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滅びゆく人類に花冠を  作者: 花摘猫
第一章・すずなり
3/14

死は平等に与えられるもの

気付けば、夜だった。

障子から漏れる母屋からの明かりで時間を確認すると、時刻は夜の七時をまわっていた。


……指は、大丈夫かしら。


暗い室内で両手を見る。広げた指先に、白い爪が光っていた。


……良かった……少しは行動できる……。


息をついて、障子のそばに散らばる球体をみる。

大きさの不揃いなソレは、昼まで少女の爪だったものだ。

朝から指が腫れているとは思っていたが卵に変化していたらしい。昼に障子を閉めたとき、衝撃で指から転げ落ちたのだ。

その時、事態に動揺した自分は、指にあった卵をすべて取り去ったが、穴のあいた指は骨と肉が

露出して、なにも触れられなくなり、痛くて寝ることしかできなかった。今、指先にある白い爪は、間違いなく卵だろうが、無いよりはマシだ。

そろそろと障子を開けて廊下を見る。時間が時間だ,、晩御飯が出ているころだろう。なにも口にしたくはないが、人恋しくて誰かが自分を気にかけてくれていることを確かめたかった。


……あら?


盆は、廊下になかった。

かわりに、白い紙だけが折りたたまれて置いてある。


……なにかしら。


紙を取りに歩いていく途中、母屋から音が聞こえないことに気付いて足を止めた。

生活音ひとつない静寂…使用人がいる以上、この時刻にはありえないことだ。よくみれば庭に面した部屋の障子が全開になっている。だからこそ、自分は明かりをつけなくても行動できたのだが、あきらかに不自然だった。


……登紀子さんだわ。


盆のかわりに置かれてあった紙を開いてみると、見なれた乳母の文字で、短い手紙が書かれていた。


……登紀子さん……。


手紙の中には乳母や使用人が、自分と同じ、この奇妙な病に侵されたと書いてあった。だから加奈子にうつさないために、声をかけずに帰ると。明かりをつけて障子を開けたのは、少女が起きた時寂しく思わないように……という、登紀子なりの思いやりであった。


「川に落ちたのは私だけなのに……どうして、皆まで発症するの?」


つぶやいて、その場に座りこむ。

卵と知る前までは、なにかの病気だと思っていた。知ってからは自分だけだという事実から、川に落ちた時になにかを飲みこんだのだと、理由をつけて納得していた。……なのに、事態は自分の思惑を外れ、最悪な現実となった。


……まるで、違う生物が侵略するようだわ。


考えて身震いする。震える手で頭を触ってみる。寝た時につぶれた卵が髪に付着して固まっているのに、間から新たな卵が姿を表していた。


……頭が、痛い。


朝から頭に靄がかかっているように、思考がぼやけていた。最初は、起きたばかりだからだと思っていたが、時間が経つにつれ、痛みをともない目までかすんできた。


……今、お風呂に入らなければ、このまま死ぬことになるわ。


それは、直感だった。

立った瞬間、力を入れた足の指から卵が転がり落ちたが、気にせずに風呂場にむかう。こんな吐き気がする状態で、死ぬのだけは嫌だった。


途中、父の部屋に寄り、使わないラジカセを持っていった。風呂のお湯をはり、頭を洗い流すと、水のかからない場所にラジカセを置いて小声の放送に耳をかたむける。


放送では、緊急放送で自分と同じ症状の患者が次々に増え続けていると言っていた。最初に発症したのは、サーファーや水泳選手、水にかかわる趣味や仕事を持っている人達らしい。それに習って、各地の水を調べたところ、ある共通の事実が確認された。地球上では確認のされたことがない小さな生物が、淡水、海水問わず、すべての水に多量に含まれているというのだ。


……だから、みんな発症したんだわ。食事をするにも、お茶を飲むにも水は必要だもの。私が早く発症したのは、川に落ちて水を飲みすぎた……ただそれだけの理由。別に、神様に疎まれているわけではなかった。


胸の奥にある疑問に答えが出て、なぜか胸が痛かった。


……あぁ、本当にみんな死んでしまうのね……。


放送の中で一番初めに発症した人間が、たった今死んだと言っていた。自分も遅かれ早かれ死ぬのだろう。

もっともこの状態で生き延びたいとも思わないが。


少女は大きく息をついて、温かな湯の中で目を閉じた。

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