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12 襲撃と神隠し

 水筒を持って馬車に戻ると、私の泣いた顔が指摘されないくらい、お母様達はまだ気分が悪そうだった。


 お母様達の回復を待っていたら予定よりも出発が遅れ、気が付けば外は真っ暗だった。


 光の魔石のおかげで整備された道の上を走る事は容易だったが、自分たちの周り以外は全く見えず、騎士たちの警戒態勢は上がっていた。


「月も雲で隠れているし、雨が降ってきたらかなわんな。宿までたどり着ければいいが、無理なら野宿になるかもしれん」


 お父様は馬車の窓を開けて心配そうに呟いた。


 私は野宿と聞いて少しわくわくしたが、お母様や侍女たちの事を考えると無理にでも宿まで行く方がいいのだろう。


 お母様は自分のせいで遅れているからと、判断をお父様に任せるつもりのようだ。


「侯爵様、おそらくですが、雨は降らないかと思います。そういう天気の時はしめっぽい匂いがしてくるもんですので」


 馬車の隣を馬で並走する騎士団長のマスポーネが、窓越しにお父様に返事をした。


「マスポーネがそう言うならそうなのだろう。では、このまま宿まで進むか」


 私はそれを聞いて少し残念に思ったが、それよりも天気を匂いで感じ取れる騎士団長のかっこよさの方が気になり、私も窓を開けて鼻から空気を吸い込んでみた。


 土の匂いと、馬の匂い、車輪の油の匂い、そして火薬の匂い。


「火薬?」


 私が呟いたと同時に「伏せろ!」と後方を走っていた騎士の声が聞こえ、緊急を知らせる信号弾がヒュルヒュルと音を出しながら空に打ち上げられた。


 後ろの荷馬車側からオレンジ色の発光がした後に耳をふさぐような爆発音と、爆風が窓から流れ込んできた。


 爆発に驚き、馬車を引いていた馬は急停止し、乗っていた私たちは一瞬空中を彷徨い、前方の壁際に叩きつけられ、床に倒れ込んだ。


 外で何が起こっているのか閉鎖された空間では分からないが、軽はずみに外へ出てはいけない事だけは分かった。


 お父様は、向かい合って座っていたお母様の下敷きになっているが、二人とも座席の上に着地しており、頭を打ったのか気絶しているようだ。


 私が二人の様子を見るため急いで立ち上がろうとしたら、私が開けた窓から馬車のドアの鍵が開けられる音がした。


 振り向いたときにはもう遅く、私は腕を掴まれ馬車から引きずり降ろされた。


「お前がセレーネ・メンシスか?」


 無精ひげの小汚い三十代前半らしき男が問いかけた。


 私が男を睨み上げると「当たりだ」と言って私の腕を再度掴もうと腰をかがめたので、私は思い切り下から急所を蹴り上げた。


「っだぁ!!」


 男が股間を抑え倒れ込んだ隙に立ち上がり、男の持っていた短刀を取り上げた。


 敵は見えるだけで八人。こちらの騎士の人数を少し上回る。


 荷馬車の前を走っていた侍女たちが乗っている馬車も襲撃にあっているようだ。


 騎士たちが剣を交える音や、リリー達の叫び声が聞こえる。


 時折手榴弾のような物が投げられてくるため、見えない位置にも敵がいるようだ。


「おいバカ!何やられてんだ!メンシスのところは普通のお嬢とは違うからなめんなっつっただろうが!」


 声を張り上げるのは他の奴より一回り体のでかい男だった。


 他の奴と比べて良い身なりをしており、顔の下半分は首巻で隠れている。


 あの男がリーダーか?


 組織性と計画性、剣の立ち回りや出で立ちなどから、山賊や外国からの敵ではなく、金をつまれた国内の傭兵だと推測できる。


「雇い主は誰?狙いは?」


 私はリーダーと思われる男に問いかけた。


 照明は破壊されたのか、爆発で燃え上がった荷馬車だけがこの場を照らす灯りとなっている。


「お嬢様!お下がり下さい!」


 ラホール卿の声がしたと同時にリーダーと思われる男の後ろから矢が飛んできた。


 私はしゃがみ、矢をかわしたが体のバランスが急に崩れた。


 どうやら、先ほどの金的男が復活して私の足を掴んだらしい。


「おいバカ!頭を狙うな!死んだらどうすんだ!」


 リーダーらしき男は背後の部下に向かって怒鳴った。


 どうやら私が死んだら困るらしい。


 私は掴まれた足を振りほどこうとしたが、がっちりと足首を掴まれており、ブーツごと脱ぎ捨てようとしてもそれもできない。


「へへへ、捕まえたぜぇ……」


 足元でニタニタと笑う男に気を取られていると、私は魚の如く網にかけられ、身動きが取れない状態となり、リーダーらしき大きな男に網ごと担ぎ上げられた。


 連れて行かれるわけにはいかないと、もがく私が先ほど取り上げた短刀を手に持ったところで「お前が大人しく着いてくるなら他の奴は殺しはしねぇ」と耳元で囁かれた。


 男と一緒に馬に乗せられ、戦況がわかるようになると、私は一瞬息ができないくらい戦慄した。


 遠方からぐるりと魔法兵に囲まれており、想定していた規模と何倍もの差があったからだ。


「私を殺せないなら、私がここに意地でも残った方が魔法兵は何もできないのではないかしら?」


「ここだけの話だが、あいつらは俺らと目的は同じだが、仲間ではない。俺たちが無事にお前を連れだせるか監視しているに過ぎない。無駄な殺しはしないだろうが、俺たちが殺せるように最大のバックアップはしてくれる」


 この男の言っていることがどこまで信じられるかわからないが、魔法兵をよく見ると、聖職者が持つとされる神聖魔法の白い魔石を掲げている。


 聖職者とはその者達が信仰する神に仕える事を約束し、強力な魔力と引換えに罪の無いものを殺すと咎を背負い、呪いを受けるというものだ。


 もし本当に聖職者ならば、罪のないメンシスには手を出さず、何かあった場合口止めに傭兵だけを殺すつもりなのだろう。


 傭兵たちも何度怪我をしてもすぐさま回復魔法がかけられ、その度に死物狂いで襲いかかってくる。

 それこそ、一瞬で息の根を止めなければならないだろう。


 私達を気にして守りながら戦わねばならない騎士達の方が負担が大きい。


 これらの現状だけを考えてみても、敵の数がこちらの騎士の数を上回り、回復魔法に長けた聖職者がバックにいるのは流石に私たちが無傷で勝つことは難しい。


 私が追跡用のブレスレットを付けていることまではこいつらは知らないようだし、大人しく着いて行って救助を待つ方が被害は少ないかもしれない。


 少なくとも、この戦場において私はまだ力不足だ……

 守られる対象である以上、足手まといでしかない。


 それに、早く戦いを終わらせて先ほどの爆発で怪我をした者達を早く医者に診せなければ……


「理解できたならそれをしまってもらおうか」


 男の指示通り、私は短刀を腰ベルトにしまい、大人しく連れて行かれる決意をしたところで、気絶から目が覚めたお父様が馬に乗せられている私を見て血相を変えた。


「セレーネ!!」


 私と馬に乗ったリーダーらしき男が身を翻し、闇に向かって走り出した時、続けてお父様の「ラホール!!」と叫ぶ声と馬の嘶きが響いた。


 地面を踏み鳴らす馬二頭分の蹄の音が辺りに響く。


「ちっ……しつけぇな」


 真っ暗だった夜はいつの間にか雲の隙間から月が顔を出し、私たちの姿は後ろを追いかけてくるラホール卿にしっかり捉えられている。


 追いつかれるのも時間の問題だろう。


 男の馬は、木々の生い茂る森の中へと入った。


「あと少し……もう少しだ……」


 男がブツブツと呟きながら馬を走らせる様子から闇雲に走っているわけではないようだ。


 右に左にと木を避けながら走っていくと、森の中に少し開けた場所があり、月明りが差し込んでいた。


 男は馬を止め、網にからまったままの私を月明りが差し込む地面の上に投げ置いた。


 一体何をするつもりかと男を見上げた。


 男は何やらブツブツと呪文を唱えると、私がいる地面に魔法陣が白く浮かび上がった。


 私の体の色が光に馴染んでいく時、「お嬢様ぁ!!」と普段聞かないようなラホール卿の切羽詰まった声がした。


 ラホール卿は馬から飛び降り、光に飲まれる私の体を抱き留めたが、その悲壮な表情を最後に私の視界は滲み、体に纏ったラホール卿の腕の感覚も無くなっていた。




 再び視界が戻ると、目の前にはラホール卿も私を連れ去った男も居なかった。


 風景は相変わらずの夜の森だが、先ほど見た景色とは少し違うようだった。


 足元に描かれた魔法陣と今の現象からして、私はどこかに転移させられたという事だろう。


 ならば、同じ魔法陣に入っていたラホール卿も一緒に飛ばされていてもおかしくないが、近くにそれらしい人影は見当たらない。


「ラホール卿?聞こえるー?どこかにいるなら返事してよー」


 私は周りを見渡しながら控え目に呼んだが、私の声は全て森の暗い闇の中へ吸い込まれていくようだった。


 皆は無事だろうか。


 今はあの男の言葉を信じるしかない。


 私はとりあえず立ち上がろうと思ったが、網に絡まってうまく立てない。


 紐の切れかかっている部分を二か所見つけ、石にこすりつけて紐を切り、そこから足を片方ずつ出した。


 余った網を後ろにずるずると引きずりながら歩いて、時折「ラホール卿~」と呼んでみた。


 一時間程彷徨っただろうか。


 ラホール卿の姿はおろか、人の気配も無い。


 ガサガサと時折草を鳴らす音がするが、動物でもいるのだろうか。


 疲労と、恐怖心が募ってきて、私はその場に立ち尽くした。


 ガサガサという音が近づいてくる。


 もしかしてラホール卿?なんていう願望が頭を過ったが、あれだけ呼んだのに返事が無かったのだからそれは違うだろう。


 私は逃げやすいように足元の網を手繰り寄せ、抱え込んだ。


 逃げ切れるとは言っていない。


 どうする、どうする……


 様々な最悪な状況を想像して、それらに対する解決策が見いだせず泣きそうになっていると、ガサガサと音の主が木の影から目の前に現れた。


「お前……さっきからうるさいんだけど」


 月明りが差し込む中、目の前に現れた身長百五十センチ程度でフードを深くまで被った少年の開口一番がそれだった。

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