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番外編2 ラホールの憂鬱②

28 千切れた日記の続きになります。

 ラホールが反射的に掴んだ手は、ラホールごと小さな紙の中に吸い込まれていくかと思いきや、硬い机の表面に阻まれてしまった。


 小さな柔らかい手を離したらダメだと思いつつも、あまりの引力に、セレーネの手が折れてしまうのでは無いかと躊躇ったが最後、滑るようにして手が離れ、セレーネ達は跡形もなく消えてしまった。


 流石のラホールも狼狽え、全身の血の気が引いていくのを感じた。


 二人が吸い込まれていった紙に手のひらを押し付けてみたり、紙をひっくり返してみたり、無駄だと分かっていても色々と試しては何も起こらない紙に怒りが募るだけだった。


「くそっ!!」


 どうしようも無いと悟った最後は紙を机ごと殴り、無力感からズルズルとその場に座り込んだ。


 自分の行動を俯瞰(ふかん)して見ると明らかなる奇行だ。


 少し落ち着こうと大きく深呼吸を繰り返して酸素を取り込んだ。


 カイン・ドゥンケルハイトというこの国の皇太子で、見た目も良く、物腰も柔らかで、賢く、行動力もあり、ラホールの知る中で誰よりも強い。


 何よりセレーネの事を大事に思っており、セレーネ自身も信頼を寄せているのだから心配をしすぎる必要はない。


 寧ろ皇太子の隣りにいる方がどこに居るよりも安全だろう。


 ラホールはそう言い聞かせて納得すると同時に胸がチクリと痛んだ。


 だが、この痛みに気付いている場合ではないと、自戒を込めて自らの顔を一発殴った。


 護衛騎士として側に居られずともこれからの事を考えなければならない。


 二人はすぐに戻ってくるのか。

 それともまたひと月、もしくはそれ以上戻らない場合はどうするのか。

 自力で戻って来れるのか。

 こちらから何らかのアクションを必要としているのか。


 ラホールは痛む頬をそのままに、ぐしゃぐしゃと髪の毛を掻き上げた。


(――――アクション起こすにしたって、三人の中で一番動きにくいのはどう考えても俺だろ……)


 二人と違って護衛騎士という皇宮の中で立場が弱く、一人で行動する事が許されない。


(二人が戻ってくる前に俺の首が飛んでなきゃいいが)


 皇帝が敵だと分かっている以上、公に助けを求めるのは先決ではない。

 更には皇帝の書斎から見つけてきたという紙切れ。この現象は皇帝のトラップだという可能性も十分あり得る。


 皇宮内に信用に値する味方は居ない。


 ラホールが冷静に考える程、絶望的で笑うしかなかった。


 口の中に広がる血の味に、流石に強く殴りすぎたと後悔する。


(あー……どうする。この紙を持って一旦ルナーラに帰るか?)


 一人でならなんとか抜け出せるかもしれない。どうせここに居ても二人が失踪した以上、何らかの罪を被せられるかもしれないし、自分が一人で何も出来ないなら、せめて手がかりを侯爵様に伝える事はしなければならないだろう。


 ラホールの考えはまとまった。


 そうと決まれば早い方が良い。

 時間が経つほどイレギュラーは起こりうる。


 素早い判断でラホールが城を出て行こうと部屋の扉に手をかけた時だった。


 〝コンコンコンコン〟


 扉の向こう側からノックされる音がした。


 判断の早さに定評のあるラホールだが、一回目のノックから三秒ほど思考回路が停止する。


 扉を開けようと、ドアノブに置いた手を離せなかった。


 返事が返ってこないからか、扉の向こう側から声が発せられる。


「あー……私だ、アベルだ。カイン、少し話がしたい」


 横柄さの中にどこか遠慮が入り混じった不可思議な声だった。


 ラホールはアベルと名乗る人物について、まさか第一皇子のアベルだとは夢にも思っておらず――――と言うよりも完全に頭から抜け落ちていた。


 所詮は噂でしか皇室の関係を知ることが出来なかったため、皇太子と第一皇子は決して相入れることのない間柄であり、婚約者をもてなしているカインの元へ訪れるなんて考えは一ミリも無かったのだ。


 ラホールはドアの向こう側にいる人物が誰か分からないまま選択を強いられている状況である。


 ラホールは出来うる限り脳みそをフル回転させた。


(殿下を呼び捨て?かなり親しい関係性と見られるが、この時間に皇宮に入って来れる立場でもあると考えると殿下とかなり仲の良い貴族の友人といったところか?

 親しい仲と考えると、とりあえず今日は帰ってもらって、後日殿下から謝って貰えば良いだろう。友人といえど流石に部屋に入ってくるやつはおるまい)


 居留守をする事に決め込んだが、ラホールの予想を大きく超えて、ドアの向こうの主は更に続けた。


「カイン?いるんだろ?……なんか言えよ。返事しないなら開けるぞ」


 そう言い終わるか終わらないかの段階でドアノブが動いたのをラホールは見逃さなかった。


 ラホールは反射的にドアノブに置いた手に力を加え、自ら迎え出るようにドアを開けた。


「何か御用でしょうか」


「うわっ!いるなら言えよったく」


 驚いて少し上擦った声のアベルに対し、ラホールも内心では心臓がドキドキと早く脈打っていたが、得意のポーカーフェイスでアベルの視界に立ちはだかった。


「カインに話があって来たんだ……その、居るなら呼んでくれ」


 横柄な態度は癖のような物で、実際は肝の小さい人物なのだろう。


 ラホールより少し背の低いアベルはラホールと目を合わせないまま答えた。


「申し訳ございません。只今カイン殿下とセレーネお嬢様は席を外しております」


 ラホールがそう言うと、アベルは「えっ」と小さく声を漏らし、ここへ来てようやくラホールと目を合わせた。


 するとアベルは怪訝そうな顔をしてラホールの顔を覗き込んだ。


「カインとお前のところのお嬢様は二人でどこか出かけたのか?」


「はい」


「……そうか、邪魔したな」


 そう言ってアベルが背中を向けたので、ラホールは油断して僅かに息を吐いた時だった。


「なーんて……な!!」


 アベルはすぐさま身体をラホールに向き直り、ドアの隙間から入り込もうとしたが、流石にラホールが伸ばした手に抱え込まれ、部屋に一歩も入ることは出来なかった。


「おい!離せ!皇族への暴行で死刑だ死刑!」


 アベルはラホールに小脇に抱えられたまま騒ぎ散らし、さすがのラホールも〝皇族〟という言葉から小脇に抱えた人物が第一皇子アベルである事に気がついたがもう遅い。


 ラホールはやってしまったという脱力感と、まだ何とかなるという希望論を掛け合わせた結果、アベルを小脇に抱えたまま部屋へ戻りドアを力強く閉めた。


 ラホールが小脇で暴れる赤い髪の男をとりあえず離すと、アベルはラホールの顔を見上げたとたん驚き目を見開いて、慌てたようにラホールから距離を取った。


「お前!なんつー目ェしてんだよ!分かった!分かったからその剣をしまえ!」


 ラホールは無意識のうちに腰元に手を伸ばしており、完全に証拠(アベル)を隠滅しようとしていた。


 その様子を見たアベルは手を伸ばし「落ち着け!」と連呼する。


「俺は、お前らの味方だ!お前のところのお嬢に聞いたらわかる!な!二人ともどこかにいるんだろ!?こいつを止めてくれ!」


 アベルは冷静を装いつつも、ラホールから漏れ出す殺気に半泣きになりながら辺りを見渡し叫んだ。


「先ほども申しましたが、カイン殿下も、セレーネお嬢様も席を外しております」


 ラホールが詰め寄りながら声を発すると、アベルはそんなはずはないと言わんばかりに続けた。


「はぁ!?二人の気配はずっとするぞ!何言ってやがる」


 アベルはそう言った後に、あれ?とピクリと眉を動かして急に静かになった。


「……どういう事だ?居るけど居ないっつーか……こんな気配のあり方は初めてだ。お前は何か知ってるのか?」


 急に冷静になったアベルに対し、ラホールもつられるように落ち着きを取り戻した。


 ラホールはアベルの言葉を聞く気になったが、本当に味方かも分からない相手に情報を与えるわけには行かなかった。


 ラホールは何も言わず黙ったままアベルの顔を見つめると、アベルはラホールの目の奥を覗き込むように凝視し「あぁ、そういうことか」と青い目を細めてぼそりと呟いた。


「セレーネ嬢には知らない方が良いって言ったのに、関わっちまったんだな」


 腰元の剣のグリップを握りしめたままのラホールに対して、アベルは言葉を続けた。


「セレーネ嬢が書斎から情報を掴んできたが、それを確認している時に二人が消えて、お前が一人残されてしまったってところか?本当、残される方はたまったもんじゃないよな」


 アベルはそう言ってゆっくりと歩き出しソファーに腰掛けた。


「カインも、大事な婚約者にそんな事させないで俺に言えばいいのにな。こう見えて俺ら子供の頃は結構仲良かったんだぜ?

 カインが行方不明になって、戻ってきてからはまともに話をしてねぇけど。

 まぁ、あいつが1番辛い時、側に居なかったんだから恨まれても仕方ないけどな。

 今となっちゃ俺の方があの頃のカインみたいに腫れ物扱いだ。因果応報なんだろうけどよ」


 アベルが過去を思い出すように言葉を紡ぐのをラホールは興味なさげにぼーっと眺めていた。


 あまりの態度の変容に剣を抜く気が失せたというのが正しいだろう。


(早くルナーラに帰って侯爵様に報告しなければならないのに、この人なんでここまでして部屋に入って来たんだ)


 ラホールの死んだ目に気づいたアベルは何故か得意げな顔をしているので、ラホールは少しでも目の前の人物の目的を看破するために話を振った。


「……一体何の用があってカイン殿下を尋ねて来られたのですか?」


「別に、ただ一言婚約おめでとうって言いたかっただけさ。ずっとあいつが何を考えてるのか分からなかったが、陛下の書斎でセレーネ嬢に会って、何となく繋がったというか、でもまだ分からねえ事があるから、そろそろちゃんと話し合わねーとなぁーって……」


 ラホールにとって、アベルの発言が嘘か本当か分からなかったが、少なくともこの皇宮において第一皇子が側に居るというのはそれだけで動ける範囲の制限がほぼ無くなると言っても良いだろう。


 本人が味方になると言っているのだから信頼までせずとも利用はできると考えた。


「アベル殿下は、どこまで私を信頼されておられるのですか?」


 ラホールが問うと、アベルは青い宝石のような瞳でじっとラホールを見つめた。


 カインよりも澄んだような青い眼に見つめられるとどこか心地の悪さを感じた。


 心のうちを全て見透かされるような、(はらわた)まで覗かれているような気持ちの悪さだ。


 ラホールが思わず目を逸らしてしまうと、アベルは「ハハッ」と渇いたように笑った。


「俺は人を見る目があるんだ。お前は信用できる。何故ならお前が俺を信用しないからだ。以上」


 自信満々に言い切ったアベルに対してラホールは余計にややこしく感じたが、多分ただのアホなのだろうと深読みをやめる事にした。


(まぁ、何かあったらすぐにでも殺せるし)


 セレーネが居ない今、ラホールの手綱を握れるものはここには居ない。




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