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世界でいちばん長い夜・序

 棚総合病院。僕らの住む棚市で、いちばん大きい総合病院だ。そこに、芽唯(めい)の弟である、芽亜(めあ)くんは入院している。

 12月24日午前十時、僕は芽唯とでぃーと一緒に、芽亜君の病室に訪れていた。


「や、久しぶり芽亜君」

「あ…お久しぶりです、演良(あくら)さん」

「…え」


 ベッドに座っている芽亜君に話しかけると、彼は挨拶を返してくれた。記憶より幾分か色白いけれど、やはり成長している。しかし、やっぱり顔立ちは芽唯に似ているけれど、やっぱり芽亜君は格好いいよりだな。ただ、一つ衝撃だったのは、彼が僕に敬語で接したことだ。そして、演良さん、という呼び方も。


「…えっと、なにか…」

「…ぐすっ」

「え」

「もー、めあくんが演良さんなんて言うからあくくん泣いちゃったじゃん」

「なのです」

「えー…」


 少し大げさに泣くふりをしたのは事実だけれど、彼の僕への接し方に、衝撃を抱いたのも事実だ。僕の記憶にある芽亜君は、僕のことを「演良兄ちゃん」なんて呼んでくれていたものだから、なんだか他人行儀な様な、まるで彼が遠いところに行ってしまったかのような、そんな気がした。


「いや、まあ良いんだ。芽亜君が大人になったって事だから、僕は寧ろ嬉しいんだよ。…別に、昔は兄ちゃんって呼んでくれてたのに寂しいななんて、思ってはいないからさ…」

「…えっと、じゃあ…演良兄さん、で」

「芽亜君…!」


 僕は。芽亜君の手をそっと握った。彼は、呆れたような顔で僕を見ているけれど、そこにはどこか、優しさが見え隠れもする。そうしていると芽唯が、「そうだあくくん」と口を開いた。


「実はこないだ、めあくんにあくくんがくるっていったんだけどさ、めあくんたらその時ね」

「や、やめろよ姉ちゃん、そう一々俺のこと言うなって!」

「えー、でもさぁ…」

「でもじゃないってば」

「もー…」


 芽亜君と芽唯は何やら言い争っている。よく二人は、芽唯が芽亜君に世話をしようとして、芽亜君がそれを少しうざったく思っているようなことがしばしばある。要するに、二人は大分仲が良い。なんだか、見ていて微笑ましくなっていると、ふと芽亜君がでぃーを見て、首をかしげた。


「えっと、演良兄…さん、その子は?」

「でぃーはお兄ちゃんの妹なのです!」

「うん?」

「紹介するよ芽亜君、僕の妹のでぃー」

「貴方のことはお姉ちゃんとお姉ちゃんから聞いているのです! よろしくお願いするのです」

「…演良兄さんって、妹いたんですね。知らなかったです」

「ああ、無理も無いよ。だってでぃーが妹になったの、つい最近だしね」

「…へ?」


 芽亜君は随分と混乱している。まあ確かに、つい最近妹になった妹、なんて紹介は面食らうのも訳はない。ただそうは言っても、でぃーを紹介するのにこれ以上に適した言葉はあまりない。すると芽亜君は、頭をかきながら、「まあそれで納得はしときます」といった。


「それん、兄ちゃ…兄さんが変なのは、昔に始まった話じゃ無いしね」

「え、いま兄ちゃんって」

「…言ってない」

「いや絶対」

「言ってないから!」

「もー、そんなに意地張ること無いのに。ちょっと前も、髪切るときに『演良兄ちゃんと同じ髪型が良い』なんて言ってたじゃん」

「ちょっ」

「え、そうなの?」

「~ッ!」


 芽亜君の驚きの事実に僕は思わず声を上げてしまう。芽亜君は、恥ずかしそうに頬を赤らめて、窓の方を向いた。心なしか、耳まで赤くなっている。


「…まあ、その…俺にとって身近で格好いい人って、兄ちゃんだから」

「芽亜君…!」


 彼が、頭をかきながら言った。なんて嬉しい言葉だろうか。感激していると、芽唯とでぃーが、小声で「分かる」「とってもよく分かるのです」と言い合っていた。


「…で、兄さんはどうしてここに来たの?」

「あ、話題そらした」

「うるさいなあ姉ちゃん」

「僕がここに来たらダメだった?」

「ダメじゃ無いけどさ、今日クリスマスじゃん?その…なんでわざわざ、俺のとこ来たのかなって」


 彼は、俯いて話す。なるほど、彼は気を遣わせたと思って、後ろめたい気持ちになってしまっているのだろう。ただ僕は決して気を遣ったから彼のところに来たのではない。勿論、彼がキルループに狙われたから、というのもあるけれど、一番はやっぱり、僕が久しぶりに彼の顔が見たかったからだろう。


「ほら…姉ちゃんとデートとかさ…兄さんって、モテるし」

「うーん…まあそれもありだけどさ。やっぱり、クリスマスって家族で過ごすものでしょ? だから、芽亜君と話したかったんだ」

「…まあ、そういうことなら」


 彼は、ふいっと横を向いた。ただ、微かに見える口角は、確かに上がっていたのだった。


「それじゃあ芽亜君、これやろう」

「…あー、これ流行ってますよね」

「うん、ほら芽亜君レースゲーム好きだったからさ」


 結局、僕らはそれからゲームをしたりして、楽しく過ごした。そして、その日の夕方、日没と共に──世界終末への、カウントダウンが始まる。

 これが、12月24日──世界で一番長い夜が、始まる前の出来事。





 夕方。病院は暗くなる。余は、裏口の茂みの側で、エルヴィラと静かに座っていた。


「…ふむ、しかし本当に今日なのだろうか」

「…もし今日来なければ、皆でクリスマスを過ごせる」

「だな。そうなれば良いのだが。…まあ、そうも行かぬな」


 余とエルヴィラは、ほぼ同時に、その空気感を感じとった。…いる。それも、圧倒的な、強者が。息をひそめていると、その人物は、裏口の方へと向かっているようだった。


「いやあ、しっかしえらいことになったもんだねえ。…こーして警戒されてるんだからさあ」


 エルヴィラとアイコンタクトをして、言葉を発さずに移動する。そうして余は、その人物の後ろに立ち、名乗りを上げた。


「余、見参!!」

「…うーん、なぁんで、今日だって分かったのかな…あー、もしかして浮木(うきぎ)からかな?」

「は、その通りだ。余らの王子様があれを征討した。故、今日ここに、貴様らが来るのは想定済みであるのだ。なあ、仮名波羅(かなはら)かなえ」

「はは、なーる、あの動物オタク彩嗣演良(あづきあくら)に負けたんだね。…にしてもさ、父親死んでも折れんなんて心強すぎね?」


 仮名波羅は、刀の柄に手をかけながら、ぺらぺらと話す。まるで道ばたで世間話をしているような口調で、緊張感の一切を感じさせない。こうしたわずかな点からでも、目前の敵が、いかに死線をくぐり抜けてきたのかが容易に想像される。


「ふむ。まあその言は不愉快だが、流そう。…して、仮名波羅よ。言葉を交わすも無粋であろう」

「うん、分かってんじゃん。んじゃ、やろっか」


 仮名波羅は、刀を抜いた。瞬間、殺気が放たれる。そう、これだ。仮名波羅の、刀を手にすることで生れる圧倒的な殺傷能力と、威圧。これが厄介だ。…まあ、今は直接対峙する盤面では無いが。


「かかってこい。…以前の余と思わぬ事だな」

「あはぁ、言われなくてもそのつもりだよん。──人の成長は、いつも急だからねえ!」


 仮名波羅が踏み込む。そして、余の間合いに、たやすく侵入する。──が、それはまやかしだ。


「──うーん、手応えナシ、幻かな」

「ふっ、その通りよ。…さて其方は、一体いつから幻を見ておったのかな?」


 余は、辺りの景色を一変させる。病院など無かったかのように。すると仮名波羅は、鼻で笑って、「流石に分かるよ」と言った。


「君の能力、まあ目合わせるとかがトリガーなのかな。だったら、ここは病院だ。…んで問題は、この幻影が、あたしの感覚を、どこまで奪ってるかって事でしょ」


 そう言うと仮名波羅は、刀を振るった。余に、ではなく、辺りの地面を斬りつけるが如く。


「なっ…!」

「うん、手応えあり。んじゃあ、あたしが奪われたのは、五感ぐらいかな。身体は、普通に動かせる、と。…うん、なめられたもんだね」

「なっ!」

「お、そこかな?」


 仮名波羅は、何も無い──ように、見える空間を斬りつけた。だが、何も無いのは幻影だけだ。実際の余は、そのすぐ側にいた。故に、思わず声を上げてしまったのだが──どうやら、悪手だったらしい。仮名波羅は、にやりと笑って、余の方を眺めた。まるで、獲物を捕らえた猛禽類のような視線に、本能が危機を告げた。目前の人物は、敵では無い。天敵であると。


「んー、まあ感覚なしで、君を切れるかってゲームなわけだうん、良いね」

「…ほう、ならばこちらの遊びにも、付き合って貰うぞ!」

「おー、熱そー」


 仮名波羅に向けて、数百の火柱を打ち出す。視覚はもちろんのこと、肌に感じる暑さまで、これは限りなく本物に近い。だが仮名波羅は、避けるそぶりすら見せなかった。


「でもさあ、これ幻じゃんね」

「──奇怪だな。いかに幻とて、其方の感覚はそれを真と告げておるはず。…なぜ、何らのダメージも無い?」

「初見の技じゃ無いし、幻だって分かってるしね。斬るまでも無いよん」

「怪物だな」


 仮名波羅は、刀を構えた。その方向は、幻で無い余を向いている。流石に、勘にしてはあまりにも正確だ。


「あー、今なんで分かったん、って思ったでしょ? いーよ、教えたげる。あたしはね、これまで何百、何千と命のやりとりをしてきたんだ。勿論、命かかってない勝負は倍はしてる。だから、分かるのさ。相手の立ち会い方、立ち回りが、ほぼ完璧にね!」

「…は、無茶苦茶な理屈だな。…だが、余を凡百の相手と一緒くたにするでないわ」

「…またそれえ? きかないってばあ」


 余は、仮名波羅に炎の幻覚を見せる。そしてそれを、仮名波羅に向けた。彼女は、それを見て退屈そうにしていたが、わずか数メートルに至ったところで、その顔色を急変させた。


「──っ!」

「ほう、気づいたか?」


 仮名波羅は、炎を斬りつけた。なぜなら──現実において、全く同じ方向から、エルヴィラが炎を出していたからだ。炎は斬られて──斬る、と言う表現が当てはまるのかは分からないが──消えたが、仮名波羅の表情は打って変わって、にやりと笑っている。…丁度良い。余は、幻を解いた。辺りの景色は一変に、夜の病院前の路地となる。


「…エルヴィラ・エイト…!」

「…一騎打ちとは、誰も言っていない」

「はは、しかし見破られるとは。だが、其方も油断したな。その装い、わずかに燃えているぞ?」


 避けきれなかったのか、仮名波羅の着る服が、僅かに焦げていた。仮名波羅はそれをみて、僅かに舌打ちした。


「はー…ついてないなあ。これ、気に入ってはなかったけどさ」

「ついていない、か。…それは、其方が陽動だから、かな?」

「…! そこまで、知ってるんだ」


 余の指摘に、仮名波羅は目を見開く。無論、向こうの作戦は、概略を知っているから、これが陽動であり、本命が他にあるのは知っている。すると仮名波羅は、「だとしたら」と言った。


「なぁんで、こっちに君らが?」

「…貴方は放っておけるほどの人間では無い。…だからここで、私達が止める」

「そういうわけだ。さあ仮名波羅よ──リベンジマッチと行かせて貰うぞ」

「ははっ…良いねえ。楽しくなってきた!」


 仮名波羅が、笑って刀を構える。戦いが、始まった。





 ユーバースター・スターパーク。国内でも有数のテーマパーク。ウィリーアイランドと並んで、カップルの最人気デートスポット、なんて呼ばれたりもしています。今日が12月24日、クリスマスイブだからでしょうか、やはりかなり人がいます。まだお昼時ですが、結構いるものなのですね。こうしたものは、夕方からが人が増える、と勝手に思っていましたが、そうでもなかったみたいです。


「いやあ、ぎょうさん人おるし、カップルばっかやなあ」

「そうですね」


 隣で歩いている泉充(いずみ)くんも、人の多さに驚いているようです。すると彼は、こちらを見て、申し訳なさそうに言いました。


「ごめんな槇葉(まきは)ちゃん、もうちょい静かな方が良かったやろ?」

「そ、そんなことないですよ。それに、私は、その…」

「その?」

「…あ、あなたと一緒なら、どこだって…」

「そ、そっか。うん、それは俺も、そうやわ」


 いつか子どもが出来たら、家族で一緒に来たいですね──なんて、言えるはずも無く。ごまかした言葉を、いつかは貴方に言える日が来るのでしょうか。

 気まずくて、少し会話が途切れとがれになりながらも、私達はパーク内を歩きます。最初は、最近出来た、人気ゲームのエリア。近づいていく道中で、ワゴンにカチューシャが売られているのに気が付きました。そういえば、見かける人はほとんどかぶり物をしていましたね。確か瑪奈川(めながわ)さんも、「カチューシャとかつけたらツーショット撮る口実になるよ」とアドバイスをくれていた気もします。


「そうだ、泉充くん。なにか、かぶり物を買いませんか?」

「お、ええやん。それやったらさ、互いに選ばん?」

「いいですね」


 結果、私は泉充くんに、ウサギがモチーフのキャラクターのカチューシャを買いました。結構、泉充くんは寂しがり屋なところがあるから、ぴったりですね。そして、泉充くんは私に、猫耳とリボンのカチューシャをくれました。なるほど、彼は猫っぽいのが好きなのでしょうね。


「あー、俺の結構可愛いなあ。…え、これつけるん?」

「いいじゃないですか。泉充さん、ウサギっぽいですし」

「えー、俺肉とかの方が好きやで? まあつけるけどさ…どう?」

「…完璧です」

「え、写真撮るの早」


 カチューシャをつけた彼を見て、思わずシャッターを切ってしまいました。まあ、彼が可愛いのが悪いので仕方が無いでしょう。続いて私も、カチューシャをかけてみました。


「どうでしょうか…?」

「~ッ、か、可愛すぎる…!」


 泉充さんは、口に手を当てています。どうやら、お気に召したようですね。良かったです。そうだ、猫っぽいポーズでもサービスしてあげましょうか。私は手を可愛く握って、首をこてんと傾けて、小声で「にゃあ」と言ってみました。いつものように、彼が言葉をまくし立てるかと思ったのですが…彼は、絶句していました。


「えっと…泉充くん、流石に無反応だと恥ずかしいのですが…」

「あっごめん。ちょっと可愛すぎて気絶してもうたわ」

「そ、そうですか…」


 すると彼は、私の両肩に手を置いて、真剣な眼差しで「可愛すぎるから禁止」と言ってきました。…まあ、偶にやりましょうか。

 私達は、カチューシャをつけたまま、道を歩きます。隣同士、遠くはありませんが、ぴったりとも近づかない微妙な距離。少しだけ、もどかしくもありました。そうして、辺りを見回すと、どうやら辺りのカップルは皆、手を繋いでいるらしいです。…私も、あんな風に…そう思っていたら、隣で歩く泉充くんが、手を私の方に差し出して、言いました。


「なあ、槇葉ちゃん。…その、手、繋がん?」

「泉充くん…?」

「その、やっぱりさ。カップルっぽいこと、したいなって。…あかん、かな?」


 彼が、私を見て、不安そうに言います。私は、すぐに手を握りました。


「…良いですね。こうしていると、まるで泉充さんと一つになったような気がします」

「…うん、そやな」


 少し恥ずかしそうに、頬を掻く彼を見て思いました。やっぱり泉充くんは──私の彼氏は、素敵だなって。

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