世界でいちばん長い夜・陸
コーギルと名乗る魔学徒に触れられ、気が付くと僕は、洋館のような建物の中にいた。窓から、今宵の月が覗く。気絶しているのでなければ、そこまで離れた場所にはいないのかも知れない。まぁ、海外という可能性も捨てきれないけれど。…それにしても、あの窓の形、なぜか見覚えがあるな。どこだったろうか。
辺りを見回すと、パイプが繋がった椅子が置いてあった。コーギルはそこに、芽亜君を座らせた。
「…芽亜君をどうするつもりだ」
「あぁ? あー、そういやそんな名だったか? まぁ見とけ、騙り手。今から、神を復活させる儀式を行うんだからよ」
「何を言ってる…なっ!」
どす黒い縄のようなものが、僕を縛る。まるで動けない。そんな僕をコーギルは一瞥して、「何するか分からねえからな」と言った。そうして彼は、芽亜君を拘束具で拘束していく。どこからやってきたのか、部屋には赤黒い、大きな百足のような生物が一匹、蠢いていた。
「さて…そうだな、これで…良し。見ておけ騙り手、面白いことが起こるぞ?」
「おい、芽亜君を離せ、コーギル」
「あー、離してやるとも。コイツが死んだ後に、な」
「お前!」
僕は何とか拘束を解こうとする。しかし、ほどけない。黒い縄は堅く僕を締め付ける。動けず、ただ睨みつける僕を、コーギルは嗤った。
「はは、無様だなぁ騙り手。そう、そういうのが見たかったんだよ。前貴様を殺したときは、貴様の苦痛に歪んだ顔が拝めなかったからなぁ」
そうしてコーギルは、芽亜君を椅子に拘束した。そして、椅子の側に、取り出した杖を差し込んだ。すると杖は光りだし、光り始めた。寒気にも似た感覚が、僕を襲う。そして、数十秒の後、芽亜君の椅子が僅かに光り、芽亜君が苦痛の声を上げ始めた。
「芽亜君!?」
「はは、流石に全世界から簒奪した能力をぶち込むのは、器でもぎりぎりなんだなぁ。はは、それにしても面白い悲鳴だな、騙り手?」
「お前、芽亜君に何をしてるんだ!」
「言ってるだろ? 世界から、能力を徴収し…あの器にぶち込んで、純粋な魔力に変換しているんだよ。…この城は、そのための装置だ。はは、大変だったぜ…炉ノ路に憑依したとは言え、アイツは意志が強かったからな。中々従いやしなかった。ここを作るのも、苦労したってもんだ」
「…お前…芽亜君を、そんな目に遭わせやがって…絶対に、許さないぞ」
「ふっ、それで何が出来る? お前に」
コーギルは笑う。しかし、僕はそんなことなんて聞いていなかった。ただ、全身にこみ上げる怒りにまかせて、無理矢理身体を動かす。皮膚は張り裂け、肉はちぎれ、骨はきしみ。けれども、動けない。
「無様だなぁ騙り手…いいや、彩嗣演良。愉快だなあ、貴様は何を手にすることも出来ねえのさ」
「黙れ、クソ野郎。お前は、絶対に僕がぶちのめしてやる!」
僕は、舌をかみ切った。そしてそれを、遠くへ飛ばす。舌は、べちゃりと地面に落ちる。そして、舌を起点に“再生”することで、拘束を脱した。
「あぁ!?」
「くたばれ、コーギル!!」
コーギルを、殴る。まるで、鉄の上に布を巻き付けたような質感に、思わず身体が強張る。けれども意に介さずに、追撃を食らわせる。しかしそれは、容易く避けられた。
「あぁ、忘れてたぜ…そーいやお前、いかれてたなぁ。まぁさか、そこまで自傷するとは。…そうだなぁ、お前に邪魔されても困る…お前とは、ここでやろう」
「…お前が、まるで自分のものみたいにでぃーの力を使うんじゃない」
僕とコーギルは、先ほどとまでは違う部屋にいた。丸い部屋で、八方に窓がある。ここに至って、僕は冷静に、部屋を眺めた。そして、一つのことに気が付いた。…どうやらここは、僕が知っている場所らしい。そして、そうであるならば──この男を、出し抜けるかも知れない。
僕は、ポケットに手を入れた。スマホが入っている。僕のスマホには、芽唯とデートしたときに買った、おそろいのキーホルダーが入っている。それを外し、手に握る。──芽唯、僕に勇気を貸してくれ。
そして僕は、窓へと駆けだした。
「今更逃げても遅いぞ!」
コーギルの攻撃をかいくぐる。そして、窓に到達して、窓を割った。そして、手を伸ばし──そこで僕は、身体を槍のようなもので貫かれた。
「くそ…あっ…」
力が抜けて、キーホルダーが下の方へと落下していく。背後から、コーギルの声が聞こえてくる。やはり、彼の声は耳に触る。ここまで不快な声を出すような人間を、僕は見たことが無い。
「おいおい、逃げんなよ。お前はここで、神の復活、その生け贄になって貰うんだからなぁ」
そう言うと彼は、僕の腹を殴りつける。あまりの痛さにうずくまる僕に、更に彼は蹴りを入れてくる。単純な暴力なのに、今までで一番痛い。
立ち上がって、彼に攻撃を仕掛ける。しかし、彼の多彩な攻撃の前に、僕は無力だった。
「くっ…!」
「はっ、貴様一人の能力で、俺を御せるとでも思ったか!! 残念だなぁ、一人の力なんて、そんなもんだ」
そうして、十数分ほど経って、僕は倒れていた。彼の力は、次元が違った。まるで、数百の怪物と一度に戦うような、そんな戦闘だった。僕は髪を引っ張られ、引きずられる。そして部屋の中央に来たところで、下から金属の棒のような、大きな機械がせり出し、それと同時に、天井が音を立て、開き始めた。すっかり暗く、星の瞬く空を見上げる。こんな時なのに、星は綺麗だ。
「よし、そろそろ溜まってきたな。いい感じだ」
「なにが、溜まったんだ…」
「世界中から奪った“プレゼント”のエネルギーだ。一度、純粋な神の力、元の形に戻し、そしてそれを、神の力の集合体であるくじらに変換するのさ。そうして、くじらの内に神の力が溢れ、そうして…くじらを、破壊する!」
「は、かい…お前らは、神を信奉してるんじゃ無いのか?」
「安心しろ。破壊されて形を失った力の奔流は、神の、形代…つまり、形骸化した神の魂のもとへとゆき、結合…そうして、神はご復活遊ばされるのだ! 炉ノ路露那の妻を殺し、憑依し…暗躍し続けたが、今結ばれる!」
彼は、両手を広げて、天に向かって叫んだ。まるで演劇のように、芝居がかった仕草には、邪悪なものを感じてしまう。
「…お前達の言う、神ってのは何なんだ」
「世界最強の魔法使いだ。…だが、それを貴様が舌先三寸で堕落させ…そして神は、お隠れになられたのだ──貴様の、せいでなぁ!!」
そう言うと、彼は激昂し、僕を何度も殴った。痛い。けれども、彼をじっと睨みつける。十発ほど殴られた後、彼は「おっと」と言い、僕を掴んでいた手を離した。
「お前からも、回収しておかなくてはな。…忌々しいが、それも神のお力だ。やはり、完璧な状態で戻っていただかなければならない」
そう言うと、彼は僕に触れた。瞬間、身体から、大切なものがなくなっていったような感覚に襲われた。
「何をしたんだ、コーギル」
「貴様の“プレゼント”を回収したんだ。そうだな、今の貴様は不死身では無い。このようにな!」
コーギルはそう言って、腕を振るった。直後、僕の左腕は斬れ、ぽとりと地面に落下する。激痛が走る。そして、それは治そうと思っても、治せなかった。
「ぐっ…お前…!」
「そうわめくな、見苦しい。…さて、そろそろ…始まるぞ?」
彼がそう言うと、先ほどせり出してきた機械の上に、発光する球体が現れた。今まで見たことのあるどんな色彩とも一致しないそれは、どこか暖かく、冷たく、この世のものではないように思われた。まるで、宇宙がそこにあるかのように、果てしなかった。それは音を立て、大きくなっているようだった。
そして、ほとんど同時に、低い、どこまででも通るような音が聞こえた。空を仰ぐと──美しく光る、クジラのような物体が空を飛んでいるのが見えた。あれが、“空飛ぶクジラ”なのだと、直感で理解した。
「おお…さて、いよいよだ…数千年、この時を待ちわびたぞ…さあ、神よ…復活の時です!!」
そして、球体は一際大きな音を発し、大きく膨らみ──一本の光線を、クジラに向けて放った。ぶつかったクジラは、苦しそうに身をよじる。コーギルはそれを見て、喜んでいるようだった。
「はは…ようやく、世界が元の姿に…! …は?」
しかし。数秒後、機械の音はやみ、光線は消えた。そして、球体は弾け、数百の光りになって、四方八方へ飛んでいった。…良かった、僕の賭けは、成功したらしい。
「一体、何が起こった…?」
「コーギル!!」
僕は、呆然としているコーギルを、左腕で殴り飛ばした。先ほどの感触は既に無く、ごく普通の、人を殴った感触がした。彼は、そのまま倒れ込む。
「なぜ…俺が奪った、能力まで…消えたのだ…?」
「…無様だな、コーギル。神だの、他人の能力だの、憑依だの…そうやって他人を利用することだけ考えてきたから、そうなるんだよ」
「彩嗣、演良ぁ!! てめぇ一体、何をしたんだ!!」
彼は、叫ぶ。けれど、僕はもう、恐怖しない。僕は彼に向けて、笑って言った。
「言っただろ? 僕には、友達が多いんだよ。…さぁ、立てよコーギル。ここからが、本当の戦いだ!」
☆
「いやー、楽しかったな」
「ええ、そうですね…まるで、本当に映画の中に入ったかのようでした…!」
泉充くんと、話ながら歩きます。話題は当然、先ほど彼と一緒に乗ったアトラクション、『シノビウィザード:ザ・オデッセイ』。二人乗りのコースターで映画の世界を体験するもので、とっても楽しいひとときを過ごしました。
「それにしても、ほんまにこの中にあれがあるんやなぁ」
「そうですね。…待ち時間も、内装が再現されていて楽しめました」
「せやなぁ、槇葉ちゃんめっちゃ写真とっとったもんな」
「…つい…」
「いやぁ、あんなテンション高い槇葉ちゃん見れて嬉しいわ」
アトラクションの設置場所であり、原作者の炉ノ路露那先生が自費で建設したという、原寸大のエルド城の側を歩きながら、彼と話します。…まぁ、やはりファンですから、こうしてテンションが上がるのは仕方が無いことです。
しかし、もう少し金があれば、あのローブが買えたのに…流石にあの値段は、学生には手が出ませんね。
「はぁ…でも、買いたかったな…」
「…やっぱ俺も金出すから、買う?」
「いえ…いくら彼氏とは言え、お金を借りるのは…」
「うーん…そや! せやったら、俺がクリスマスプレゼントとして買うわ!」
「えっ…?」
項垂れる私に、泉充くんは笑顔で提案します。…はぁ、ほんっとずるい。内容だけでもかっこいいこと言ってるのに、その笑顔は何ですか。かっこよすぎるでしょう! いっつも、私のことを褒めてばっかりですが、貴方のそれが私をどれだけ元気づけているのか知らないでしょう。 貴方の顔を見るだけで、私は一ヶ月は頑張れるのに、笑顔? もう反則です、格好良すぎてコンプライアンス違反です! ほんと、私の彼氏はずるいなぁ。
「…えーと、槇葉ちゃん? やっぱり、自分で買いたい…?」
「…はっ、すみません見蕩れていました。…その、じゃあ…買って貰って、良いでしょうか…?」
「もちろん! 任せと…き…危ない!」
突然、彼が私を抱いて、その場を離れました。心臓がドキドキしますが、どうやら、上空からガラス片が降ってきたらしいです。…私の彼氏、かっこよすぎですね。
「だいじょぶ、槇葉ちゃん?」
「ええ…ありがとうございます、泉充くん」
「…いや、可愛すぎ…うん、良かった。せやけど、なんでこんなんが…」
ガラス片を見ると、その中に一つ、ガラスでは無いものがあることに気が付きました。それは、ラスキーのキーホルダーでした。
「…なんか、事故っぽい…?」
「…泉充くん、これ…もしかして、彩嗣さんのものではありませんか?」
「言われてみれば、そんな気も…でも、なんで彩嗣が? あいつ、今日は瑪奈川ちゃんと一緒や言うとったけど」
私達は、互いに顔を見合わせます。そして、どちらともなく、走り始めました。
「もしかしたら、事件に巻き込まれているのかも!」
「否定できんな。あいつ、そういうのに首突っ込むもん」
泉充くんは、昔を懐かしむような口調で話します。心当たりがあるのか聞いたら、「昔、ちょっとな」と言っていました。まあ確かに、彩嗣さんはそういうことをするような気がします。走って行くと、ちょうど、係員用の入口を発見しました。
「どーやって入ろかな…刀とかあったら、きれるんやけど」
「ふむ、このタイプですか…これなら、簡単ですね」
鍵を見ると、比較的簡単な、針金さえあれば解錠できるもののようでした。私は、髪飾りについていた針金を外し、鍵を開けました。
「開きましたよ。行きましょうか」
「…槇葉ちゃん、凄いなぁ」
「…映画に憧れて、少し勉強したものですから」
城の中を走ります。流石に関係者用だからでしょうか、内装はごく普通の建物のようでした。少しがっかりしていると、泉充くんが「…まぁ、流石に完全再現じゃないよなあ」と口を開きました。
「…なんか、ちょっとがっかりやな」
「えぇ…残念です」
そうして私達は、当てもなく走ります。そして、黄色と黒で、進入禁止のマークが付けられたドアに辿り着きました。
「鍵は無い、か…一か八かやな」
「入りましょう」
入ると、一つの操作盤がありました。どうやら、四桁の数字が必要らしいです。適当に、『シノビウィザード』第一作の刊行年を打ち込んでみると、がたん、と床が揺れました。どうやら、エレベーターのようですね。
「セキュリティガバガバすぎやろ」
「あるいは、あえてそうしたか、ですね」
移動が止まり、部屋が動き始めました。そこは広い部屋で、向こうの方に椅子がありました。一人の少年が、そこに座っているようでした。部屋には、歯車が高速回転しているような異音が鳴り響いています。
近づくと、その少年が拘束され、うめき声を上げている事に気がつきました。
「はやく、解放しなければ…」
「危ない、槇葉ちゃん」
私は、泉充くんに止められます。すると直後、目の前を、一匹の百足のような怪物が通り過ぎました。泉充くんは、睨みつけながら言いました。
「…とりあえず、あれだけやな。槇葉ちゃん、十秒だけ待っといて」
そして、泉充くんは百足へ向かっていきました。危ない──と言う声が出るよりも先に、泉充くんは百足を蹴り飛ばしました。すると不思議なことに、百足は霧となって消えてしまったのです。
私は椅子に駆け寄り、拘束具を外します。そして彼を椅子から離すと、先ほどからなっていた異音は消え失せました。どうやら、少年は気を失っているようです。
「…この子、見覚えあるな」
「…あれ、もしかして…この人、瑪奈川さんの弟ですよ」
「え、なんでここに。…なんか、すっごいきな臭いな」
少年を抱きかかえながら、私は彼と話します。泉充くんの眼差しは優しく、この子を心配しているようです。
「ええ。…深入り、しますか?」
「うーん…でもま、とりあえずその子病院に連れてったらんとな。ま、それに」
そう言うと、彼は頭をかきながら言いました。
「もし、ここに彩嗣がおるんやったら、あいつがなんとかするやろ」
少し恥ずかしそうに、彼は話します。その表情には、確かに彩嗣さんへの信頼が現れていました。
「…ええ、そうですね。ここは、“王子様”を頼るとしましょうか」
そうして、私達は瑪奈川さんの弟を連れて、こっそりと城を出ました。夜空には、星が煌々と瞬き、まるで誰かを祝福しているかのようでした。




