表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/6

終わりの後の紅茶

最後までありがとうございました!!一応、ここで完結です

 あれから数日が経った。


 あれ以降、誰もリディアの名前を口にしない。

 あれほど目立ちたがりで、話題の中心にいた彼女のことを、まるで最初からいなかったかのように扱うその空気に、アネットはむしろ感心していた。


 かつて“気立てのよい妹姫”などともてはやされていた令嬢が、一夜にして腫れ物扱いだ。


 同情する声すらほとんど聞かれない。


 それだけ、あの茶会での“暴露”は決定的だったということだろう。


 そして、セレナの婚約者だったカイルもまた、今や社交界で浮いた存在となっていた。


 表向きには体調不良による静養とされていたが、実際のところ誰も真に受けてはいない。


 真実薬によってリディアの本心が暴かれた直後、真っ青な顔で庭園をあとにしたあの姿は、多くの者の記憶に鮮明に残っていた。


「見る目がないのもほどがある」


 そんなささやきが、彼の名前とともに、あちこちで言われるようになった。


 アネットは、特に哀れとも思わなかった。

 妹の涙だけを信じて、セレナの声に耳を貸さなかった。

 その代償としては、むしろ安いくらいだ。


 


 ◇




 午後の光が斜めに差し込む小さな離れの一室。アネットとセレナは向かい合って座っていた。


 テーブルの上には、紅茶と、焼き菓子が数種。どれも手つかずのまま、時間だけがゆっくりと過ぎていく。


「……ねえ、アネット。ありがとう。あなたには本当にお世話になったわ」


 アネットは紅茶のカップに視線を落としたまま、鼻先で軽く笑った。


「お礼を言われる筋合いはないわよ。私は、あんたの妹が嫌いだっただけよ」


 そう言いながらも、声音には棘がなかった。

 むしろ肩の力が抜けたような、いつもの調子だ。


「それでも、あの場に立ってくれたのは、あなたしかいなかったから」


 セレナがそう続けると、アネットはちらりと目だけを向ける。


「……それにしても、よく飲ませたわね。あれだけ警戒心の強い子を相手に、真実薬入りの紅茶なんて」


「半分は賭けだったわ。まさかあんなに素直に口つけるとは思わなかったけど」


「……ま、運も実力のうちってことにしておくわ」


 アネットはそう言って、カップを口に運ぶ。


「本当に、ありがとう」


「しつこいわね。感謝されるようなことはしてないって、さっきも言ったでしょ」


 アネットは視線を窓の外に向けながら、静かに言った。


「……あんたがもう少し早く、助けを求めてきてたら、こんな手は使わずに済んだのに」


「怖かったの。誰にも信じてもらえないと思ってたから」


「信じるかどうかは、言葉を聞いてから決めることよ。黙ってたら、そりゃ誰も気づかないわ」


「……そうね」


「でもまあ――今回に限っては、黙ってたのが功を奏したかもね。本人の口から皆の前で全部吐き出させた方が、よっぽど効果的だったし」


「皮肉な話ね」


「世の中、大体そんなものよ」


 セレナがふっと微笑む。


 その横顔を一瞥して、アネットはふと問いかけた。


「……で、これからどうするつもりなの」


 セレナは一瞬だけ目を伏せ、それからゆっくりと顔を上げる。


「正直、まだ決めかねてるわ。ただ、もう後ろ向きに生きるのは辞めようと思ってるの」


「珍しく前向きじゃない」


「自分で動かないと、何も変わらないって、ようやくわかったから」


「……ふうん」


 アネットはカップをソーサーに戻し、小さくため息をついた。


「だったらまずは、人の顔色を窺う癖をやめなさい。それだけで見える世界はだいぶ違ってくるわよ」


 ぴしゃりと言い放ちながらも、アネットの口調はどこか柔らかかった。


「あなたって、ほんと厳しいのね」


「今さらでしょ。私が甘い人間だったら、真実薬なんて使ってないわよ」


 二人のあいだに、思わず小さな笑いが漏れた。


 そうして静かに時間が流れていくなかで、アネットはぽつりとつぶやいた。


「また、何かあれば私を頼りなさい。懲らしめるから」


「……今回のお礼は、別の機会にさせてもらうわ」


「別に、見返りなんて求めてないけど?」


「知ってるわ。でも、それじゃ私の気が済まないの」


 アネットは肩をすくめ、小さく笑う。


「じゃあ、せいぜい“前向きな自分”でいなさい。私にとって一番の恩返しは、それだから」


 何かが元に戻ったわけではない。傷も、痛みも、すべてが癒えたわけじゃない。


 けれど、こうして笑い合えるだけの日々が、ようやく二人の間に戻ってきたのは喜ばしい事だった。


 そんなことを思いながら、アネットはもう一度、紅茶に口をつけた。


 ほんの少し、冷めてしまっていたけれど、それもまた悪くなかった。

面白かったら評価&ブックマークをよろしくお願いします。


【連載版】捨てられ令嬢は、今さら亡命してくる元婚約者を門前払いします。 の方も是非よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ