バーベキューと王子様
雲一つ無い青空。眩い日差しが僕らを包んでいる。ただ、まだ暦の上では春だから、そこまで熱くもなく、時折吹き付ける風は涼しいから、かなり過ごしやすい気候だ。それに、近くを流れる川の音も、清涼感があって良い。そんないい気候の中、僕らはバーベキューをしに来ていた。
「しかし、本当にあったのですね、BBQ場」
「…久瑠々よ、まさか其方疑っておったのか?」
「いや、そういうわけではありませんわ。…陰キャすぎて、そういったものを無意識に避けていただけです」
「…じゃあ、来望はバーベキューは初めて?」
「ええ、そうなりますわね」
会話しながら移動していると、どうやら僕たちが使う場所までやってきたらしい。東屋と言った出で立ちで、すぐ側に水道、簡易的なシンクにキッチンもついている。結構いい場所だ。
「へえ、思ってるよりも色々あるんだね。なんか、ただの砂地とか想像してたよ」
「でぃーもそう思ってたのです」
「まぁ、ここは結構ファミリー層とか向けだしね。さっき入口の方で、結構道具も売ってたし」
「…では、このような大荷物を持ってくる必要はなかったのでは?」
「…まあ、そういうのも、風情」
「うむ。だな…いや、下調べが不十分だったのは認めはするがな」
久瑠々先輩の指摘に、蕗乃ちゃんが少し項垂れる。彼女が「命を弄ぶ禁忌の狂宴を執り行いたいのだが」(意訳:バーベキューをしませんか)と提案した分、責任を感じているのかも知れない。ただまあ、やっぱり自分たちで色々とするのが楽しみだろう、と言うと、彼女は顔を明るくさせて、「そうであろう」と頷いた。
「とりあえず、火起こしと、食材の処理と…ぐらいに、一旦分かれる?」
「だねぇ。んじゃあまあ、グッパーで…」
「あ、でも食材は多いから、全部で三チームぐらいじゃないかな。二人ずつで」
「…彩嗣、少しだけ待って欲しい」
「え、うん」
僕が「二人ずつ」と話した瞬間、皆の目の色が変わった。そして、エルヴィラの言葉を皮切りに、少し場を離れて、ひそひそと話をし始めた。そしてそれから少しして、皆戻ってきて、「じゃんけんの手で決めよう。恨みっこなしで」とエルヴィラが言った。この時間は何だったのだろうか。まあ、皆女性だし、色々あるのだろう。
「それじゃあ──せーの、で」
かけ声に合わせて、皆が手を出す。大抵、六人もいればこういったときは、あまり綺麗には分かれないことが多いのだが、一回ですんなりと決まった。火起こし、諸々の準備に僕とエルヴィラ、芽唯と蕗乃ちゃんが肉と海鮮の下処理、そして久瑠々先輩とでぃーが野菜なんかの下処理、と言う風になったのだった。
◇
さて。今、余の目の前には、久瑠々が買ってきた高級な肉であったり、余らが買い出しに行った、海鮮物やら肉なんかの食材があり、そして包丁が置いてる。なの、だが。困ったことが一つある。
「それじゃあふっきーちゃん、始めよっか。手、洗ったよね」
「うむ。浄め終わりはしたが。一つ、懸念点がある」
「けねんてん?」
隣に立つ芽唯は、不思議そうに首をかしげる。うむ、やはり彼女の仕草は、何というか、実に可愛い。演良が、彼女のことを可愛いと言って憚らないのも納得だ。…して、そういったことを考えている場合でもないだろう。何せ、余には一つ、まずい事情がある。それは。
「…そのな。余、料理をしたことがないというか、包丁を握ったことすらもないのだ」
「え、そうなの? でもさ、一人暮らししてるんじゃなかったっけ?」
「…実は、“Dolls”に勤めておったころは、心身疲れ果てて料理どころではなく。そして、“Dolls”の使命が終わっていこうも、面倒くさくて、出前か弁当に頼りっきりでな」
「あー、そっか」
「その、な。戦力外かもしれぬという、謝罪をここで、先にしておく」
余は、芽唯に向かって頭を下げる。…こうしたことは、きっとチームわけする前に言っておくべきだったのだろうが、演良と二人きりで作業が出来るかも、という期待ですっかり失念してしまっていた。芽唯には、迷惑をかけてしまうな…と、頭を上げて彼女の顔を見たのだが。なぜか彼女は、目を輝かせていた。
「そっかぁ、じゃあ今日は、私が先生だね!」
「せ、せんせい?」
そう言うと、芽唯は袖をまくり、まるで眼鏡をくいっとあげるような仕草をした。そして、「それじゃあ」と、とても明るい声色で口を開いた。
「瑪奈川芽唯のお料理教室、スタートだよ!」
「う、うむ…? よ、よろしくたのむ…」
「それじゃあ、まずは包丁の握り方からだね!」
そうして、余と芽唯による、即席の料理指南が始まった。──とてもためにはなった、とは評しておこう。
◇
「ええと、こっちはこれでいいですか?」
「あ、もう少し小さめに切って欲しいのです。それ、少し火が通りにくいものなので」
「分かりましたわ」
私は、でぃーさんと一緒に、お野菜を切っておりました。これまではhとんど包丁を触ったことはありませんでしたが、ここ最近は料理の練習をし始めたので、それなりにスムーズに作業を進められています。まあ、でぃーさんには敵いませんが。…正直、彼女の経歴は、時間で言えばかなり浅いものだと思うのですが、どうしてこのように博識なのでしょう。演良さんと一緒に住んでいるからでしょうか? 演良さんは、良い兄なのでしょうし。
「…久瑠々お姉ちゃん、手際が良いのです。結構、料理はするのですか?」
「まあ、最近、やり始めまして。しかし、でぃーさんには敵いませんわね」
「なんだかんだ、お兄ちゃんによく料理を作ってあげているので!」
「ふふ、微笑ましいですわね。すこし、羨ましいです」
「えへへ」
彼女は、にっこりと笑います。とっても、可愛らしい方ですわね。まだ中学校に入りたてでこれなのですから、末恐ろしいですわね。
「そういえば、でぃーさん」
「何なのです?」
「でぃーさんは、笑顔が演良さんとよく似ていますわね。流石は、兄妹ですわ」
「えへへ、そう言われると嬉しいのです」
彼女らに、血のつながりは無いけれど。それでも、演良さんとでぃーさんは、ちゃんと似ていて。やっぱり、繋がりは血だけではないのでしょうね。
「あ、そういえば久瑠々お姉ちゃん」
「何でしょうか?」
「この前の曲、とっても良かったのです」
「あら、ありがとうございます」
恐らく、つい最近私がインターネット上で公開した新曲、『夜と銀河と、声』の事を言っているのでしょう。やはり、直に言われる感想というのは、少し面映ゆさはありますが、嬉しさがありますわね。心の中で嬉しさをかみしめていると、でぃーさんが「でも」と付け足しました。
「その。歌詞、流石にお兄ちゃん過ぎるのです」
「…え、えっと」
「そもそも、王子様って言う単語使いすぎなのです。あれじゃあ、もうお兄ちゃんへの公開ラブレターみたいなものなのです」
「ちょっと」
「まあ、お兄ちゃんが格好いいのは同意するのですけれど、もう少し控えめにした方が良いと思うのです…」
「…う、はい…」
痛いところを突かれてしまいました。確かに、作詞しているとき、もうやけになって演良さんのことばかり書き連ねてしまっていましたし…うん、控えましょう。
そうして、無駄話をしながらも、私達は、食材の準備をつつがなく、終わらせていきました。
◇
彩嗣と一緒に何かをする、というのは久しぶりなような気がする。彼と二人で作業をする、というのは皆には悪いけれども、しっかりと堪能させて貰うとしよう。しかし、私が火起こし、というのは少し、不思議な縁のようなものを感じる。炎を使う能力の持ち主としては。
「しょっと…うん、これで全部だね。じゃあ、早速組み立てようか、エルヴィラ」
「ええ」
荷物を運んできた彩嗣が、そう私に語りかける。少し汗ばんだからか、彼は腕をまくっているのだが、そこからのぞく彼の腕が、ほんの少し扇情的だ。少し筋肉質で、色白っぽい腕。これは、目に毒だな。
腕を見て少し高揚するのを隠しながら、彩嗣と一緒に、バーベキューコンロを組み立てたり、椅子と机を出していく。すると、私の作業を見て、彩嗣が少し驚いたような表情で、私に問いかける。
「あれ、エルヴィラ、なんか手慣れてるね」
「…まあ、父とふみと、数回家の庭でしたことがあるから」
「そうなんだ。楽しそうだね」
「…でも。父が、もう少し火力を上げようと行って、変な発明品を投げ込むから…毎回、爆発して終わる」
「そ、そうなんだ。…ファンキーだね」
私の家のバーベキュー、あるいは外でのお家焼き肉は、毎回父が火力を求めて爆発させ、ふみが父を説教して終わる。それはそれで楽しいのだけれど、毎回、一定量の食材が無駄になってしまうものだから、残念な気持ちも抱えていた。だから、今日ここに来られたのは、結構嬉しい。発案者の文乃と、いろいろな準備を請け負ってくれた──実を言うと、今組み立てている機材も貸してくれた──来望には、感謝だ。
そんなことを思っている内に、コンロは組み立て終わり、そして必要な機材なんかも組み立て終わった。紙皿と紙コップ、割り箸の用意を済ましたから、後は火を点けるだけ、なのだが。
「…私の能力で点けようか?」
「…いや、大丈夫。なんとか、やってみせるから…!」
炭に火を点けるのに、彩嗣がかなり苦戦している。一応、着火剤にバーナー、炭はほとんど用意しているのだが、やはり初心者には難しい工程だった。そして、私の“炎耀炎華”で火をおこすことを提案しても、彼は首を縦には振らなかった。
「分かった。じゃあ、私も手伝う」
「ありがつ、じゃあ、着火剤で燃やした後、これで仰いでくれるかな」
「任せて」
彩嗣に手渡されたのは、団扇。これで、横にある穴から、風を送ればいいのだろう。そうして、数回目の挑戦が始まった。彩嗣が着火剤に火を点け、その火を、炭の下に置かれた新聞紙に近づける。
「お願い、エルヴィラ」
「…よし」
そうして、ふたりで一緒に、別の方向から風を送る。すると、少しずつ炭に、赤い点のようなものが付き始める。
「凄い、いけてるよ」
「ええ…このまますれば…」
そうして風を送り続けること十数秒、炭に完全に火が点き始めた。じゅうじゅうと音を立て、熱されているのが分かる。
「やった!」
「…ええ」
「ありがとね、エルヴィラ」
彼が、笑って私に微笑みかける。火を側にいて熱かったからか、中々火がおこせない緊張からか。彼の額には、仄かに汗が浮かんでいて。そんな彼の笑顔が、何よりも、眩しかった。…良かった。彼は最近、どこか翳りが見えたから。
「…どうやら、食材の準備も出来たらしい」
「よし、それじゃあ始めよっか!」
◇
じゅう、と肉が焼ける音。やっぱり、この音は良い。時折弾ける肉汁も良いし、隣で、静かに焼かれている野菜も、食欲をそそる。トングでひっくり返しながら、もう頭の中は、おいしさの予感で一杯だ。
「…よし、皆焼けたよ。まずはお肉」
「お、待ってましたぁ!」
僕は、焼き上がった肉を、皆の皿に取り分けていく。そして、全員でジュースで乾杯した後、一斉に食べ始めた。
「いただきます──うむ、美味! まるで違うな、屋外の飲食は!」
「ええ、ひと味どころか、ふた味も。うん、美味しいですわ」
「…美味しい」
「わ、このお肉とっても柔らかいのです…わ、溶けちゃったのです」
「はは、皆やけどしないようにね。…それどれ、うわ、めっちゃ美味しい!」
舌鼓を打つ皆を見ながら、僕も肉を口へと運ぶ。瞬間、口の中で、肉がとろけた。肉汁が広がり、口の中が、ワイルドな旨みで充される。まるで溶けているのに、あまりにも美味しくて、何度も噛めてしまう。焼き肉のタレに漬けてはいるのだけれど、あまりにも肉本来の旨みが強い。そして、ほんのりと香る、炭の香ばしさは、燻製にも似ていて、味にアクセントを加えている。肉を飲み込んだその口で、紙コップに注がれたコーラを一気にあおると、一切れの肉と、一口のコーラなのに、とんでもないほどの満足感が、僕を襲ったのだった。
「いやあ、ありがとうございますくるちゃん先輩~、これ、もう、最高に…美味しいよぉ!」
「あ、ありがとうございます芽唯さん。でも、食べながら話すのははしたないですわよ」
「ごふぇんなふぁい…」
芽唯は、お肉がとっても美味しいからだろう、とっても可愛い笑顔だ。それに、エルヴィラも蕗乃ちゃんも、久瑠々先輩もでぃーも、とっても素敵な笑顔。こうして皆の笑顔を見ていると、ただでさえ美味しいのに、それが何倍にも増して、美味しく感じられる。
そうして、どんどん食べ進めていく。野菜も、海鮮もとっても美味しい。少し凝った、ホイル焼きなんてのもあったけれど、それはもう最高だった。
「…美味しかった」
「うん。火、苦労して起こした甲斐あったね」
「ええ」
隣に座るエルヴィラと、穏やかに話す。他の四人は、火の周りにいたり、はしゃいでいたりするから、どこか二人だけの世界のようにも感じられる。
「…ねえ。彩嗣。何か最近、不安なことでもあった?」
「エルヴィラ…?」
すると、エルヴィラが目線は変えないまま、僕の手に彼女の手を添えて、小さな声でそう訊ねた。
「…最近。少しだけど、浮かない顔をしていることが多かったから」
「そっか。バレちゃってた?」
「ええ。…多分、私だけじゃなくて、皆、察していると思う」
「…まあ、隠し事は、出来ないか。…その、さ、実は」
僕は、彼女に打ち明けようとした。以前の、父の殺害。そのことに、姉が関わっているのかも知れない、と言うことを。けれども、言おうとしたタイミングで、エルヴィラが僕の唇に、人差し指を当てた。
「えっと…?」
「大丈夫。別に、言わなくてもいい。ただ、これだけは覚えておいて」
すると彼女は、僕の手を強く握って言った。
「…私達は、何があっても、貴方の味方だから」
そう話す彼女の瞳は、とってもまっすぐで、綺麗で。もう何度目なのかは分からないけれど、僕は彼女に心奪われた。それと同時に、どこかにあった胸のつかえも、すっと立ち消えたような気がした。
「ありがとう、エルヴィラ、僕も──」
「あ! なんか、いい感じになっておるな、其方ら! 羨ましい、余にもそれさせろ!」
「あ、蕗乃ちゃん」
「エルヴィラさん、抜け駆けですか…?」
「来望」
僕が、彼女に言葉を伝えようとした瞬間。蕗乃ちゃんと久瑠々先輩が、僕らを見つけて、そしてはしゃぎ始めた。後から来た芽唯とでぃーも便乗して、結局大騒ぎで、エルヴィラへの感謝は言いそびれてしまい、そしてそのまま、バーベキューは騒がしく終わったのだった。




