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滅びゆく人類に花冠を  作者: 花摘猫
第一章・すずなり
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弱い心

次の日


固く障子を閉ざしたまま、加奈子は遅い昼ご飯を食べていた。

朝食は「食欲がない」と張り紙をして廊下に返しておいたが、登紀子が心配することを考えると、昼

食を口にする必要があった。


……気分が悪い。

進まない箸を置いて、盆を畳に移動させる。

昨日、登紀子が置いた料理を食べたあとには、もう白の球体が髪に表れていた。最初は米粒ほどの大きさだったソレは、時を待たずに大きな真珠ほどに成長した。


……昔、死体を暖かい部屋に置いておけば蛆が自然発生すると、どこかで見たことがあったわ。蝿が目にみえなくても蛆がわくというのなら、これも同じようなことかもしれない。

気持ち悪くて、櫛で髪にある球体をすき落とす。

吐き気に耐えきれなくなった少女は、口を押さえて手洗いにむかった。


髪の球体は、何度とっても勝手に発生する。手洗いから戻った少女は、自分の枕もとに散らばる球体に、落胆していた。

昨日から球体を入れている壷の三分の一は、もう白い物体で占められている。

枕もとに落ちているものを足せば、半分近くになってしまうだろう。このままでは、あと一日を待たずにいっぱいになってしまう。


……つぶしてしまわないと。


穴を掘るには時間がかかるし、すずらんの子犬が穴を掘りかえして食べてしまうかもしれない。つぶすのが適切だ。しかし、壷の中でつぶす道具がない。手でつぶすことなんて、到底できないので、長細くて少しの強度があるものが必要になった。


そして部屋中を探しまわった結果、部屋の中でみつけたものは、かけ軸の芯部分と、父からプレゼントされた万華鏡のみだった。


「かけ軸を壊せば、お母様が怒るわね。高いものだといっていたから」


一人つぶやいて万華鏡を手に取る。

万華鏡は、大切な思い出の品だった。

昔、いつも海外に出ている父親が帰国した日と近所の祭りの日とが重なり、幼い自分は、疲れた父に連れていってほしいとせがんだのだ。

結果、この万華鏡がここにある。

あの日のお祭りの光景と、提灯の明かりに照らされた父の顔を、自分は生涯わすれることはないだろう。


……私にとっては、高価なかけ軸なんかより、万華鏡の方が大切なのだけれど。


手元を見つめながら考えるが、継母のことを思いだせば掛け軸に手をつけることすらできない。弱い自分に与えられた選択肢なんて最初からありはしなかったのだ。


……お父様、ごめんなさい!


万華鏡の覗き窓部分を手で包むようにもつと、そのまま勢いよく底へ押しつける。

次々になにかが弾ける反動と、からみつく粘り気が指につたわった。


「……ッ」


硫黄の匂いと、血液独特の鉄くさい匂いが鼻孔をつき、吐き気がする。底に押しつけた筒をみれば、半分より少し下から黄色い液体がネットリとついていた。


もう、後戻りはできない。


絶望的な気持ちに押し潰され、父にもらった万華鏡を何度も壷の底に押しつけながら、加奈子は耐えきれずに泣いた。

壷の中身が固体から液体に変わったというのに、視界に入った髪には、もう新たに白い球体が発生していた。しかも、それは取るたびに増え、今ではすずなり状態で髪に付着している。逃げ場のない状況に、少女は気が狂いそうだった。


「嫌! ッ嫌! もうイヤ……」


万華鏡を壷の中に落とし、ふちを持ったまま泣き崩れる。

勝手に発生する球体、気分の悪くなる匂い。汚れた父のプレゼントや、この病が治るかもわからないのに継母に逆らえない自分。すべてが嫌だった。自分は、このまま白装束を着て死ぬのだと思った。気持ち悪いなにかの卵を付着させたまま息絶えるのだと。


「わたし……なにもしていないのに……どうして、こんな目に……」


泣きながらつぶやく。幼いころから部屋にこもっていた自分は、外にいる人間より罪を犯していないはずだ。ろくに外にも出られず、義理とはいえ、母に白装束を送られて、影で生活に差をつけさせられて……そのうえ、どうしてこんな運命を叩きつけられなければならないのだろう。分からない……何度も何度も同じ問いが頭を支配しては、去っていった。


だが、いくら泣いたところで事態が変わるはずもない。加奈子は泣き腫らした目をおさえて、生臭い壷の中身を、離れの裏に流し捨てるしかなかった。


「……ウッ!」


酷く鼻をつく匂いに、その場で吐く。

 汚れた土と雑草のあいだには、土にしみこむことなく、つぶしきれなかった球体と黄色の液体が溜まっている。よくみると中に、肌色の物質が混じっていることに気付いた。


「……やはり」


卵だったのだと直感する。つぶしきれなかった球体の中でなにかが動いているし、肌色の物質は皮膚のように見えた。間違いではないだろう。川に落ちたことが原因かは分からないが、自分の中でなにかが巣食っている……それだけは確かだった。


絶望を覚える胸。

少女は、震える足で部屋に戻った。



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