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滅びゆく人類に花冠を  作者: 花摘猫
第二章・最終道徳
11/14

愛と我儘

ゼロの待つ家に戻り部屋に帰った時、小さな背中は相変わらず外をながめていた。


「ゼロ、ただいま」

「……ナミ」


少女の言葉に、外にむけていた瞳を室内にむける。出窓に立つゼロの瞳は暗かった。


「どうしたの? 怖いものでもあった?」

不思議に思って、窓の外に目をやる。ヨットハーバーにいた人々は、楽しそうに焚き火をしていた。


……!


その焚き火に目を凝らして声を失う。焚き火にくべていたものは、自分たちが虫と呼んでいたゼロとおなじ生物だった。


「ナンデ、モヤスの?」


発音が正しくなってきたゼロは、悲しそうに少女をみる。ただ産まれ出ただけの生物たちには、自分が人間の養分を吸って産まれたなんて知るはずもない。ただの残虐な行動にしかみえないのだろう。


「……あの人達には必要ないからだよ」


小さな身体を持ち上げて、抱きしめる。


「……ナンデ、ヒツヨウナイの?オナジならナミも、ゼロ、モヤシタイ?」


事実を知らない生物は、泣きそうな目で必死に制服をつかんでいた。


「私はゼロが好きだし、燃やしたくもない。昨日も今日もゼロがいてくれて良かったと思ってる……だけど、他の人間はそうじゃないの」

「ホカのヒト……ナンデ、モヤス」

「……生きたいからかな。ゼロたちが増えたら、人間は生きられないから……」

「ナンデ、ナミ、イキテル。ゼロもイキテル」


(……どうすれば傷つけずに教えられるだろう)


混乱しながらも答えをさがす彼に、真実をどうやって教えようか悩んだが、どんなに言葉を変えても現実は残酷で、傷つけずにはいられないことに、ようやく気付いた。大切だから傷つけたくない……そう思っても、この世界に生きるには必要な傷だった。

 深呼吸して、胸元の生物をみつめる。


「ゼロ……ゼロはおりこうだよ。だから理解してくれると思うから話すね。人間たちがゼロたちを殺すのは、ゼロたちが産まれるのに、人間を殺しちゃったからなの」

「……ェ」


唖然とした声が聞こえたが、日没後の室内は暗くてゼロの顔が見えなかった。、

手さぐりで懐中電灯を探し、人間にみつからないように上着でくるんでからスイッチをいれる。布地から漏れる明かりだけでも持ってきたグラスを手元に引き寄せることができた。


「このグラスの中にね、小さなゼロたちの素が入ってるの。これを飲んだり食べたりするとね、ゼロたちの素が人間の養分を吸って、卵になって産まれてくる。だけど養分を吸われた人間は死んじゃうの……だから人間はあんな酷いことをしたんだと思うんだ。ゼロたちが悪いわけじゃないし、無意味なことだとも思うけど」


事実を受け入れられないゼロを、グラスの前に置く。懐中電灯の明かりの中、泣きそうな瞳でグラス中を覗いていた。


「ウソ……ダッテ、ナニもミエナイ……」

「嘘じゃないよ…さっき私も水を飲んだの……ほら、これが卵だよ」


自分の髪から卵を取って、グラスの前にいる生物の手に持たせる。今の時刻は七時すぎ。前に和人が、月日がすぎるほど発症が早くなると聞いたことがあったが、二時間も経っていないのにこの状態になるとは予想以上だ。


「……コレ……デモ、ナミがシヌヨ」

「いいの。どうせ食べるものがなくなったら死んじゃうもん。それよりゼロのことが心配だったからね、私、ゼロの役にたって死のうと思ったんだ」


ポケットから錠剤を取りだし、グラスの水で一気に飲む。卵を持たされたままのゼロは困惑しながらその様子をみていた。


「心配しないで…ただの睡眠薬だから。前に加奈子から聞いたことがあったの。辛すぎる時は、睡眠薬で寝ちゃったほうがいいって。私も自分の身体から卵がでるのは見たくないから、今のうち飲んじゃうんだ」


グラスを置いて小さな頭を指で撫でる。卵をつぶさないようにかきあげて、その場に横になった。窓の外から船の出る音が聞こえたが、今はもう見送ろうとも思わない。


「ナミ、シヌの? イヤ、ゼロヒトリ、イヤ」


ようやく自分が残されるのだと悟り、小さな手を広げて少女にかけよる。途端、広げた髪に滑って、ゼロは床に転がった。


「……大丈夫だよ、ゼロ。今は隠れてるけど、ゼロの仲間はいっぱいいるの。だから少しだけ我慢してね」

「イヤ、ナミ、イヤ」

「ゼロの生きる世界は厳しくて、強くなければ生き残れないみたいなの……ゼロも一度食べられかけているから知ってるよね」


転んだ身体を片手で起こして、慰めながら問う。少女の質問に、泣きそうになりながらゼロはうなずいた。

「だからお願いがあるの。私が寝ている間に卵が落ちて、ゼロの仲間が産まれると思う……それを食べてほしいの」

「ドウシテ、ナカマ、タベタクナイ」

「全部じゃなくていい。自分が足りないところおぎなえるものだけを食べて。仲間だと思えば辛いと思う。でも、食べなければ今度はゼロが食べられたり、殺されたりするの。だから、食べて頭を良くして……今が辛くても、強くなれば色々なものを守れるようになるから……そうしたら一人になんかならないから」


さっきは納得したのに、どうして同じことをいわせるのだろう、と抗議の視線をむける彼を、言い聞かせるように奈美は説明をする。今が辛くても、成長することでいつか終わりが来るのなら、我慢して強くなったほうがいい。好きで争うわけではなく、より優れたものを残そうとする彼らの本能なのだから、たとえ辛くても、食べるしかないのだ。

それが生きるために必要な、強さの条件なのだから。


「マモル?」

「そう、ゼロの仲間は食べあって成長してるから、仲良くなっても食べられちゃう仲間もいるかもしれない。それを守るにも知識が必要だし、力もいると思う」

「タベナイト、ナレナイ?」


納得いかないのだろう、首をかしげている。


「そうだね、難しいかも。強くなれば、もう仲間を食べなくてもいいし、きっと別の食料がみつかるようにもなるよ。だからね、お願いをきいてくれる?」


困ったように微笑む奈美の言葉に、しばらく考えたあと、ゼロは小さくうなずいた。

それは納得しているというより、奈美が望んでいるからという意思を感じる表情だった。


「いい子ね。私の一部を取りこんで成長するなら、ゼロは私の赤ちゃんだね……。お母さんが子供のことを大切にする気持ち……なんか、少しだけわかる気がするな……」

「…アカチャン?」

「そう、ゼロは私の子供。……なんでこんなこと思うのか分からないけど……不思議だね」


頭を撫でていた手が、不意に小さな身体を持ち上げて、胸の上にのせた。

胸の上から見た少女の顔が、幸せそうに笑っていたので、戸惑っていたゼロも笑う。


「どうしてゼロって名前にしたか分かる?」


薄目を開けて質問する言葉に、ゼロは首を横に振った。自分の産まれかたさえ知らない生物が、名前の意味なんて考えるはずもない。そんな表情を、少女は穏やかにみつめた。


「プラスでもマイナスでもない『ゼロ』なら、すべての最初になれると思ったの…

…だから強くなって生き残って、ゼロ」


目を開けているのが辛いのか、時々目を閉じたまま話す少女に、意味が分からないままうなずく。

薄目を開けたまま、穏やかに見つめていた奈美の顔が嬉しそうに微笑んで、目を閉じた。


「おやすみ……ゼロ……」


掠れた、消えいりそうな声だった。


「ナミ……ネムルの」


目を閉じたまま、返事はない。


「……ナミ? ナミ?」


胸から降りて、頬を触ってみても反応はなく、規則的な寝息だけが口から漏れていた。

奈美は生きていても二度と起きない。直感でそれだけが分かったゼロは、その場に座りこみ耐えるように顔を押さえた。少女の髪についていた卵が自然に大きくなっている。産まれるのも時間の問題だろう。


しばらく心が落ちつくまで、ゼロは顔を押さえたまま動かずにいた。

そして気持ちの整理がついたころ、ゆっくりと手を下ろして安らかな奈美の寝顔をみつめる。


「ツヨクナレバ、イイの」


眠ったままの顔につぶやく。


「……ナミ」


名前を呼べば、涙が溢れて止まらなかった。

仲間を食べることができれば、強くなれるのだろうか。本当にいつかは止められるのだろうか。こんな別れ方をしない出会いが訪れるのだろうか…それさえ、今の自分には分からない。だが、自分のために犠牲になってくれた奈美のためにも、今は生きて強くなろう。

ゼロは、決意を固めて涙を拭いた。





次の日

産まれでた仲間たちをたべるゼロの姿があった。大きさは十五センチくらいになっている。時々、自分に変化が起きたあとに吐くこともあったが、彼は仲間を食べ続けた。




誰かを守れる最初になるために。












最終道徳・完

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