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滅びゆく人類に花冠を  作者: 花摘猫
第二章・最終道徳
6/14

誰もが後悔して生きている

夜六時

予想より遅れてバイクは目的地に到着した。


「ここが奈美の実家?」

「うん……電気ついてないね。やっぱり死んじゃったのかなぁ……」


電気のついていない家をみながら、少女の手が彼の上着をつかむ。三日前、ニュースで虫の報道を知った時には電話線がパンクしていて、携帯電話もかからなかった。

あれから四日。今まで生きている人間を見たのはごく僅かで、生きていても卵に寄生されて正気を失っていた。運良くまともな人間がいたとしても、自分達のようにペットボトルや菓子を食べて生きていた若い人間だけだった。とても両親が生きているとは思えない。


だが、家族の生死を知らずに旅立てるほど奈美は大人ではない。

怯えた眼で和人を見上げたあと、震える手で鍵を開けた。


「……た、ただいま……」


確認するのが怖いのだろう、背後にいる彼の上着を掴んで、少しだけ扉を開けると中を覗く。そして、何かに気付いたのか、大きく身震いをして、その場に硬直した。


「奈美?」


返事はない。放心したように前を見つめたままふりむこうとしない彼女に、和人は嫌な予感を覚えて玄関のドアを開けた。

目の前に、新聞と手紙が散乱している。

視線を上げると、玄関に接した廊下に彼女の両親はいた。


「……奈美」


再度、肩に手を置いて名前を呼ぶと、上着を持った奈美の手が気付いたように震えはじめた。


「……お父さん……お母さ……」


ガクガクと腰抜けそうな足を動かして、むかいあって死んでいる両親にかけ寄る。

二人は、正座をしておじぎをするように死んでいた。その姿は年始の挨拶に似ていて、奇妙な感覚を覚える。


「きゃっ」


彼女が触れた途端、バランスを崩したのか二人の死体が横に倒れた。両親の膝にのった手紙が、ばらばらと玄関に落ちる。いつもなら気持ちが悪いと触りもしないのに、奈美は何度も謝りながら二人を交互に抱きしめていた。


「……和人」


小さく、消え入りそうな声が静寂に響く。


「……ねぇ和人……お父さんとお母さん……手紙持ったまま死んじゃってるの……もしかしたら私から手紙が来るって思ってたのかなぁ……私、手紙なんて出さなかったのに……」


両親を撫でながら呟く彼女の声は震えていた。散乱した新聞紙を踏みつけて彼女のもとにむかうと、爪のない両親の両手にはいくつもの手紙が握り締められていた。


「……二人とも、奈美のことが好きだったからな……」


手紙を待っていたかは定かではないが、彼女の両親が奈美をどれほど大切に思っていたのかを彼は知っていた。誕生日の日、奈美は両親が買ってくれたのだと自分でケーキを持ってきた。事前に友達の家に泊まりに行くといっておいたにも関わらず、両親は家族で誕生日を祝おうとしてくれたのだ。

そして、時間がないから、とローソクだけを吹き消した娘に、両親は小言もいわず、用意したケーキを持たせて外に送り出してくれたという……。それほどまでに優しい気遣いは、彼女が大切にされていた証に他ならないのではないか。あの日のケーキは、転んで崩れてしまい、その殆どを捨てしまった。二度と同じ物は手に入らないことも知らずに。

思いだすと胸が痛んだ。

切なさに、彼がうしろから抱きしめると、ふりむいた彼女は耐えきれないように泣いた。

これ以上、この場所にいることを拒むように。


その夜、少女は夢をみた。


「奈美ちゃん。ひとつだけ守ってもらいたいお願いがあるの……」


幼い奈美に微笑みかける、若き日の母。


「なぁに、おかぁさん」

「困っている人は、助けてあげなさい。そうすれば奈美ちゃんが困っている時にも

助けてもらえるから……」


それだけは忘れないで、と小さな幼女の手を母は握り、指きりをさせた。

ずっと昔の古い記憶。

泣きながら奈美は目を覚ました。


「どうした? 奈美……」

「和人…お母さんが…困っている人は助けなさいって…」

「……いいお母さんだったな」


見上げた先で、和人が困った顔で微笑んでいる。彼が母のことを過去形で話したので、彼女はふたたび涙を落として彼を抱きしめた。

二人にとって、初めての悲しい朝だった。


「……俺、甘いもんダメだから、ポテトチップス食うわ。奈美はクッキーとチョコパイがあるけど……それでイイ?」

「うん……私はチョコパイがいいかな。コーンフレークとか欲しいね」

「そうだな。どっかで見つかるといいけど」


ベッドに座り、二人で朝食をとる。

ペットボトルの中身は水だ。最近、菓子類ばかりを食べているせいか、酷く身体がだるかった。彼らなりに健康を考えているのだろう。


「今は、十時か……どうしよ、もう出る?」

「久々にアイツらがいないホテルだから惜しい気もするけど……余裕もって行き

たいしな……もう行こうぜ」


時計をみながら話しあうと、荷物をまとめてビジネスホテルを後にする。

目的地まで先を急ぎたいこともあるが、これからのことも考えると、栄養のある食材も手に入れなければならないし、船に乗るのならそれなりの食料だって集めなければならないだろう。早く移動をするにこしたことはない。

二人は、目的地に向かう途中の住宅地で食料を探すことを決めて、バイクを走らせた。


だが、三時を過ぎた住宅地で二人は、予想に反した現実を押しつけられることとなる。

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