表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/4

第2話 「奉行様の弱点は、台所にありました」

奉行所の朝は、思ったよりも早い。


「……(すず)、起きているか」


障子越しに聞こえる、低く落ち着いた声。


「は、はい!起きてます!」


実際は、今まさに布団から転げ落ちたところだった。


(奉行所、目覚まし鐘とか無いんだ……

 奉行様直々の声で起こされるの、心臓に悪い……)


身支度を整えて部屋を出ると、

廊下の先に立っていたのは――


**九条(くじょう) 朔夜(さくや)**様。


「……顔色が悪い」


「ね、寝不足です……」


「……そうか」


少し考え込むように顎に手を当てる。


(え、私の体調、そんな真剣に考えます?)


朝餉(あさげ)は取れるか」


「え? あ……はい」


そう答えた途端、

朔夜様はなぜか、ほんの少しだけ表情を緩めた。



奉行所の台所。


広い。清潔。完璧。


……なのに。


「……味が、安定しない」


「え?」


机の上に並ぶのは、

見た目は美しいが、妙に沈黙を誘う料理たち。


一口食べて、私は思わず固まった。


(……しょっぱい)


「……奉行様」


「なんだ」


「これ……奉行様が?」


「そうだ」


(奉行様が!?)


「時間がある時は、自分で作る」


「え、ええと……」


どう言えばいい。


「……味付けが、少し……」


「……失敗か」


肩を落とす奉行様。


(落ち込むの早い!)


「い、いえ!

 素材の味はすごくいいですし!」


「だが、鈴は箸が進んでいない」


「……ば、バレてる」


視線が鋭い。奉行様、観察眼が高すぎる。


「……町では、何を食べていた」


「だ、団子とか……煮物とか……」


「……そうか」


無言で立ち上がる朔夜様。


(え、怒らせた!?)


しかし彼は、私の前に立つと、

すっと頭を下げた。


「……教えてくれ」


「……へ?」


「料理。

 お前の、好きな味を」


「――っ」


予想外すぎて、言葉が詰まる。


「……奉行様」


「鈴」


名前を呼ばれただけで、胸が跳ねた。


「……俺は、あやかしのことは分かる。

 だが、人の暮らしは……まだ、分からない」


その声は、どこか弱々しかった。


(……この人)


奉行様なのに。

完璧そうなのに。


(……案外、独りだったのかもしれない)


「……じゃあ」


私は、そっと笑った。


「一緒に作りましょうか」


「……一緒に?」


「はい。

 婚約者(いいなずけ)ですし」


その瞬間。


朔夜様の耳が、分かりやすく赤くなった。


「……善処する」


(してくれるんだ……!)


台所に並んで立つ、奉行様と町娘。


(……なんだか、変だけど)


(……悪くない)


奉行所の朝は、

こうして少しだけ、温かくなったのだった。



奉行所の台所に、朝の光が差し込む。


「……では、始めよう」


**九条(くじょう) 朔夜(さくや)**様は、

真剣な表情で包丁を握っていた。


「ええと……奉行様」


「なんだ」


「その……もう少し力を抜いてください」


「力を?」


包丁を持つ手が、あやかし討伐でもするかのような構えだ。


(それ、敵を斬る時の気迫です……)


「……こうか」


「ち、違います!

 もっと、こう……優しく……」


私は思い切って、朔夜様の手に触れた。


「――っ」


ぴくり、と肩が揺れる。


「……鈴」


「は、はい!?」


「……近い」


「す、すみません!」


慌てて手を離すと、

彼は少しだけ視線を逸らした。


「……だが、分かった」


その耳が、ほんのり赤い。



「次は、野菜を切ります」


「……了解した」


「奉行様、了解じゃなくて……」


「……分かった」


言い直すのが、ちょっと可愛い。


「……鈴」


「はい」


「これは……どうして涙が出る」


「それは玉葱(たまねぎ)です」


「……攻撃性が高いな」


(玉葱をあやかし扱いしないでください……)


「……目が痛い」


「大丈夫ですか!?

 ちょっと目を閉じてください」


そっと、袖で目元を拭う。


距離、近い。


「……」


「……奉行様?」


「……この距離は、危険だな」


「え?」


「……いや、独り言だ」


(今、何て言いました!?)



「次は味付けです」


「……緊張する」


「奉行様、料理でそんな顔しないでください」


「……失敗したくない」


真剣な声。


「……鈴が食べるのだろう」


「――っ」


(それ、言います?)


「だ、大丈夫です。

 失敗しても一緒に食べれば……」


「……一緒に」


また耳が赤い。


(この人、分かりやすすぎる……)



やがて、料理が完成した。


「……どうだ」


「いただきます」


一口。


「……おいしいです」


「……本当か」


「本当です!」


しばらくして。


「……また、作ろう」


「はい」


「……一緒に」


「……はい」


短い言葉なのに、

胸の奥が、じんわり温かくなる。


奉行所の台所で、

二人並んで作った料理は、

きっと――今までで一番、優しい味がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ