春、一年の始まりと王子様
桜が舞い散る季節。出会いと、別れ。新しい日々が幕を開ける四月。こういった雰囲気は、結構好きだ。まあ、受験というものが控えているのが、少し憂鬱ではあるけれど。
「おはよ、でぃー。わ、朝から豪華だね」
「おはようなのです、お兄ちゃん。でも、もう少し早起きして欲しいのです」
「ごめんごめん」
僕は高校三年生になり、でぃーは中学校に上がった。確か、芽亜君と同じクラスらしい。仲良くしてくれたらありがたい。…そういえば、蕗乃ちゃんからは夢川君が、泉充からは彼の妹が、それぞれ中学校に上がったと言う話を聞いていたけれど、もしかしたら四人とも、同じクラスだったりして。そうだったら、仲良くしてくれると良いけれど。
「うん、美味しいよ。いつもありがとね、でぃー」
「それは良かったのです! ちなみに、今日はおみそしるの味付けを少し変えたのですけど、分かったです?」
「あー、言われてみれば…うん、ちょっと薄めだけど、代わりにだしが利いてるね」
「はい。健康のために、うまみ中心に変えたのです!」
「なるほど。…うん、美味しい」
「えへへ」
最近は、でぃーと交代交代で、ご飯を作っている。でぃーが作る料理が美味しいのは勿論、やっぱり誰かと食卓を囲むというのは、楽しいのだ。それだけで、どんな高級なレストランよりも、心が充されるような、そんな気がする。
朝ご飯を食べ終わる。前までは、ほとんど家を出るギリギリだったけれど、でぃーの「余裕を持っている方が良いのです」との一言で、最近は時間に余裕がある。
「どう、でぃー。もう中学校に入って三週間ぐらい経ったけど、慣れた?」
「まあ、なんてことは無いのです」
「そうなんだ。でぃーは凄いね」
「えっへん」
皿を洗いながら、たわいのないことを話す。何でも無い時間が、やっぱり一番、愛おしい。皿を洗い終わって、着替え終わって、出ようとしていると、インターフォンが鳴った。出てみると、エルヴィラだ。
「あ、おはようエルヴィラ。あれ、芽唯は?」
「おはよう、彩嗣。瑪奈川は、つい先ほど来たから、今慌てている」
「へえ、そうなの。外で待つのもあれだし、入る? まだ結構時間余裕あるよね」
「…じゃあ、お言葉に甘えさせて貰う」
春服を着たエルヴィラを、リビングに迎え入れる。しかし、芽唯が寝坊か。あばさん達は結構しっかりしている印象があったけれど、随分起きなかったのかな。
「それにしても、今年は中々散らないよね、桜」
「…ええ。まあ、見ていて綺麗だから、嫌なものでも無いけれど」
「だよね。やっぱり桜って綺麗だもん。まあでも、今僕の目の前にいる花には、負けるけどね」
「…そういう話はしてない」
テレビの、花見のニュースを見ながら二人で話す。開花が遅かったのもあって、外にはまだ結構桜が残っている。綺麗なものを見るのは、心が澄み渡るようで良い気持ちになるから、結構嬉しいニュースだ。まあ、桜なんかよりもっと綺麗な彼女を見られているのだから、僕は一年中、心が洗われるような良い気持ちだけれど。
「あ、エルヴィラお姉ちゃん。おはようなのです!」
「…おはよう、彩嗣妹」
着替え終わって、階段を駆け下りてきたでぃーが、元気な声でエルヴィラに挨拶する。そしてそれに、エルヴィラも笑って返す。それにしても、やっぱりでぃーの制服姿は可愛らしいな。見るだけで癒される。フレッシュ、というのはこういうことを言うのだろう。
「あれ、芽唯お姉ちゃんは?」
「寝坊したんだって」
「そうなのですか、珍しいですね。じゃあ、芽亜も寝坊しちゃったのです?」
「うーん。芽亜君はしっかりしてるからなあ」
「…瑪奈川弟なら、先刻私に瑪奈川の寝坊を伝えてきた」
「あれ、そうなの」
「…起こそうとしたけど、起きなかったので諦めたらしい」
「そうなのですか」
なんだかんだ、あの二人だとやっぱり芽亜君のがしっかりしてる。まあ、芽唯が甘えてる、と言う方が正しいのだろうけれど。
そうこうしていると、でぃーが出る準備をし始めた。
「あれ、もういくの?」
「今日は日直があるのです!」
「そうなんだ、頑張ってね」
「はい! じゃあ、行ってくるのです!」
「はーい、行ってらっしゃい」
元気にそう言って、でぃーは駆けだしていった。ドアを開けたままみていると、芽唯の家の前に立っていた芽亜君と一緒に行くようだ。あの二人は良く一緒に通学している。仲が良いのはいいことだ。
でぃーを送って、ぼうっとテレビを見ながら、エルヴィラと話したりしていると、インターフォンが鳴った。出ると、少し服装が乱れた芽唯だった。
「おはよ、芽唯」
「おはよう、瑪奈川」
「あー、おはよぉ、あくくんにエルちゃん…」
「大丈夫? 疲れてるなら、休んでもいいと思うよ」
「あー、いや…昨日、ちょっと夜更かししちゃってさぁ…」
「…まあ、体調が悪くないならいいけれど」
そうこうしながら、僕らは家を出て、学校へと向かい始めた。
「いやあ、しっかし三年になっても代わり映えしないよね」
「まあ、僕も芽唯もエルヴィラも、それに泉充も大丸さんも同じクラスだしね」
「…カップルは分けられると言う噂を聞いたことがあるから、あの二人が同じクラスなのは意外だった」
「だよね。僕も、ちょっと驚いたもん」
「まー、あの二人なんだかんだ、クラス委員とかやってるし、教師的には一緒の方が楽だったんじゃない?」
「有り得るね」
話ながら、道を歩く。三年になったばかりは、こんないつもの通学路も結構新鮮に感じたものだったけれど、今ではそんなこともなく、ごく普通に歩いている。
学校にだんだん近づいてくると、制服を着た人の数も多くなってくる。新入生らしい、服がぶかぶかの人もいたりして、なんだかんだ、入れ替わっているのだと実感する。…入れ替わると言えば、久瑠々先輩はもう卒業して、「いずれ家を継ぐので」と言って、大学に進学したのだけれど、上手くやってるのだろうか。──正直、少し心配だ。先輩、どこかおっちょこちょいなところあるからな。まあ、やるときはやる人なんだけど。
「…あれ、なんか見覚えある人…」
「うん? あ、本当だ」
「…なぜ、貴方がここにいるの? 来望」
噂をすると何とやら、なぜか目の前に、鞄を抱えて携帯をにらめっこしている久瑠々先輩が現れた。彼女は僕たちを見て、顔をぱあっと明るくさせて、こちらに駆け寄ってきた。
「み、みなさん。 おはようございます」
「おはようございます、久瑠々先輩。それで、なんでここに? 先輩の家からだと、大学と反対方向だと思うんですけど」
「ええ、そうなのですけれど…その。なんと言いますか…道に、迷いまして…」
「…えぇ?」
久瑠々先輩曰く、友人に「美味しいパン屋がある」と言われて、大学に行く前に寄ろうとしたところ、どうやら迷ってしまったらしい。地図アプリを付けてみたのだが、なぜか上手く起動しないらしい。
「…来望」
「なんですの、エルヴィラさん」
「…出来たの、友達。良かった」
「あ、ありがとうございます…?」
「来望が友達なんて作れるわけ無いと持ってたから」
「失礼…でも、ありませんか。まあ、私も変わったと言うことですわ」
エルヴィラの言い方は少し辛辣だけれど、僕も同じような思いを抱いていた。久瑠々先輩、ちょっと心配だったし、卒業式の後なんか「私一人だけ大学なんて耐えられませんわ」なんて、変な理由で泣いてたし。良かったな。先輩を見て嬉しくなっていると、スマホの画面を見ていた芽唯が、「…これ、方向逆だよね」と口を開いた。
「へ? どういうことですの、芽唯さん」
「いや、ほら。…多分これ、スマホ向けてる方向とこのアプリの向いてる方向逆になってるよ」
「そんな馬鹿な…うっわ、マジですわ!!」
芽唯に言われてスマホをぐるぐる回す久瑠々先輩。そして彼女は、色々と試した後、「これでいけますわ!」と言い、僕らに礼を言って、意気揚々と歩いて行った。自信満々な背中に何も言えなかったけれど、なんだか不安になるのは僕だけだろうか。
「…本当に、大丈夫かな」
「…まあ、来望だから、何とかはすると思う」
「うん、そういうことにしとこうか」
結局、そのまま彼女が無事にパン屋と大学にたどり着けたかはよく分からないけれど、僕らは考えるのをやめて、学校へと行くことにしたのだった。
◇
「すまないな、彩嗣。手伝って貰って」
「いえ、まあ暇だったので…それに、都杜先生みたいな素敵な女性に頼まれたら断れませんよ」
「おいおい、大人をからかうなよ。本気にしてしまうぞ、この年の人間は。男女限らずな」
「はは、すみません」
放課後。用事がある芽唯とエルヴィラを待っていると、僕は担任の都杜先生に、資料の整理の手伝いを頼まれ、こうして資料室にいる。それにしても、随分とダンボールやら、資料やらが積み重なっている。男手が必要なのも伺える乱雑さだが、少し気に掛かることもある。
「…あの、先生」
「ん、なんだ」
「ここの資料って、全部生徒が見てもいい奴なんですよね…?」
僕がそう聞くと、先生は押し黙った。不安になって、「え、やばいやつあるんですか」と聞くと、彼女は「うーん」と考えて、その後「まぁ、ぎり耐えると思うぞ」と言った。
「え、確証無いんですか」
「…逆に聞くが、彩嗣。こんなに散らかった部屋で、それが調べられるか?」
「…まあ、そうですよね…」
これだけの散らかった部屋だ。まあ、もしなにか、生徒が見てはいけないような書類があっても、これなら咎められることもないだろう。
しかし、こうして学校で日常を過ごすというのは楽しい。昨年のクリスマスまで、なんだかんだと、キルループやら魔学徒やらと戦っていたし。…そういえば、なぜ炉ノ路さんは、僕の家を知っていたのだろうか。結局あの後、色々と聞いたけれど、誰も僕の家を知らなかったらしいし、炉ノ路さんも「すまないが、よく覚えていないんだ」と言っていたし。あれは、どういうことなのだろうか。
「そうだ、彩嗣。一つ、聞きたいんだが」
「なんですか?」
「麗守香は、元気にしているか?」
「あー、れす…へ?」
考えていると、先生が、作業しながら話し始めた。それは、とてつもない衝撃だった。…なんで、先生が姉の名を?
「…先生、姉を知ってるんですか?」
「ん? まあな。お前は知らないだろうが、私は麗守香…お前の姉と同級生でな。…そのな、少し不思議なことがあってな。あいつから、最近連絡があったんだ」
「…連絡?」
「ああ、去年の…文化祭が、終わった後くらいか。あいつが電話をかけてきてな。『演良君は、まだ引っ越しとかしてないよね』ってな。アイツが知らないことも無いと思ったが、昔から住所は変わってないと答えたんだが。…アイツ、実家には帰ってるのか?」
「…うーん、帰ってきてはない、ですね」
「…そうか。全く、アイツは何をやっているんだか」
先生は、それきり作業に戻った。けれど、僕ははっきり言って、作業が手につかなかった。…姉と、先生が知り合いだったこと、だけではなく。…なぜ、文化祭が終わった後に──炉ノ路さんが父を殺しに来る直前に、僕が家にいるかを訊ねたのか? 先ほど丁度考えていたことと、重なり合う。…悪い偶然だ。そう思っても、考えが頭の中から離れない。──父から聞いた、母を殺したのが姉という情報。父の死、僕の家、全てが、繋がってしまう。
結局、そのまま上の空で作業をして、先生にお礼として飲み物を貰った後、僕はぼうっと、ベンチに腰掛けていた。
「…姉さん」
思わずこぼれた独り言は、春の夕暮れに溶けて消えていったのだった。




