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彩嗣演良と少女達と・上

 葬式は、気が付くと終わっていた。正直、何も覚えていない。気が付くとなんやかんやは終わっていた。どうやら、諸々の手続きは芽唯(めい)のお父さんと、お母さんがやってくれていたらしい。あの人達には、感謝してもしきれない。…手続きの途中に分かったことだけれど、父の言うとおり、やっぱり母は死んでいた。姉が今どうしているのかは、書類だけでは分からなかった。

 葬儀を済ませたら、家はがらんとした。あまり詳しくは知らないけれど、家の掃除──父さんの、血やらの処理──は、蕗乃(ふきの)ちゃんが手を回してくれたらしい。彼女は、こうした場面には何度か立ち会ったから、そういうのにも伝手があるそうだ。

 はっきり言って、僕は父が死んでから、ほとんど何もしていない。ただ言われるままに、なすがままにしていたら、何もかもが終わっていたようなものだ。そしてこうして、寝られずにベッドに横たわっている。…今日は、もう学校だ。さっさと起きて、行かないと。


「あっ…ご飯、作り過ぎちゃったな」


 リビングに降りて、二人分の食事を作ってから、もうそのようにする必要は無いのだと気が付いた。ため息をついて、テレビをつけてご飯を食べる。味噌汁、ただ温かいだけ。ごはん、噛んでも噛んでも味がしない。卵焼き、甘く作ったはずなのに、食感しか分からない。お茶、ただの水にしか感じない。ほうれん草の和え物、ごまが入っているのだけはかろうじて分かる。総じて、一切味がしない。ただ、無理矢理噛んで口に入れるだけだ。流れているテレビも、雑音と無意味な光りの配列にしか感じられない。ただ、形式通りに、いつも通りに朝を過ごしたふりをしただけだ。

 皿を洗っていると、ぴんぽん、とチャイムが鳴った。芽唯と、エルヴィラだ。そういえば、皆葬式には来てくれたんだっけ。通夜だったか。一言二言だけ返事をして、服を着替える。


「…あれ、もう冬服だっけ…?」


 そろそろ衣替えだ。寒くなってきたのだろうし、冬服でも良いのだろうか。そんな、どうって事無いことを考えて、気を紛らわす。


「…いってきます」


 返事は、帰ってこない。いつものことだ。これまでだって、父がいるときに「行ってきます」といっても、帰ってきたためしは無い。だからこれは、父が死ぬ前と後で、何等変わりの無い事の筈だ。なのになぜ、こうも寂しくなるのだろう。


「おはよう、あくくん」

「…おはよう、彩嗣(あづき)

「…うん、おはよう。それじゃ、行こっか」


 二人は、変わらずに笑顔で、僕に挨拶をしてくれる。相変わらず、二人は可愛くて、綺麗だ。僕も笑顔で、笑顔で挨拶を──あれ、笑顔ってどうやるんだったっけ。


「…あくくん、今日は休んでも良いと思うよ?」

「…ええ、私もそう思う」


 二人は、僕を見て優しく言ってくれる。けれど、甘えてばかりもいられない。


「…ありがと、だけどまあ行くよ。そんなに、体調が悪いわけじゃないしさ」

「そっか。…でも、辛くなったらすぐ言ってね」

「うん、ありがとね。じゃあ、行こっか」


 二人と並んで歩く。けれど、話す言葉が出てこない。いつもだったら、すらすらと言えたのに。そう思っていると、エルヴィラが口を開いた。


「…そういえば、ディーはどうしているの?」

「あー、とりあえず家にいるよ。なんか、お母さんが気に入っちゃって…」

「…そう」


 結局でぃーちゃんは、今芽唯の家に居候している。どうやら、芽唯のお母さんに気に入られたらしい。でぃーちゃんも居心地が良いとのことで、そこで住んでいる。


「──安心して下さいな、戸籍なんかは家の権力でちょちょいのちょいですもの」

「あ、おはようございます久瑠々(くるる)先輩」

「おはようございます皆様。…演良(あくら)さん、今日も大変見目麗しゅうございますわね」

「…ありがとうございます。先輩も、美しい…ですよ?」


 先輩は、今日も美しい。ただ、なぜだかこれまでのように、彼女を褒めることはできず、なんだか中途半端になってしまった。先輩は、僕の顔を見てくすりと微笑んだ。その眼差しは、とっても優しかった。

 それにしても、登校中に先輩と会うなんて珍しいな、なんて思っていると、エルヴィラが口を開いた。


「…来望(くるもち)、今日は徒歩なの」

「ええ! 演良さん達と一緒に登校したかったものですから。…私は三年ですし、皆さんとこうして、一緒に学校に行けるのもどれほどあるか分かりませんものね」

「あー、そういやくるちゃん先輩って三年生だった」

「ちょっと芽唯さん、なぜ今思い出したかのように!?」

「…私に勉強を教わっているのだから、あってないようなものだけれど」

「ぐっ、事実な分、反論ができませんわね…!」

「あれ、久瑠々先輩エルヴィラに勉強教えて貰ってるんですか?」


 エルヴィラの口から飛び出た意外な事実に、僕は思わず聞き返した。すると、久瑠々先輩はばつが悪そうに頭をかきながら、「…ええ」と答えた。


「まあ、今までは正直進路考えていなかったのですが…縁談も破談になったことですし、大学に進学してみようかと思いまして…」

「え~、先輩凄いじゃん!」

「…ただ、今までろくに学校に行ってなかったものですから、中々難しくて…」

「…そこで、私が教えることになった。私は、最低限大学レベルまでなら学習しているから」


 エルヴィラは、心なしか胸を張っている。恥ずかしそうにしている久瑠々先輩とは全く正反対なものだから、ついくすりと笑ってしまう。すると、芽唯が僕を見て、笑顔で言った。


「ふふ、やっぱりあくくんは、笑顔の方が格好良いよ」

「…そう、かな」

「絶対そうだよ。ね?」


 芽唯は、エルヴィラと久瑠々先輩の方に向き直る。すると二人は、しっかりと頷いて、「…ええ、その通り」「全く異論はございませんわね」と答えた。なんだか、皆のおかげで、ほんの少し、気分が明るくなったように思う。そう思って皆の顔を眺めていると、頭上から声が聞こえてきた。


「…其方ら、余抜きで楽しみすぎではないか?」


 見上げると、街路樹の上に蕗乃(ふきの)ちゃんが腰掛けていた。そして彼女は、すたっと一回転して、僕らの目の前に降りてきた。彼女は、立て膝を突いて着地した。まるで、海外映画のスーパーヒーローのようで、思わず芽唯と久瑠々先輩は拍手していた。


「…まあ、余も演良は笑顔が良いというのは…全くもって同感ではあるのだがな」

「はは、だよねえ」


 結局、僕らは五人で言い騒ぎながら、学校に行くことになった。暗い気分が完全に晴れたわけでは無いけれど、それでもどこか、笑顔になる余裕だけはあった。

 歩いていると、不意に蕗乃ちゃんが、僕に耳打ちしてきた。


「そうだ、演良」

「どうしたの、蕗乃ちゃん」

「今日の放課後、余とデートしないか?」

「…え? あ、うん、いいよ」

「ふふ、ではそのようにな!」


 彼女は満足げに笑った。その笑顔は、どうしようもなく素敵だった。





 放課後、僕は蕗乃ちゃんとの待ち合わせ場所に着いた。以前彼女と出かけたときは繁華街に出かけたけれど、今日は近場だ。とりあえず、秋用の服を着て待っていると、蕗乃ちゃんがやってきた。今日の彼女の格好は、黒を基調とした格好で、だぼっとした袖がアクセントとなっていて、とっても格好良い。


「あ、蕗乃ちゃん」

「応、演良。…ほう、其方は今日はそのタイプか…うむ、似合っておるぞ。やはり其方は足が長いな」

「うん、ありがとう」

「して、演良よ。余の格好は、どうだ…?」

「…ああ、えっと…とても格好良いと、思うよ?」

「ふふ、そうか…」


 僕の目の前でくるりと回って見せた彼女を褒めると、彼女は嬉しそうに笑っている。…女の子の笑顔を見るのは、やっぱり嬉しい。…王子様を名乗る気にはなれないけれど、やっぱり僕は、人の笑顔が好きらしい。


「じゃあ、どこいこうか、蕗乃ちゃん」

「…うむ、其方と行ってみたいところがあってな、まあ着いてこい」

「うん」


 そう言うと、彼女は歩き始めた。時折スマホを見て道を確かめながら歩く彼女に着いていく。すると、山間に続く道に出てきた。近くの看板には、『(たな)市総合美術館』と書かれているけれど、明らかに山の中に続いている。


「えっと…これ、山道じゃ無い?」

「…いや、だが確かにここを行くはずだぞ。ほら、そこに看板もある」

「…あー、これ歩きやすい靴の方が良かったなあ」

「うむ、そうだな…」


 僕らは足踏みをしたけれど、意を決して歩き始めた。道はコンクリートで舗装されてはいるけれど、所々に雑草が生えていて、側に生えている木の枝が伸びてこちらにせり出してきているものだから随分歩きにくい。まあ、僕も蕗乃ちゃんも身体能力は低い方では無いから、何とか歩けていた。


「はぁ、はぁ…美術館への道にしては、険しすぎはしないか」

「…だね…久瑠々先輩が来てたら、かなり文句言ってそうだ」

「はは、そうだな…『ちょっと厳しすぎません事!?』とか言っておるのが目に浮かぶ」

「はは、蕗乃ちゃん今の凄い似てたよ!」

「お、そうか? ふ、特技にしてみるのも良いかもな、はは」

「良いと思うよ…」


 蕗乃ちゃんと話しながら、山道を登っていく。どんどん登っていくと、開けたところに出た。するとそこには、近代的な建物が建っていて、側には『棚市総合美術館』と書かれていた。


「お、着いたらしいぞ、演良」

「…わ、こんなとこあったんだね」


 僕らは、美術館の方へと向かっていく。中へ入ると、とても涼しく、先ほどまで山道を歩いていたから心地が良い。案内を見てみると、『特別展:ウェスティア帝国の世界』と書かれていた。


「…あれ、蕗乃ちゃん、もしかして」

「そうだ。あの、『ウェスティア王国第二皇子』シリーズの特別展が開かれておってな。…これを、其方と見たかったのだ」

「…そっか」


 僕らは、チケットを買って中へと入っていく。特別展の入口には、大きなパネルに、主人公・オズワルドの挿絵が引き延ばされて飾られている。それを見た蕗乃ちゃんは、きらきらと目を輝かせて「見ろ演良、オズワルドだ!」と浮き足立っている。


「お、こちらにはフェアリスの…! しかもこれは、『満月の暗殺者』のシーン! 凄いな演良、まだ入口だぞ!?」

「そうだね、これは凄い…しかも、版違いで違う絵柄の方も載ってるよ」

「おお、本当だ…確かに、この挿絵、第五版で変わったのだったな…!」


 僕らは興奮しながら、中へと入っていく。一番最初にあったのは、物語に出てきた、『シフィニア城』のパノラマだった。とても精巧に作られていて、オズワルドとフェアリスが始めて出会った、オズワルドの私室のバルコニーには、二人の人形がおかれている。


「お、おおお…!! 凄い、凄いぞ…これは、シフィニア城そのものでは無いか…!」

「す、凄いね…! しかも、質感も完璧だ…!」

「見ろ、オズワルドとフェアリスの人形があるぞ!」

「ホントだ…! しかも、こっち見て、龍の人形も隠されてる!」

「本当だ…なんて、完璧なんだ。まるで、『ウェスティア』の世界に入ってきたかのようだ」

「だね」


 蕗乃ちゃんは、きらきらと目を輝かせて、あちらこちらを見ては、高揚した声を上げている。それを見ていると、僕も微笑ましい気分になってくる。そして僕らは、次へと進んでいった。その次は、挿絵付きで、『ウェスティア』のストーリーが解説されたパネル展示がされていた。


「おお…! こ、この挿絵、見たことが無いぞ」

「ほんとだ、書き下ろしかな…?」


 結局、僕らはそのまま特別展を楽しんで、美術館を出たのだった。外にあるベンチに座って、二人で話す。


「いやあ、良かったな…! しかも、オズワルドとフェアリスのペアアクリルキーホルダーまで買ってしまった!」

「うん、お土産も充実してたねえ」

「…どうだ演良、楽しかったか?」


 蕗乃ちゃんは、ベンチから立って、僕を見つめる。彼女の背後に夕日がやってきて、彼女の姿が随分格好良く映る。


「…うん、楽しかったよ」

「…そうか。すまんな演良、こんな時に連れ回して」

「え、いや、そんなことないよ!」


 蕗乃ちゃんは僕に近づいて、そっと僕の頬に手を添える。


「演良。余はな、今まで何度も、何度も別れに直面してきた。その度に、泣いていては駄目だと言い聞かせてきたんだ。…だがな、それは辛いものだぞ。自分の心に蓋をし続けたら、いつか壊れるのだ。…其方と会ったときの、余がそうであったように」

「蕗乃、ちゃん…」

「泣いてもいい、とは言わないし、無理に笑顔をするな、とも言わない。…ただな、演良。泣いたって良いし、笑顔ができなくたっていい。塞ぎ込んでも良いんだ。なぜなら其方には、余が、余達がいるのだから。…だから、もう少し余達を頼れ」

「…そっか蕗乃ちゃん。でも、ごめん。僕は、僕をそこまで、許すことができない」

「…そうか、それでもいい。ただ、一つだけ覚えておいて欲しい。余は、其方を好いている。其方がどうなろうと、どうしようとも──その思いだけは、変わらない」


 彼女はにこりと微笑んで、僕から手を離した。落ちていく夕日に照らされる彼女は、とても格好良くて、素敵で、けれどそんな彼女を見ていても、僕の心は晴れはしなかった。ただ、ほんの少し──心がすっと、軽くなった気がした。

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