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1 セレーネの夢とジョセフ・フォン・メンシス

初投稿です。

とりあえず5話、できれば10話読んでいただければ嬉しいです。

よろしくお願いします。

 最初に言っておきたい。


 これは何も知らないまま貴族ながらも平凡に暮らしていた私が『歴代最高の皇后』と言われるまでの成長の物語だ。


挿絵(By みてみん)



 私は幼い頃、神隠しにあったと言われたことがある。

 当時まだ独身だった養父である現在のお父様に引き取られてすぐの事だった。


 最初は環境の変化に耐えられず、家出をしたのだと思われたが、あまりにも突然姿を消したのだそうだ。

 お父様は私が誰かの手によって意図的に誘拐されたのではと屋敷総出で懸命に探し回った。


 そして二日後、領地の端の森に住む猟師が私らしき幼女を保護していると町の警備隊を通して連絡が入った。


 二日前の晩、猟師の住む森小屋の近くで何かが落ちたような音がしたらしい。

 猟師は熊でも出たかと、異様に明るい月明りを頼りに、猟銃を携え見回りに行ったところ、五歳程の少女が座り込んでいたそうだ。


 猟師はその少女の身なりから貴族なのではないかと察し、近くの町の警備隊に連絡して私は事なきを得たそうだ。


 つまり、馬を使った連絡に二日程かかる道のりを私は瞬時に移動した事になる。

 そのような事象が起こるには、高位魔法使いによる魔法陣を使った痕跡が残るはずだが、そのような形跡も見られなかったそうだ。


 この事は当時を知る者たちの間で固く口留めされ、それ以来私は現在地を知らせる魔法石の腕輪を付けられている。


 ***


「お父様、いい加減にして下さい」


 私が帰宅すると、そわそわとした様子でお父様は玄関に立っていた。

 おそらく、また私の外出先が兵士達の訓練場だった事を確認済みなのだろう。


 少しバツの悪い顔をしたお父様は一瞬誤魔化そうとしたが、その手は通用しないと悟ったのか諦めたように口を開いた。


「セレーネ、腐っても侯爵家の娘が毎日兵士たちと一緒に鍛錬だなんて……もう十分強くなっただろう。結婚前の娘が怪我なんてしたら……」


 最後の方はごにょごにょと言葉を濁すようにお父様は遠慮げに言った。


 私に結婚や婚約の予定は今のところ無いが、結婚という話題が出てもおかしくない年齢になってきたし、そろそろ花嫁修業に励めということだろうか?


 この時の私はお父様の最後の言葉に対して特に違和感は持たなかった。


「お父様、私に剣の練習をやめて欲しいと思うのは理解できます。しかし、四六時中私を監視するのは違うのではないでしょうか」


 私はついつい強い口調で言い返す。過保護故に常に親に監視されているなんてたまったものではない。


 以前にも、思春期を迎えたばかりの私とこのようなやり取りをする中でお父様は観念し、神隠しの過去を教えてくれたのだ。


「セレーネ、すまなかった。しかし、心配する私の気持ちも分かってくれ。お前の実の父親である私の兄からセレーネを託された直後の事件で、もうトラウマもトラウマで……」


 そう言ってお父様は狼狽えながら長く伸びた顎髭を触った。

 本人は気が付いていないかもしれないが、髭を触るのは心配な時にするいつもの癖だ。



 今の父である、ジョセフ・フォン・メンシス侯爵は言わずと知れた極度の心配性だ。

 というのも、お父様が侯爵になったその過程が原因でもある。


 ここはドレスト帝国の北部を守るルナーラ領。

 侯爵の家系であるお父様は次男として生まれた。


 父には家を継ぐはずの私の実父である五歳年上の兄がいたが、私が五歳の時に戦争で亡くなってしまった。ちなみに私の母も私を産んですぐに亡くなっている。


 兄を慕っていたお父様は予期せずして家を継ぐこととなり、兄同様にこの北部の地を外国の侵略から守る任務と想像もしていなかった領主という重圧を引き継ぐことになってしまったのだ。


 そして、極度の心配性というのはその仕事ぶりにも顕著に表れていた。


 侯爵というからには地方に住みながらも貴族の中では高い地位となる。

 管轄する領土も大きく、外部からの侵略に備えるという働きを持つため、皇室からの軍事予算も貰えている。


 しかし……単刀直入に言うと、我がメンシス家にはお金がない。


 何故って?


 極度の心配性のお父様が予備予算も、家内の整備費も、必要な運営費以外全て軍事費に使ってしまったからだ!


 領地内にある三か所の町をそれぞれ覆うように高く反り立つ城壁。

 上部には大砲が等間隔に設置されており、もはや弓兵の出番は無い。

 町の中にはいくつもの避難所が地下に作られており、食料の備蓄も十分すぎる程ある。

 町に併設されている厩舎には自慢の軍馬が兵士と大差ない待遇で何不自由なく暮らしている。

 その馬に乗る我が領地の騎士が着ているものは帝国全土でも最高級のミスリルの武具だ。

 一般の兵士においても他国の騎士並みの武具が配給される。


 そう、お父様は戦争に勝つためならお金を惜しまない。

 しかし、それがあまりにも極端なのだ。


 もちろん、お母様も私も自分たちの事よりも軍備にお金をかけるお父様の考えには賛同している。


 現に、これだけのお金を軍備にかけている事が敵にも知られているが故に、無駄な戦いが減り、領民たちも戦争ではなく、農業や商業でお金を稼げる環境が出来上がってきているのは事実だ。


 とはいっても、新しいドレスを毎シーズン買うような生活は当分訪れることはないだろう。


 それは別に良いが、私には幼い頃から譲れない夢がある。

 メンシスの騎士という誉れの象徴である最高級のミスリルの武具を着て尊敬の眼差しを集めながら町を闊歩したいという夢だ。


 もちろん、女である私が騎士になることが出来ないのは承知済みだ。


 しかし、武具を着ることを諦めたくはない。


「着たいなら着ればいいではないか。一日騎士団長なんてイベントも面白そうだ」とお父様に言われたこともあるが、それは私が望む夢ではない。


「身を守る程度の剣すら扱えぬ未熟者が戦場を生きる英雄たちと同じ武具を身に着けるなど恥ずかしいではありませんか!」


 そう言って私がお父様の提案を頑なに拒否している横で、お父様は町の子供達に「着けてみるか?重いぞー」と言って兜を着せて遊んでいた。


 嬉しそうに兜を被っている子供達を見て少しも気持ちが揺れなかったと言えば嘘になるが、私は騎士に負けない実力を身に着け、正真正銘あのミスリルの似合う女になるのだ!


 そう強く決意したのは今から二年前の事である。




 そんなこんな考えつつ、あの日の決意を思い出し、目の前で私を本気で心配するお父様を見ながら、私は一度大きく息を吸い込んで言葉を選びながら紡いだ。


「お父様、お父様のお気持ちはもちろん分かっております。ただ、自分で言うのもなんですが、私も年頃の娘です。常に見張られていると思うと何というか……とても窮屈なのです。剣を学ぶ事に関しては邪推な気持ちが無いとは言えませんが、まだ戦争も終結していない今、何かあったときに少しでも皆が生き残れる確率が上がるように……私は後悔したくありません」


 私の言葉を聞いたお父様は髭を触る手を止めた。

 お父様はもしかしたら後悔しているのかもしれない。もう二度と後悔したくないという想いで今の領地の要塞が出来上がったのだろう。


 そういえば、昔は髭なんて生やしてなかったなぁ……


 僅かに残る幼い頃の記憶では、叔父様と呼んで遊んでもらっていた。

 その光景は年の離れた兄弟のようだったのに、気が付けばお父様はお父様になっていた。


 私もいつかは結婚してこの家から出ていくのだろう。


 その時はお父様のような人と結婚したい……とは思わないが、それなりに好きな人と幸せな結婚がしたい。


 この時、何も知らなかった私は他人事のように考えていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白いです! [一言] 追ってまいりますので、執筆頑張って下さい!!!
2023/07/08 22:52 退会済み
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