第2話「ワーウルフとは、人狼」
ギルドの裏。
そこには、ギルドよりも大きな建物があり、スグルザ曰く魔物の解体、解剖、鑑定を行い記録に残すため大きな施設が必要になったとのことだ。
その中でも取り分け区画を割いているのは、解剖現場であろう。
そんな現場には、数名の人間がせかせかと動き回っていた。
「おい、『鑑定』始めるぞ。どこか使えるテーブルはあるか」
ギルドマスターであるスグルザの一声は、よく通った。というのも、この解剖現場そのものはかなり空間があるためでもあるが、何よりここで働いている人はスグルザの言葉を聞き逃そうとしなかったのが大きいだろう。
「マスター、中央の台はいつも通り空けてます。……ちなみに、今回はどういった魔物で?」
近づいてきた女性は、アルトランと同い年くらいだろうか。緑色の体液が防護服についており、作業中ではあったのだろう。
しかし、栗色の髪を綺麗に1つへ纏めあげた美しさは損なわれておらず、使い込んだ布製のマスクをしているからか余計美人に映った。
そんな彼女が、スグルザの後ろからちらっと見えた腕を見て、目を丸くした。
「ワーウルフの変異種か、変死かもしれない。すまないが、窓をあけてきてくれるか」
「はい!」
女性は素早い動きで解剖現場の窓を全開にした。
本来であれば、アルトランも協力するべきだったのかもしれないが、彼は解剖現場に置かれた器具や風景に意識が集中していた。
いくつもの大きな机が置かれているはずなのに、余裕があるほどの広い部屋。天井は突き抜けるほど高い。壁一面覆い尽くすほどに様々な紙が貼られており、そのどれもが注意書きであるのは見れば明らかであった。
【換気を怠るな】【体液に触るな】【防護服の確認を忘れずに】【休憩をとること】【不調時はすぐ報告】【手洗いうがい、消毒を怠るな】【傷病時は休職させる】
といった様々な張り紙だ。
「よし、アルトラン君。防護服を着るぞ。着方も教えるからついてこい」
「は、はい」
アルトランは言わるがまま、スグルザの後について行く。
真ん中の机。とりわけこの部屋で1番の頑丈さと広さを誇る物の、横を通り抜け、【男性用】と書かれた扉を開けるスグルザ。
更衣室であるのは、中に入ってから分かった。
なんとも男臭い、汗臭い部屋だ。
しかし、ワーウルフの匂いよりも全然マシで、涙が引っ込んでしまうくらいには、アルトランの精神状態はむしろ落ち着いた。
「これを一式、上から順番に着な」
渡されたのはかなり分厚い革製の衣類。
多少汚れてはいるものの、目立ったほつれや穴も空いていないのは、かなり頑丈な証拠だろう。
「その防護服は並大抵の牙や爪、棘なんかを通さないものだ。しっかり着ておかないと、死んだ魔物に殺されるからな」
「……はい」
アルトランは注意された通り、上から順番に着ていく。ただ、幸いなこととしては、アルトランが生まれ育った街でも同じような防護服を着て作業していたためか、難なく着用することができた。
それでも、スグルザの方が早いのは着慣れているからだろう。
「スグルザさん」
「なんだ?」
「ワーウルフて、どういった魔物ですか。前の街だと出会ったことがなくて」
「……あぁ、そうか。そもそも迷宮から出てくるほど、上層の魔物じゃなかったな」
知らないのも無理はない――と、スグルザはフォローしてくれた。
「狼と人間が混じったような魔物だ。別名、人狼とも呼ばれるが、恐ろしいのは長い鉤爪と鋭い牙。嗅覚なんかも優れていて、特に弱った獲物の匂いにつられて集まる習性がある」
「弱った獲物――ということは、血の匂いとかですか?」
「それだけじゃなくてな」
厄介極まりないと言いたげな重さを孕み、スグルザは更衣室に置かれていたコップの水を飲み干す。
「ワーウルフは人狼なんて呼び方をされている通り、小賢しい魔物でな。その特徴として鉤爪なんかに毒を塗る。即効性のあるものじゃない、遅効性の毒でな。その毒で弱った生物が放つ独特の匂いを辿って襲ってくる。もちろん、血の匂いだったり病気だったりしても匂いにつられてやって来る」
「………………」
裏方を選んで良かった、と心底安堵するアルトラン。
そして、冒険者達への尊敬や、有難みに感謝する。
自分だったなら、そんな魔物とは戦えない。
毒を活用してきては、武器にするような知性のある魔物。そんなのと相手するなど、骨が折れてしまう。
苦労だけではない。
1つのミスが命取りになる。
そんな状況、想像するだけで胃がキリキリと痛くなる。
「さて、準備ができたら行くぞ。スキルの使い方は分かるか?」
「……はい!」
今は自分にできること。
それをしっかりとこなそう。
そう決めたアルトランは、更衣室からいの一番に飛び出した。




