クリスマスパーティーと王子様・2
机の上所狭しと並べられた料理を、それぞれの皿に取り分けていく。全員に行き渡ったところで、皆で食べ始めた。まずは、チキンを食べてみる。うん、美味しく出来た。こういった料理を家で据えるのは初めてだけど、ちゃんと柔らかくて、ジューシーだ。
「うん、よくできてる」
「お、これはとっても美味しいですわね…! 噛む度に、肉汁があふれ出て…! 皮はパリッとしてるのに、内は柔らかくて…! う、美味すぎますわ!」
「わ、ありがとうございます久瑠々先輩」
かぶりつきながら、久瑠々先輩がローストチキンに舌鼓を打っている。チキンは僕が作ったので、こうして褒められるととっても嬉しい。
「こちらは演良さんが?」
「そうですね、チキンは僕が作りました」
「こんなに美味しいのはもう初めてですわ! シェフとして雇いたいくらいです」
「はは、じゃあ路頭に迷ったらお願いしますね…あ、久瑠々先輩、ちょっと」
「なにか…って、え?」
久瑠々先輩を見ていると、食べかすが頬についているのが見えた。一言断って、先輩の顔を拭うと、彼女の顔は途端に赤くなった。
「な、ななな…演良さん、何を…?」
「ちょっと、くっついてたので」
「…い、いきなり乙女の顔に触るなんて不躾ですわ!」
「あ、ごめんなさい。その、久瑠々先輩の美しい顔に食べかすがついてるの、嫌だったんで」
「なぁっ…!?」
すると、先輩は固まってしまった。…少し、からかいすぎてしまっただろうか。けれどもまあ、本心なので仕方ない。
先輩を横目にサラダを食べていると、肩を叩かれたので、そちらを向く。見ると、エルヴィラが無言で僕を見ている。ただ不思議なことに、彼女の頬には、魚のカルパッチョが、一切れまるごとくっついていたのだった。
「えっと、エルヴィラ…?」
「…彩嗣」
「なにかな?」
「…とって」
「え、ああ、うん」
言われるままに食材を取る。しかし、食べかすというわけでもないし、どうすれば良いだろうかと思案に暮れていると、エルヴィラが静かに、「もったいないから食べて」と口を開いた。
「いや、食べるって言っても…」
「…もったいないから」
「食べかけじゃないし、エルヴィラが食べた方が良いような…ていうか、明らかにわざとくっつけてるきがするんだけど…」
「もったいないから」
彼女の目線は、僕を捉えて放さない。いよいよ観念した僕は、意を決して、薄切りの魚の身を口の中に入れた。…正直なところ、エルヴィラの頬についていたと言うことも相まって、あまり味が良く分からない。ただ、エルヴィラが僕の食べるのを見ながら「美味しい?」なんて聞いてくるものだから、僕は首を縦に振るしかなかった。
「…うん、美味しいよ。流石は、エルヴィラだね。味付けが完璧だ」
「…そう。…私の、頬の味はした?」
「ぶっ」
真面目な顔でとんでもないことを聞いてくる彼女に、思わず飲んでいたジュースを吹き出してしまった。
「…そういうことを言うものじゃ無いと思うよ、エルヴィラ」
「大丈夫、今のは冗談だから」
「いや、冗談だとしてもさあ、ちょっと心臓に悪いよ」
「ふふ、ごめんなさい」
悪戯っぽく、にこりと笑うエルヴィラ。きっと、彼女には敵わないのだろうな。
「…大分、食べたな。大半は芽唯が食べたような物だが」
「だって、美味しいんだもん」
「うむ、分かる」
蕗乃ちゃんの言うとおり、食卓並べてあった多くの料理も、もうそろそろ無くなりそうだ。丁度良いから、ケーキを出そうか、と思って席を立つと、芽亜君が「…俺も手伝うよ」と言ってついてきたので、二人でキッチンに向かう。
「うーん、それにしても一杯買ってきたね」
「ああ、まあ…姉ちゃんが、食べたいって言って…」
「なるほどね。…うーん、ここで切り分けていこうか。誕生日じゃないしね」
「あ、じゃあ俺が切るよ」
「あれ、芽亜君って包丁使えたんだ」
「最近練習してるんだ。折角退院したしさ」
「そっか。…芽亜君、成長してるんだね。僕、感動で泣きそうだよ」
「…いや、別にそこまでのことじゃないでしょ」
冗談を言いながら、ケーキを切ってもらって、皿に載せていく。危なっかしい感じも特にしないし、結構練習したのだろうな。
「…姉ちゃんのって、切る必要あるのかな」
「まあ、斬った方が食べやすいし…」
「でも姉ちゃん、『ホールで食べるようにまるごと買ったんだ』って」
「じゃあ、切らなくて良いね」
「…ほんとに姉ちゃんの胃袋は誰に似たんだろ」
どうやら、芽唯はホールまるごと食べるらしい。いくつかケーキがあるから少し不思議に思っていたけれど、そういうことだったのか、と腑に落ちる。
それにしても、芽亜君と一緒にキッチンに立つ日が来るとは思わなかった。僕が料理を出来るようになって、入院している彼になんどか届けに行くようなことはあったけれど、こうして彼が、元気にしているのを見るとどこか嬉しい気持ちになる。
僕がそんな気持ちで芽亜君を見ていると、視線に気づいたのか、芽亜君が「なにかついてる?」と聞いてきたので、笑って、「少し嬉しくて」と返した。
「ほら、芽亜君が入院してたときは、結構心配だったしさ。こうして、一緒に台所にたてて嬉しいんだよ」
「まあ、その、俺も、兄さんと一緒に何かするのは、嫌いじゃないし」
「芽亜君…!」
感極まって、両手を広げた僕を、芽亜君は冷ややかな目で見る。
「いや、そういうのいいから。ほら、運ばないと」
「あ、うん。そうだね」
すげなくあしらわれてしまったので、僕は彼に言われるとおりに、皿を持って、ダイニングへと行った。すると、驚くべき光景が写った。
「…え、っと…?」
「どうだ、演良? 似合っておるか?」
芽唯、エルヴィラ、蕗乃ちゃん、久瑠々先輩にでぃーが、全員サンタのコスプレをしていたのである。あまりにも似合っていて、素敵すぎて声が出なかった。
「いやー、ふっきーちゃんが持ってきてくれたんだけどさ。いやぁ、こういうの着るのは楽しいね」
「…あれ、彩嗣が静か。もう少し、口が回ると思っていたけれど」
「ふむ、感無量になっているのであろうな」
「は、恥ずかしいですわね…!」
「みんなでこすぷれするのは楽しいのです!」
「…なんか、姉のそういう姿見るの嫌なんだけど」
「えー!? めあくんってばひどい~」
芽唯は、ミニスカートのサンタ服だ。赤色の服に、帽子を被っている。とても可愛らしいのだが、上着の丈が短くて、へそが出ていて、見ていていけない感情になってしまう。エルヴィラは、長袖の服に、帽子、それにショートパンツで、赤色のニーソックスを履いている。エルヴィラの綺麗な足のラインがしっかりと出ている上に、強調された太ももに、目のやり場がない。蕗乃ちゃんは、袖が少し短くて、膝丈くらいのズボンだ。普段はあんなに格好いい彼女だが、少し幼さの見える格好なことも相まって、ギャップでとっても素敵だ。そして久瑠々先輩だが、半袖の服に長手袋をはき、ミニスカートにハイソックスをはいている。総じて、彼女の美しプロポーションがはっきりと見えて、まとめられた青色の髪も相まって、いつも以上に美しくて、見ているだけで緊張してしまう。長袖のサンタ服に赤いズボンをはいて、付けひげを付けているでぃーは、とっても可愛らしくて、もう見ているだけで、どんな疲れでも癒されるという実感がある。
「して、どうだ演良。感想は?」
「…皆、とっても似合ってて、素敵だと思うよ…?」
「あれぇ、あくくんってば顔真っ赤~!」
「…本当だ。彩嗣が照れるなんて、珍しい」
確かに彼女らの指摘の通りなのだろう。顔が熱い。それに、どこか彼女たちを直視していると、心臓の鼓動が早くなっていく。
「あらあら演良さん、もっと見て良いのですわよ…ほーら」
久瑠々先輩が、そう言って近づき、僕の手を取ってくる。彼女の姿がどんどんと近づいてきて、近づく距離に比例して鼓動が高まっていく。
「せ、先輩…ちょ、ちょっと近い…」
「おっと。余ももっと見て貰わないとな。折角着たのだ、隅々まで見て、構わんぞ…?」
「ふ、蕗乃ちゃん…?」
今度は、蕗乃ちゃんが近づき、久瑠々先輩に並ぶ。ただ、彼女は久瑠々先輩より背が低いから、背伸びして、僕に顔を見せる。そうしている彼女がいじらしくて、心の中で、彼女への思いが高まる。すると、背後に衝撃を感じて振り返ると、芽唯が、僕にそっと抱きついてきた。
「ねえ、あくくん、どうかな…? これでも、けっこー私、恥ずかしいのがまんしてるんだ…だから、ちゃんと、褒めて?」
「め、芽唯…その、抱きついてたら、あんまり見れないというか…その…」
「えー?」
「ちょ、ちょっと近すぎないかな…?」
芽唯の手が、僕の身体に軽く触れる。柔らかくて、少し小さくて、女の子を感じさせる手が僕の肌に触れる度に、だんだんと体温が上がっていき、顔が、更に熱くなっていく。もう、はっきり言って一杯一杯だった。そして追い打ちをかけるように、左腕に、衝撃を感じた。見やると、エルヴィラが僕の左腕を抱き、そして自身の身体に押しつけていたのだった。柔らかな身体の感触が、布越しに伝わってくる
「…彩嗣、どう…?」
「えっと、エルヴィラ、その…身体に、僕の腕が…」
「ええ。どう?」
「ど、どうって…その」
エルヴィラの身体はとても柔らかい。服が一枚あって良かった。さすがに、彼女の生肌に触れていたら、どうにかなってしまっていたかも知れない。
「ねえ、あくくん、どう?」
「彩嗣、もっと触っても構わない」
「ほれほれ、もっと見ても良いのだぞ、演良?」
「ええ…こんな機会ないのですから、もっと私の姿、目に焼き付けてくださいね」
こんな調子で、皆にもうほとんど押しつぶされるような格好で、耳元で囁かれていると、どうにかなってしまいそうで、限界が近かったのだが、さっきまでは静かだった芽亜君が、もう我慢の限界だといった風に「あのさあ!」と声を上げた。
「子どもの前でやることじゃないだろ! あと、先にケーキ!」
「…あ、ほんとだ。忘れてたぁ」
「まじで、僕らが寝てからやってくれないかなそういうの!」
でぃーの眼を、両手で覆いながら怒る芽亜君。うん、彼の言うとおりだな。だから離れて、と言うと、四人は渋々と言った感じで、席へと戻っていった。
「…ほんと、ただれた事とかやってないよね兄さん?」
「え、僕?」
すると、芽亜君が僕を見て、冷たい目線を向けてきた。
「…流石に、僕らの前ではやめてくださいよ。まだ子どもなんで」
「…いやぁ、面目ない…」
彼に頭を下げながら、机に向かう。…ケーキは、とても美味しかった。ケーキは。ただ、席に座っている彼女たちも、なにかと積極的に僕に触れたりしてくるものだから、ケーキを食べている間中、ほとんど気が休まらなかった。
そうこうして、料理を食べ終わって。僕らはリビングで、ゲームをしたり、話したりと、まったりと過ごしていた。そうして、芽亜君がお風呂に入って、でぃーが部屋に戻って眠りについたころ、僕も、かなりうとうとしてしまっていた。
「…はぁ、疲れたな」
「あはは、ごめんねあくくん? ちょっと、テンション上がっちゃって」
「まあ、それもあるけど、昨日からの疲れ、が…けっこう…」
瞼が重い。片付けをしなければいけないのに、と思いながら、僕は意識を手放した。
◇
「ありゃ、あくくん寝ちゃった」
寝てしまったらしいあくくんは、私の方に寄りかかってきた。まあ、昨日から色々、大変なことばっかりだったし。やっぱり、疲れていたんだろうな。
うーん。でも、肩により掛かってたらしっかり寝れないだろうし…そうだ、膝枕しよう。懐かしいな、昔はよくこうしてたっけ。
「…こうして見ると、あんまり寝顔は変わらないなぁ」
「…あれ、寝てしまったのか、彩嗣は」
「うん。疲れてたみたい」
「…そう」
あくくんの寝顔を眺めながら、エルちゃんが静かな声で話しかけてくる。あくくんの寝顔を見てるエルちゃんは、少し複雑な表情だ。きっと、これまでの大変な日々を思い返しているのだろう。あくくんも、かなり身を削っていたし、エルちゃんも思うところがあるのだろうな。
「ねえ、瑪奈川」
「…なあに、エルちゃん」
「…その、私も彩嗣を膝枕してみたいのだけれど」
「えっそういうこと?」
前言撤回、どうやらあくくんを膝枕してみたかっただけみたいだ。…まあ、私もこうしているのは楽しいし、好きな人を膝枕するって言うのは、やってみたいって思うものだし。
「…ええ、そういうことだけれど?」
「…でもなあ、もう寝ちゃってるしなぁ」
「…ずるい」
「む、どうしたのだ二人とも…あぁ、演良が寝てしまったのか」
「ええ」
「ふむ。…私も、膝枕をしてみたいがな」
「え、ふっきーちゃんも?」
ふっきーちゃんも、あくくんが寝ているのを見てやってきた。そうして、三人で膝枕について話していると、聞きつけたらしいくるちゃん先輩も、「私も、ひ、膝枕はしてみたいですわね」と言ってやってきた。
「うーん、でも、寝てる人動かすって言うのもなぁ」
「…では、だれがするか、じゃんけんで決めよう」
「ふむ、それならば公平だな!」
「あ、“フォーレンフォックス”使うのはナシですわよ?」
「ちっ」
「いや使うつもりだったんだ」
結局私達は、じゃんけんで決めようとした、のだけれど。風呂上がりの芽亜君が、「…寝てるんだったらベッドまで運んだら?」と言ったので、結局、私だけが膝枕を出来たのだった。そうして、私達のクリスマスは、どこかぬるっと終わったのだった。




