39 三度目の転移と祈り
眩い光が小さくなり、辺りが見えるようになった頃に妙な違和感を覚えた。
どうにも視点が低いし、身体が思うように動かない。
カイン様。と呼びかけようとした時に視界が強制的に切り替わりその違和感の正体に気がついた。
今、私はカイン様の腕にいる。
腕の中ではない。
ブレスレットとしてカイン様の手首に装着されているというのが正しい。
今まで無かったパターンに慌てて声を出そうとした時、私よりも先にアベル殿下が悲鳴に近い声を上げた。
「な、な、なんじゃこりゃあぁぁぁ!!」
カイン様の胸元にはアベル殿下が身につけていたネックレスが装着されており、どうやらその石から声が発せられたようだ。
「何で俺がこんな事になってんだよ!?」
アベル殿下の姿は見えないが、石の中で半泣きになりながら膝から崩れ落ちる様子が容易に目に浮かぶ。
「兄上の声が聞こえる気がするが、まさかネックレスの中か!?ということはセレーネはこっちか!?」
カイン様がネックレスに耳を近づけた後、腕時計を見るようにブレスレットを覗き込んだので私も必死に存在をアピールするように声を上げた。
「そうです!私はここです!聞こえますか!?」
カイン様は呼びかける私の声を確認し、困ったようなほっとしたような複雑な表情で眉を下げた。
「……まぁ、魔国時と比べて良かったと言っていいのか分からないが、少なくとも今回は離れ離れになる心配はなさそうだ」
表情とは裏腹に、ポジティブな言葉を吐く余裕があるようだ。
私が想像していたよりも、魔国で何もできなかった事をよほど悔やんでいたらしい。
「おい、俺はお前らに巻き込まれたって事でいいのか!?」
カイン様はアベル殿下の雑言を聞きつつ辺りを見回しながら答える。
「いや、無関係なら前回のラホール卿のように弾かれて一緒に転移はできていないはずだ」
カイン様に習って私も自分の見える範囲をよく観察すると、確証は無いがどうも皇宮の庭園に見える。
日差しが差し込む芝生は青々と広がり、少し離れた場所にはちょっとしたお茶会ができるような白いテーブルと椅子が置かれていた。
「ここって皇宮ですよね?」
「そうだが……何か違う気がする」
私の問いかけにカイン様が答えるが、アベル殿下も同様におかしいと声を漏らした。
「確かに……ここは皇宮内で間違いない。間違いないが――――」
「キャーーーー!!」
アベル殿下が喋っていた途中で耳を劈くような女性の悲鳴が聞こえた。
私が今まで聞いた事の無い声質でただ事ではない事が察せられる。
カイン様が急いで声がした方に駆け寄ると女性が二人と男性が一人。
肖像画で見たことがある――――アベル殿下の実母である元皇后陛下と、カイン様の実母である皇妃殿下、そして、カイン様にそっくりの若かりし頃の皇帝陛下の姿があった。
「おやめ下さい陛下!!おやめ下さい!!お願いします!!」
皇帝の腰元に縋り付くように元皇后は泣き叫ぶが、皇帝はその手を払いのけて右手を皇妃殿下に向けた。
よく見ると皇妃殿下の首元には黒い靄のような可視化した魔力が巻き付いており、皇妃殿下は息ができない状況なのか掴めないそれを払い除けようと必死にもがいている状況だ。
「母上!!」
カイン様は咄嗟に魔法を放とうと手を伸ばしたが、やはり魔国同様に魔法は使えない。
ならばと、走るスピードを緩めることなく皇帝に向かって勢いよく身を投げ出したがカイン様の身体は皇帝の体をすり抜けただけで無く、視線すらも奪うことができなかった。
それは皇帝だけでなく、皇妃殿下にも皇后にも言えることだった。
まるで私たちは映像を見ているだけかのように三人に介入する事が出来ず、目の前の悲劇は一寸の静止も無いまま進行されていく。
「おやめ下さい!!陛下!!何故そのような事をなさるのですか!?―――誰か!誰か来て!!陛下を止めて!!」
叫ぶ皇后に対して、皇妃殿下は手でそれを静止する仕草を見せ、首を数回横に振った。
そして、両手を皇帝に向けたかと思うと、龍の姿をした水流魔法が放たれ、皇帝は防御魔法に切り替えたからか皇妃殿下の首周りを覆う靄は一瞬にして消え、皇妃殿下は咳き込みながらその場にしゃがみ込んだ。
「ゴホッゴホッ!!皇后陛下、ダメです!陛下に誰も近づけてはなりません!犬死にさせるだけです!」
「し、しかしこのままでは……」
青ざめたままの皇后の口を塞ぐように皇帝は黒い魔力で皇后の頭部を覆うと、焦点の合わない目を虚に傾けたまま口を開いた。
「このままではダメだ…………チャンスなんだ……―――――皇妃よ……お前の魔力を超ゆるものはこの先現れないだろう…………」
「……やめろ…………やめてくれ!!!」
皇帝の次の言葉を知っているかのようにカイン様は悲痛に顔を歪め叫んだ。
「糧となれ。我が息子の糧となれ…………そして死ね」
カイン様は皇帝の魔法から皇妃殿下を庇おうと駆け寄り、殿下の前にしゃがみこんで両手を広げた。
すると、そのタイミングで皇妃殿下も自身とカイン様を覆う程の大きさである水流の球体で結界のように皇帝の魔法から身を守るが、徐々に闇魔法の黒い靄が侵食してきた。
長くはもたない事がこの場にいる皆が分かっていた。
「……カイン……」
皇妃殿下がぽつりと言葉を溢した。
カイン様がその声にハッとして振り返ると、皇妃殿下が祈る様に合わせた両手が小さく震えている。
「カイン…………どうか、あなたの未来に希望がありますように」
その言葉に続けて皇妃殿下は詠唱を始めた。
まるで歌を歌うかの様に、覆われた水流の膜の中でその声は響き渡る。
「清き水よ決して濁ること勿れ。陽を浴び、光を纏え。闇夜に燈を灯す女神の祝福あれ。カイン・リヒト・ドゥンケルハイト―――貴方にこの名を授けます」
そう言って皇妃殿下が合わせた手を頭上で開くと、小さな複数の光の粒が水流の膜を抜け空へと浮かんでいった。
最後の一粒が抜けたとき、皇帝の闇の魔法が水流の膜を突き抜け、弾けた水は辺りににわか雨のように降り注いだ。
その水を浴びても濡れることさえしない私達はその場にうつ伏せ動かなくなった皇妃殿下をただただ見つめる事しか出来なかった。




