。恐らく、普段は10階層付近で出現する魔物であったため、3階層の魔物では争いに負けてしまった可能性が考えられる。

 対象は階層の1番奥。下へ通じる階段からは1番遠くに居座っていた。接敵するまで冒険者達には気づいていない様子であった。

 戦闘中も、ワーウルフ独自の俊敏さはなく、こちらからの攻撃に1拍遅れて反応していた。また、刺激臭は興奮すればするだけ濃くなっていき、『魔術師』は詠唱中に喉から血が出るなどの被害を与えてきた。

 鉤爪による攻撃はどれも大振りで、魔物の体液に塗れた肉体は動きにくそうではあった。

 ワーウルフの特徴とも呼べる鼻は傷があり、戦闘中に傷口が開いたのか出血していた。他にも、全身に多数の切り傷があり、そこかしこから血を流していた。

 トドメを刺したが、それでも1分間は暴れ続け、ようやく倒れたほどであった」


 スグルザの言葉を聞きながら、女性は筆を走らせる。

 どうやら疑問点をまっさきに書き残しているようだ。

 反対に酒やけ声の男性はワーウルフの死体をくまなく観察している。動き回って、どんな角度からでも覗きこんでいた。


「さて、とりあえずはキリのいいところまで読み終えたが。まず、何かあるものは発言してくれ」


 スグルザが言い終わるまでに手を挙げたのは女性だ。

 発言権をスグルザから渡された女性は、こほんと喉を鳴らす。


「本来のワーウルフは10階層から15階層にて確認された魔物です。それが3階層にまで上がってきた。外傷や報告書から確認できることから推察するに、縄張り争いで負けたこの個体は上層まで逃亡。各階層の魔物で食いつなぎながら生活していたところ、冒険者に遭遇。

 ということだと思いますが――」

「刺激臭を発する理由が分からないね」


 酒やけ声の男性は補足するように繋ぐ。

 女性は特に気にした素振りもない。発言を取られたことによる不快感もなく、むしろ当たり前のことだと言っているように頷いた。


「確かに。今までも他の階層の魔物が浮上してくることはよくある事例だ。さして珍しいことでもない」

「そうなのですか?」


 アルトランは場違いだと思われてもいい覚悟で尋ねた。

 なにせ、アルトランは迷宮(ダンジョン)については聞き伝程度の情報しか得ていない。

 聞ける場面があるなら、聞いておいて損はないはずだ。


「そうだ。迷宮(ダンジョン)から出てきた魔物が分かりやすい具体例の1つだとは思うが。あれも縄張り争いに負けた個体が出てきている可能性があってな」

「……その、理由とかってありますか?」

「どの個体も傷ついた様子でね。中には片腕が無い個体だったり、特徴が消失したり散々な状態の奴らが多いね」

「あくまでも可能性だがな。傷ついた個体をあえて人類側へ追い出すなんて魔王からすれば考えられない行動だからな。どちらかといえば、弱い奴を食って強い奴に育てた方がいいだろうし、確実だ」

「そこら辺は種族の違いでしょうね。知能があったとしても、人類側のことを想像して行動できるまでではないはずですし。突然、高度な知性を獲得することもあるでしょうけど」


 アルトランは若干、圧倒されかけた。

 一を聞けば十を知るなんてものじゃない。

 付随している情報はどれもこれもが輝いて見えた。

 興味、好奇心。

 どれもが燻られる魅惑を孕んでいる。


「今回のワーウルフも縄張り争いに負けた個体、だとは聞きましたけど、魔物同士で争うのって何か理由があったりしますか?」

「……んー、魔物の知性が無いから、とかでは絶対ないが。そうだな、理由と呼べるほど確証がない。かといって、可能性の高い説を挙げるなら。

 【強い個体の選別】が理由に近いとは思う」

「それって、魔王視点の話ですか?」

「こちら側から考える魔王視点の話だな。現状、迷宮(ダンジョン)の魔物にのみ強い縄張り意識が備わっている様子だ。元々迷宮(ダンジョン)ではなく、野生化の魔物にはそこまで顕著なほどのテリトリーを管理するような様子は見られなかった。

 無論、争いの原因となっているのも迷宮(ダンジョン)の階層そのものが狭いかつ充分な食糧が無いことも大きいだろうな」

「…………ありがとうございます。すみません、話を止めてしまって」


 頭を下げかけ、アルトランは止めた。

 というのも、映った視界には酒やけ声の男性が分かりやすい程上機嫌な笑顔を浮かべ、親指を立てていたのだ。


「情報の収集は大事なことね。いつでも質問するね。ここには話たがりしかいないね」

「……ん、まぁ、そうだな」


 酒やけ声の男性は、ニヤついた視線をスグルザへ送る。

 どうやら図星らしいスグルザはこほん、と整える。


「さて、話を進めようか。刺激臭の原因だが、胃の内容物か腸内を調べる必要があると思われる。賛同が得られれば、解剖に移ろうとは思うがどうだろうか」

「最終的に解剖するのは賛成です。しかし、まだ皮膚や体毛、爪からも情報が得られると思います。……現に、爪と皮膚の隙間を見てもらいたいのですけど」


 女性に促されるまま、スグルザはワーウルフの爪を持ち上げる。

 確かに、爪と皮膚の僅かな隙間には何かこびりついた汚れが溜まっていた。黒く変色しているが、中には緑色のものまで挟まっている。

 スグルザは即座に『鑑定』スキルを使って汚れの分析をする。

 

「これは……植物っぽいな」


 続いて、アルトランも見てみる。

 すると、『鑑定』スキルには様々な魔物の名前が羅列されていった。

【ゴブリンの筋組織】【シーペイントの鱗】【コカトリスの羽毛】【ヴェノムローズの種】【ヴェノムローズの花弁】【ドラウンドの樹皮】【ドラウンドの根】

 これがスキル発動で見られるのだから、分析や解析、果ては考察まで進められる。

 だから、アルトランは必死に考えた。

 というのも、縄張り争いに負けた個体が最終的にどうなるのかは分かっていることだ。

 常に争うか。逃げるか。

 逃げたとて、狩りが充分にできるはずもない。

 特に同じ階層となれば競合することは考えられるし、縄張り争いに勝った相手のテリトリーには近づかないようにするのが懸命だ。

 だとすれば、堅実に。己の命を守るためにどうするかと言われれば、階層を下げることだろう。

 それが今回の個体。

 更には、餌での競合相手を増やさないためにあらゆる魔物を食ったのだろう。本来の食性とは外れながらも。

 それが爪と皮膚に詰まった汚れの真相であった。


「ヴェノムローズまで食べたか、もしくは邪魔だから狩ったか、争ったかのどれかだが。なんにせよ、3階層の魔物であることは確実か」

「だとすれば、刺激臭にも心当たりあるね。これ、ヴェノムローズの花からする匂いね。やつら、かなり強い毒あるから、きっとその匂いね」

「なら、この匂いの原因は大体予想がついたということでいいですかね」


 しかし、アルトランは少し気になることがあった。

 故に、話が流れそうなものを引き止めた。


「あの、質問なんですけど」

「うん? なんだ」

「このワーウルフが、ヴェノムローズを狙ったのはどうしてですか?」

「どうして、って……。それは、ヴェノムローズには強い毒があるからですよ」


 女性が心底不思議そうに教えてくれた。

 でも、アルトランの疑問は解決していない。いや、むしろ、このワーウルフの行動についての理由も掴めていない。

 

「ヴェノムローズが強い毒を持つ、のは分かりました。でも、ワーウルフがその匂いをさせているのはどうしてですか」

「ワーウルフの習性の1つだが、この種は毒性のあるものを爪に塗る。そうやって狩りや同種との争いを有利に進めるんだ」

「でも、それならどうやってヴェノムローズが毒を持っていることがわかるんですか? この個体は嗅覚を失っているに等しいわけじゃないですか」


 アルトランの問いに、即答できる者はいなかった。

 考えてみれば、その通りだと思ったのだ。

 ヴェノムローズが強い毒を持つ、でもこのワーウルフが意図的にその毒を利用できるかと言えば難しいだろう。

 嗅覚を頼りに狩りをする種であるなら、嗅覚に絶大な信頼を置いているのなら、毒の有無を判断するのに使われるのは匂いで間違いないだろう。


「ヴェノムローズの毒はどういうものか、どこに溜めているのか、教えてもらってもいいですか?」

「……神経毒ね。やつらの花粉に毒があるね。というか、草全体が毒の塊ね」

「それは、人に対しての毒性てことですか?」

「はい。逆に言えば、昆虫やヴェノムローズの毒に耐性のある種が送粉を手伝っていることもあります」


 ここまでの話を聞いて、アルトランはなんとなくの仮説。つまりは、ヴェノムローズの持つ毒の匂いをこのワーウルフからさせているのか、の推測がついた。

 それを口にするべきかどうか、唸っていると、スグルザが肩を叩いた。

 見上げると、笑っていた。なんとも頼もしいくらいに。しかも、顎で「言ってみろ」と言っているようにもした。

 アルトランが言うべきか否かの判断に迷っているのに気づき、言ってみても損は無い。むしろ、ここで引くなと言えるくらいの度量を見せられたとすれば、アルトランも意を決して口を開く。

 皆が待ち望んだ声ではないかもしれない。

 少しばかり、匂いでやられ掠れたような声だったかもしれない。


「この個体は、恐らくヴェノムローズの毒性に気づかず神経毒にやられた。……じゃないでしょうか。体中からヴェノムローズの毒の匂いがするのは、この個体が意図的に付着させた、というわけじゃなく。毒での苦しみを紛らわせるため、自傷行為として体中を掻きむしったから。その際にヴェノムローズの花粉、もしくは樹液が付着した。……とか」


 

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