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世界でいちばん長い夜・参

 苦境。一言で言えば、それに尽きる。病院裏口で、敵と対峙している状況。けれども、予想以上に──敵が、強い。


「おーい、勢い無くなってんぞ~? もうちょい楽しませてよ~」

「く、強すぎるな此奴…!」


 刀を振るう仮名波羅(かなはら)。私の炎は切り裂かれ、文乃(ふみの)の幻影は効果が無い。炎で足止めして、幻影で僅かに動きを鈍らせるに留まるから、結局私達は、避けきれずに傷を負い、戦況は全く芳しくない。


「うーん…もーすこし、骨のある奴と戦いたかったねえ。…ま、しょーがないか。あたし、最強だもんな~」


 刀を肩に担ぎながら、仮名波羅は笑う。確かに、その通りだ。私達は、人数上、二人ずつに分かれた。けれども、どうしてもやはり、差というものはでてくる。なにせ私達は、素人だ。文乃はそうでもないけれど、結局私がいる時点で良いとは言えない。素人同士の連携は、必ずしも強さに直結し得ない。

 だが、重苦しい雰囲気を吹き飛ばすかのように、文乃は笑った。


「ふ、だが…それにしては随分と、余らに手こずっているように見えるな。…貴様、さては命令でもされておるな? 余達を殺さぬように、とでもな」

「…いやあ、手加減してるだけかもよ?」

「…目線の動き。…なるほど、文乃の言は本当らしい。今の貴方の動きは、嘘をつくそれだった」

「…はぁ、嘘下手なの、直した方が良いなあやっぱ」


 どうやら、文乃の仮説は正しかったらしい。目の前で項垂れる仮名波羅を見て、そう確信した。ただ問題は、そうして手加減を加えられた状態であっても、私達が苦戦を強いられていると言うことに他ならない。無論、仮名波羅もそれを認識しているようだ。


「それで? 別に私は君らに手加減してるよ。けどさあ、結果このざまじゃん。だったらあ、私がガチかどうかって、関係ない訳じゃん」

「はは…さて、本当にその通りかな?」


 そのとき、文乃は私に一つの作戦を指示し、前へとかけだした。そして驚くべき事に、徒手で仮名波羅に勝負を挑み始めたのだ。


「ちっ…君、意外とやるじゃん」

「余は“Dolls”のエージェント…戦闘など慣れている!」


 仮名波羅に向かって、拳を突き出す文乃。仮名波羅は避けるが、同時に、仮名波羅の刀も、文乃は避ける。そうして、二人は打ち合う。心なしか、文乃が優勢なように見える。


「くっ…」

「はは、不可思議かな? 圧倒的に、技量では劣るものにこうして、主導権を握られていることが!」

「…まあ、殺せないんじゃ不利なのはこっち…うん、上手いね、位置取り。致命傷を避けるのが難しいところに、常に身を置くようにしてる」

「ほう、流石の目の付け所よ。而して、この状況を覆すには難しかろう!」

「うん…仕方ないな。…ちょっとぐらい、いいかなあ」


 そう言うと、仮名波羅は刀を振りかざし──そしてその一撃を、文乃は避けられなかった。鮮血が飛び散る。


「文乃!」

「大事ない。…が、なるほど変えてきたな、動きを」

「うん。まあ、殺さないように、と死ななければ大丈夫だと変わるんだよね。立ち回り」

「はっ…だが、これしき順応して見せるわ!」

「…うーん。これ、悪手じゃ無いかな」


 再び立ち上がった文乃を、斬撃が襲う。それらを文乃は躱し、あるいは打ち払うけれども、次第に切り傷は増えていく。しかし一方で、文乃の攻撃も、だんだんと当たり始めていく。


「どうした? 動きが鈍っておるぞ?」

「…あぁ、なるほど。幻で、私の思考鈍らせてるんだね」


 どうやら、文乃は彼女に、能力で何らかの攻撃をしているらしい。幻を見せると言う能力だが、本当の強みは相手の感覚に影響を及ぼせる、ということだろう。仮名波羅と渡り合っている文乃を見ながら、私は準備を進める。

 そして、続くかと思われた拮抗は、突如崩れた。仮名波羅の一撃に、文乃が膝をついたのだ。私はそれを見ながら──歯ぎしりしながら、能力を使い続ける。


「…でもさあ、ほら。君らの強みは、二人だって事だろう? だったら、一人だけだとやっぱり、こうなるよねえ」

「はは…果たして、本当にそうなのか。随分と貴様は、己の都合の良いように世界を見るが…そうあって欲しいという事態は、怒らないのが世の常よ!」

「なんで、退いたの…あれ、身体、動かないや」


 文乃は後ずさった。そして能力で、仮名波羅の身体の自由を奪っている。文乃の「今だ、エルヴィラ!」と言う合図に合わせて、私は上空に作っていた火炎の柱を、落下させる。


「お…なるほど。文乃蕗乃(ふみのふきの)はあくまで囮、本命はエルヴィラ・エイトだったわけだ」

「…さようなら、仮名波羅」


 私は仮名波羅に火炎を落とす。凄まじい熱風が吹き荒れ、私と文乃は後方に飛ばされる。そして更に、火炎の勢いを強める。炎は、次第に青色に。私達の額にも汗が噴き出る。そして、数十秒ほど経って、炎を消した。仮名波羅は、その場に倒れ伏した。


「…すまない、文乃」

「問題ない。結果、こうして決着はついたのだからな」

「…ええ」

「さて、他の加勢にでも行く…と…な」


 文乃は、仮名波羅の方を見て血相を変えた。私もつられてそちらを見ると、ぎょっとした。なぜなら、仮名波羅は再び立っていたのだ。


「…炎に焼かれた筈」

「あー、流石に熱かったね。うん。でもま、あたしの周りの炎は全部切り取った。…流石に、無傷とはいかなかったけど。──それじゃ、再開しよう!」

「…エルヴィラ、余力は?」

「…先ほどので、随分力を使った。…正直、かなり厳しい」

「はは、余も同じだ。…して、如何様にすべきか」

「それじゃあ反撃と、行かせて貰うよ~!」


 仮名波羅が、私に近づき刀を振るった。だが、避けられない。恐怖で身がすくんだ。光景がスローになって、銀色の刃がだんだんと私に近づく。何か、文乃が言っているような気がするけれど、聞こえない。思わず、目を瞑った。──しかし私は、斬られなかった。


「…ちっ、やっぱ来てたんだ」

「どうも。久しぶりだな、先輩」

「──猪谷」


 私と仮名波羅の刀の間に、黒い口だけの怪物──猪谷の能力が、挟まっていたからだ。猪谷は、仮名波羅を見据えながら言った。


「共闘してもいいだろうか。エルヴィラ・エイト、文乃蕗乃」

「…信用はできないし、貴方を許せもしない」

「ふむ、だろうな。…元よりそのつもりだ」

「…けれど、今だけは水に流してあげる。だから、手を貸して」

「分かった」

 

 頷く猪谷に、文乃が声をかける。


「しかして、一体なにゆえに余らに力を貸すのだ。其方は、キルループの一員だったのだろう」

「その通りだ。今まで散々、許されない悪事を働いてきた。こうしていても、罪滅ぼしになるとは思っていない。…仮に神が復活したら、私も世界崩壊の片棒を担ぐことになる。…けれど、それでも。罪悪感を、笑いにすり替えて見て見ぬふりをするような人間でいたくないと、そう思ったんだ。…あの、勇敢な少年を見てな」

「…そう。なら、まあ──背中を預けるぐらいは、してもよい」

「ありがとう。…さあ、気をつけろ、あの人は、強いぞ」

「ふ、十分分かっておるさ。彼奴は、これまで余が出会ってきた猛者の中でも格別」


 三人で横並びになると、呆気にとられていた仮名波羅は、くすりと笑った。そして、刀に付いた血を振り払いながら、口を開いた。


「…ねえ猪谷。あたしが嫌いなモン、知ってんよな?」

「さあ。人の嫌いなものは覚えないタチなんだ。私は芸人だからな」

「──仁義の通ってないクソゴミカス野郎だよ」


 仮名波羅が一瞬で距離を詰めて、猪谷に刀を振るう。その一撃は、これまでとは比べものにならないほど怖かったけれど、猪谷はそれを、間一髪で防いでいた。

 猪谷は、仮名波羅に何度も攻撃を仕掛ける。やはり、慣れだろうか、先ほどよりも、仮名波羅は手こずっているらしい。


「…すまないな、仮名波羅さん。私は、いくら社長でも、神の復活には手を貸せないんだ」

「あんた言ってたよねえ。こんな能力要らないってさあ。…社長に、拾って貰ってたよねえ。…なぁ、なんで裏切るんだ? なんで、社長に貰った命を社長のために使わない?」

「…何だ。この殺気は──!」


 仮名波羅から、恐ろしいほどに強大な殺気が放たれる。まるで、息をするのも精一杯ななかで、猪谷は仮名波羅に言葉を返す。


「…なあ、仮名波羅さん。盲目的に従うだけが、恩返しじゃないんだ。私は思ってる。…恩人が道を外したとき、その人を止めるのも──恩返しだと!」

「!!」


 猪谷は、出現させた黒い怪物で、仮名波羅を突き飛ばした。仮名波羅の威圧が解けて、私は忘れていた呼吸を再開する。どうやら、文乃もそうだったらしい。

 飛ばされた仮名波羅は、刀を杖代わりにして立ち上がり、そして大きな声で笑い始めた。まるで狂気をはらんだかのような笑い声に、私は戦慄する。けれども震えを抑えて、仮名波羅と対峙する。

 笑い終えた仮名波羅は、刀を構えて、私達一人ひとりを睨みながら、言葉を発した。まるで別人かと思うような、どす黒い声で。


「…もういい、命令なんて無視だ。お前ら全員、ぶち殺しな」

「…猪谷、怒らせすぎでは」

「正直、私もそう思っている」

「加勢に来てくれたのは嬉しいが、状況は悪化したようにおもえるぞ──来る!」


 仮名波羅が、まず文乃に向かって刀を振りかざす。しかし、それは猪谷が防ぐ。だが、仮名波羅は身をひるがえし、猪谷を蹴り飛ばした。細身にどのような膂力があるのか、猪谷は吹き飛ばされる。そして、そのまま怪物を斬りつけて飛ばし、それにぶつかった文乃が弾き飛ばされ、もう片方の手で私も殴り飛ばされる。


「あめぇんだよゴミカスクソ共」

「ぐはっ…」

「くっ、なんという力だ。能力は、刀を“何でも切れるようにする”だけと聞いていたが…」

「あのさあ。あたしの通り名、剣聖だよ。…なめんじゃねえよ、雑魚」

「…それが、何だ。…私は、貴方を倒す。そう、約束したんだ」

「あ? なんで立つんだ? 今からゆっくり斬り殺すところだろ」


 私は、軋む身体を無視して、立ち上がる。能力の、大半を使い果たした。非常に強力な一撃を貰った。目の前の敵は、あまりにも強すぎる。…そんな事で、泣き言は言っていられない。


「はは…そうだな、エルヴィラ。余達が、この程度で…負けているわけには、いかぬよな!」


 文乃も、不敵に笑って立ち上がる。そんな私達を、仮名波羅は怒りを抑えられないといった表情で睨む。


「随分痛みつけてやっただろ。なんで立ち上がれる」

「…私達は、見てきたから。ねえ、文乃」

「そうだな。…余達は、見てきたんだ。いつだって立ち上がる、最高に格好いい…」

「王子様を、ね」


 私は、構える。するとそれを見た仮名波羅は、ため息をついた。そして、「じゃあ終わらせてやるよ」と言って、私に近づき、刀を振り上げる。しかし、それを猪谷が止めた。仮名波羅の刀身は、黒色の怪物の口に挟まれ、ぎちぎちと音を鳴らす。


「…猪谷ぃ!!」

「言っただろう。恩人が人の道を踏み外したら、止めると」


 好機。恐らく、この先一度も来ないであろうそれに、私は限界なんて知らないふりをして、炎を出した。今までの人生で、最高温度の炎の標的は──仮名波羅の、刀!


「燃え、ろお!!!」

「な…くそ、離せ猪谷!! くそがあ!!」


 全力。そして、僅か数秒の攻防を越えて、仮名波羅の刀は──完全に、溶けきった。


「はぁ、はぁ…後は、任せた」

「応。…ではな、仮名波羅!!」

「くっ、そ…ぐはっ!!」


 文乃は、手を突き出す。金色の光りが、掌から発せられ、そしてその直後、仮名波羅は倒れた。地に伏した仮名波羅を見て、私達は互いの手を、強く握った。


「はぁ…助かったぞ、エルヴィラ」

「ふふ、貴方の一撃が無ければ勝てなかった」

「そうだな。…さて、では仮名波羅を拘束するとするか」

「ええ」


 そうして、私達は仮名波羅を拘束し、そしてあまりの疲労に立っていられず、その場に座り込んだ。目を覚ましたらしい仮名波羅は、ただ一言、「負けかあ…」と呟いた。


「ふ、その通りだ。流石の剣聖も、刀が無くては何も出来まい?」

「まあ…うん、そうかもね。あーあ、社長に申し訳ないな」

「…貴方はなぜ、そこまで社長に付き従うの?」


 私が仮名波羅にそう聞くと、どうやら近くまでやってきていた猪谷も、それが気になっていたらしく、「…私も、そこが気がかりだった」と言った。


「…仮名波羅さん。貴方もきっと、これが悪事だと分かっていたはずだ。…それに、社長はこんなことをする人じゃ無かった。確かに、あの人は奥さんを失った。けれどそれでも、罪の無い人間を殺して平気な人では無かったはずだ」

「…あー、うんそうだね。そりゃあ、悪いことだよ。それに、社長が変ってのも何となく分かってた。…でもさあ、あたしが裏切るわけにはいかないんだよ。他の誰が、社長を裏切ったとしてもさあ」

「…それは、どういう」


 乾いた笑いをしている仮名波羅に問う。


「君らは知らないと思うけどね。社長は、奥さんを昔、亡くしたんだ。それも酷いもんで、“プレゼント(能力)”の暴走」

「それは、痛ましい事故、だな」

「ここでクイズ。社長の能力は、他者の能力のコピーなんだけどさ。果たしてそれって、一体なんの能力だったと思う?」

「…まさか」

「正解は、“カイヘンカタナ”。社長が軽く、おもちゃの刀を振るったその軌道の先に、奥さんがいたんだ。…だからまあ、私なんだ。その私がだよ。どうして、社長を裏切れると思う?」


 私達は、声が出なかった。そんな私達を見て、悲しく笑いながら、仮名波羅は続ける。


「そりゃあ分かってたよ。こんな事はダメだって。何度も思ったよ。…でもさ、ダメなんだ。だって、社長が、変わってしまったのは…私の、せいなんだ。だから…私、は…」


 仮名波羅は、気を失った。けれど、私達は何も言えなくて。ただ、月明かりに照らされる彼女を、見ていることしか出来なかった。

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