表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/50

16 ラホール卿が恋敵!?

 それからは淡々と、生きていくための日々を過ごした。


 晴れの日は魚や木の実を取って、雨の日はウサギや鳥を狩って食べた。


 獲物を見つけることさえ出来れば、リヒトは私が放った矢を魔法で操ることができたので、今のところ空腹に困ることは無さそうだ。


 そうこうしているうちに、救助の目安としていた一週間が過ぎようとしていた。


 向こうから私の位置は分かっているはずなのに何の気配もないのはどういう状況かと頭を悩ませた。


 リヒトは迎えが来ない私に対して何も言わず、いつも通りの振る舞いをしてくれる。


 そういう気遣いができるところが子供らしくない所以であり、私は見習わなければならない。


 もしかしたらお父様が持っている魔法版が戦いの中で壊れてしまって復旧に時間がかかっているのかもしれないし、私の居るこの森が予想以上に遠くて、心配性なお父様が部隊を引き連れてこようとして時間がかかっているのかもしれない。


 私はポジティブに自分に言い聞かせながら、現実逃避をするように森で拾った木を短刀で削り加工して木剣を作った。


 その様子をリヒトは興味深そうに眺めていた。


 私が歪な剣で素振りを始めると、リヒトも何処からか木を持ってきており、私の真似をするように木剣を作っていた。


 その日から毎日二人で素振りをして、たまに私が教えたり、実戦練習をしてみたりしたが、リヒトの飲み込みは想像以上に早かった。


 基礎はできていたため、もともと剣を習う環境にあったのだろう。


 重たい木剣を振り回す力がまだ弱いという点はあるが、天性のセンスというか、勘がものすごく良い。


 頭の良さもあるため、実戦練習での駆け引きも加わると、スピードと力でゴリ押して勝つという事が出来なくなってきた。


 まるで私がメンシス家で騎士と戦う時にするべき立ち回りのお手本のようで、リヒトに教えていたつもりが、更に二週間も経つ頃には私が戦い方を学ばせてもらっている。


「お前は素直すぎるんだよな。もうちょっと視線の誘導とか、相手の手元や足元に打ち込んでから急所を狙うようにしたほうがいいと思うけど」


「私の場合憧れから入っちゃったから、どうしても一撃必殺とかそういうかっこいい戦い方をする癖ができちゃって……」


「そういう技を教えてる方もお嬢様の変わった趣味に付き合ってる感覚だろうしな」


「うっ……そうね、私のままごとに付き合ってくれてただけでも有難いわ」


 図星をつかれた自覚はあり、私は自己嫌悪を感じつつ「少し休憩しようか」と言って少し離れた木陰に座りこんだ。


 私は馬車が襲われた時、自分が思っていた以上に何もできなかったことに、悔しいを通り越して呆れていた。


「自分の身を護れるくらいって簡単に言ってたけど、考えが甘かったんだなぁ」


 一人でぽつりと呟いた。


 気が付けばここへ来て三週間近くも経過していた。


 あと数日待ってみようを繰り返して結論を先送りにしていた。


 今の状態で一人で家に帰ることができるのかを真剣に考えると、まずここがどこか分かっていない上に、適当に近くの町まで行けたところでお金も無ければ、道中の山賊を追い払う力もない。


 女一人の長旅は普通に考えて最悪の結末しか想像できない。


 せめてここがどこかさえ分かればいいんだけれど……


 私が大きくため息を吐くと、「どうしたんだ?」とリヒトが私の顔を覗き込んだ。


「別に、いろいろ考えてただけよ」


 今はまだ、帰る事についての話題を出したくなくて、はぐらかすように答えた。


「へぇー、お前も頭使うことあるんだな」


「何よ!どういう意味よ!」


「それよりも、これってお前のか?」


 前に腰を下ろしたリヒトが差し出したものは、朝露で湿ってふにゃふにゃになった箱だった。


 しかし、私はその箱を見て瞬時にラホール卿から貰ったものだと確信した。


「それどこにあったの!?」


「昨日森の中で見つけたんだ。人工物が落ちてるなんてこの辺りで滅多に無いし、お前が来た時に落としたのかと思って」


 私は両手を伸ばしてリヒトから受け取り、噛み合わせの悪くなった箱を開けた。


 中にはラホール卿から貰ったピンク色の扇子が、貰った時のままの状態で入っており、汚れたり壊れたりしておらず安堵した。


「無くしたと思ってたから……リヒト、見つけてくれてありがとう」


 私がリヒトに笑顔を向けると、リヒトは照れているのを隠すかのように軽口をたたいた。


「そんなに大切なものだったのかよ。もしかして、大切な人からのプレゼントだったりして」


 私はラホール卿を思い浮かべた。


 確かに、ラホール卿は私にとって、師であり、先輩であり、兄のようであり、友のようでもある。


 おそらくこれは大切な人というくくりに入れてもいいのだろう。


「そうね、大切な人からの初めてのプレゼントなの」


 私がそう言うと、リヒトは一瞬表情が固まったように見えたが、すぐに元のいたずらっぽい顔に戻った。


「ふーん……あ!家族とかか?」


「私の家の騎士よ」


「へ、へぇ。騎士か……そいつは強いわけ?」


「そうね、私では手も足も出ないわ」


「やっぱり、お前って強い奴が好きなの?」


「まぁ、そうねぇ~。強い人に憧れるわね。やっぱり剣が強い人って、剣だけじゃないのよね。品性とか、そういうのも養われているというか~。何よりかっこいいわよね」


 私が気持ちよく好きな物について語る表情がどう目に映ったのか分からないが、リヒトはジトッとした目つきで口を尖らせていた。


 ミスリルの武具と強い騎士の相乗効果についてまで話をしたかったが、リヒトのつまらなそうな顔を見て、これ以上一人で語るのはやめておくことにした。


「あ、ごめん。興味なかったわよね。ついつい嬉しくなっちゃって」


「いや別に、興味ないわけじゃないけど、どんだけ好きなんだよって思って」


「子供の頃から近くで見てたからかなぁ?いつの間にか好きになっちゃって……私が剣の練習を始めたのも憧れがきっかけなんだ」


「で、向こうは知ってんの?お前が好きな事」


「ん?向こうって?」


「そのプレゼントくれた奴」


「えぇ、知ってるわよ。というか、領地の皆知ってるわね。お父様はそんな私に『そろそろやめないか?』って日々嘆いてるわ」


「領民まで……そういうのは秘密にするものだと思ってたけど……お前ってなかなか図太い性格してるんだな……でも、親公認ってわけじゃないのか」


「まぁ……一応貴族の娘だしね……この前も『結婚前の娘が』って言われちゃったわ」


「それはそうか。その……お前はその大切な奴と結婚したいのか?」


「え?別にそんなこと考えたこともないけど?」


「え!?」


「え?」


 私はリヒトの信じられないというような、少し軽蔑するような眼差しを見て、今までの会話に初めて疑問を抱いた。


「ちょっと待って、今ってなんの話だった?」


「何って、お前の好きな奴の話だろ?」


「奴って?」


「だから、そのプレゼントくれた奴の話」


 私とリヒトの間にお互い石化したような沈黙が流れた。


 私は今までの会話が全てお互いの勘違いだと悟り、目の前のリヒトの真剣な顔を見ると急におかしくなり吹き出した。


 リヒトは私がケラケラ笑っている理由が分からず、急におかしくなった奴のように映っている事さえも面白かった。


「リ……リヒト……違うわよ!ぷくくくく。私は剣術が好きって話よ」


「は?」


「だから、私が好きなのも、お父様にやめるように言われているのも、剣術の話!」


 私の説明を聞いてようやく意味が分かったリヒトは顔を真っ赤にして「なんだよ」と吐き捨てた。


「なんでお前はまともに問答できないんだよ!」


「リヒトが恋愛について話すと思わないからよ」


「どこまで俺のことガキ扱いすんだよ!」


「そういうつもりじゃなかったけど、そうなってしまったことは謝るわ」


 私は笑いすぎて出てきた涙を指で拭った。


「じゃあその騎士とは何もないってことなのか?そんなプレゼントまで貰って」


 リヒトは不服そうな顔のまま、肘を左足について、手の上に顎を乗せた。


 良いところの坊ちゃんにしては行儀の悪い態度だ。


 前から思っていたが、リヒトからはそういったマナーなどの教育を受けた痕跡が全く見られなかった。


「そうね、ただ私の面倒をよく見てくれるだけよ」


「面倒ねぇ……」


「そういうリヒトはどうなのよ」


「ん?」


「そろそろあなたの事、教えてくれてもいいんじゃないの?」


 遠回りが苦手な私は単刀直入に切り込んだ。


 さっきまでの強気だったリヒトの表情は急に曇り、黙り込んだ。


 今までなら話さない意思を早々に表していたが、今日は少し違った。


 話す前の沈黙のような、どこから話そうか考えているような、空いたり閉じたりする口からはなかなか声が出てこなかった。


 心細そうに揺れる瞳を見ていると、私は彼の中のトラウマのような何かを刺激したのでは無いかと思い、質問したことを後悔した。


「リヒトごめん、やっぱり話さなくていいよ」


 私がリヒトの右手を握り制止した。


 しかしリヒトは寧ろそれで心が決まったのか私の目を一瞬だけ見て右手を握り返した。


「いや、セレーネに聞いて欲しいんだ」


 リヒトは目を伏せたまま話を続けた。


「俺の母親は俺が六歳の頃に父親の正妻に殺されたんだ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ