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5・捕まるペンギン

 窓のカーテンを通して、室内には早朝の光が広がっている。ベッドの上にちょこんとすわったペン太くんは、

「ホテル泊って初めて。でも案外ぐっすり眠れたよ」とごきげんだ。

 その両フリッパーで、栄養補給型のゼリー飲料を挟み持ちしている。


「そんなものを食べるの?」

 思わず疑問が口をついて出てしまった。

 昨夜、リョウスケさんがコンビニで買っているのは見たけど、自分用だと思っていた。


「ツムギは食べたことがないのか? 美味しいんだぞ」とペン太くん。

「いや、美味しいのは知っているよ」よくお世話になっているし。「でも人間の食べ物……」

 チラリとリョウスケさんを見ると、彼は困ったような表情をしていた。

「俺が食べてるのを見てほしがったんですよ。こっそりあげたら気に入っちゃって。秘密にしといてください」

「別に誰にも話しませんよ」


 そう約束をして、自分のサンドイッチにかぶりつく。ホテルのリョウスケさんの部屋だ。持ち込みはマナー違反かもしれないけど、許してほしい。だってペン太くんを置いて朝食を食べには行けないもの。


 リョウスケさんと私は改めてお互いの状況を確認しあった。

 彼はスマホの電源を落とし、早退以降、水族館と連絡はとっていない。

 私もほぼ同様だ。

「あと一日」とリョウスケさん。「明日の搭乗まで、みつからなければ」

「がんばりましょう」


 すでに水族館からはだいぶ遠く離れている。やみくもな捜索でみつかることはないだろう。警察が動いていれば別だけど、通報はされていない気がする。今朝もニュースにはなっていない。代わりに水族館のホームページに、ペン太くんのショーの休止案内が載っている。


「今日も長時間の運転になってしまいますが、よろしくお願いします」と丁寧に頭を下げるリョウスケさん。「俺がペーパードライバーなせいで」

「大丈夫ですよ」

 本音を言えば、疲れてはいる。でも自分の車をペーパードライバーに預けたくはない。

「ツムギって優しい」と、ペン太くん。「何歳なの?」

 

 横目でリョウスケさんを見る。あまり言いたくはない。けど、気にしていると思われるのもイヤだ。

「……三十」と、正直に答える。

「じゃあ、リョウスケよりみっつ年上だ。一番大きい。リーダーだ」

「いやいや、私を主犯格にしないでよ」

 リョウスケさんがプッと笑った。

「ツムギさんて、返しが独特ですよね」

「そうですか?」

「楽しいです」とリョウスケさんが笑う。

 ペン太くんが『主犯格ってなに?』と尋ねながらフリッパーをぱたぱたさせている。


 私も、楽しい。ペン太くんが可愛いからなのか、リョウスケさんがいい人だからなのか、ふたりの絆が素晴らしいからなのかはわからないけれど。

 この時間が続くなら、すべてを失っても構わないと思えた。


◇◇


 チェックアウトをして駐車場へ向かう。ペン太くんはスーツケースの中に隠れている。それを転がしているリョウスケさんは、ペン太くんに不快な思いをさせないためだろう、小さな段差でもスーツケースを持ち上げ、丁寧におろす。しかも『あ、また段差かよ』と独り言をつぶやいて、相棒に状況を知らせる丁寧さだ。いい人だ。


 まだ早い時間だから駐車場には誰もいない。監視カメラもなさそうだし車外でペン太くんを出しても大丈夫かなと考えながら、リモコンを取り出し車に向ける。

 と、突然物陰から何人もの人が飛び出してきた。あっという間に囲まれ、そしてリョウスケさんはスーツケースを奪われてしまった。


「返せ!」と叫ぶリョウスケさん。

「盗人猛々しい」吐き捨てるように言ったのは、水族館の館長だった。そのとなりに立つのは私の上司である博士。それから研究室や水族館のスタッフたち。全部で十人近くいる。


「なんでここが……」

 ペン太くんにGPSはついていないはずだ。少しでも疑われるものはつけない方針だったのだから。

「バカだね、君は」と博士が嘲った。「ペン太は貴重品だ。翻訳機にGPSも盗聴器もついている」


 暴れるリョウスケさんを水族館スタッフたちが羽交い絞めにし、研究室スタッフがスーツケースを開ける。

 きょとんとした顔のペン太くんが、

「なにこれ。どういう状況?」と言ったそばから血相を変えた。 「リョウスケ!!」

「ペン太!!」


 研究所スタッフがペン太くんを抱え上げて、博士と向かい合わせにする。

「やめて!!」

 駆け寄ろうとしたけれど、私も羽交い絞めにされてしまった。

 ペン太くんは必死に体をよじり、リョウスケさんの名前を叫んでいる。

 博士はポケットから箸のように細長い器具を取り出すと、ペン太くんのくちばしの奥に差し込んだ。


「できそこないロボットめ」と声を荒げる館長。「リセットはきついが、逃げられたらたまらんからな」


 ペン太くんから、カチリという音がして、彼は動かなくなった。

 代わりに、『認証しました』との音声が続く。それはまぎれもなくペン太くんの声だったけれど、無機質でなんの感情も感じられなかった。

 博士が器具を左に一回転させる。

『初期化開始』

 くちばしから器具が抜かれると、ペン太くんがブンッと音を立てて震えた。


「ペン太……」リョウスケさんが、ガクリと地面にひざをつく。「……ペン太を殺しやがって! 絶対に許さないからなっ!!」

 博士がおかしそうに笑った。

「『殺す』って。君は頭がどうかしているようだ。アンドロイドはただの精密機械。不調ならばメンテナンスをする。当然のことだろう」

「……でもペン太くんは、自分を本物のペンギンだと思っていたんですよ」

 博士がプログラムした『記憶』を、自身に起きた出来事だと信じて。自分は南極生まれで、父母がいて、ナツミという女性に助けられた、ヒゲペンギンなのだと。


 彼の体表には本物のヒゲペンギンと同じ成分でつくられた羽毛が植えられ、見た目でも触感でもアンドロイドと思えない。疑似食事も疑似排泄もする。最高仕様のペンギンアンドロイド。それがペン太くんだ。

 強欲な館長が、ライバル水族館のイルカショーに勝てるショーをやりたくて、博士に作らせたのだ。世間はペン太が本物のペンギンだと信じている。


 でも、館長や博士にとっては、金稼ぎのためのアンドロイドに過ぎないのだ。ペン太くんがプログラムに反してリョウスケさんの口調になったり、南極へ行きたいと望むのは、故障以外のなにものでもない。


 軽微なメンテナンスで済ませるのか、初期化でなければダメか。

 その判断の一助とするため、私は昨日ショーの見学に行かされた。そもそもリョウスケさんとは、以前から博士との連絡係として顔見知りだ。コンビニの駐車場に彼が来たのは、私が呼んだからだ。


「愚かしい。そんな馬鹿なことを言っているから、君には雑用係しか任せられないんだよ。それすらも満足にできないなんて、ゴミくず以下だね」

 私を貶める博士の傍らで、ペン太くんは専用ケースに収められ、しっかりと施錠されたのだった。

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