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彩嗣演良と少女達と・中

 電子音が鳴り響く、薄暗い空間。そこかしこから流れる音楽がひとまとまりになって、整わない乱雑な音が響いている。僕は、久瑠々先輩に誘われて、学校帰りにゲームセンターに来ていた。先輩が「寄り道っぽさを味わいたい」というので、僕らは制服のままやってきた。


「ここが、ゲームセンターですか…」

「あれ、久瑠々(くるる)先輩来たこと無いんですか?」

「ええ、いつかはと思っていたのですが、正直家から出るのが随分億劫だったものですから、ついぞ来たことはありませんでしたわね」


 久瑠々先輩はそういうのが好きだと思っていたから意外だな、と彼女を見ていると、彼女は僕を見て、笑って言った。


「つまり、初めてのゲームセンターに、好きな人と来られたと言うことですわ。ね、演良(あくら)さん?」

「…そ、そう、ですね」


 彼女の青い瞳が美しくて、思わず目をそらしてしまった。そんな僕を見てくすりと笑いながら、彼女は僕の手を取って言った。


「それでは、行きましょうか演良さん。…今日は、遊びまくりますわよ!」

「そうですね、楽しみましょう」


 楽しむ、と言うのは今の僕には案外難しい。けれど、この前蕗乃(ふきの)ちゃんと美術館に行ってから、ほんの少し何かを楽しむことができるようになってきていた。

 先輩に連れられた先には、鍵盤を模したパネルが付いた筐体で、所謂音ゲーと言う奴だ。どうやら、二台一セットで、二人で同時プレイができるようになっているらしい。


「音ゲーですか」

「その通り! 私、いつか実機をプレイしてみたいと思っていましたの! ふふふ、私の音楽センスが火を噴きますわよ…!」


 先輩の目はぎらついている。確かに、先輩は音楽の才能がずば抜けているとよく感じるし、あらゆる楽器がプロレベルだった。闘志を燃やす先輩を横目に、コインを入れてゲームをスタートさせる。電子音が鳴って、ゲームが始まった。楽曲を選択する画面が表示されると、隣に立っている久瑠々先輩が口を開いた。


「このゲームは1クレジットで三曲できますから、まずはお先にどうぞ」

「あ、ありがとうございます…じゃあ、これで」

「…あー…これ、私の曲じゃありません?」

「えっと、まあ…好きな曲なので…」

「えっ!? て、照れますわね…ではなく、作曲者本人に曲プレイさせるってそれどのような拷問!? 私そういうのに弱いんですのよ!?」

「…先輩、もう始まりますよ?」

「えっあっちょ…も、もう!」


 僕が選んだのは、先輩が『ぐるりん』として作った曲だ。結構先輩の曲は聴くけれど、とりあえずは一番再生回数の多い曲にしておいた。先輩が色々と文句を言ってくるけれど、その間に始まってしまったので、先輩は最初、大きくミスっていた。


「…っ、ここ…で、次…」


 ただ、やはり音楽家と言うべきだろうか、最初のミスはなんのその、イントロが終わってAメロに入るころには、ほぼ完璧にプレイしていた。しかも、普通ぐらいの難易度を選択した僕に対し、先輩の難易度は最高レベルだ。やっぱり先輩は凄いな、と横目に見ながら思っていると、先輩が僕に声をかけてきた。


「演良さん、来てから押すのではなく、常に次来る方に目線をやって…そう、いいですわ…それと、指は大げさに動かさず、定位置に…そう、完璧ですわ、流石演良さん、飲み込みが早いですわね」

「あ、ありがとうございます」

「…あらすみません、つい指示厨ってしまいましたわ、慎みますわね」


 先輩は、ほぼノールックで僕のプレイを指摘した。アドバイスのとおりにしてみると、格段にプレイしやすい。ただ、アドバイスさせてしまったから、失敗させてしまったかも知れない…と思って彼女の画面を見ると、何と完璧にプレイしている。凄い、さすがは先輩だ。


「…ふう、まあ初プレイはこんなモンですわね」

「すごいですね先輩、ほぼノーミスですよ!」

「ふふっ、私にかかればこの程度、ですわ!」


 そして次に、僕らは先輩の選択した、最近流行のアニメのオープニング曲をプレイした。先輩はここでも完璧だった。そして、最後の曲選択だ。すると、先輩がそわそわとしながら、口を開いた。


「そ、その…演良さん、一つ、やりたい曲があるのですが…」

「全然良いですよ」

「で、ではこれで…」


 それは、先輩が作った曲で、しかも一番最近に発表された曲だった。イントロが流れると、聞いたことのある旋律が流れる。


「先輩、これ…」

「ええ、私たちのバンドの、練習用の曲ですわ。…これは文化祭で演奏しませんでしたから、身バレの心配も無く…これを、演良さんと一緒にプレイしたかったのです」

「…なんか、良いですね、それ」

「ふふ、でしょう?」


 そして、僕らはプレイする。音楽を聴きながら、楽しかった思い出が、僕の脳裏によぎる。あのときは、何にも考えずに、ただその日を楽しんでいたっけ。


「演良さん、ながらで結構です。…私は今まで、嫌なことから逃げ続けてきましたわ」

「…久瑠々先輩?」

「勿論、逃げても状況は良くなりません。なにせ、それは後退ですもの。ただ、逃げるのが悪いことか、というと、そんなことはありません。…なぜなら私は逃げた先で、貴方と出会ったのですから。…逃げることは、良くはありませんが、きっかけにはなります」

「逃げる…」

「…演良さん。だから、別に逃げても構いませんわよ。…貴方が何もかも抱える必要なんて、ないのです」


 曲が終わって、先輩の方を向く。先輩は、僕を見て、言葉を続ける。


「…私は、貴方が好きです。大好きですわ。…だからこそ、言わせていただきます。…私は演良さんが壊れるのを見たくない。そんなのを見るくらいなら、貴方が泣くところを、塞ぎ込んでいるところを見た方がマシです。…無理だけは、なさらないでくださいね?」

「せん、ぱい…」


 久瑠々先輩は、僕の手を優しく握って、美しい青い瞳で、僕をじっと見る。逃げても、良いのだろうか。泣いても、いいのかな。けれど、ふと、先輩の目に映った僕の顔を見て、思ってしまった。…こんな僕が、優しくされる資格なんてあるのだろうか。


「…すみません、でも、僕は…」


 思わず、口からこぼれる。しまった──と思って先輩の顔を見る。彼女の顔は、酷く悲しそうで、けれど彼女はすぐさま、笑顔を作った。そして、僕に言った。


「仕方ありませんわね。…では、選手交代ですわ!」

「選手交代?」


 すると彼女は、僕の肩を掴んで、僕をぐるりと回した。180度回った先には、スポーツウェアを着たエルヴィラが立っていた。


「…任された、来望(くるもち)。…じゃあ行こう、彩嗣(あづき)

「え、行くってどこに…?」

「来れば分かる。それじゃあ来望、また」

「ええ。演良さん、エルヴィラさん、ではまた」


 そして僕は、エルヴィラに連れられるままに、ゲームセンターを出た。




 エルヴィラに連れられた先は、河川敷のグラウンドだった。彼女は、持っていた鞄から、一つのボールを取り出した。見たところ、バレーボールらしい。


「まずは、バレーの練習。…付き合ってくれる?」

「あ、うん、それはもちろんだけど」

「…じゃあ、レシーブをするからサーブをして欲しい」

「あ、うん分かった」


 僕はエルヴィラからボールを手渡される。一応、球技は一通りできるようにはなっているから、サーブも出せる。とりあえず、彼女から数メートル離れたところでボールを構える。


「それじゃあ行くよ、エルヴィラ」

「…来て」


 ボールを宙に浮かせて、右手を振り下ろす。掌に当たったボールは空を切って、まっすぐ構えているエルヴィラへと向かっていく、我ながら、うまくできた。そして、ボールはエルヴィラの腕へとぶつかり──なぜか僕のサーブより強い勢いでこちらに飛んできて、僕の顔すれすれを掠めて飛んでいった。転がるボールを取りに行った後、ばつが悪そうにしているエルヴィラに話しかける。


「…すまない、彩嗣」

「あー、怪我してないから大丈夫。…えっと、エルヴィラ。とりあえず、膝を使ってみようか」

「…膝。分かった、次は改善する」

「おっけー、んじゃ二本目行くよ」

「…ええ」


 もう一度、構えてサーブを出す。先ほどと同じく、エルヴィラのもとへと一直線の軌道を描いてボールは飛んでいく。そしてエルヴィラの腕に吸い込まれたボールは、膝をクッションに使ったエルヴィラの腕にふわり、と優しくバウンドした。


「凄い、完璧だよエルヴィラ!」

「…ふふ、私も成長してい…あっ」

「え。エルヴィラ大丈夫!?」


 不幸なことに、エルヴィラがレシーブしたボールはゆっくりと放物線を描き、そして完全に前に飛んでいたはずなのに、変な回転でエルヴィラの頭上へと落下、彼女の頭と激突した。驚いてしゃがみ込んだ彼女のもとにかけよって声をかけると、彼女は苦笑した。


「…あまり、決まらなかった」

「エルヴィラ、どこか痛まない? 大丈夫?」

「ええ、痛みはない。ただ、少し恥ずかしい」

「…そっか、痛みがないなら良かった。…それに、さっきよりは良くなってたよ」

「そう。それならまあ、問題は無い」


 僕の言葉に笑って返すエルヴィラ。彼女の笑顔はとっても綺麗で、少し心が動かされた。しゃがみ込んでいると、エルヴィラはすくりと立ち上がって、ボールを持って鞄の方へと歩き、そして今度は違うものを取り出した。


「…じゃあ彩嗣、今度はこれをしよう」

「…えっと、キャッチボール?」

「そう」


 彼女が取り出したのは、二つのグローブと、柔らかめの野球ボールだ。彼女はグローブをはめながら、僕にもう片方を投げ飛ばした。


「ええと、どれくらいの距離でやろうか」

「…このくらい」

「…おお、結構遠いね」


 グローブをはめながら彼女に距離を聞くと、彼女はそれなりに離れた。彼女の顔は妙に自信満々で、芽唯(めい)がみたらきっと「エルちゃんどや顔!」と言うに違いない。少し微笑ましく感じていると、彼女が右手を挙げて、僕に「では投げる」と告げた。


「おっけー、いいよ」

「…はっ!」

「…お、凄い…完璧な軌道と狙いだ」


 彼女の放ったボールは、まっすぐ僕のグローブに飛んできた。難なくキャッチして、彼女を見ると、胸を張ってどや顔をしていた。


「凄いねエルヴィラ、完璧だったよ」

「…ふふ、ものすごく練習したから…!」

「…それじゃあ、返すよ…あ、ごめんエルヴィラ!」

「……ここで…はっ」


 僕のボールは、少し狙いがそれた。しかしエルヴィラは、走ってボールに追いつき、見事に捕球して見せた。完璧に捕球して見せた彼女に向かって、思わず拍手を送ると、彼女は満足げな表情を浮かべた。


「凄いよエルヴィラ、とっても頑張ったんだね」

「ふふ…そう、とてもとても練習した…今の私は、最強…!」

「す、すごいテンション上がってるね…」


 彼女はとても高揚しているのか、普段とは違ったテンションで話していた。ここまで彼女が生き生きとしているのは、とても珍しい。いつもは、表情によく出たりはするけれど、ほとんど彼女はローテンションだから、なんだか話していて不思議な感覚だ。

 すると彼女は、歩いて僕に近づいてきて、後ろでに手を組んで少しかがんだ。何だろうか、と不思議に思っていると、彼女はすこしむすっとしながら、「…私は頑張ったから」と口を開いた。


「彩嗣に褒めて欲しい」

「えっと…よく頑張ったね、エルヴィラ」

「…それも嬉しいけれど、そうではない」


 すると彼女は、少し頭を突き出しながら、「…撫でて欲しい」と言った。


「ほら、撫でやすい姿勢」

「え、でも、その…」

「…早く、この体勢を続けるのも難しいから」

「わ、分かった…えっと、頑張ったねエルヴィラ…これで、どう?」


 僕は、おそるおそる彼女の頭に触れて、優しく撫でる。彼女の髪の毛はまるでシルクのように触り心地が良く、だんだんと不思議な感覚に襲われ始めたので、そこそこで撫でるのを辞めようとすると、彼女が小声で「…もっと…」というものだから結局もう一度撫で始めた。


「ふふ、彩嗣は撫でるのが上手」

「…なんか、ちょっと恥ずかしくなってきたんだけど…」

「もう少しだけ、お願い」

「…うん…」


 そのまま、彼女をなで続ける。それから数分ぐらい経って、彼女は「…ありがとう、彩嗣」と言い、顔を上げた。手に残った感触を感じながら、彼女に「上手にできてた?」と聞くと、彼女は「完璧だった」とはにかみながら答えた。


「…とても完璧だったから、私もお返しがしたい。だから彩嗣、しゃがんでくれる?」

「え、まあ、いいけど…何かな?」

「こうする」

「ひゃっ」


 エルヴィラに言われてしゃがむと、彼女は僕を抱きかかえながら、僕の頭をなで始めた。何かいけないことをしているようで、とても恥ずかしい。


「ちょ、エルヴィラ…これは、流石に恥ずかしいというか」

「…大丈夫」

「えっと、周りからも変に見られるんじゃ…」

「大丈夫だから」

「え、エルヴィラ」

「…大丈夫、大丈夫」


 彼女は優しく、僕をなでながら「大丈夫」と言ってくる。まるで、全てを肯定されているようで、だんだんと、安心してくる。小さい頃、怖い映画を見て寝れなくなった僕を、優しくあやしてくれて、同じ布団で寝付くまで一緒にいてくれた母の思い出が、ふと蘇った。


「…彩嗣、大丈夫。…大丈夫、私達がいるから。…ねえ、彩嗣。文乃(ふみの)から聞いた。彩嗣は、自分が許せないの?」

「…うん」

「それは、どうして?」

「だって…だって僕は、父さんを、殺したようなものだから…」

「…それは、どうして?」


 僕は、彼女に向かって、全てを話した。キルループのトップがやってきて、父を殺そうとしたこと。杖を渡せば助かると言われて、杖を渡したけれど、結局父が殺されたこと。…僕がキルループとの戦いで諦めなかったから、僕の心を折るために、父を殺すという選択がなされてしまったこと。全てを話す僕の身体は震えて。けれどエルヴィラは、僕を優しく、抱きしめて撫でてくれた。


「…だから、父さんは僕が殺したんだよ」

「…ねえ、彩嗣。貴方は、父親を見殺しにしようとした?」

「…そんなこと…」

「そう。貴方は、父親を助けようとした。…きっと貴方のお父さんも、それを分かってる」

「…でも、僕は父さんを助けられなくて」

「大丈夫。…彩嗣、聞いて」


 エルヴィラは、それまで僕を抱き留めていたのをやめて、僕の顔の真っ正面に、自分の顔を持ってきた。エルヴィラの綺麗な瞳に、蒼白とした僕の顔が写る。


「私が、彩嗣に助けられたあの日。…私は、嬉しかった。…それは貴方が、私を助けようとしてくれたから。…きっと、瑪奈川(めながわ)も文乃も、来望もそう。貴方が、助けようとしてくれたから、だから──心が救われた」

「助けようと、したから…」

「そう。そしてきっと、それは貴方の父親も、そうだと思う。…貴方のお父さんは、貴方のことを恨んでなんか、いない」

「でも、父さんは…」

「ええ。けれどきっと、貴方のことを恨んでなんかいない。…それに、もし貴方の言うとおり、貴方のお父さんが貴方を恨んでいたと知ることがあっても。そのときは私が、貴方の側にいて慰める。…だから、彩嗣。もう、自分を許してもいい」

「…そっか…うん、そうだよね…父さんは、死んじゃったけど…でも…僕を恨んじゃ、いないよね…」

「ええ。…私が、保証する」

「そっか…そうなんだ……」


 ぽつり。あんなにこぼれなかった涙が、一気に溢れる。とうとう僕は、エルヴィラにつかまって泣き始めてしまった。そんな僕を、エルヴィラは優しく、優しく受け止めてくれた。


「…ありがとね、エルヴィラ。なんか、すっきりした気がするよ」

「そう、それは良かった。…それじゃあ、また」

「うん、またねエルヴィラ」


 そして、僕は帰路についた。心の重荷は少しも無かった。蕗乃ちゃん、久瑠々先輩、エルヴィラのおかげで、僕は何とか、父さんの死を受け入れることができた。ただ、それでも──王子様にもう一度なりたい、なんて気持ちはわいてくることがなかった。だから、完全には吹っ切れていないのだと思う。でも、それでいい。元々、王子様なんて、身の丈に合ってなかったんだから、これでいい。

 家の近くに着くと、窓から電気が灯っているのが見えた。あれ、つけっぱなしにしてたっけ。──少しだけ訝しみながら鍵を回してドアを開けると、とても美味しそうな匂いが漂ってきた。思わず、リビングのドアを開けると、食卓にはでぃーちゃんが座っていて、キッチンには芽唯(めい)が立っていた。


「おかえりなのですお兄ちゃん!」

「おかえり、あくくん。一杯遊んで疲れたでしょ? いっぱい作ってあるから、いっぱい食べてね!」


 芽唯とでぃーちゃんの笑顔は、とっても優しくて──そこが家族なのだと、僕はそう思った。

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