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世界でいちばん長い夜・弐

 深夜の病棟。どこか薄暗いイメージがあるけれど、実際にはそんなことは無い。当然、人のいないスペースはその通りだけれど、入院してる人のいるフロアは、四六時中明るかったりする。


「それにしても、私たち二人というのは少々、戦力が過小なような気がしますわね」

「えー、でも多分、一番能力が強いのはくるちゃん先輩だと思うんだよね」

「…私がどれだけ身体能力が低いかおわかりで?」

「まあそれは否定できないかなあ」


 くるちゃん先輩は、確かに結構、と言うよりもかなり、身体能力が低くて運動神経が悪い。実際、走っていてもすぐに息が切れたりする。まあ、そういったところは可愛い人だと思うし、チャームポイントだろう。…あくくんも、そういうとこは見ていて良いなって思う、なんて言ってたし。ちょっとだけ、嫉妬してしまうな。

 そう思っていると、くるちゃん先輩が、首をかしげながら口を開いた。


「…しかし、果たしてどれだけ信憑性があるのでしょうね。その、うきぎさん? と言う方の情報は。今日まで、キルループの行動らしきものが一切無かったことは事実ではありますが…」

「うーん…でもまあ、青海(おうみ)さんが聞き出したんでしょ?」

「…その青海も、実際のところ、果たして真実を言っているのでしょうか」

「もしかして、くるちゃん先輩的には怪しい感じ?」

「…いえ、そういうわけではありませんが」


 くるちゃん先輩は、何かを考えるように頬杖をつく。確かに、私達の今の行動は、キルループの人から聞き出した情報をもとにしてはいるけれど、ただやはり、その情報が正しいものである、と言う確証は未だに無い。


芽唯(めい)さん、向こうの作戦とはどのようなものでしたか?」

「ええと、残りの“いちばん”のうち、二人──仮名波羅(かなはら)さんと、浮木(うきぎ)さんって人が陽動で、外からここに入ってくる。それで、もう一人の人が、こっそり潜入して、芽亜(めあ)君を攫う…だったっけ?」

「ええ。そして、浮木をこちらが捕らえた以上、陽動に一人、潜入に一人、と言う形式になります。…が、少しおかしくはありませんか?」

「おかしい?」


 あまり、そこまで変とは思えないけれど。ただ、確かにこのことを聞いたとき、引っかかりはあった。くるちゃん先輩は、少し声をひそめて続けた。


「…なぜ、ただの病院に、こうして策を弄するのか、と言うことです。…言ってしまえば、陽動など不要では無いでしょうか?」

「えっと、どういう…?」

「そうですね。例えば。貴方の弟、芽亜さんが国家の要人の子息で、厳重な警備がされているとかであれば、分かります。ただ、ここはごく普通の病院で、いるのは警備員ぐらいでしょう。強引にやってきても、警備員ぐらい、能力を持つ人間には訳ないでしょうし、仮に警察を呼ばれても、機動隊ぐらいでなければ恐らく楽々と対処することが可能でしょう」

「でも、私達がここにいるから、そうやってるんじゃないの?」

「ええ、一理あります。ですが、彼らの狙いが芽亜さんだという情報。それが漏れていることはあちらも重々承知な事でしょうし、と言うよりも向こうが漏らしましたわ。…ですが、だとしても。個別に派遣するより、まとめて数人で仕掛けてこられたら、私たちは恐らく負けるでしょう。…なぜ、そうしないのでしょうか?」


 くるちゃん先輩は、そこまで言い切って、言葉を止めた。言われてみれば、確かにその通りで、私達はあまり、能力の戦い──というよりも、戦闘という行為そのものになれていない。なぜって、私達は、ただの女子高生か男子高校生だからだ。ふっきーちゃんは、少し経験はあるけれども、それにしたって、今回のキルループの作戦は不可思議に思える。


「そして、一番の謎は、向こうの首魁、炉ノ路露那(ろのみちろな)がやってきていないと言うことでしょう」

「うーん、でも組織のボスって、そんなに矢面には立たないんじゃないかなあ」

「まあ、普通はそうでしょうね。…しかし、思い出しはしませんか? 彼は学校に来ましたし、あまつさえ──演良(あくら)さんのお父上を、その手にかけたのですわ。…そんな人物が、なぜこの重要な場面において、出てこないのでしょうか」

「…うん、確かに」

「青海を信用していないわけではありませんが、向こうの作戦には粗が多い。まるで、こちらが戦力を分け、向こうの一人ひとりに対処することを狙っているかの如く、ですわね」

「うーん…まあでも、私達はとりあえず、あっちの本命──潜入してきてる人を、倒さないとね」

「…まあ、そうですわね。考えても、仕方ありませんもの」


 そう言って、私達は立ち上がった。目の前に立つくるちゃん先輩は、楽器を弾いているとき、歌っているとき以上に真剣だ。…けれど多分、私もそれとおんなじくらいには、まじな顔になっているんだと思う。

 なぜって、めあくんの危機だからだ。私にとってめあくんは、ほんとうに小さいときから見てきた弟だ。大切な、大好きな家族。そんなめあくんを、奪わせてたまるか。…それにめあくんは、あくくんにとっても、弟みたいな存在なんだ。…あくくんに二度と、家族を奪わせるもんか。

 私が決意を固めていると、ひたひた、と足音がした。私とくるちゃん先輩は直感する。──来た、敵が。構えて、足音のする方を向く。丁度、階段から上ってくるところらしい。


「…芽唯さん、私の合図で仕掛けてください」

「…うん、おっけ」


 じわり、と手汗がにじみ始める。そして、その足音の主は、階段から姿を現した。瞬間、くるちゃん先輩が「今!」と言った。


「“グラヴィティグルーヴ”!」

「“メタリックメイド”!」


 くるちゃん先輩が、前に向かって、巨大な重力を発生させる。合わせて私も、おびただしいほどの銃火器を発現させ、一斉掃射した。…病院が壊れる可能性なんて、考慮に入れなかった。

 階段から上ってきた人物は、ただ一言、「チートチェーン」とだけ呟いた。すると次の瞬間、その人の背後から、十本ほどの鎖が現れた。それは、半分ほどは壁に刺さることで彼が重力で飛ばされるのを避け、もう半分が彼を取り巻くことで私の攻撃から身体を防御した。

 私達が攻撃をやめた後、数本の鎖で壁につなぎ止められた、球状の鎖が残った。


「…できれば、この最初の一撃で屠りたかったのですが」

「うーん、ダメだったか。…聞いてたとおりだったね、“チートチェーン”…絶対に壊れない、鎖を扱うって」

「…おいおい、なんでバレとるんじゃわしの能力」


 鎖を解きながら、男が現れた。…男、とは聞いていたが、見た目ははっきり言って、どっちでも通用しそうだ。女の私が見ても少し嫉妬するくらいには、顔が整っている。ただ気の抜けることに、なぜか野球のユニフォーム──しかも、プロ球団のレプリカ品──を着ていた。


「ええと、確か…来望久瑠々(くるもちくるる)に、瑪奈川芽唯(めながわめい)じゃったかの? はぁ、浮木の奴、面倒なことをしよるなあ。…ウチ、移籍は認めておらんのじゃがの」

「…話は聞いておりますわよ、キルループ“いちばん”地丸長吉(ちまるちょうきち)

「お。知られとるかやっぱり。じゃけどしようのないことじゃ、スター選手が対策されるゆうんは世の常じゃけえの」


 地丸は、頭を掻きながら笑う。まるで、親戚の子に話しかけるような声色で。


「…えっと、その服…」

「お、分かるか? これのう、カアブのユニじゃ。し・か・も、あの絶対的エース、黒本さんのじゃ。どうじゃ、羨ましかろ?」

「…あー、野球は興味ないんで」

「…まじか。おいおい、国民的娯楽じゃぞ。…いやでも確かに、最近どこの球場行っても、段々若い子ら減っちょるしの。はぁ、きょーてーのう」


 なぜか、地丸は項垂れた。けれども少しして、「さて」と顔を上げた。そしてその顔には、先ほどまでの笑顔はなくなり、目の前の人物が、敵なのだとはっきり分かった。


「──プレイボールじゃ」





 病室で、僕とでぃーは、静かに座っていた。先ほどまで話していた芽亜君が、うとうとし始めたからだ。どうやら芽亜君は、治療に使っている薬の影響で、睡眠時間が増えているらしい。そうでなくとも、子どもなら眠くなる時間だ。…ただ、もちろんそれはでぃーも同じだ。


「…でぃー、眠くないかな?」

「眠くないのです…でぃーはまだ起きてるのです」

「そっか。…ねえ、でぃー」


 僕は、でぃーの肩に手を乗せて、でぃーの目を見る。彼女はいぶかしげに、「…お兄ちゃん?」と首を傾ける。


「…僕が病室から出たら、芽亜君を連れて、僕の家まで帰るんだ。…魔法を使って」

「…? いいですけど、どうしてなのです?」

「…実はね、サプライズなんだ。芽亜君の退院のね」

「なるほど、起きたらそこは家ってことなのです?」

「そう、その通り。僕は、手続きとか色々あるからさ。だから、先に帰ってて欲しいんだ。できるかな?」

「もちろんなのです!」


 でぃーは、笑ってそういった。なんて、眩しい笑顔。ほんの少し、彼女を騙す後ろめたさが、僕のんかで芽生えた。けれど、それを彼女には見せないように、努めて笑顔で、彼女に話しかけた。


「ねえ、でぃー。クリスマスってさ、家族でチキンと、ケーキを食べるんだよ。だから明日は、僕とでぃーと、他にも一杯人呼んで、それでクリスマスパーティーをしよう」

「わあ、楽しみなのです!」

「それじゃあ僕はちょっと出てくるから、お願いね、でぃー」

「分かったのです!」


 でぃーの頭を軽く撫でて、僕は病室を出た。彼女は良い子だ。そんな彼女を騙していることに、ほんの少しだけ罪悪感がわいてしまう。けれど、これが一番の方法だ。…きっとこの夜で、全てに決着をつけてみせる。そして、皆と一緒に、ただ楽しい日常を過ごすんだ。

 病室を出ると、スマホに二つほど通知が来た。どうやら、蕗乃(ふきの)ちゃんとエルヴィラ、それに久瑠々先輩と芽唯が、予想通りに敵と出会ったらしい。…本当なら、ここで僕は、どちらかの加勢に行く手筈だ。奇襲を仕掛けるために。ただ、そうはいかないだろう、と予測していたし、実際にそうなった。なぜなら、丁度一人の人物が、このフロアまでやってきたからだ。


「…まあやっぱり、最後は貴方が来ますよね。…炉ノ路露那」

「…君、なんでここにいるんだ」


 彼は、僕を見て目を見開いた。


「なぜって、芽亜君を守るためですよ」

「…君の心は、折れたはずだろ」

「はは、僕は多いんですよ。友達が」


 すると彼は、一つ舌打ちをして、何やら小声で呟いた後、僕を見て言った。


「…面倒くさいな。あまり、君と戦いたくは無いんだが」

「それは、こちらの台詞ですよ。…まあ、安心してください。僕が貴方の野望を打ち砕いて、戦う理由をなくしてあげますので」

「…そうか。なあ、彩嗣演良。戦う前に、少し話でもしないか」


 そう言うと彼は、一つため息をついて、先ほどまで無かったはずの椅子に座った。何らかの能力だろうか、と思っていると、僕のすぐ側にも、一つの椅子が置いてあった。


「まあ座りなよ。茶も菓子もないけれどね」

「…じゃあ、失礼します」


 罠の可能性も考えたけれど、仮にそうであっても問題は然程無いし、それに彼の目を見ると、不思議と罠で無いという確信が僕の中に生れていた。彼を見据えながら座ると、彼は口を開いた。


「…なあ、君はどう思う。僕らの持つ、この“プレゼント”を」

「あまり、考えたことは無いですね」

「僕はね、まあ君に一度言ったけれど、不幸をうみだすものだと思っている。これはね、ある一人の男の話なんだが。彼は、特殊な能力を持って生れてきた。そしてその能力で、同じように能力に苦しむ人の拠り所を作ってあげていたんだ。…この世界には、能力のせいで生れた不幸が沢山ある。鍛錬のつもりが、人を殺してしまったり。能力を使って人を助けようとして、間違えて傷つけてしまったり。能力に溺れて、犯罪の道に走ってしまったり。そんな人達を、彼は助けようとしたんだ。そういていつの日か、彼には沢山の友達が出来たんだ」

「…」


 彼の話を、ただ静かに聞く。彼が、『シノビウィザード』なんかを書いた作家だからだろうか、どこか物語仕立てだ。


「ただ、ある日。彼の妻が、死にそうになったんだ。けれど、彼の能力はほとんど万能だった。だから、妻を助けられたんだよ。…気が動転して、能力の使い方を間違えなければね」

「…だから、今こうやっていると?」


 彼の表情は、段々と暗くなる。彼の言うとおり、彼がパートナーを失ったのだとして、きっとそれは、彼を絶望の淵にたたき込むのには十分すぎただろう。家族を失うことの辛さなんて、僕にだってよく分かる。けれど、それでも、人を傷つけるような行為は許せない。


「まあ、最後まで聞いてくれ。…そのときから、彼は能力を、世界からなくすために動き始めたんだ。そして、行きついた。能力をなくす方法に。それは、人類に“プレゼント”を与える存在である、神を殺すこと」

「…どうやって?」

「“杖”は、神の遺物。力の移動が可能だ。そして、神の力である“プレゼント”に干渉するためには、“クジラのうろこ”によって、権限を得なければいけない。しかし、そうやったとしても、杖を使うにはエネルギーが必要だ。だからそのために、神が人類から没収した魔力の塊である、“黒い石”が必要となる。そうすることで、“杖”は──“プレゼント”を、他者から強制的に徴収することが可能になるんだ」

「…つまり、人から“プレゼント”を奪うと。ただ、それと神とにどういう関係があるんですか」

「今の神は、二つに分かれている。形代と、“空飛ぶクジラ”。そして、神の力は後者にある。つまり、神を復活させるには、その形を崩せば良い。…徴収した“プレゼント”を、“クジラ”に無理矢理に返し、神の力を溢れさせることでね」

 

 彼の言うことは、はっきり言ってよく分からない。専門用語が多いからだ。だから僕は、単刀直入に聞いてみることにした。


「…それで、なぜ芽亜君が必要なんですか」

「良い質問だね。力というものは、形を保っていられない。そしてそれは、杖と同じだ。…だから、器がいる。一度に、どれほどの能力を宿しても壊れない器が。…器に、ため込むんだ

。大勢の人から奪った“プレゼント”のエネルギーをね。まあ勿論、その過程で器は壊れるけれど──些事だ。そうして、復活した神を僕は──」

「もう十分だ」


 僕は、彼の言葉を遮った。なぜなら、自分でも今まで感じたことが無いほどの怒りが、湧き上がってきたからだ。立ち上がって、彼を睨みつける。


「貴方が屑だって事は十分分かった。…芽亜君の命が、些事? 確かに、“プレゼント”は人を不幸にするかも知れない。けれど、芽亜君を殺すというのなら──あなたも、人に不幸を与える存在と一緒だ。…しかも利己的に、耳さわりの良い言葉をうそぶいて、傷つける悪人だ。…僕は、貴方の目的に賛同なんてしない。…ここで、貴方を倒す」

「…うん、賛同して欲しいなんて思ってないさ。けどまあ、僕に反対するのなら──君の命も、コラテラルダメージにさせてもらうよ」


 そう言うと、彼は立ち上がった。そして彼は、上着を脱ぎながら、「もう一度最後に聞くけど」と口を開いた。


「…君は、“プレゼント”は不幸だと思うかい?」

「…いいえ。僕は、“プレゼント”のおかげで皆に会えたから」

「そうか」


 彼は、寂しそうに笑った。そして、拳を構えた。


「それじゃあ、やろうか。…最後の壁、越えさせて貰うよ」

「…王子様として──絶対に、貴方は倒させて貰います」


 僕も構える。そうして、彼との戦闘の火蓋が、切って落とされたのだった。

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