第一話 女騎士さんとマンガ
数ある作品の中から興味を持っていただき、本当にありがとうございます!
やわらかな日差しが、薄いカーテンの隙間越しに僕のまぶたの奥に突き刺さる。
意識がだんだんとはっきりしていくにあたり、外からすずめの鳴き声と無邪気な子どもの声が聞こえてくる。
(.......もう......朝かぁ..........................っ!?!?)
「........けほっ.......げほ、げほっ..........!!!!」
朝の気だるさからくる鬱憤を吐き出すように、僕ののどから咳が飛び出す。
(.......うう.....頭がくらくらする........体があつい..........)
起床後すぐ特有の気だるさとはまた違う症状に、僕は大きくため息をついた。
(...........今日も、学校行けないなぁ..........)
僕の名前は【田畑 小太郎】。この春から中学2年生になる。
本当なら、勉強に部活に恋に.........って、青春中学校ライフを送りたいところなんだけど..........。
「.......げほっ!! けほっ、けほ........ うぅ.........」
僕は生まれつき、とても体が弱かった。
子供の頃からいつも風邪をひいては治っての繰り返しで、ずーっと家のベットで寝てばかりいる。
そのせいで今までろくに学校にも行けず、友達なんてできたこともない。
父さんも母さんも日中は仕事で家にいないし、毎日ひとりぼっちだ。
..........まあ、そんなことはどうだっていい。
(.......ふふっ、今日は何読もっかな〜っ!!)
菌に侵された重い体をものともせずに軽やかな足取りで階段を降り、リビングのテーブルにおいてあった母の作りおきの朝食を急いでたいらげる。
食休みなんてする暇もなく、僕はさっき駆け下りた階段を急いで登る。
(.......よ〜っし!! 今日も目いっぱい読むぞ〜!!!!)
自室に駆け込んだ僕は、以前父さんに買ってもらった王道ファンタジー漫画の1巻を手に取り、勢いよくベットにもぐりこんだ。
僕は、アニメやマンガが大大大好きだ。
身体が弱くてどこにも遊びに行けなくても、テレビをつければどこにでも冒険できる。
ひとりぼっちでさびしくても、マンガを開けばたくさんのヒーローがそばにいてくれる。
(やっぱり、この漫画おもしろいっ!!! 読む手がとまらないよ!!!!)
時間がすぎるのも忘れ、僕は次から次へとページをめくる。
(.........あ〜!!おもしろかった!!!
.............あ〜あ。 僕も、一度でいいからこんな冒険してみたいなぁ。 .........まぁ、体が弱いし仲間も友達もいないから無理だけどさ。)
漫画を読みながら、空想の世界に思いを馳せる。
このゆったりとした時間が、僕が一番好きな時間だった。
(......さて! 早く続き読も〜っと!!!!)
そういって、本棚に手を伸ばした瞬間..........
「..........うわぁっ............!?!?!?!?」
本棚の中の空間が、ぐにゃりと曲がった。
「....えっ........ええっ!?!?」
驚いて腕の先を見ると、本棚に漫画を戻そうとした右手がすっぽりと曲がった空間の中に入っている。
渦を巻くように曲がった空間の中心は濃い紫色に染まっており、だんだんと右腕がその空間に引きこまれていくのを感じる。
「.......どうしよっ......吸い込まれ.........っっっ!?!?」
眼の前の現実とはかけ離れた光景に、まだ夢の中なのではという錯覚が巻き起こる。
しかし、右腕を中心とする強い張力と痛みが、それが夢ではないことの証明であると強く実感させる。
「.........うわあああああああああああっっっ!?!?!?!?」
そうして...........
僕はなすすべもなく、ぐにゃりと曲がった空間に吸い込まれていくのだった.......。
◆◆
「................................。」
本棚の中の曲がった空間に吸い込まれて出て来た先には........
はっきりとここが日本ではないと理解できる、異国情緒あふれるファンタジーに出てきそうな石造りの建物たち。
いたるところに設置されている看板に書かれている、意味のわからない文字っぽいナニカ。
「..................!?!?!?!?!?!?!?」
(......えっ、え、え、え!?!?!? なにこれどこここ!!? 僕さっきまで自分の部屋にいたはずじゃ!!?)
自分の置かれた意味のわからない状況に、一気に混乱しまくる僕。
あわてまくってきょろきょろとあたりを見渡しても、おもいっきり頬をつねっても、状況は全く変わらなかった。
(.......と、とにかく帰らないとっ...........って、あーっ!!!! 帰り道が塞がってるぅーっ!!!!!)
後ろを振り返ると、さっき通ってきた空間が綺麗さっぱりなくなっている。
あわてて後ろを腕でぶんぶんと振るが、その空間はきれいさっぱりなにもなくなっていた。
(どうしよう、どうしよう、どうしようっ!!?!? このままじゃ僕、家に帰れないっ......!!!!!)
突然見知らぬ土地に飛ばされた挙げ句、帰る方法がまったくわからない。
子どもにとって.........いや、子どもでなくても物凄い不安になるだろう。
「.............っ........ひぐっ........ぐすっ..........」
(......なんでぇっ......!? 僕、さっきまで家でマンガ読んでただけなのにぃっ........!!!)
泣いても仕方がないとわかってはいるものの、心臓が握りつぶされるようにきゅうっと痛くなり、涙がぽろぽろと目からこぼれる。
そんな、絶望的な状況の中。
「.......○□✕※♨.....?」
「......@✕※#%、*♨!?」
僕の後ろから大きなふたつの影が現れるとともに、何やら言葉らしき声をかけて近づいてきた。
(......助かったっ.....!!! きっと現地の人が心配して話しかけてくれたんだっ!!!)
「........ぐすっ......あの、すみませ.................!?!?!?!?!?!?!?!?!?」
僕が振り返るとそこには。
おそらく2メートルはあるであろう大きな体の、黒っぽいピンク色をした肌で牙が生えた....まるでブタのような顔つきをした大きなメガネをかけた男性?と.......
全身がもふもふの灰色の毛で覆われた、鋭い歯ととんがった大きな口をしている狼のような顔つきをした半裸の男性?二人組が立っていた。
「.............きゅう...........。」
「.......□✕※○♨.....!!?」
「......@✕。※#%*、♨!!!」
あまりの不安に。衝撃に。恐怖に。
僕はなすすべなく、その場で気を失った。
(........知らない天井だ........。)
さっきまでの恐ろしい光景が夢だったのかと安堵する暇もなく、僕の目線の先にある見知らぬ天井の木目と目が合い、夢ではなかったことを察する。
慌てて飛び起きてきょろきょろとあたりを確認すると、さっきまで寝かされていた白いベッドと木製のドアが目に入る。
どうやら、何者かがこの部屋に僕を運び込み、寝かせておいてくれたらしい。
(......だれが、なんのためにここに........もしかして、ゆ、誘拐っ........!!?!?)
僕がとんでもない妄想をして青ざめていると、ドアの向こうからノックをする音が聞こえてきた。
「.....入るぞ。......おや、目覚めたか。」
部屋に入ってきたのは........
金髪で重そうな鎧を着た、耳がとんがっているお姉さんだった。
この土地で初めて会った人間っぽい見た目の.......それも、会話が通じるヒト。
僕は安堵と感激のあまり、声を上ずらせながら話しかけた。
「.........あ、あのっ.......!!? 日本語、わかるんですか!!?!?」
「.......ニホンゴ? とやらは知らんが、先程きみに自動翻訳の魔術をかけた。 きっと私と意思疎通ができると思うぞ。」
ジドウホンヤク?マジュツ?
よくわからないが、とりあえず会話を続けることにした。
「.......あのっ、僕、家にいたらいつの間にかここに飛ばされちゃって......... ここはどこですかっ.....?」
「.......そうか。空間のゆがみに巻き込まれてしまったのだな。可哀想に......。
ここは王都にある騎士の訓練所もとい居住区だ。」
オウト?キシ?クンレンジョ?
......さっきから、何ひとつ理解ができない........。
「.....すまない、いきなり知らない土地に飛ばされて不安だろう?
送り返してあげるから、名前と住んでいる地域を教えてくれるか?」
「.......あ、はい!! 名前は田畑 小太郎です!!」
「......タヴァータか。 私はルリオン・ナキシーだ。 よろしくな。」
「........ナキシーさん、よろしくおねがいします!!! 住所は日本の東京都の.......ええと.......」
「........ニホン? トウキョウ? 聞き慣れない地名だな。 随分遠くの方からやってきたのだな。
何か、きみの故郷を調べる手がかりになるようなものは持っていないだろうか?」
「......手がかり........ですか...........う〜ん.........」
何しろ急にこっちに来てしまったものだから、スマートフォンも財布も持ってきていない。
あるとしたら今着ているパジャマと手に持っていたマンガくらいだ。
何も詳しい住所が書かれているようなものはない。
「........なあ、タヴァータくん。 きみが気を失う前に手に持っていた書物は、故郷のものではないのだろうか?」
「あ、はい。 故郷というかうちの国が出版しているものなのですが...........」
「なるほど。どこの国のものかがわかれば君の故郷を探し出せるかもしれん。 貸して見せてくれ。」
僕は言われるままにそばにおいてあったマンガを差し出すと、ナキシーさんは不思議そうにページを捲りだした。
「........ずいぶん良い紙を使っているのだなぁ......... この絵はおそらくドラゴンを表しているだろうし、東のドラゴンの里のあたりだろうか.........?」
ナキシーさんが、ぶつぶつと独り言をつぶやいている。
「........しかし、この絵はすごく繊細で上手だな..........男も勇ましく凛々しく、この女は色っぽくて可憐だ......... ほう、この騎士、なかなか良い身体をしているな......」
「.......あの、ナキシーさん.........?」
すっかりマンガに興味津々になったナキシーさんに、僕はおずおずと話しかけた。
「......ああ。すまない。 ところで、この書物に書かれている文字はきみの故郷のものか? なんて書いてあるのか教えてくれ。」
「........はい。 この書物は、【マンガ】と呼ばれるものでして・・・」
僕がナキシーさんに、マンガのページを捲って文字を読み上げる。
(.........熱心に話を聞いてくれてるなぁ。 僕の故郷探しにこんなに真剣に取り組んでくれるなんて、いいお姉さんだなぁ.........)
「.......なぁ、この男は何をしているのだ?」
「.......はい。この男の人はトラックに轢かれてしまって、今までの人生を・・・」
ナキシーさんが親身になって故郷探しを手伝ってくれているのに感動しつつ、僕は言われるがままにマンガに書いてある内容をナキシーさんに説明し続けた。
「・・・ここは、魔王が勇者に向かって奇襲を仕掛けているシーンですね。」
「........くっ......!!! 卑劣な魔王めっ!!! それでも男かっ.......!!!」
「......ここは、魔王が「ぐはは、勇者といえどしょせんこの程度か」と言っています。」
「........くそぅっ........ 魔王の手に嵌められてしまったかっ.........!!! 勇者っ!!!! がんばれぇっ!!!!!!!!」
持ってきたマンガについて説明を始めてから、およそ1時間。
ナキシーさんは、きれいな瑠璃色の瞳をキラッキラさせながら、僕のマンガに見入っている。
僕がベットの上でページを捲り、セリフや状況を細かく説明するたびに、ナキシーさんが手のひらをぎゅううっと握りしめて足をじたばたさせながら一喜一憂している。
さながら、絵本を読み聞かせられて喜んでいる幼い子どものようだ。
(......ナキシーさん、意外とお茶目なんだなぁ。 マンガを気に入ってもらえて、僕も鼻が高いや。
だけど、本来の目的を忘れられているような..........?)
「........なあなあ、タヴァータくん!!! ここ!! ここの勇者はなんと言っているんだ!?!?」
「......はい。ええと、ここのコマは.........」
僕が説明をしようとすると、なにやら複数の人に見られているような感覚に陥った。
「.......あのー、騎士団長さま....... もうとっくに稽古のお時間なのですが...........」
ナキシーさんと同じく鎧を着た耳の長い女の子が、おずおずとナキシーさんに話しかける。
「........今いいところなんだっ!!! 後にしてもらえるかっ!?」
「.....で、ですが..........」
「.......待たせたなタヴァータくん!!! さっ、早く続きを読んでくれっ!!!!!!」
(.........ごめんなさい..........騎士団のみなさん.........!!!)
おろおろしているナキシーさんの部下っぽい人たちに心のなかで頭を下げつつ、僕はただマンガの読み聞かせをすることしかできないのだった........。
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