終わりの後の紅茶
最後までありがとうございました!!一応、ここで完結です
あれから数日が経った。
あれ以降、誰もリディアの名前を口にしない。
あれほど目立ちたがりで、話題の中心にいた彼女のことを、まるで最初からいなかったかのように扱うその空気に、アネットはむしろ感心していた。
かつて“気立てのよい妹姫”などともてはやされていた令嬢が、一夜にして腫れ物扱いだ。
同情する声すらほとんど聞かれない。
それだけ、あの茶会での“暴露”は決定的だったということだろう。
そして、セレナの婚約者だったカイルもまた、今や社交界で浮いた存在となっていた。
表向きには体調不良による静養とされていたが、実際のところ誰も真に受けてはいない。
真実薬によってリディアの本心が暴かれた直後、真っ青な顔で庭園をあとにしたあの姿は、多くの者の記憶に鮮明に残っていた。
「見る目がないのもほどがある」
そんなささやきが、彼の名前とともに、あちこちで言われるようになった。
アネットは、特に哀れとも思わなかった。
妹の涙だけを信じて、セレナの声に耳を貸さなかった。
その代償としては、むしろ安いくらいだ。
◇
午後の光が斜めに差し込む小さな離れの一室。アネットとセレナは向かい合って座っていた。
テーブルの上には、紅茶と、焼き菓子が数種。どれも手つかずのまま、時間だけがゆっくりと過ぎていく。
「……ねえ、アネット。ありがとう。あなたには本当にお世話になったわ」
アネットは紅茶のカップに視線を落としたまま、鼻先で軽く笑った。
「お礼を言われる筋合いはないわよ。私は、あんたの妹が嫌いだっただけよ」
そう言いながらも、声音には棘がなかった。
むしろ肩の力が抜けたような、いつもの調子だ。
「それでも、あの場に立ってくれたのは、あなたしかいなかったから」
セレナがそう続けると、アネットはちらりと目だけを向ける。
「……それにしても、よく飲ませたわね。あれだけ警戒心の強い子を相手に、真実薬入りの紅茶なんて」
「半分は賭けだったわ。まさかあんなに素直に口つけるとは思わなかったけど」
「……ま、運も実力のうちってことにしておくわ」
アネットはそう言って、カップを口に運ぶ。
「本当に、ありがとう」
「しつこいわね。感謝されるようなことはしてないって、さっきも言ったでしょ」
アネットは視線を窓の外に向けながら、静かに言った。
「……あんたがもう少し早く、助けを求めてきてたら、こんな手は使わずに済んだのに」
「怖かったの。誰にも信じてもらえないと思ってたから」
「信じるかどうかは、言葉を聞いてから決めることよ。黙ってたら、そりゃ誰も気づかないわ」
「……そうね」
「でもまあ――今回に限っては、黙ってたのが功を奏したかもね。本人の口から皆の前で全部吐き出させた方が、よっぽど効果的だったし」
「皮肉な話ね」
「世の中、大体そんなものよ」
セレナがふっと微笑む。
その横顔を一瞥して、アネットはふと問いかけた。
「……で、これからどうするつもりなの」
セレナは一瞬だけ目を伏せ、それからゆっくりと顔を上げる。
「正直、まだ決めかねてるわ。ただ、もう後ろ向きに生きるのは辞めようと思ってるの」
「珍しく前向きじゃない」
「自分で動かないと、何も変わらないって、ようやくわかったから」
「……ふうん」
アネットはカップをソーサーに戻し、小さくため息をついた。
「だったらまずは、人の顔色を窺う癖をやめなさい。それだけで見える世界はだいぶ違ってくるわよ」
ぴしゃりと言い放ちながらも、アネットの口調はどこか柔らかかった。
「あなたって、ほんと厳しいのね」
「今さらでしょ。私が甘い人間だったら、真実薬なんて使ってないわよ」
二人のあいだに、思わず小さな笑いが漏れた。
そうして静かに時間が流れていくなかで、アネットはぽつりとつぶやいた。
「また、何かあれば私を頼りなさい。懲らしめるから」
「……今回のお礼は、別の機会にさせてもらうわ」
「別に、見返りなんて求めてないけど?」
「知ってるわ。でも、それじゃ私の気が済まないの」
アネットは肩をすくめ、小さく笑う。
「じゃあ、せいぜい“前向きな自分”でいなさい。私にとって一番の恩返しは、それだから」
何かが元に戻ったわけではない。傷も、痛みも、すべてが癒えたわけじゃない。
けれど、こうして笑い合えるだけの日々が、ようやく二人の間に戻ってきたのは喜ばしい事だった。
そんなことを思いながら、アネットはもう一度、紅茶に口をつけた。
ほんの少し、冷めてしまっていたけれど、それもまた悪くなかった。
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【連載版】捨てられ令嬢は、今さら亡命してくる元婚約者を門前払いします。 の方も是非よろしくお願いします。