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世界でいちばん長い夜/足跡と王子様

 長い夢を見ていたような、そんな気がする。僕の前世──いや、アリスさんの記憶だ。そして僕はまた、ここを訪れた。真っ白な中に、上に開いた穴から血が流れている世界。きっとここは、彼の精神なのだろう。そして、そこに彼はいた。


「…久しぶり、ってかんじもしませんね。アリスさん」

「…そうか、君は見たんだね。僕の、記憶を」

「はい。見ました、全部。ディーナさんとのことも、死んだ日のことも」

「うん、そうか。…それで、彩嗣演良(あづきあくら)君。…君は、これからどうするんだ」


 彼は、僕をただ、じっと見る。その眼差しは、優しい。


「貴方が考えていることと、多分同じですよ」

「…そうか。本当に、行くんだね」

「はい。流石に、ディーナさんのやっていることは、見過ごせないので」

「…うん。ごめんね。本当は、僕がやるべき事なのに」


 気まずそうに、彼は俯く。まあ、その感情は分からなくも無いけれど、死んでいる以上、そこまで罪悪感に苛まれる必要も無いと思う。まあ、僕が同じ立場なら、彼と同じような思いを抱くだろうけれど。だから、僕はただ言った。彼を、少し楽にするために。


「安心してください、アリスさん。…僕は、王子様なので」

「…うん、そうだったね。それじゃあ、頑張って。…とりあえず、アイツの拘束を破る方法は、教えておくよ」

「ありがとうございます」

「…僕の友達を、頼むよ」


 彼が手を振る。それに僕も手を振って帰すと、彼はにこりと笑った。不思議と、頭上の穴から落ちてくる血はもう無くなっていた。

 景色が、入れ替わる。相変わらず、僕は光の障壁に包まれたままだ。けれども、アリスさんの知識が、僕に力をくれた。この障壁には、力のかかっている一点がある。そこに、内側から、力を与えてやれば良い。


「…よし。それで、ディーナさんはどこにいるんだろう」


 障壁を割って、歩き始める。それにしてもなぜだろう、辺りの景色が違っている。僕は、確か家の前にいた筈なのに、なぜかここは、海沿いの崖だ。しかし、綺麗な夜空だ。今夜は、いろいろなことがあった。キルループから芽亜(めあ)くんを守って終わりの筈だったのだが。

 スマホでニュースを見ると、いくつかの国で、災害が起こっているらしい。インフラが崩壊して、あらゆる通信が断絶した国家もちらほらとあるらしく、SNSには“世界滅亡”の一言が溢れかえっている。


「…まあ、これは確かに、神様の名に違わない強さだなあ」


 これら全てを彼女がやったのだとすれば、到底太刀打ちできるような人では無い。とはいえ、僕はやらないといけない。彼女を、止めなければ。

 僕が決意を固めていると、海の方に、大きな力を感じた。そちらを見ると、すぐ近くに、ディーナさんが浮かんでいた。そしてその直後、海が真っ二つに割れた。彼女の通り道だったことを指し示すかのように、海が割れていた。


「や、アリス。人類と世界、壊してきたよ!」

「…ディーナさん。…やっぱり、世界を崩壊させたのは、貴方なんですね」


 彼女は、まるで何でも無いことのように笑って、僕に話しかける。それが、どこか恐ろしかった。


「…あれ、もしかして思い出した?」

「彼の、記憶を見ました。…アリスさんの、記憶を。でも、僕はまだ彩嗣演良です」

「…へえ、そ。まあでも、なら分かるよね? ボクが、人類を滅ぼしたい理由はさ」


 彼女は、頭をかきながら話し始めた。


「やっぱり、アリスが死んだのは人類のせいだし。そもそも、この世界はアリス以外が醜すぎるんだよ。だから、世界を作り替える」

「…そうですね。その気持ちは、分かります」

「でしょ?」

「でも、貴方に賛同は出来ません」

「…は?」


 僕が否定すると、彼女は眉をひそめた。そして、ほんの少し、怒りを露わにした。それだけで空気は少し冷え、地面は揺れ、海は荒れ始めた。王子様でなかったのなら、彼女の怒りに萎縮していたかも知れない。けれども、臆してはダメだ。だから、震える身体に知らないふりをして、言葉を紡ぐ。


「…アリスさんの死と、人類は関係ありません。関係あるのは、魔学徒だけです」

「だから何? そいつらも人類の中から生れてきたでしょ?」

「ええ。ですが、一部だ」

「…でもさあ、人類のシステムが、そう駆り立てた。だから、壊すんだよ」

「いいえ。それは、間違いだ。もし仮に、あの当時の人類の全てが、アリスさんを殺したとして。…今の人類とその罪は、何の関係も無い。…貴方のやっていることは、ただ親友が殺された事への、八つ当たりでしか無い」


 同情も、理解も出来る。もし僕に、人類を滅ぼす力があって、そして大切な人が殺されたとして。そうしたら僕は、人類を滅ぼすかも知れない。けれども、もしもそうだったとしても。彼女の凶行を見過ごす理由には、ならない。…もう、人類は、ほとんど死に絶えたとしても。僕は、彼女を止めなければいけない。そうしないといけない、理由があるから。

 僕の言葉に、彼女はしばらく黙っていた。そして、月が雲に隠れ始めた頃、彼女は口を開いた。その表情に、怒りは微塵も感じられなかった。


「…うん。君が、駄目なんだね。転生後の時を、過ごさせすぎてしまったみたいだ。…今のボクなら、人間の肉体を作ることも、魂を転生させることも、可能だ」


 彼女は、呟きながら、宙に浮かび上がった。それはまるで、宗教画のように神聖な所作で、思わず心を奪われる程に、綺麗だった。そして彼女は、冷たい──全てに絶望したような──眼で、僕を見て言った。


「決めたよ。アリスの魂は、もう一度転生させる。…彩嗣演良。君は、要らない」


 彼女が、指を振るう。瞬間、光線が僕に迫った。あまりの早さに、動けない。回避する行動も出来ないで居る僕を、一つの衝撃が襲った。そして僕は、突き飛ばされた。

 見ると、先ほどまで僕がいた場所が、大きく抉られてるのが見える。いくら不死とはいえ、あれはかなり危ない。僕は、助けてくれた人物に例を言おうと、その人の方を向いた。


「…ありがとうございます、ふみさん」

「礼には及びません。貴方には、大恩がございますので」

「そうでしたっけ? あんまり、覚えてないですね」

「…では、そういうことにしておきましょうか。しかし、状況は悪いですね」

「ええ…ッ!?」


 助けてくれたのは、ふみさんだった。彼女に礼を言っていると、ディーナさんが再び攻撃を始めた。器用にも、僕を抱えたまま、ふみさんはそれらを避けていく。


「早い、ですね…!」

「ええ。博士に頼んで、武装を用意して貰いました」

「そうですか…ありがとう、ございます」


 そうか、北巻(きたまき)さんが。思わず、目尻が熱くなる。そうこうしていると、攻撃が止んだ。そして、ディーナさんが口を開く。


「…だれ?」

「私は、知人です」

「そう。…少しはやるみたいだけど、これで終わりだよ」


 すると、ディーナさんが手を掲げた。そして直後、頭上から、大きな──おおよそ、家ぐらいの大きさの──隕石が、降ってきた。


「…どうにか、できますか…?」

「流石に、あの規模の隕石を迎撃する手段はありません。一旦、退避が必要かと。出来るとも思えませんが」

「あの規模の隕石だったら、どれぐらい…?」

「そうですね。目算での大きさから予測するに、核爆弾レベルですね」

「…それ、逃げれなく無いですか」

「ですね」


 あまりの大きさに、僕らは立ちすくむ。折角助けに来てくれたのに、ここまでか。拳を握りしめていると、背後から、一つの声がした。それは、聞いたことのある声だった。そして同時に、物がこすれ合うような音も聞こえてくる。


「いやぁこれは、剣聖の出番じゃんね」


 僕が振り返るよりも早く、彼女は飛翔した。そして一瞬の後、隕石が──真っ二つに、斬れた。


「な…これは、予測できませんね」

「…流石に、凄まじいですね。仮名波羅(かなはら)さん」


 僕は、着地してきた彼女にそう言った。すると彼女は、ピースサインを作りながら言った。


「まー剣聖なんで」

「ありがとう、ございます」

「んーんー、まー流石にあたし、君らに負けたしね。つーか、人類終わったら、刀交える人死滅するしね。…んで、そっちの人は?」

「…エルヴィラ様のメイドアンドロイド、ふみと申します」

「ほえー、すげー技術。…ってあらら、ちょっと大味に斬りすぎたかな。落ちてきたら、やっばいかも」

「あー…ほんとだ、落ちてきてる」


 隕石を見ると、確かに斬っただけだったので、再び落下が始まった。


「…さあて、もう無理でしょ。さっさと、死んで!」


 ディーナさんが、叫ぶ。…でぃーがあんなこと、言うようになっちゃったらどうしようか。まあ言ってはいるけれど。でぃーが反抗期になっちゃったら、僕は立ち直れないかも知れない。

 しかし、どう対処するべきだろうか。考えあぐねていると、二つに斬られた隕石が凍結した。そしてそれを、空を飛ぶ列車が粉々にした。


「はぁ!?」


 ディーナさんが、狼狽した。勿論、僕らも驚いた。なにせ、あんな能力、僕は見たことが無い。けれども、降りてきた列車には、見知った人物が乗っていたのだった。


「はは、人類の危機だ。助太刀、させてもらってもいいか? 演良君」

「微力ながら、僕らが力を貸すよ。彩嗣さん」

「アタシもいますよ、彩嗣先輩!」

「…次から、次へと…!」


 列車に乗っていたのは、殿上(とのがみ)さんに夢川(ゆめかわ)くん、そして世々川(せせかわ)さんだった。三人とも、助けに来てくれたのか。


「ありがとうございます! …あれ、世々川さんは…」

「あー、なんか気づいたら、氷使えるようになってたんで!」

「そうなんだ。…そういうものなのかな」

「…推測ですが、無能力者に魔学徒が憑依したことで、魔法が刻まれたのかと。…あまり、データが無いことですし」


 夢川くんが分析する。なるほど、だから氷の能力なのか。しかし、心強い援軍だ。続々と集まっている彼らに、僕は頼もしさを強く覚えていた。


「…みんな、ありがとうございます」

「水くさいですね。先に助けてくれたのは、彩嗣様ですよ」

「んー、そーだね。君が、してきたことが繋がってるだけさ」

「そうですよ! 蕗乃から聞いたんですけど、アタシも、先輩のおかげで変な奴から救われたんですし!」

「あぁ。君が、俺たちを助けたのさ」

「皆さん…!」

「まあ、文乃(ふみの)が悲しむからな、君を見殺しにすると。…って、文乃はどこにいるんだ?」


 少し感動していると、夢川くんがいぶかしげに訊ねてきた。僕は、自身の見たことと、アリスさんから得た知識をもとに、彼女らが、“ディーナさんの魔法で異界に飛ばされた”と告げた。


「そうか…心配だな。つまり僕たちは、あの神から、文乃達を取り戻さなければいけないわけだ」

「あくまで、推測だけれどね。でも、多分そうだと思う。あのときの魔方陣は、異界と繋げる魔法のそれだったから」

「そうですか…それは、極めて由々しき事態ですね。エルヴィラ様ほどの美少女が、行方不明だとは…」

「はい、本当に」


 僕がふみさんの言葉に頷いていると、後ろの方で、不機嫌そうに世々川さんが口を開いた。


「…蕗乃(ふきの)のほうが美人なんですけどぉ?」

「…これは面白いことを仰りますね。エルヴィラ様の美しさを御存知でないようで」

「はぁ? 蕗乃見てからそんなこと言えるか見物だわ」


 なぜか、二人がバチバチし始めた。個人的には、芽唯もエルヴィラも蕗乃ちゃんも久瑠々先輩も甲乙付けがたい美少女なので、話に入りがたい。すると、なぜか仮名波羅も便乗して、「んじゃああたしは芽唯(めい)ちゃん派かなぁ~」と言い始めた。


「…分かってないな。いい? 蕗乃のね、あの自分がまだ美人って分かってないところ。それが良いのよ、初々しいのよあの子は」

「初々しさならエルヴィラ様も負けてはおりません。そして、なんと言ってもエルヴィラ様は、行動力がずば抜けていますからね」

「えー、でも芽唯ちゃんはいいよぉ、あの子外見可愛いしぃ、それにこうさ、所作がいちいちあざといんよね」

「…仮名波羅さんは、いつ芽唯と面識を…?」


 僕らは、はっきり言って油断していた。だからだろうか、それを避けられなかった。──気づくと僕らは、紫色の、茨のような物体に動きを封じられていた。


「…うるさいなぁ、お前ら。さっさと死ねよ。ボクは早く、アリスに会いたいんだよ!」


 彼女が、手を翳す。そして直後、とてつもない大きさのレーザービームが、僕らに向かって発射された。


「まずい、このままだと──!」

「大丈夫ッスよ、私らが来たんで!」


 しかし、レーザービームは弾かれた。三人の人間が、殴り飛ばしたのだ。それは──キルループ“いちばん”、地丸(ちまる)浮木(うきぎ)、それに猪谷(いのたに)だった。


「どんだけ来るんだよ…!」

「は、ホームランじゃ!」

「…今ので、野生動物に被害が行ってなければいいが…」

「流石に笑えないな、この規模の攻撃は」

「貴方たちは…!」

「私が連れてきましたよん」


 背後から声がする。振り返ると、青海(おうみ)さんが立っていた。


「青海さん…」

「いやー、危なかったっすね。…しっかし仮名波羅先輩、ワープした私らより早いってどういうことなんすかね」

「剣聖だからねぇ」

「ったくこの人は…それはそうと、私は久瑠々様推しなんで。さっきのは、聞くに堪えなかったっすよ」

「そうか? 推し球団がたりは楽しかろうが」

「まあ、賞レースの予想を、視聴者側でするのも楽しいな」

「あー、動物の縄張り争いは見てて楽しいし、そんな感じか」

「…ずれてる気がする…」


 かなり人が集まった。そして、敵対したことがある人も、直接戦うのを見たことが無い人もいるけれど、これだけは言える。彼らは、とてつもなく心強い。絶望なんて、出来ないぐらいには。

 僕は、ディーナさんを見上げて言った。


「これが、人間の力ですよ、ディーナさん。どうです、滅ぼすのが惜しくはなりませんか」

「…うざいだけでしょ。もういい、お前達は──」


 すると、次の瞬間、僕らの足もとに、魔方陣が浮かび上がった。そしてこれは、見覚えがある。芽唯達を異界へと送った、あの魔方陣だ。


「ここで、消えろ!!」


 浮遊感を感じる。なるほど、これが異界か──と思った景色。それは単に、上空だった。そしてすぐ景色は再び入れ替わり、先ほどまでいたところの、すぐ近くに僕らはいた。


「これは…?」

「君の妹の能力を、借りたんだよ」

「貴方は…!」


 そこには、炉ノ路(ろのみち)が、立っていた。


「彩嗣演良。…言い訳をするつもりはない。僕は、間違いなく君の父を殺した

「…そう、ですね」

「罪を、許してくれなんて言わない。ここで君に力を貸すのも、償いになるとは思わない。それでも。罪を償うことだけは、許してはくれないだろうか」

「…貴方を許せはしません。でも、貴方が味方なら──これ以上に、心強いことはありません」

「そうか。ありがとう、彩嗣演良。…さて、それじゃああの神に、立ち向かってみようか」

「でも、彼女の力は強大ですよ」


 僕は、ぶつぶつと何か呟いているディーナさんを見て言う。しかし、炉ノ路さんは、「大丈夫だよ」と自信満々に言った。


「確かに、神の力は強大だ。けれど、君の力も、負けないぐらいには強いんだ」

「僕の、力?」

「ああ。…今まで君が、なしてきたこと。その全てが、君の力だ」


 僕の、なしてきたこと。…そうか、全部、無駄じゃなかったんだ。思わずこぼれそうになる涙をぐっとこらえて、ディーナさんに向き直る。


「…ディーナさん! 貴方をきっと、止めて見せます!」


 すると彼女は、頭を上げた。そして、大きな声で、「決めたよ」と言った。


「もう、やり直す」


 彼女が、両手を大きく振り上げた。瞬間、身体が上に引きつけられるのを感じる。それと同時に、空気が大きく振動した。

 直後、僕は見た。“墜ちてくる”月と、水平線の向こうから突如湧き上がった、炎の柱を。


「ボクは、この星を壊して──ボクとアリスだけの、星を作る!!」

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