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25 同盟締結

 一体何が起きたのか。


 私の視界にカイン様の胸元が近づいてきたと思ったら一瞬の出来事だった。


 カイン様が私の頭にキスをすると、強い光を放ち、突風が吹いたかの様にカイン様の髪や服が揺れ、先ほどの結界の様に私の周りに水色のオーラが現れた。


 水色のオーラはどんどん収縮し、最後は私の胸に吸い込まれる様にして消えた。


「はい、お終い」


 カイン様はまるで髪に付いたゴミを取ったくらいの普通の出来事のようにそう言って庭園から廊下へ繋がる扉を開けた。



「い、今のは何ですか?」


 次から次へと思考が追い付かない私は、唇が触れた部分を押さえながら質問した。


「あぁ、何も言わなくてごめん。守護魔法をかけただけだよ。ブレスレットの邪魔をしない程度にしておいたから心配しないで」


 カイン様はそう言って、再度エスコートするために右手を差し出した。


 何の真意も含まれていなさそうなその言葉は、きっと本当に邪心のない、そのままの意味なのだろう。


 これはただの魔法をかけるための儀式の一環であって、世の恋人達が行う愛を表現する行為とは違うから、意識することでは無い。


 生きるか死ぬかで最も邪魔になるのは羞恥心だなんて、よく偉そうに言えたもんだと、彼の唇の感覚を思い出しながら反省する。


 カイン様に手を取ってもらい、腕に手を添えると、顔を覗き込む様に「どうかした?」と問いかけてきた。


「いえ、少し驚いただけです」


 平気な風を装って冷静に言葉を返したが、カイン様は残念そうな顔をして「そう……」とだけ返事をした。



『そう』って何よ。と思ったが、怒りを感じる様な言葉では無い。


 それなのに何故私は無性にモヤモヤするのだろうか。


 左側を歩く彼の顔をチラリと横目で確認した。

 するとカイン様はすぐに私の視線に気がつき、にっこりと微笑む。


 その微笑みを見て、ようやくモヤモヤの原因が分かったような気がする。


 彼から私に向けられる言葉や行為全てに、私に対する好意に似たものが含まれているが、一度も直接的な言葉で好きと言われた事がない。


 そもそも今の私って彼にとってどういう立ち位置なのだろうか。


 勝手に一人で盛り上がっていたが、愛人ポジションと言われても否めない。


 私は彼に対してリードしているように思わせられているだけで、実際は私が気持ちを弄ばれているだけかもしれない。


 先程までの高揚する気持ちは、この短時間の間に不安な気持ちへと移り変わっており、恋とはそういうものだと昔リリーから聞いたことがあるが、ここまで心を乱されるとは知る由もなかった。


 セレーネ、思い出して!私がカイン様に抱いた最初の印象は何?天然詐欺師よ!

 惑わされるな惑わされるな……



 恋愛経験に乏しい私が本来あるべき姿を失わないように、ブツブツと脳内で唱えていると、いつの間にか私達は応接間の前まで戻ってきていた。


 ラホール卿は私の顔を見た後、応接間の扉をノックし、お父様へ合図した後に扉を開けてくれるので、私が「ありがとう」とお礼を言うとラホール卿は、私に何かを伝えようと、自分の眉間を指差し、小難しい表情をした。


 どうやら私は無意識的に眉間に皺を寄せていたらしい。


 意識して皺を伸ばせばラホール卿はいつもの気怠げな表情に戻り、一度だけ頷いた。


 大丈夫という事だろう。


「お父様、只今戻りました」


 私とカイン様が部屋に入ると、お父様はおもむろに椅子から立ち上がり、真っ直ぐにカイン様の前までやってきた。


 悩んで触り過ぎたのだろう髭は、いつもよりも真っ直ぐと伸びている気がする。


「皇太子殿下、今回の話ですが……お受けしたく思います」


 はっきりとした口調でお父様は言葉を述べた。


「!……フォン・メンシス侯爵、ありがとうございます」


 カイン様にとってこの返答は予想外だったのか、一呼吸遅れて答えた。


 私もここまで早い展開で話が進むとは思っていなかった。


 お父様の頭の中でチェスの駒が何百通りと動いた後、この一手が最適手と判断したのだろう。


 迷いのないお父様の視線がカイン様と私に向けられた。


「殿下、早速ですが、今後の話をさせて下さい。セレーネもありがとう。疲れただろうからもう部屋で休んでいなさい」


 どうやら私の役目はここで終わりらしい。


 どういった話をするのか気にはなるが、一介の貴族令嬢がこれ以上政治に関わるのもおこがましいだろう。


 カイン様へ向き直って一歩下がり、お母様を真似る様な所作で一礼をして部屋から退出した。


 扉が閉まるまでカイン様からの視線を感じたが、その表情までを詳しく窺うことはできなかった。


 ***


 あれからお父様達は長い間話し合いをしていたようだ。

 昼食もあのまま応接室で簡単に二人で済ませただけらしい。


 気がつけば夕方で、昼食をしっかり食べた私も、空腹を感じ始めた頃だった。


 部屋をノックする音が聞こえて、私が返事をすると「皇太子殿下が帰られるそうです」とリリーが呼びに来てくれた。


 ドレスを脱ぐのを我慢して待っていた私は、ようやく解放されるような気持ちで足早にロビーへと向かう。


 ロビーの中央には魔法陣が既に描かれており、帰る準備は整っているようだ。

 魔法陣の前にはお父様とお母様と仮面を付けたカイン様が立っており、私が階段から降りてくる時、三人の視線がこちらへ向けられた。



 私がお母様の横に到着したところでカイン様は「では、今日はありがとうございました」と思いの外明るい口調で言った。


「殿下、もう遅いですしお食事まで召し上がっていかれては如何でしょう?」


 お母様がそう言うが、カイン様は「いえ、実は今日も黙って出てきているので、騒ぎになる前に帰ろうかと」と、少し悪びれた様子で答えた。


 お母様は「そうですか……」と、残念そうに眉を下げ、続けて申し訳なさそうに言葉を紡いだ。


「皇太子殿下……正直なところ、本日お会いするまで私は、殿下を噂通りの方と誤解しておりました。申し訳御座いません」


 あれだけ警戒していたお母様が唐突に謝罪をするので驚いたが、二人の雰囲気を見るに、私がここに来る前にお母様もカイン様とある程度会話をしたのだろう。


「いえ、多少脚色はあるかもしれませんが、噂は決して嘘というわけではありませんので」


 そう言うカイン様を見ながら、噂はどんなのだったかと必死に思い出す。


 ええと確か、暴力的で金遣いが荒く、よく皇宮を抜け出し、それを咎める者には無慈悲な最後が待っているだったかしら?


 どのように脚色したらそうなるのか気になるところである。


 私が見たことのある皇太子殿下という存在は、威厳はあるが、物腰は柔らかく、一言で言うとただの好青年だ。


 じっと見つめていたせいか、カイン様とバッチリと目が合い、逸らすのもおかしいと見つめたままでいると、カイン様は急に真剣な表情になり、そのまま私の前に片膝を立て騎士の様に跪いた。


 急に静かになったロビーでカイン様の声だけが響いて聞こえる。


「セレーネ……本当は私事に巻き込みたく無かったけれど、巻き込まざるを得なくなってしまった。本当にすまない。……嫌かもしれないが、1週間後、私と一緒に皇宮へ来て欲しい。危ない目にはあわせないと約束する。私に出来ることなら何でもする。だから、この手をとって欲しい」


 下から私に手を伸ばすカイン様の表情は、どこか切羽詰まった様子だった。


 皇宮へ行くなんて聞いたら何かと口に出してきそうなお父様とお母様だが、不安を隠す様に静かに私達を見守っている。カイン様がこう言うことを最初から知っていたのだろう。


 言いたいこと、聞きたいことはたくさんあったが、幼きリヒトに対して私が静かに誓った事がある。

 助けを求めてきたらその時はその手を取ると。


 それに、私は腐っても侯爵家の長女である。父と母がそうしろと言うなら黙って従う覚悟はとうに出来ている。

 

 それでも、私の意見を尊重してくれる皆には感謝しかない。


「帝国の未来のため、ルナーラの民のため、謹んでお受け致します」


 この気持ちに嘘は無い。


 手が触れるだけでドキドキとする気持ちは、しばらくは気が付かないフリをしよう。


 


 この時の彼の言葉がプロポーズだと知ることになったのは、今から一週間後……皇宮に着いてからだった。

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