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46 ジョセフからの手鏡

 あれから二日後、お父様から私宛の荷物が届いた。


 見慣れたルナーラの商人がお父様から預かったと持ってきたそれは、少し重みのある小さな箱で、中には壊れないように何重にも布に包まれた、手鏡のような物が入っていた。


 私が手持ちの部分を握って覗いてみると、鏡には私と同じ髪色と瞳をしたモジャモジャの髭のお父様が映っていた。


「きゃああああぁあーーー!!?」


 鏡だと思って見た私には恐怖でしかない。ただでさえ良く似ていると言われるのに、私が男だったら将来こんな風になっていたのだろうかと想像をしてしまって、驚きだけではない叫び声が出てしまった。


「おおー! セレーネ!! 元気にしてたかー!?」


 お父様の方にも私が映っているのか、ブンブンと手を振って嬉しそうに笑っている。


「お、お父様? これは一体……」


「いやぁ、セレーネが心配しているかと思って、直接連絡がとれる魔道具を開発したんだよ! 光の魔石と風の魔石の組み合わせで新たな魔石に変えられることがわかったのだよ!!」


 いやいやいや、一朝一夕でこんなものができるわけがない。


「……いつから開発を始めたのですか?」


「えーっと、いつだったかなー? 昨日だったかなー? 一昨日だったかなー?」


「商人が馬車でここに来るまで五日以上かかると思いますが」


「あー、思い出した。確かセレーネが皇宮に行くことが決まった日から……だったかなー?」


 お父様は視線を、右上から左上へと落ち着きなくキョロキョロと動かしながら答える。

 嘘をついていたことを誤魔化せるとでも思っているのだろうか。嘘をつくくらいならなぜ最初から正直に言わないのか。

 

 問い詰めるのも面倒なので、小さくため息を吐きつつも、思わず笑ってしまう。いつも通りのお父様の様子に安堵を覚えたからだろう。


「そうですか、ともかくお父様がお元気そうで何よりです。ルナーラの様子はいかがですか?」


「あ、あぁ。一度前線に攻撃を仕掛けられたものの今は落ち着いているよ。どうしてこのタイミングで仕掛けられたのか、相手の考えが読めないからこそ不気味だが……ラホールも帰ってきてくれたし大きな混乱もないよ」


 私に心配をかけまいとしているのだろう。髭を触りながら紡ぐ言葉からは切迫した様子は感じられない。


「お父様、本当に気をつけてくださいね。私たちの真の敵が何なのか、歴史を一度精査する必要がありそうです。私たちの知らない空白が今に繋がっているのは間違いないのですが……」


「そういえば……いや……なんだったかな……」


 お父様は何か思い出したかのように姿勢を正したが、すぐに眉間を抑えて俯いた。


「すまない、何か大事なことがここまで出かけているのだが」


「そうですか……私からも何か進展があればご連絡します。言うのが遅くなりましたが、この鏡を届けて下さりありがとうございます」


 久しぶりに見るお父様の顔は、どこか気を張ったままだった私を安心させてくれた。

 鬱陶しく感じていたお父様からの心配を、今なら素直に有難いと受け止められる。


 お父様も、いつもよりしおらしい私の様子に、何かを感じるところがあったのか、目を細めて優しく微笑んだ。


「あぁ、いつでも連絡してくるといい。家中の皆もセレーネと会えたら喜ぶだろう」


 お父様がそこまで言って、「ああ、そういえば」と思い出したかのように言葉を続けた。


「さっきの話とは変わるが、ドゥンケルハイト教会のワールス教皇聖下から連絡があったよ。カイン殿下との婚約発表を行う式典でお祈りを捧げる行事があるとかで、その詳細を話したいとか」


 お父様は徐々に鼻息を荒くしながら話を続ける。


「こっちは易々と領地を離れられない状況だし、婚約発表もできれば延期してもらいたいくらいだが、中央はこっちの情勢なんて知ったことではないらしい。ったく、平和ボケしよって。ルナーラが突破されたら中央までの道のりの街や村は全滅してもおかしくないというのに……」


 お父様の言いたいことはよくわかる。じゃあこれをカイン様に言ったら解決するかといえばそうでもない事も今なら分かる。


 ドゥンケルハイト教会は皇宮の次に大きな建物で、ドレスト帝国のほとんどの領地にその支部がある、国家的な宗教施設だ。

 私達ルナーラの領民は月の女神様を信仰しているため、あまり馴染みがないが、表面上は皇室・教会・貴族派の三権分立によってバランスをとっている。だが、実情は皇室と教会の関係性はズブズブ。貴族派の権力が弱まったせいで今のように皇帝の独壇場となっているのだ。


 皇太子であるカイン様でも、帝国の二大巨頭に物申したところでどうにもならないこともあるだろう。


 時期皇帝候補である皇太子の婚約式に向けて、皇室と教会が動き始めている。これを止めるにはそれこそ中央への敵襲くらいしか理由が見つけられない。


 未だにブツブツと文句を続けているお父様を、なだめるように話を遮って答えた。


「お父様、婚約式への参列はご無理なさらずとも大丈夫です。領地の守護こそが帝国の守護であり、お父様の役目ですもの。中央政権から不参列について何か言われたとしても、その役目を果たすことこそが帝国への忠誠だとでも返しておけばいいじゃありませんか」


 私がそう言うと、お父様は口を尖らせ、眉間に皺を寄せ私の顔を見つめた。


「違う……そうではなくて」


「違うとは?」


 私が首を傾げながら問うと、お父様はカッと目を見開いて何度も拳で机を叩き答える。


「何で父親である私が不参列で、教皇だかよくわからんおっさんがセレーネの晴れ姿を間近で見られるんだ!!!!! 不公平だろうが!!!! 教会だって軍を持っているならお前らが前線に出て戦えばいいじゃないかぁぁぁああああ!!!」


 お父様があまりにも大きな声で叫ぶので、私は慌てて鏡を布で覆い隠し、自分一人しかいない部屋の窓と扉に目を向け人がいない事を確認した。


「お父様っ! もう少し声の大きさを抑えて下さい! 不敬罪で処刑されたらどうするんですかっ!」


 布の隙間から鏡を覗き込んで押し殺した声で咎めるが、お父様は悔しそうに顔を伏せて、だってだってと答える。


「本当は嫁にだって行かせたくないのに、皇太子の野郎の傍の方が安全だと思って仕方なく送り出したのに、どうして皆してこんなに酷いことができるんだ? 優しさの欠片もない。こんな薄汚れた皇室に嫁ぐなんてセレーネの幸せを願うとか抜かしたあの野郎の言葉は嘘だったのか……だい……ぃ……」


 薄汚れた皇室の言葉の辺りから、再度手鏡を厳重に布で包み、届いたときに入っていた箱にしまい、それを更に鉄の箱に入れ蓋を閉めた。

 まだ何か声が聞こえるが、何を言っているかまでは分からなくなったところで、部屋の扉がノックされる音がした。


 ひゅッッと吸い込んだ息が一瞬止まったが、「セレーネ、入ってもいいかい?」というカイン様の声に安心して慌てて扉に駆け寄った。


 「は、はい。どうされました?」


 扉を開けた私が一向に部屋に入れる様子を見せないので、カイン様は不思議そうな顔で「どうしたの?」と問いかけた。


「い、いや、ちょっと部屋が片付いてなくて、フフフッ。それよりもどうかされました?」


 笑ってごまかしながら聞き返すと、カイン様は「えっと」と言葉を続けた。


「もうすぐ婚約式があるだろ? 式典の流れを打ち合わせしたくて。近々ワールス教皇聖下もこっちにいらっしゃるらしいから、その時は一緒に挨拶に行こう。あと、それに合わせてルナーラから侍女のリリーって子も来てくれるみたい。こっちで侍女を用意してもよかったけど、こんな時だし、信頼のある子がいいと思ってメンシス侯爵にお願いしておいたんだ。もっと侍女を増やした方が良ければ相談して」


 先ほどのお父様からはそんなこと一言も言われなかったのに。感情に任せて大事な事を言ってくれないんだから。


「わかりました。わざわざありがとうございます」


「今は部屋に入れないみたいだし、込み入った話は後にしようか?」


 カイン様がそう言った後に、急に険しい顔をして部屋の奥へ目を向けた。


「……何かいる!」


「あ! いや、えぇっと……」


 カイン様は私が止める間もなく部屋へ入り、鉄の箱を見下ろし素早く蓋を開いたが、もう中の鏡から声は聞こえてこなかった。

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