世界でいちばん長い夜・漆
気を失っていた時間はどれぐらいだろうか。気づくと、私は地面に横たわっていた。ぼやけた頭で周囲を見渡す。近くには、くるちゃん先輩にエルちゃん、ふっきーちゃんも寝転がっている。そして、でぃーちゃんは、さっきまであった傷跡は既に塞がっていた。けれども、呼吸が荒いのがはっきりと分かった。
「でぃーちゃん、大丈夫!?」
すぐに、病院へ連れて行かなければ。そう思っていると、どうやらエルちゃんも起きたらしく、駆け寄ってきた。
「瑪奈川、彩嗣妹の容態は」
「傷はないっぽいけど、呼吸の方が…」
「…まずい状態。しかし、うかつに運んでは脳に差し支える」
「じゃあ、病院の人に…」
私のエルちゃんは、でぃーちゃんを囲んで話す。確かに、彼女の言うとおり無闇に移動させるのも難しい。まずは、病院の人に助けを呼ぶべきだろうか。ただ、問題が一つ。
「…来望の力で、必要最低限の人員だけ残して対比させたことが裏目にでましたわね」
「来望…仕方ない、予測できることではなかった」
「ありがとうございます…私が、能力を使って運ぶ、というのはどうでしょうか」
「あ、その手が! じゃあ、ちょっと堅いけど、担架は私が、って、あれ?」
「…能力が、使えない?」
“メタリックメイド”を発動しようとして、手を差し出して気づく。なぜか、発動できない。焦りから何度も試そうとするけれども、やっぱりダメだ。そしてそれはくるちゃん先輩も同じようで、顔色が悪そうだ。すると、気が付いたらしいふっきーちゃんが、「…どうやら、“プレゼント”が没収されたらしいな」と話しかけてきた。
「…本当だ、私も炎がでない」
「なるほど。つまり、あそこに転がっているキルループの首魁から顕現した魔学徒が、あの“杖”で余達の“プレゼント”を奪っていったということだろうな」
ふっきーちゃんが、倒れている炉ノ路を指さしながら話す。辺りには何人か、私達以外にも、元を含むキルループの人達が転がっているけれども、起きているのは私達だけらしい。ただ、一人、見当たらない人がいた。
「…あれ、そういえば演良さんは?」
「たしかに、いないね」
「…ふむ。なるほどな、繋がったぞ。つまり魔学徒は、そこに寝ているでぃーの能力、瞬間移動をコピーしたのだろう。そして、それによってこの場から姿を消した、ということになる」
「それ、まずいんじゃ」
「応、相当まずいな。それにもし、本当に魔学徒が瞬間移動を得ていれば──少なくとも、芽唯の弟の安全は確実で無くなる。というよりも、ほぼほぼ、奴らに攫われた、と言って良いだろう。酷なことだが」
ふっきーちゃんが、伏し目がちに言う。言われて、確かに思い出した。あのとき、炉ノ路から出てきた魔学徒は、あくくんに触れていたのだ。なぜ、あくくんがいないのか。その答えに気が付くと同時に、めあくんが危険にさらされていることにも気づく。
「うえっ…」
「大丈夫か、瑪奈川!」
思わず、腹の奥からこみ上げる。口を通過する吐瀉物のせいで呼吸は出来ず、視界は涙でにじむ。はっきり言って私は、もう限界だった。なぜ、こんなことに。ごく最近までは、こんなんじゃなかったのに。めあくんの退院が12月ぐらいだって聞いて、クリスマスだって、家族で祝えるねって、話してたのに。なんで、こんなことになってしまったの。
「…大丈夫ですよ、芽唯さん。思い出してみてください。私達の王子様が、これまで何をやってきたのかを」
「くるちゃん、先輩…」
「うむ、その通りだな。しかし、魔学徒も不運なやつよの。何の意図があるのか知らんが、貴様が連れて行ったのが最も厄介な奴だと言うのにな」
私の背中を、皆が優しくさすってくれる。…そうだ、あくくんがいるんだ。大丈夫、王子様がきっと、なんとかしてくれる。
「そう、だね…うん、あくくんがいるんだもんね!」
「…さて、ではひとまずは彩嗣妹を運ぼう。少なくとも、ここでは不十分」
私が立ち直ったのを見て、エルちゃんが声をかける。そうだ、項垂れてる場合じゃ無い、でぃーちゃんをなんとかしないと!
「しかし、運ぶと行っても、私達は素人ですわ。…病院ですし、担架を探してくればまだ、良いのでしょうが…」
「応、では余が行くとしよう。安心せよ、この病院の構造は覚えてきた。どこにあるかは分かる!」
そう言うと、ふっきーちゃんは駆けだした。そして、わずか一分で、担架を抱えて帰ってきた。
「ようし、では運ぶぞ! 久瑠々、病院の方には話は通しておいてくれ! そうした場面では、其方が一番頼りになる! それと、エルヴィラは指示を。恐らく其方が一番知識を持って折るからな! さて、運ぶぞ芽唯!」
「は、はい、分かりましたわ!」
「…了解。じゃあ、まずは彩嗣妹の横にそれを広げて」
「うん、任せて!」
ふっきーちゃんが、てきぱきと指示をする。こういったときの彼女は頼りになる。やっぱり、修羅場になれているのだろう。
エルちゃんの指示に合わせて、慎重にでぃーちゃんを移動させる。よく見ると、ふっきーちゃんの手が震えている。
「…大丈夫、ふっきーちゃん。大丈夫だよ」
「…うむ、ありがとうな芽唯。やはり、其方は頼りになるな。…さて、では行こうか。あちらの戦いは演良に任せて、私達は私達の戦いをするぞ! …でぃーは、決して死なせん」
そして、私達は駆けだした。…頼んだよ、あくくん。こっちは、任せて。そう、心の中で呟いた。
☆
「…貴様に、かかずらっている暇はねぇんだよ!」
「魔学徒っていう人達は、どうしてそろいもそろってそんなに口が悪いんだ?」
激昂したコーギルが、攻撃を仕掛けてくる。恐らく、泉充や大丸さんが芽亜君を助けてくれたからだろうか、先ほどまでとは違って、赤黒い大きな百足を出して来るだけだ。数十の能力を使う炉ノ路さんとは比べるべくもない。
攻撃を避けて、接近する。そして、腹を殴りつける。しかし、コーギルは身体の周囲に百足を纏わせたので、拳は弾かれた。それどころか、背後から飛んできた百足に飛ばされる。
「はっ、寝てろ!」
コーギルはそう吐き捨てると、壁にあるドアの方へと向かった。恐らく逃げて、再び芽亜君を捕らえるつもりだろう。
だが、決して逃がさない。さっきまでの攻防で、僕の血は所々に飛んでいる。この部屋の中なら、回数は限られるけれども、どこでも高速移動が可能だ。僕は、コーギルに立ち塞がった。
「行かせはしない」
「貴様ぁ!」
コーギルが、腕を振るう。百足が横から飛んでくるがそれを躱し、腹部に、一撃を入れる。僕の右腕には刀身が仕込んであるから、かなり堅い。それが、攻撃に能力を転じられない僕がただの殴打で高い威力を発揮できている理由だ。そしてコーギルの身体は脆いのか、数メートルほど背後に吹き飛んだ。
「ぐはっ…てめぇ、なぜそこまで…!」
「残念だな。お前が思っているより、僕は強いんだよ。…それに、もう使えないんだろう? 人から奪った能力は」
「うぜぇうぜぇうぜえ! ならいいだろう、ここでお前を俺の魔法で食い散らかして、再び神を迎えてやる!」
コーギルは、百足を生み出す。先ほどまでは気づいていなかったが、どうやら奴の身体から生れているらしい。虫嫌いなわけでは無いが、人間大の百足がああまで蠢いているのは、気分が良いものではない。
コーギルが手を伸ばす。すると、死の予感が僕の身体に走る。回避を考えるよりも早く、こちらに飛んできた百足は、僕の腹を食い破った。
「ぐっ、早いな!」
「どうした、まだまだ行くぞぉ!!」
言葉通り、どんどん百足が飛んでくる。それは矢鱈に僕の身体を食い破っていく。
「がはっ…」
「はっ、まずいなてめぇの身体、吐き気がしてくるぜ」
流石にくわれすぎて、僕は膝をつく。すると彼は、百足を身体に戻しながら、嘲笑した。
「ふぅ、全くもって厄介だな。相変わらずの騙り手だ。生まれ変わろうと、性質は変わらねぇか」
「…聞きたいんだけど、その“騙り手”ってのはなんなんだ?」
「あー…そうだなぁ。冥土の土産に教えてやってもいいぜ。あれは、悠久の昔、神がまだいた頃…」
話ながら、僕は身体を回復させる。流石にこのままでは、戦えない。しかし、あの百足、身体の切り離し、と見た方が良いようだ。そしてそれなら、こちらにも勝機はある。ひとまず、話させて時間を稼ぐ──と言う僕の考えを見破ったのか、コーギルは腕に百足を纏わせて、「なんてな」と言い放った。
「知ってるよ、てめぇが不死なんてのはな。そうやって再生する時間を稼いでるのも見え見えなんだよ。じゃあな騙り手、散ると良い!」
百足が大きく口を開く。すると、赤黒い光りが集まる。嫌な予感がして、身体を僅かに動かすと、そのすぐ側を巨大なレーザーが通過した。
「…どういう能力なんだ、それ」
「おっと、相変わらず俺はコントロールが悪い。だが、関係ねえな、どうせお前は動けないんだからな!」
再び、光りが集まっていく。仕方が無い、再生しきってはいないが、やるしかない。僕は、“再生”による高速移動を発動した。起点とした肉片は、さっき食べられた部分──百足が食べて、コーギルの体内に回収された部位!
「食らえ、コーギル!!」
「ぐぁあっ! な、なぜここへ…!」
コーギルを殴り飛ばす。暴発したレーザーは、上空へと飛んでいった。うずくまりながら、コーギルは僕を睨みつける。
「まさか…!」
「そうだ。随分とお前は、僕の身体を食べたから、おかげでいつでも、お前に向かって移動できる。しかもお前の身体の中だから、消化しきるまでは消えない。──他人を食い物にし続けたツケだ」
「く…騙り手風情が、俺に上から目線で講釈を垂れるな…! 貴様如き、無能の…魔法を使えない、劣等種如きがぁ!!」
コーギルは叫ぶ。すると、赤黒い霧が、コーギルの身体から飛び出た。背後にのけぞる。痛みを感じて身体を見ると、所々がちぎれている。
「…くっ、奥の手か…やっぱり魔学徒は、厄介だな…!」
「は、これでもう貴様は俺に近づけねえ!」
「…なるほど、その霧の正体は、極小の微細な百足か」
「分かったところでどうしようもねえだろ!」
コーギルが腕を伸ばす。赤黒い霧が、僕の身体を通過する。そして、軌道上にある僕の身体は消失する。どうやら、コーギルの肉体の内部にあった僕の身体は全て排出したらしい。そしてやっかいなことに、微細な百足である故だろうか。
「どうだ? 再生できねえだろ?」
「見破られてるなら、しょうがないか。お前の言うとおりだ、肉片が小さすぎて、起点に出来ない」
再生する起点にも出来ない。霧は縦横無尽に動き、僕を食い破っていく。このままではジリ貧だ。傷を覚悟で、突っ込むしか無い。僕は駆けだした。
「コーギル!」
「無駄だぜ、そーいうのはなぁ!!」
しかし、僕は倒れた。なぜなら膝から下が、消失していたからだ。
「ぐあっ! くっ、いつの間に!」
「微細が故に、本来は弱い能力だが…再生以外に力を持ち得ない貴様相手ならば、この魔法は真価を発揮する。どうだ、彩嗣演良。貴様は、霧を相手に戦ったことがあるか?」
僕をあざ笑うように、霧が舞う。なるほど、これは正攻法では勝ち目が無い。ただ、それは向こうも同じだ。
「はは…その程度で、か」
「何がおかしい?」
「その程度の技で、よくそこまで自慢が出来るなあ、とね。すまない、少しおかしくなってしまったよ」
「…てめぇ、舐めてねえか、俺を。…最後にして、最強の魔学徒であるこの俺を!!」
コーギルは怒った。霧の濃さと、その量が増える。…これでいい。おびただしい霧に身体を食われながら、更に挑発する。もっと、霧を生み出せ。もっと、身体を分割しろ。
「はは、ほらな。確かにお前の攻撃は、僕の身体を食い破れはする。でも、それだけだ。再生する僕に、その量だと心許ないんじゃ無いかな?」
「だったら…これで、どうだぁ!!」
コーギルが、叫び、霧が増える。視界は不良だし、あちこちを食べられまくって、かなり痛い。けれども勝機は見えた。…魔学徒は、核を破壊すれば勝てる。そしてコーギルは、百足を産みだし続けたからだろう、核の姿がはっきり見えている。核を見据えて、僕は右腕を突き出した。
「はっ、顔が歪んでいるぞ彩嗣演良! 痛みには、誰もが無力だ!!」
「はぁ…そればっかりだな。痛みだの何だのと、そんなに人を攻撃するのが楽しいか?」
笑うコーギルを睨む。なぜ、彼は人を傷つけるのだろう。人が苦しむ顔なんて、一番見たくないものなのに。
「…なぜ、そうまで平然としていられる!? 死よりも激しい苦痛なはずだぞ!…なぜまだ、俺に立ち向かえる!! …貴様の近しい者も、俺が殺したというのに!!」
「…最後だから、一つ言っておく。この程度の痛みで、僕は諦めない。なぜなら、僕は…」
狙いをすませ。集中しろ、身体を操れ。再生する僕の腕よ、刀身を押し出せ。再生する勢いを強めて、発射の勢いを増大させろ。──僕は核に向けて、仕込まれた刀身を発射した。刀身はまっすぐ、核に突き刺さり、核を破壊した。
「王子様、だからね!」
「ぐぅおお…!!」
コーギルは、倒れ込んだ。それと同時に、僕も、あまりのダメージに膝に手をつき、息を吐き出す。…危なかった、あんな啖呵を切ったけれども、もう少しで気を失うところだった。しかし、これで全てが終わった。…全部、終わったんだ。
「はぁ、はぁ…長かったなぁ」
独りごちて、夜空を見上げる。随分綺麗な星空だ。そして未だに空を飛ぶ、“クジラ”。神の力だとか言っていたけれど、あれは何なのだろうか。生き物なのかな。
とりあえず、ここをでよう。それにしても、やっぱりここ、ユスタだったんだな。なるほど、炉ノ路が自費でつくったって言うのは、こうして機械をこっそりと作っていたと言うことだったのか。しかし、憑依しなくても自分で動けば良かったのに。動かなくなったコーギルを見て、そう思う。…動かなくなった、コーギル?
「…なぜ、消えないんだ? ユーファも、フレキも、魔学徒は核を壊せば消えたはず…まさか!」
僕は身構えた。すると次の瞬間、コーギルは立ち上がった。彼の瞳には、憎悪が宿っている。彼は、息も絶え絶えと言った様子で口を開いた。
「…俺を、あんな奴らと一緒にするな…俺は、人間共にその存在を知られた、愚図な魔学徒共とは違う…真の、魔学徒だ…! きょうまで、三千年も生きながらえ、暗躍してきたのだ…!」
「くっ、死にかけの筈…なんだ、この迫力は…!」
コーギルから、とてつもない威圧感が発せられる。仮名波羅に浴びせられた殺気とも違う、憎悪の感情が乗った、身震いしたくなるほどに恐ろしい威圧感だ。そして、コーギルは叫んだ。
「もう、能力など関係ない! 不完全だろうが、神は神だ! 俺の存在全てを使って、クジラを…破壊する!!」
「なっ…!」
彼は、天に向かって両手を突き出した。すると次の瞬間、赤黒いオーラが、凄まじい勢いで天へと昇っていった。びりびりと空気が振動する。彼から、凄まじい突風が発生する。そしてそのオーラは、クジラへと衝突。クジラはその身をよじらせる。同時に、恐ろしいまでに大きく、低く、そして身体を揺さぶる音が鳴り響いた。あのクジラの悲鳴なのだと、直感で理解した。
「さぁ、世界よ…神を、迎え入れよ!!」
「やめ、ろぉ!!」
僕は、コーギルに近づく。しかし、風に阻まれ、中々近づけない。そして、無理矢理に近づき、彼に攻撃を仕掛けようとした、その刹那──クジラが、弾けた。
「はは、は…これで、良い…これで、世界が再び、始まるのだ…!! 再び神を、この目で見られぬ事が心残りではあるが、な…」
「コーギ、ル…!」
彼を殴る。しかしそれよりも早く、彼は他の魔学徒と同じように、消失していった。上空を見ると、この世に存在しない色彩を持った光りが、漂っていた。そしてそれはすぐに、一本の筋となって、どこかへ飛んでいった。…僕はキルループ迎撃作戦を行う前に、青海さんから聞かされた言葉を思い出していた。
神が復活してしまったら、世界は滅亡する──という、言葉を。




