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滅びゆく人類に花冠を  作者: 花摘猫
第二章・最終道徳
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絶望はそれらしい言い訳を作り出す

「あ、ほらあそこ! もういっぱい咲いてるよーみて!」


激しく上下に揺れていた身体がやっと止まって、ゼロは少女の肩によじのぼった。

指さす方向に遠目からでも分かるほど、大きな木が立っている。緑の葉にオレンジ色のかたまりが混ざっていて、近づいて初めて、それが小さな花の集合体だと知った。


「イイニオイ」

「でしょー。あ、そうだ……ゼロ、ご飯食べる? 今日まだ一回も食べてないでし

ょ? 探してあげるよ」


片手に小さな身体をのせて、もう片方の手でオレンジの花をちぎって頭から降らせる。朝の出来事で、食事をするのを忘れていたがゼロに食事をさせることも忘れていた。

このあたりは住宅密集地だ。さがせば死体がすぐにみつかり、近くに餌となる虫がいるだろう。しかし、話を聞いていたゼロは広げていた両手をおろして、顔も下にむけてしまった。


「イラナイ……ゼロとオナジダカラ、イヤ」


間をおいてつぶやいた声は、悩んでいるように思えた。


「ダメだよ……食べなきゃ」

「ナミはカズト、タベナカッタ、ダカラ……」


たどたどしく話す声に、少女は言葉を失う。小さな虫だと思っていたゼロは、こうして話している間にも成長して、心も育っているらしい。人間である二人と行動をして、仲間は食べるものではないと判断したのだろう。仲間の能力を食べなければ成長しないのに、彼は食べないことを選択してしまったのだ。


ゼロの言葉に、奈美はなにも答えることができずに、言葉をさがす。食べないという結論が彼を死にむかわせたとしても、仲間を食べない彼女になにがいえただろうか。自分と違う生物だなんて残酷な言葉をいえるはずがない。説得する術はなかった。


「わかった……じゃ、おうちに入ろう」

「ナミ、オコッテナイ?」

「怒ってないよー」


手のひらにいる困った顔に、優しく笑いかける。つられて笑ったことを確認してから肩に移動させて目的地にあるきだした。


(どうしたらいいんだろう)


成長してしまった生物を説得できるなにかを探しながら足を進める。肩にのったゼロは、うしろをふりむいて、金木犀を見つめていた。


「……ア」


不意に、金木犀に近いアパートの二階に、なにかがみえて、ゼロは声をあげた。肩より長い髪で顔はみえないが、女の子のようだ。窓から突きでた腕が、細く折れそうに思えた。


「……アノコ、ダ」


昨日の話を思い出してつぶやく。


「どうしたの、ゼロ」


異変に気付いた奈美がふりかえった時には窓は閉じられていた。

少女の質問にアパートの窓を見つめているゼロはなにもいわない。ひとつ話せば、和人の秘密が口

を突いてでてしまいそうで、なにも言葉にできなかった。



******************




最終的に目的地に着いたのは、夕方の五時すぎだった。

場所は、切り立った断崖に建てられた一軒の家。新築物件のこの家は、海がみえることを売りにしており、以前は崖に添うように海に通じる階段も設置されていた。しかし、ある時台風で階段が崖ごと崩れてからというもの、この家は危険と判断されて買主も現れず、整備もされずに売れ残っていた。


「ここなら誰も来ないでしょー。ゼロみて、いっぱいいるよ」


窓ガラスを破って二階へ上がると、出窓にゼロをのせて指をさす。崖から少し離れた堤防のむこうが低い波止場になっていて、食料を持った人々が集まっていた。


「ウゴイテル、ナミとカズトとオナジ」

「そう、夜になったらあそこにある船でみんな移動するから集まってるんだよ」


二人しか生きている人間をみたことがない生物は、話を聞きながら小さな手を窓ガラスに押しつけて、一生懸命に外を観察している。少女はその姿をみつめて穏やかに微笑んだ。


(お母さん。自分にとって大切な誰かを助けることでも、私の罪は軽くなるのかなぁ……)


小さな背中をみながら、少女は思う。

自分たちを滅ぼして産まれでた生物を愛しいと思うことは、人類として間違っていることかもしれない。

しかし両親が死んで恋人が死んだ今、大切に思っているものは、目の前にいる生物だけだ。


「ゼロ、ちょっと待っててね。すぐにもどってくるから」


決意して声をかけると、外に出て近くの民家に走った。海が近いので人間に気付かれないように、注意をはらってガムテープを貼り、ガラスを割って中に浸入した。手に入れたいものは水道水だけだ。

 

(和人のいうとおりかもしれない。)


腐臭の漂う台所で、グラスに入れた水を飲みながら少女は思う。窓ガラスのむこうで、人間たちが食料をめぐって争っていた。ゼロが待つ新築の家からはみえない。

位置に、争いに負けた人々が死んでいた。

目の前で起きた争いも決着したのか、戦っていたうちの一人が、血みどろになった手で食料を担ぐと、波止場に歩いていった。


(今ある食料なんて、いつかなくなっちゃうのに。)


滑稽だった。自分たちも昨日まで生きたいと思って人間を殺してきたのに、はたからみれば結果がみえていることを先送りしているようにしかみえなかった。

小さな損得だけで同じ種族を殺す、生産性のない命のやりとり。よく考えれば陸地を海が繋げているのだから、考えてみればすぐに世界中がおなじ状態だということに気付いたはずだ。それでも現実を受け入れないのは死にたくないからで、飢えたくないから、人は人を殺し、少しだけ生延びる。選択肢なんて最初からなく、生産のない逃避には死しか用意されていないのに。


(ゼロたちは仲間を食べ、より優れた生物に自分を成長させていく。頂点に立たなければ生き残れないんだ)


だからこそ、奈美も和人とおなじようにゼロ達が生き残るべきなのだと思う。多分、彼らもいつか人間とおなじ状態になる。知能があり頂点を決めるのなら争いは避けられない。しかし、人間がそうだったように無垢な彼らが進化するには時間がかかる。決められていない未来の話だ。


(……昔、恐竜が絶滅して、そのうち人類が誕生して……おなじことが起きただけ。)




考えながら、水を持ってゼロが待つ家にもどる。

道徳もなく人間を殺していた自分にできる、最後の正しい行動をするために。






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