☆と王子様
☆
ディーナさんが、世界を直した後のような気もするし、ついさっきまで、僕はクリスマスパーティをやっていたような気もする。とにかく、僕が今いるところは、どう考えてもおかしい。こんな、野原の上に置かれたテーブルに、座っているわけはない。
「…ここは、どこだ…?」
立ち上がって、辺りを見回す。不思議なことに、空に浮かぶ星空は、これまで見たどんなものとも異なっている。月──のような天体──は、三個ほど浮かんでいるし、二本の天の川が交差している。あちこちで流星が尾を引くのが見えるし、太陽ほどに大きな天体があるにもかかわらず、空は暗く、星が瞬く。そんな、フィクションのような夜空に、僕はひどく、感動していた。まるで、美しいと言う概念がそのまま現れているような、そんな光景だった。
「地球とは随分違うでしょ? ここ、私のお気に入りの星なんだ。綺麗だろう、星空。それになんと言っても、ここは茶の木を栽培することが出来るんだよ」
夜空を見上げる僕の背後から、女性の声が聞こえる。振り返ると、そこには、一人の女性が立っていた。黒いスーツを着た女性。膝ぐらいにまで長い髪は、まるで映像か何かのように、自然に色が移り変わっていく。銀河をまるごと押し込めたような瞳は、僕の頭の隅々まで覗き込んでいるようだ。…不思議と彼女を見ると、幼い頃から知っていたような、そんな気がした。
「…えっと、どなたでしょうか」
「あー、うん。聞きたいのは、私の名前? それとも、存在?」
「え、えっと…?」
「はは、ごめん。混乱させてしまったようだ。…私は、そうだな…君に分かるようにいうなら、この宇宙そのものさ」
「…宇宙?」
彼女は、僕を見てそういった。意味は、よく分からなかった。けれども、彼女が嘘を言っているようには思えなかった。僕が呆気にとられていると、彼女は「まあ座ってよ。お茶しよう」と言った。テーブルの上を見ていると、いつの間にやら、ティーセットが置かれていた。そして、二つ置かれたカップからは湯気が立ち上り、紅茶が、中に注がれていた。
「僕自慢の茶葉を使ったスペシャルブレンド。味は保証するよ。きっと、地球の最高級品にも引けを取らないさ。…まぁ、飲んだことないけど」
「あ、はい。えっと、失礼します…?」
「そんなにかしこまらなくて良いよ。別に、君を取って食べようって言うんじゃないし。あ、茶菓子かな。ええと…うん、これでいいかな」
「あ、ありがとうございます」
「いいよいいよ、どうせ最初で最後だし。あ、ちなみにその菓子もね、この星で作ったんだ。まあ、地球にはない味だろうから、果たして君の舌で味わえるかは分からないけど、一応組成的には毒にはならないはずさ」
瞬きした瞬間に、机の上に、いくつかの菓子が並べられた平皿が置かれていた。先ほどから、ものが突然出てくるのはなぜだろうか。
「まあ、宇宙だからね私。あ、名前は無いよ、先に言うけどさ」
「宇宙…っていうのは、一体どういう…?」
「まーまー、先にお茶しようよ。冷えちゃうからさ」
「…まあ、そうですね。じゃあ、いただきます…あ、美味しい」
「そう? 良かったぁ、お口に合わなかったらって、心配だったんだよ。ほら、ここ地球じゃないしさ」
「…うん、菓子も美味しいです」
「わ、まじ? いやあ、やってみるもんだね」
紅茶も茶菓子も美味しくて、僕は一旦、色々な疑問を忘れて、ただお茶を楽しんだ。僕がそうしているのが、どうやら目の前の彼女にとってはお気に召したらしく、終始笑顔で僕を眺めていた。そうしてお茶と菓子を平らげた頃には、この状況への困惑と、彼女への不信感はすっかりと立ち消えて、ただ疑問だけが、僕の心に残っていた。
「ありがとうございました。美味しかったです」
「いや良かった。…それじゃあ、少し話そうか」
彼女が指を鳴らす。すると、ティーセットと、皿が消える。
「それで、えっと…ここは、どこですか?」
「そうだね。ここは、小さな星。僕が、今住んでるとこさ。まあ、地球からすると、宇宙が崩壊するぐらい時間が経って、ようやく観測できるくらいの距離にある…“光年”なんて単位では、表せないほどに遠い場所だよ」
「じゃあ、なんで僕がここに」
「そうだね。時系列で言うなら、今君は、丁度ディーナちゃんを止めた、その直後でね。…まあ、私が君に干渉できるタイミングは、ここしかないんだけれど」
「えっと、じゃあ僕は今」
「うん。あの戦いが終わった後だよ。でもまぁ、この記憶は、君がパーティを終えてから思い出すようにはなっているんだ。そっちのほうが、混乱しないだろうし」
「パーティ…?」
「まあとにかく。ディーナちゃんが、世界を戻す力を使ったことで、僕が君だけに干渉できるようになった。今は、その程度の理解で良いよ。これ以上は、人間には理解できないだろうしさ」
はっきり言って、彼女の言っていることは意味不明で、虚言癖か何かのように思われた。まるで、夢でも見ているかのようだった。
「ま、とにかく。僕が君をここに呼んだのは、他でもない。君と、お話がしたかったんだ」
「話、ですか?」
「うん。…いくつか、君に聞きたかったんだ。宇宙として、君を見続けて」
「…その、さっきから言っている、宇宙って言うのは?」
「うーん。説明は難しいね。そうだなぁ、まあ簡潔に言えば、僕は此の宇宙の意志そのものなんだ」
「宇宙の意志、ですか?」
「そう。君という存在は、思考と肉体で成り立つ。脳の電気信号と、それに操られる身体。それが、君だろ? それと同じさ。宇宙という身体の脳、それが私」
「…ちょっと、信じられないというか。なんというか。…まぁでも、宇宙よりも美しい貴方なら、宇宙の意志というのも、あながち嘘でもないような気もしますね」
「んなっ!? こ、これが生の王子様…やっば」
「…あれ、何か言いました?」
「いやいや。まあとにかく。宇宙の意志として生れた僕はね、ずっと退屈だった。でもあるとき、君を見つけてさ。…ま、落ちたんだよね。恋に。…だからさ。これから言うことは、君への──いや、君たちへの、謝罪なんだけどさ」
「…謝罪?」
そう言うと、彼女は両手の人差し指を合わせて、もじもじとしながら、言葉を紡いだ。
「そのね。人類に、魔法とか、そういった特殊な力を与えたの。…それ、私なんだ。…ディーナちゃんに、惑星を滅ぼせるくらいの力を与えたのも、人類が魔法を使えたのも。…全部、僕のせいなんだよ」
「…は?」
「…僕は、未来が見えたから。だから、君の住む星に、力を与えた。…そうすればこうして、君に会えると思ってたから」
「…すみません、少し、混乱してます。…貴方が、ディーナさんに、力を…?」
「うん」
言っている意味が、よく分からなかった。けれども、もし彼女の言うことが真実ならば、彼女は──全ての、元凶ということになる。
「…まあ、怒るよね。分かるよ。僕は、君をずっと見てきたから」
「見てきた…? えっと、それは、どういう」
「見ていたんだよ。☆は君を、ずうっと。一番側で、見続けてきた。…だから、本当に、申し訳なかったと思っている。…でも、一つだけ、聞かせてくれないか。どうして、君は──誰かのために、命を賭けることが出来るんだ?」
☆
大きな、爆発がした。それまでのことは覚えていない。ただ、目の前に広がるそれが、自身のもう一つの部分なのだと言うことは理解できたし、それと同時に、孤独に気が付いた。
「…ふーん。寒いな」
私はただ、宇宙を漂った。元々、形なんて無かった。宇宙に流れる力の奔流、それこそが僕だったから。そうして、数億年──こうした表現は、人類を見るようになって初めて知ったから、この時はまだ知らない──ぐらいが過ぎた。その頃になると、もう“生命”なんていう、自らを複製し、他の物質を吸収し組み替えていく不思議な物体が、ちらほらと生れてきていた。
「…あれ。増えた? 未来」
僕は、未来が見えた。この宇宙の、始まりから終わりまで。けれども、生命が生れ始めてから僕は、その未来が、いくつかに分岐していることに気が付いた。そのとき僕は初めて、この大きな宇宙を変える、意志の力に気が付いた。
そうして、しばらくは生命の観測を行っていた。彼らは生れる度に未来を増やし、そして更に、一個体の動きが、小さな分岐をもたらすようになっていった。それを見ているのは、この冷たくて何もない宇宙を漂っている中で、唯一と言っていいほど、気の紛れる時間だった。
ただ。生命との交流は不可能なようだった。ブラックホールが、選んでものを引き寄せることが出来ないように、恒星が近づく惑星のために輝きを抑えるのが出来ないように。強大すぎる私の力は、生命には悪影響しか及ぼさなかった。だから結局、僕は見るだけだった。そして、そんなとき。小さな星に生れた、後に“人類”と呼ばれるような生命体が生れて、彼らを見ているとき──私は、恋に落ちたのだ。彩嗣演良という、生命を見て。
「…誰かのために、自分の命を惜しげも無く使って。過酷な運命にも、逃げずに、他者を救って。…なんで、僕は彼に、ここまで惹かれるんだろう」
不思議だった。なぜ僕は、彼に惹かれたのか。…そうだ、聞いてみよう。どうにかして、未来を変えよう。
「まずは、力を…うん、人類全体と、一人の子どもに。…よし、未来が変わったね。…これで、時が戻る瞬間に、介入すれば。僕は彼に話が聞ける。…なんで、私は彼に恋しているのか。それが、ようやく分かる」
それから。☆は、彼を見続けた。家族を失って。けれども明るく、王子様になって。一人の少女を救って。友をつくって。幼馴染の少女を守るために、力を使って。一人の少女の笑顔のために、はるか上空を飛び降りて。こんどは、絶望の淵に佇む少女を、優しくすくい上げて。罪悪感を抱える少女とともに歌って。…そして、幼い子どもを、全ての因縁を断ち切って、ただの子どもに戻した。
「…彼は、なんでそこまでするんだろう。どうして、自己以外のために、生きれるのだろう。…なぜ、なのだろうか」
彼をずっと見ていて。どんどん僕は、彼に惹かれて。けれど僕は、疑問が尽きなかった。だからこうして、彼を自身の星に呼んだ。…私の命が、尽きる前に。
☆
「なぜ、命を賭けるのか、ですか…?」
「ああ。瑪奈川芽唯、エルヴィラ・エイト、文乃蕗乃、来望久瑠々、でぃー。…なぜそうまで君は、他者のために、命が賭けられるんだ。…どうして僕は、そんな君に、心が引かれるんだ、こんなにも」
彼女は、ただ僕を見て、そう問いかける。…どうして、命を賭けるのか、か。考えたことはなかったけれど、僕はその答えを、すぐに言うことが出来る。
「勿論、それは僕が、王子様だから…って、言いたいんですけど。そうじゃ、ないんです」
「…そうなの? てっきり、王子様って言うのかと」
「…僕が、命を賭けるのは。それは、僕が彼女たちから、好かれているから」
「好かれているから…?」
「はい」
彼女たちは、皆、僕のことを、好きでいてくれている。
「けれど、僕はきっと、彼女たち全員の好意に応えることは出来ない。なぜなら、僕は。誰か一人を、きっと選ぶから。そして、芽唯も、エルヴィラも、蕗乃ちゃんも久瑠々先輩も。それを分かった上で、僕のことを好きでいてくれている。…でぃーも、恋愛感情なのかは、知らないけれど。それでも、ずっと彼女と死ぬまで一緒にはいられない。それを、彼女は知ってる。なのに、ずっと僕のことを、慕ってくれる。……こんなに、誠実じゃなくて、皆の好意に甘えている僕が出来ることなんて。命を賭けるぐらいしかないんですよ」
「…そうなのか。…うん、腑には、落ちたかな。…ありがとう、演良君」
彼女は椅子に座って、ふうと息を吐いた。ただ、地面を見ながら。彼女は静かに、黙っていた。そんな彼女を見て、僕は言いたい事を、言わなければいけないことを、思い出した。
「…まあ、貴方が僕のことをなぜ好きなのかは、分からないけど。でも僕は、貴方が嫌いじゃないですよ。そりゃあ勿論、ディーナに、人類に力を与えたことは、あまり良くはない。僕はそのせいで、父を失いもしたし。能力で、悲劇に巻き込まれてしまった人もいた。…きっと、力なんて無かったら、僕は平和に、何ともない日常を、ただ過ごしていたに違いない。…でも、僕は貴方が、僕らに力をくれて、ありがとうって思うんです。…だって、この能力が無いと、会えなかった人がたくさんいるから。救えた人が、たくさんいるから。…だから、ありがとうございます。…宇宙さん」
僕は、彼女に深々と礼をした。僕が顔を上げたとき、彼女は立ち上がって、僕の側に立っていた。
「…今、やっと分かったよ。なぜ、君のことが好きになったのか。…うん。ねえ、演良君。僕はさ、もう力を失って、ただの奔流に戻ってしまうんだ。…だから最後に、私に名前をくれないかな」
「名前、ですか?」
「ああ。…そうしてもらうために、僕は生れてきたような、そんな気がするよ。…何だって良いよ」
「そう、ですね…」
宇宙、か。ううん、良い名前、思いつけるかな。…うちゅう、宇宙…あ、そうだ。
「じゃあ、ユニさん、でどうですか。ユニバースだから…なんて、ちょっと簡単すぎましたかね」
「ユニ…うん、ユニ。良い、名前だ。最後に、こんな素敵を貰えて良かった。…演良君」
「はい、なんですか?」
すると彼女は、僕の手を握った。ぞっとするほどに冷たかったけれど、嫌な気持ちも、不安な感情もなかった。まるで、子どもの頃から知っている人に、優しく手を握られたかのような安心感が、僕の心の中に渦巻いていた。
「…きっと君は。これから、とても苦しいことに巻き込まれる。そしてそのとき。君と、君の大切な人達と、周りの人の協力だけでは、どうにもならない事が起こる。…だから。僕から君に、たった一度だけ、手を貸すよ。…私の…☆の、最後の力のほんのひとしずくを。…頑張ってね、演良」
そうして、僕と彼女の繋がれた掌の中から、眩い光があふれ出した。それと同時に、身体が浮かんでいく。
「…じゃあね、演良君。もう、君のことは見れないし、この記憶は、すぐに忘れてしまうけれど、それでも、君の幸福を祈っているよ」
「ユニさん…?」
「じゃあね。…ありがとう、紅茶、美味しいって言ってくれて」
そうして僕は、光に包まれた。まるで、子どもの頃姉と一緒に寝たときのように、とても柔らかい安心感に包まれて、僕は眠りに落ちたのだった。
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