観覧車と王子様
観覧車は回り出す。大きな観覧車だから、そうすぐ一周するわけではない。がたがたと音を立てて動く観覧車の窓を、目の前に座る男──キルループの幹部、浮木はじっと見つめている。彼は、窓から視線を話さずに口を開いた。
「…なぜ、僕のことが分かった、彩嗣演良。お前とは面識がないと思うんだが」
「そうですね。確かに貴方とは初対面です。ですから、教えて貰ったんですよ」
「誰に…あぁ、青海と猪谷か」
「その通りです」
僕は先日、青海さんにキルループの情報について聞き、情報を引き出した。驚くことに彼女は、あの後も平然と、久瑠々先輩の教育係、あるいはお付きとして働いているらしく、久瑠々先輩も「面の皮厚すぎませんこと?」とあきれかえっていたけれど、青海さんはあっけらかんと「いやあ、ゲーム買う金なくなんのはきちいんで」と返したらしい。
「残りの“いちばん”は三人」というのが、青海さんがくれた情報だ。そしてその一人である浮木に、僕は目星をつけた。三人の中で唯一、彼が接触しやすい職に就いていたからだ。そして僕は、この動物園にやってきた。
「…ったく、人間は嫌だな。無駄に策謀なんて巡らせる。──生き物が頭を使う時なんてな、狩りか逃げか、そのぐらいで良いんだよ」
「聞いていたとおり、随分人が苦手なんですね」
「あぁ苦手だね。勘違いすんなよ? 別に僕は、人間が地球環境を破壊しているとか、人間だけが遊びで人を殺すとか、そういうチープな話題を言いたいんじゃない。僕が嫌いなのは、人間が随分無駄なことをしているからだ」
「…無駄?」
「ああ。いちいち迂遠なんだ。他者との関わりに、すぐに考えを巡らす。それは要らない」
「はぁ…」
「だから単刀直入に聞く。なぜ、僕を選んだ?」
「簡単なことです。貴方には社会的地位がある」
僕の答えを聞いて、彼は面食らった顔をした。そしてそのまま、「それがどうしたと言うんだ」と口を開いた。
「…何なら、今この場でお前を殺してもいい。僕の能力は知っているだろう?」
「はい。“ウルトウェーブ”。身体から、振動波を発生させる能力で、その破壊力はキルループでも随一だとか」
「…僕の能力が象だとしたら、お前は所詮はリスだ。あぁ勿論、これは身体の大きさを例えたまでで、僕は象もリスも、動物には貴賤はないし、単なる上下も無いと思っているが。まあともかく、それぐらいに差がある」
「はい、その通りです。が、僕には勝算がある。だから、今日ここに来た」
「勝算…?」
彼は、首をかしげる。それにしても、「争い事が嫌いだ」とは聞いていたけれど、実際にここまで会話に応じてくれるとは思っていなかった。今まであった“いちばん”は、猪谷といい仮名波羅といい、随分好き勝手に能力を使ってきていたものだから、結構良識はあるらしい。まあ、彼がこうしているのにも、大きな理由はあるのだけれど。
「それは、ここで戦うと言うことです。この、観覧車の中で」
「…正気か? この狭さ、僕の攻撃はお前をたやすく打ち砕くぞ」
「ええ、そうでしょうね。…ここが、貴方の勤めている動物園の敷地内に設置された、観覧車の中でなければ」
「…あ?」
彼は、僕を睨んだ。その剣幕は鷹のようだ。ともすると、動物と接する仕事をしていると、彼のように野性的な威圧が身につくのかも知れない。…もしでぃーが、動物園に勤めたりなんてしたら、彼女もこんな風に、鋭い目つきをするようになるのだろうか。それもそれで良いななんて、こんな状況なのに思えてしまった。
気を取り直して、僕は言葉を続ける。
「貴方が本気で力を振るえば、これは壊れるでしょうね」
「…僕が、そんなことを躊躇するとでも?」
「します。貴方は、この動物園が好きだから」
「…ちっ、あのゲーマーと芸人め」
彼は、窓を眺めてぼやいている。青海さん曰く、彼は動物園が大好きで、自分の職場に関しては言うに及ばない。
「はぁ…で? 僕の力を封じた如きで、どうにかなるとでも?」
そう言うと彼は、こちらに向き直った。瞬間、予感が──死の感覚が、僕を襲った。場所は、顔右半分。夢中で顔を左にそらすと、浮木の拳がすれすれを通過した。が直後、僕はさらに横に弾き飛ばされて、側頭部をぶつけてしまった。
「観覧車を壊さない範囲内でも、お前を倒すぐらいはできるんだよ」
「ははっ…これが、振動波…強いですね」
「…“いちばん”を舐めるな。残り半周しきる前に、お前を無力化する」
「はは…それは、こちらの台詞ですよ。…ここで、僕は貴方を倒し、キルループの情報を引き出す」
丁度、観覧車は頂点に到達した。だが、僕らはそんなことには目もくれない。ただ、相手の一挙手一投足に目を配る。…彼の能力はかなり強い。普通にやれば、ここで負けるだろう。ただ、僕には一つだけ、勝つための策がある。──どう運ぶかは分からないが、一撃入れさえすれば、僕が勝つ。ただそれは、彼も同じ事だ。つまりこの勝負、攻撃を避けて、一撃入れた方の勝ちだ。
「やれるものならやってみろ!」
「くっ…早いですね!」
「まだまだこんなものではない!」
彼の猛攻が始まる。彼は随分と器用に、この狭い空間で、僕に攻撃を仕掛ける。左右の腕、脚は全て一撃必殺だ。
「はっ──全然、当たってないぞ!」
「…避けても無駄なのは、お前がいちばんよく分かっているはずだが」
「くっ、随分といやらしい能力ですね!」
そして、何より厄介なのが振動。死の感覚を頼りに彼の攻撃は避けても、ダメージだけは必ず食らってしまう。長引けば、僕が負ける。だから、こちらからも攻撃するのだが──
「…武術は心得ている」
「──くそっ」
彼にたやすくさばかれる。結果として僕は、彼からの攻撃を避け続けるもののダメージを食らい続け、そしてこちらからは攻撃をあてることすらできず、次第に不利になっていった。外を見ると、もう残り三分の一か、四分の一といったところだろうか。
「くっ…」
「これが、格の差だ。…お前は確かに強いのだろう。だがな、僕の方が強い。…安心しろ、お前の妹もすぐに送ってやる。僕は、禍根は残したくないからな」
「──お前!!」
でぃーの存在に言及され、僕は一瞬、冷静さを欠いてしまった。そこが、失敗だった。殴りかかる僕は、彼の攻撃を察知できず、気づけば彼の一撃を、心臓に食らってしまったのだった。
「がはっ…!!」
「…ほらな。こうなる。お前が妹を連れてきた理由などしらないが、弱みを見せるのは避けるべきだったな…何をやっている」
地に伏した僕に、彼は言葉を投げかける。けれど僕は、残るわずかな力で、右手で彼の足首を掴んだ。
「見苦しいな。まあ、大抵の動物は死の間際までもがくものだから、殊勝な心がけだと認めなくもないが。…ああ、不死なのだったか?」
「…僕、の…」
「何だ、聞こえないぞ?」
「…僕の、勝ちだ…!」
「何を…ぐあっ!」
僕は、彼の足首を握る腕に力を込めた。次の瞬間、彼の足首には尖った鉄片が刺さり、貫通した。そして彼は、痛みに声を上げる。
よろけた彼の隙を突き、僕は死ぬ気で、彼の胸元に左手を当てた。
「…はぁ、はぁ…これで、詰みです」
「…何を、した!」
「能力の、応用ですよ。ほら」
僕を睨む彼に、右手を見せる。僕の右手には、先ほど彼の足首を穿った鉄片と同じくらいの大きさの穴が、ぽかりと開いていた。
「僕の能力なんですが、まあ再生です。だから例えば、無理矢理身体に異物を押し込んで、再生する肉体で押し戻して、異物を外に出すなんてこともできるんです。さっきは、この右手から、貴方の足首に向かって、尖った鉄片を射出しました」
「…つまり、この左手は」
「はい。こっちにも、同様の仕込みがしてあります。このまま撃てば、まあ貴方の心臓は貫けるでしょうね」
「…だとしても、僕の攻撃が届く距離だぞ」
「ええ。勝負ですね。僕と貴方、どちらが早いのか」
「…はぁ、分かった。降参だ」
彼は、両手を挙げた。ただ、油断はできない。僕は彼の胸に左手を当てたまま、椅子に座った。
「…あぁ、先ほどのことですが、言っておきますよ。僕が、妹を連れてきた理由」
「……」
押し黙る彼に、構わず話す。
「僕は王子様ですから。キルループをどうにかするのも、大切な人達を幸せにするのも、もうどっちも諦めません。全部、全部叶えます。王子様は、強欲ですから」
「…茨の道だぞ」
「ですが、必ずやってのけますよ。…あぁ、それともう一つ。青海さんから聞いて、ここを調べて──良い動物園だな、と思ったので。折角だから、妹も連れてこようかな、と」
「…ああ、それはそうだ。…なあ、彩嗣演良」
「何でしょうか?」
「君は、いちばん好きな動物は何だ?」
彼は、口角を上げながら聞いてきた。まるで、毒気が抜かれたかのようだった。
「そうですね…孔雀、でしょうか。僕、あの模様好きなんですよね」
「…あぁ、良いな孔雀は。知っているか? 孔雀の羽根はな、色素じゃなくて、構造であの色をしているんだ」
「え、そうなんですか?」
「あぁ。…僕も、知ったときは驚いた」
そうして、戦いは終わった。丁度観覧車は一周しきったので、僕と浮木は外に出た。一応、彼の背後に左手をくっつけてはいるけれど、なんとなく、彼が反撃してくるイメージは浮かばなかった。
観覧車を降りた後、園内を歩くと、目の前からスーツを着た女性が歩いてきた。
「うーっす。いやあ、勝っちゃうかあ、あの動物狂いに」
「…青海…」
「あ、青海さん。ありがとうございました、いろいろと」
「いえいえー、まあこっちも助かるんで!」
歩いてきたのは青海さんだ。彼女とは、彼を引き渡して、彼の尋問と拘留をやっておく手筈になっている。すると、僕の隣に立っていた浮木が、彼女に話しかけた。
「…青海。今なら、お前がキルループを抜けた理由がよく分かるよ」
「はは、でしょ?」
「ああ。…社長に、よく似ている」
そう話すと、彼らは僕の顔を見た。「何か?」と聞くと、二人とも首を横に振った。どうしたというのだろうか。
「それで、僕はこれから君の管理下になるのか?」
「その通りっすねえ」
そう言うと、彼女はワープゲートを生成した。彼女の“プレゼント”である“オーパーツオーシャン”は、超技術で作られたものを生み出すことができるらしい。浮木はそれを一瞥すると、僕に向かっていった。
「…彩嗣演良。二つ、伝えておく。先ず一つは、キルループは作戦決行日まで、瑪奈川芽亜には手を出さない」
「そうなんですか。…その通りだと、良いんですが」
「そして、二つ目。…作戦決行日は、12月24日。これだけは言っておく。僕を負かした、君への礼儀に」
そう言うと、彼はゲートの中へと入っていった。そして青海さんも、続いて入っていき、ゲートは閉じた。そうか、クリスマスか。今年のクリスマスは、安穏とはできないらしい。
「…でぃー迎えに行こうかな」
控えめな声で独りごちる。まあ、まだ考えても仕方ない。今はただ、僕の妹である、小さなお姫様を喜ばせることを考えるとしようかな。
係員に言われた場所に行って十分ほど待っていると、子どもの集団がやってきた。その中から、でぃーが飛び出してきて、僕に駆け寄り、抱きついてきた。
「ただいまなのです!」
「おかえりでぃー。どうだった?」
「とっても楽しかったのです! …でも…」
彼女は、満面の笑みを浮かべた。ただ、悲しそうな顔をしたので、聞いてみると、どうやら僕と一緒じゃなかったのが残念だったらしい。
「その、とっても楽しかったのです。でもボクは、お兄ちゃんと一緒の方が、もっと楽しかったのにな、っておもうのです…」
「そっか」
「…だから、一緒にあれに乗りたいのです!」
するとでぃーは、観覧車を指さした。先ほど死闘をしたところだから、少しだけ、気が進まない。
「観覧車かあ…」
「…イや、なのです…?」
「ううん! 行こっか!」
「…えへへ」
彼女がほんの少し、悲しげな顔をしたので、僕は心の中で自分を戒めた。女の子に不安な気持ちにさせてしまうなんて、王子様失格だな、僕は。
彼女と手を繋いで、観覧車のところまで歩いて行った。よほど楽しかったのか、彼女はスキップをしている。少し早い分、僕の歩きも早歩きだ。そして観覧車に着き、僕らは一緒に乗った。電車の時と同じように膝の上に乗せると、彼女は満足げに笑った。
「えへへ、やっぱりお兄ちゃんのお膝の上は楽しいのです」
「そっか。でぃーが楽しそうだと、僕も楽しくなるよ」
「そうなのですか。でぃーと同じなのです!」
「そうなんだ。おそろいだね」
「なのです」
二人で乗っていると、段々と観覧車は上昇していく。それに従って、見える景色も変わってくる。丁度、空には夕日がかかっていた。橙色に染められる空が美しい。するとでぃーが、身を乗り出しながら、「凄く高いのです!」とはしゃいでいた。
「うん、高いね」
「わあ…でぃー達の家、見えるのです?」
「うーん…方角はあっちだけど、あんまり見えないかなあ」
「それは残念なのです…でも、とっても綺麗なのです!」
「そうだね」
すると彼女は、僕の膝から降りて、僕の向かいに座った。そして彼女は、僕の手を取って、「ねえ、お兄ちゃん」と話し始めた。
「…ボクは、大人になっても、この景色をお兄ちゃんと見に来たいのです。…また、一緒に来てくれる? お兄ちゃん」
彼女の紫色の髪が、夕日に照らされる。その姿は、神々しいほどに美しくて、可愛くて、見ているだけで癒されるようだった。僕は、彼女と握り会う手に力を込めて、言った。
「…うん。きっと来よう。そして、また一緒に、この景色を見に行こう」
「…! うん、約束なのですよ!お兄ちゃん!」
「王子様の名にかけて、絶対に果たすと誓うよ」
夕日に照らされながら、僕たちは約束をした。観覧車が一周する時間が永遠に思えるほどに、でぃーは美しかった。




