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6・ペンギンたちのハネムーン

 やはり、この件は警察に通報されていなかった。ペン太くんがアンドロイドだと世間に知られることを恐れたのだろう。おかげでリョウスケさんと私は、犯罪者にならずに済んだ。

 その代わり、リョウスケさんは館長からひどい仕打ちを受けた。水族館のHPに『ペン太休養と専用飼育員の解雇について』というお知らせを載せたのだ。内容はペン太がリョウスケさんによる虐待のせいで不調になり、ステージに立てなくなったというものだった。

 大噓であるにも関わらず、これは瞬く間に日本中に広がった。リョウスケさんはネットリンチにあった。住所も特定され、警察が出動するような事件もしばしば起きた。


 それでもリョウスケさんは、沈黙を貫いた。私は、ペン太くんがアンドロイドだったと主張したらどうかと提案した。けれど彼は拒んだ。


 ペン太くんは自分を本物のヒゲペンギンだと信じていたのだから、それを否定することはしたくないのだという。


 きっと博士なら『愚かしい』というのだろう。

 でも、私はそう思わなかった。


◇◇


 ペン太くんを殺されてから半年ほどが経ったときのことだ。一向に止まない非難と暴力から逃れるために、私はリョウスケさんと偽装結婚をして彼の名字を変えて、水族館から遠く離れた地で、ふたりで新生活を送っていた。


 一方でペン太くんは、依然として休養中だった。

 おそらくリセットしたアンドロイドが、かつての『ペン太くん』のようにならないのだろう。ペン太くんをペン太くんたらしめたのは、リョウスケさんだ。

 でも世間はそんなことは知らないから、リョウスケさんを叩き続けた。

 そしてリョウスケさんはまたも、非常に理不尽な目に遭い、命の危険にまでさらされたのに、世間はそれを天罰だと喜んだ。


 ところがそれをきっかけに、とんでもない動画が出てきたのだ。ペン太くんが博士の器具によって初期化されたときのものだ。音声までついていた。

 これはネットだけでなくテレビのニュースでも流れた。


『現在の状況はあまりに看過できず、道義的責任に基づいて公表することを決断いたしました』とのコメントがついていたけれど、撮影者は不明だ。だけどカメラのアングル的に、私たちが泊まったホテルにいた人間に違いない。宿泊客なのか従業員なのかはわからない。だけど博士たちが駐車場に隠れようとしているのを見て、撮影を始めたようだった。


 世間の興味は一気に水族館に向いた。

 水族館は『ペン太くん病死』という最低なシナリオで、世間に対抗した。


 きっとペン太くんの体は研究室の奥の奥に隠されることだろう。

 リョウスケさんは、

「ペン太は二度も殺された」と泣いたのだった。



「うぉう!! 見て見てリョウスケ!! 本場でドボガンすべり!!」

 ペン太くんが嬉しそうな声をあげながら、氷の上を腹ばいですべっている。

 それを満面の笑みで動画に撮っているリョウスケ。


「いぇい!いぇい! 南極初上陸~!!」

 ペン太くんはだいぶ高揚しているみたいだ。あまりのご機嫌さに、見ているこちらも楽しくなる。


「全部、ツムギのおかげだ。ありがとう」

 リョウスケが録画をしながら、私に言う。

「そんなことないよ。資金を出したのはリョウスケだもん」


 ペン太くんは復活した。残念ながら、同じ体ではないけれど、中身は本物のペン太くんだ。

 ホテルに泊まったときのことだ。スリープモードになった彼から、バックアップデータをとった。私のパソコンに。もちろん、普通ならパスコードに阻まれてできない。だけど私はそれを知っていた。博士が私を見下し、そして雑用を押し付けてばかりいたためだ。彼はトップシークレットが私に漏れていることに気づかず、あのとき私が所持していた仕様のノートパソコンのチェックをしなかった。

 おかげでペン太くんの心と記憶を守ることができたのだ。


 しかも運が良いことに、水族館が公式HPに事実無根のリョウスケ情報を載せたおかげで、和解金をもらうことができた。こちらもペン太くんを連れて逃亡しているので、弁護士を挟んで何度かやり取りをした結果、『和解金』を持ってすべてが終了する、この件についてはお互いに口外しないということになった(ちなみに水族館は経営破綻し、今は別の企業が運営をしている。館長は風の噂によると、アルバイトをして糊口をしのいでいるとか)。

 ほかにもネット上で攻撃してきた多くの人間から、慰謝料をとることができた。


 これらの資金を元に、私はオリジナルアンドロイドを開発した。それが、今、はしゃぎまくっているペン太くんだ。

 元のペン太くんに比べると、サイズは半分、羽毛も人工物っぽく、動きも滑らかさが足りない。一見して、アンドロイドだなとわかる。以前よりよくなったのは、翻訳機をつけていないことぐらい。

 それでもペン太くんは新しい体を気に入ってくれている。


 ペン太くんは氷床のはしっこで海を見つめている。と思ったら、威勢よく飛び込む。

 待つこと、一分ほど。

 海中から勢いよく、小さなヒゲペンギンが飛び出してきた。


 リョウスケが興奮気味に「おおっ!!」と声をあげて、片手でガッツポーズをしている。

 ペン太くんは体を左右に揺らしながらぺちぺちと歩いてくると、

「ねえねえ、オレ、かっこよかった?」と尋ねた。

「サイコー!」と、リョウスケと私の声が重なる。

「やったね!」

 ペン太くんは嬉しそうにフリッパーをぱたぱたさせた。


 彼の新ボディが完成しても、データを入れるかものすごく迷った。ペン太くんは自分を本物のヒゲペンギンだと思っているのだ。違う体で目覚めたら、真実を知ることになる。

 とても残酷なことだ。

 だけどリョウスケは、ペン太くんの心の強さを信じた。


「あぁあ。お父さんとお母さんにオレの雄姿を見せたかったなぁ」と、ペン太くんが不満げな声を出しながら、リョウスケにフリッパーを伸ばした。

 スマホをしまい、相棒を抱き上げるリョウスケ。

 視線が高くなったペン太くんは、遠くの皇帝ペンギンの群れを身ながら「ちぇっ」と言った。

「オレは孤独だぜ。世界でたったひとりの種族、アンドロイドミニヒゲペンギン!」

 ぱたぱた動くフリッパー。

「ま、その代わりにサイコーの相棒がいるけどな! あと相棒の(つがい)も!」

「そのとおり。ペン太は世界一、サイコーなペンギンだ」

 リョウスケとペン太くんは見つめあって、にこにことしている。


 リョウスケが信じたとおりに、ペン太くんの精神は強かった。自分がアンドロイドだと知って驚きはしたけれど、それでショックを受けることはなかった。それはやっぱり、リョウスケとの絆があるからだと思う。


 素晴らしき相棒たちにスマホを向けて写真を撮る。

 と、ふたりは私を見た。

「ツムギも!」とペン太くん。

「なにが?」

「写真! 一緒に!」

 と、リョウスケが私のそばに来て、片手でペン太くんを、もう片手で私の肩を抱いた。

「ヒューヒュー、お熱いね!」とペン太くんがからかう。

「ペン太のおかげで素敵なひとに出会っちゃった」とリョウスケ。

「そうだね」返事を返しながら、スマホを内カメラにする。「一生独身だと思っていたし、ハネムーンで南極に行くことになるなんて、これっぽちも考えたことがなかったよ」

「俺も!」とリョウスケ。

「オレも!」とペン太くん。


 私はシャッターボタンを押した。

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