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買い出しと王子様

 「…神ってなんだっけ」

「…確か、魔学徒が何か言っていた気がするけれど」


 北巻(きたまき)さんの発言に、芽唯(めい)とエルヴィラは首をかしげた。確かに、言われてみれば彼女たちは、それらのことを知らない気がする。すると、北巻さんが口を開いた。


「順を追って話そうか。…昔、妻とも出会ってないとき、僕は仕事の傍ら、超能力の研究をしていたんだ。そして、ある文献にたどり着いた。それは、かつての人類は、魔法を使うことができた、という信じがたい内容だった」

「…フィクションだと思うけれど」

「…でぃーは魔法が使えるのです!」

「うん、そうだねえ。…まあでも、私たちも能力持ってはいるけれど…」

「そう、“そこ”だ」


 芽唯の発言に、北巻さんは頷いた。そして、「僕もそこが気になった」と答えた。


「かつての魔法、今の“プレゼント”。そこを繋げるのは何か? その文献にはこうあった。『神は人類から魔法を没収した』。まあ、よくある説話の一つだ。『祖先が、二人の姫の内一人しか選ばなかったから人類は年老いて死ぬようになった』なんてのにも似てる。…まあ、僕は文化人類学は分からないけれど。結局僕は、昔から“プレゼント”はあって、そしてそこから派生したのが、魔法と神の説話だと思っていたんだ。あるときまでは」

「…あるとき?」

「“空飛ぶクジラ”を見た。この世にあるどんな色とも一致しない光を放つそれは、無神論者である僕が思わず祈ってしまうほどには神々しかったけれど、そんなのはどうでも良い。それが落とした、たった一枚の鱗。それは、全く未知の元素で構成されていた」


 そして彼は、それを“クジラのうろこ”と名づけ、研究を進めたと語った。そんなものがエルヴィラの中にあったのか、と思っていると、エルヴィラも「父さんはそれを私に隠したの」と呟いた。


「…すあない、あの頃は気が動転していたんだ。…本題に戻るけれど、その鱗は、“プレゼント”とは全く異なるエネルギーを持っていた。はっきり言ってお手上げだったよ。けれどある日。一匹のマウスが、鱗に触れた後、すぐに死んでしまってね。妙に気になって調べてみあら、どうやらそのマウスは、能力に目覚めていたらしいんだ。なにせ、“プレゼント”と全く同じエネルギーだ。だから、僕は推測を立てた。人類に“プレゼント”を与えているのは、あのクジラなのでは無いか。そして、そのエネルギー源は人類から奪った魔法のエネルギーではないか、と」


 そこまで言うと、北巻さんはティーカップを手に取り、紅茶を啜った。話を整理していると、エルヴィラが首をかしげて言った。


「…“クジラ”が神なら、なぜこの子を神と思うの?」

「…そうなんだよね」

「は?」

「いやさ、でぃーちゃんの持つエネルギーは、鱗のそれと全く同じなんだ。…だから、神って事になってしまう」

「…たまたま、同じエネルギーを持っている可能性は?」

「それはない」


 僕の質問に、北巻さんは首を横に振って否定する。そして、カップを置きながら言った。


「厳密に言おうか、“プレゼント”のエネルギーは、人によって微妙に異なっている。この世に一つとして同じものは存在しない。…けれど、でぃーちゃんと鱗の場合は、完璧に一致している。寸分違わずに。つまり、完全にクジラと同一の存在なんだ」

「…なるほど…」

「ま、だからといってどうって事も無いよ。僕の計測ミスかも知れないしね」

「そうですか…」


 そこまで言うと、北巻さんは立ち上がって、「とにかく、使い方ぐらいは教えてあげなよ」と言って、部屋を出て行った。


「…随分、突拍子の無い話だった」

「だねえ。…あ、そーいえばあくくんはなんでそこら辺のことしってたの?」

「ん、言ってなかったっけ? キルループの人が言ってたんだ」

「…彩嗣、そういう危険な場合には連絡して欲しい」


 僕がキルループ、という言葉を出すと、エルヴィラは少し低めのトーンで、僕を叱った。確かに、後からそんなことを言われれば心配になるのだろう、頭を下げて「ごめん、次からは気をつけるよ」と言うと、エルヴィラは「…分かれば良い」と許してくれた。


「…そうだ、芽唯。それにエルヴィラも、言っておきたいことがあるんだけど」

「なに?」

「キルループの、目的が分かった。彼らが次に狙ってくるのは、多分…芽亜(めあ)君だと思う」

「…え、なんで? めあくんが?」

仮名波羅(かなはら)が言ってたんだ。“器”は、芽亜君だって」

「うそ…」


 芽唯は青ざめる。勿論僕だって、嘘であって欲しいと思う。けれども、仮名波羅が芽亜君の名を知っている以上は──多分、本当だ。重苦しい雰囲気が流れていたけれど、エルヴィラが口を開いた。


「…大丈夫。私達なら、守れる」

「…エルちゃん…」

「…そうだよ、芽唯。皆で守ろう、芽亜君を」

「あくくん…そう、だよね。お姉ちゃんなんだもん、絶対にめあくんには指一本触れさせないんだから!」

「うん、その意気だよ」


 僕らは決意を新たにした。すると突然、でぃーちゃんが「…といれに行きたいのです」ともじもじしながら言ったので、慌てて芽唯が連れて行った。残されたのは、僕とエルヴィラ二人。するとエルヴィラは、小さな声で僕に話しかけてきた。


「ねえ、彩嗣(あづき)

「なにかな、エルヴィラ」

「…一応、私の方から、文乃(ふみの)来望(くるもち)には伝えておく」

「…そっか、ありがと」

「…瑪奈川(めながわ)は、友達だから。キルループに、好き勝手はさせない」

「うん、そうだね」


 エルヴィラと話していると、芽唯がでぃーちゃんを連れて帰ってきた。でぃーちゃんは満足げにしている。時計を見ると、もう夕方だ。


「それじゃごめん、エルヴィラ。僕らは帰るよ」

「…そう。またいつでも来ると良い」

「うん、また来るねえ。ほらでぃーちゃん、ばいばいって」

「…? ばいばいなのです?」


 芽唯に促されて、でぃーちゃんが小さい手を振る。その仕草はとても可愛らしく、そしてとっても癒やされた。エルヴィラも、頬をほころばせて、「…これは、癒される」と言っていた。

 エルヴィラの家から出て、路を歩いて行くと、久瑠々(くるる)先輩から電話がかかってきた。でぃーちゃんの写真を撮ったのはほんの少し前だけれど、何か分かったのだろうか? それとも、違う用件だろうか。


「もしもし、久瑠々先輩」

『あ、演良(あくら)さん。先ほどぶりですわね。…それで、先ほど送って貰った写真なのですが』

「ああ、はい。どうしました?」

『…あれは、本当に先刻、貴方が撮影したものなのですわね?』

「はい、そうですけど」

『…そう、なのですね』


 すると彼女は、言葉を切って、一呼吸おいた。電話越しでも、彼女の抱えている重苦しさが伝わってくる。どうしたことかと訝しんでいると、久瑠々先輩は決戦したように、言葉を発した。


『その、でぃーさんと言う少女ですが…素性が、分かりましたわ』

「え、そうなんですか? かなり早いですね」

『…実はでぃーさんですが、行方不明者のデータベースに乗っておりましたの。ディートリンデ、という少女と全く一致しておりましたわ』

「そうなんですか。…良かった、じゃあ…」

『ただ。一つだけ矛盾します』

「矛盾、ですか? でも、行方不明者のデータベースに、顔写真付きで乗っていたんですよね?」

『ええ。ですが、それは…25年前の話なのですわ』

「…え? でも、現にでぃーちゃんは…」

『…25年前に忽然と姿を消した少女が、いまそこにいる。…はっきり言って、不可解ですわね。…ただ、他人の空似では絶対にありません。完璧に、一致しておりましたわ』

「…そう、なんですか。じゃあ、でぃーちゃんは…」

『法的には、もう…死去している、と言うことになりますわ。そしてこれも、悪いニュースですが、ディートリンデさんの家族の情報は、もう残ってはいませんでしたわ』


 彼女の言葉は、電話越しでもはっきりと分かるくらいに重かった。僕は先輩に礼を言って、電話を切った。僕は、でぃーちゃんを見る。彼女は無邪気に、芽唯と話している。

 25年前に行方不明になって、家族の情報が残っていない、なんて。それじゃあもう、でぃーちゃんの家族はいないと言うことなんじゃないか。それが何故なのかは分からないけれど。彼女は25年の時を越えて、誰も知っている人のいない世界に来てしまったんだ。


「…あくくん、何か分かった?」

「…うん、後で話すよ。…ねえ、でぃーちゃん」

「なんですか。お兄ちゃん?」

「…僕がさ、本当のお兄ちゃんになりたいって言ったら、どう思う?」

「…あくらはボクのお兄ちゃんなのです」

「はは、そっか」


 きっと、正しい行いじゃ無い。けれど、王子様として、彼女をどうにかしてあげるには、たった一つしか無い。僕が彼女にとって、家族になるんだ。彼女が大人になるまでの止まり木として、僕が彼女を支える。きっとそのために僕は、あのホームで君を見つけたのだから。

 首をかしげているでぃーちゃんと、眉をひそめている芽唯に向かって、僕は笑顔で告げた。


「それじゃあ、今から買い物に行こっか!」





 僕らはスーパーにやってきた。丁度家には食材がほとんど無かったし、でぃーちゃんの分も作るのなら買い出しは必要だろう。それに、そう提案すると芽唯も、「今日はお父さんもお母さんもいないし一緒に食べよっかな」と言ったので、こうやってカートを押しているわけだ。


「わ~、たくさん食べ物があるのです…!」

「だねえ。いやあ、それにしてもあくくんのご飯は久しぶりに食べるなあ」

「あれ、そうだっけ?」

「うん。…さてさてあくくんシェフ、今日の献立は?」


 芽唯がにやりと笑って聞いてくる。今から晩ご飯が楽しみなのだろうな、やっぱり芽唯は可愛い。僕は、もったいぶってから、格好つけていった。


「…本日は、カレーをご用意いたします」

「ほう、カレー! いいねえ、私大好きなんだよねカレー!」

「かれえ?」


 僕らが話していると、間にいたでぃーちゃんがこてん、と首をかしげた。すると芽唯が、しゃがみ込んで「カレーていうのはねえ」と話しかけた。


「とーっても美味しい食べ物なんだよ」

「そうなのですか、それはとっても楽しみなのです。早く食べたいのです」

「それじゃあ、さっそく買いに行こっか!」

「だね」


 うきうきとしだしたでぃーちゃんを連れて、売り場を巡る。まずは野菜コーナーだ。僕も芽唯も、嫌いな野菜はあまりないからいつもは何も考えないのだけれど、今日は別だ。でぃーちゃんに、嫌いな野菜が無いか聞いてみると、彼女は「…にんじんは好きじゃないのです」と答えた。普通なら好き嫌いは良くないけれど、今日は別だろう。僕らは、にんじんをかごに入れずに、ジャガイモと玉ねぎだけを入れて、次に向かった。


「あ、あくくん。お肉、私が取ってくるから先にルー見に行ってて」

「うん、ありがとうね芽唯」


 芽唯は早歩きで、肉のコーナーに行った。実のところ、僕はお肉を見るのがあまり好きでは無い。普通の肉ならまだ大丈夫だけれど、ホルモンなんかを見ると、随分参ってしまう。昔に一度、焼き肉屋でホルモンを見たときに吐いてしまってから、芽唯は時折、こうして代わりに肉を取ってきてくれるのだ。本当に、芽唯には感謝してもしきれないな。


「…うーん、やっぱり甘口の方が良いよね…あれ、でぃーちゃん?」


 カレールーを選んでいると、でぃーちゃんがふらりと歩き始めた。どうやら、この先にあるお菓子売り場に興味を示したらしい。


「でぃーちゃん、お菓子欲しいの?」

「べ、べつに我慢できるのです」

「…買いすぎは良くないけど、ちょっとなら大丈夫だよ?」

「…お兄ちゃん…!」


 僕がそう言うと、でぃーちゃんは顔をぱあっと明るくさせた。そしてでぃーちゃんはとてとてとお菓子売り場に行って、いくつかのお菓子を持って帰ってきた。彼女を撫でながらかごに入れていると、芽唯が帰ってきたので、かごに入れて会計へと向かった。


「…結構高かったねえ」

「だね。まあでも、食費はケチらない方が良いよ」

「だよねえ~」


 袋が二つになったので、軽い方を芽唯が持ち、僕が重い方を持つ。そして空いた手で、僕と芽唯が、それぞれでぃーちゃんの手を握る。もしも芽唯と結婚して、子どもができたらこんな感じなのかな。


「…お兄ちゃんとお姉ちゃんがふーふみたいなのです!」

「ふ…!?」

「はは、確かに。…だったら、でぃーちゃんが僕らの子どもだね」

「…あくらお父さんに、めいお母さんなのです!」

「あはは」


 でぃーちゃんの言葉に笑っていると、芽唯は黙ってしまった。見ると、顔が真っ赤になっている。芽唯は小声で何やら呟いているけれど、聞こえてこない。

 結局、楽しそうにしているでぃーちゃんと、恥ずかしそうにしている芽唯を見ながら、僕らは家まで帰ってきた。


「そうだ、芽唯。でぃーちゃんに、何着か服貸してあげられないかな? 一応家にも姉さんの服の残りあるんだけど、下手に動かすのもさ…」

「…うん、分かったよ。じゃ、じゃあ行こっかでぃーちゃん」

「お姉ちゃんの家に行くのですか?」


 芽唯は、僕に袋を預けてでぃーちゃんを連れて家へと帰っていった。さあ、僕も支度をしないとな。玄関まで言って、鍵を回す。すると不思議なことに、もう鍵は開いていた。父さんいるのかな。でも、庭仕事でも絶対鍵閉める人だしな…と不思議に思いながら、家に入る。


「うわ、暗…」


 なぜか、家の中は真っ暗だ。ますます妙だ。もしかして、父さんに何かあったのか。急ぎ足でリビングの扉を開ける。すると、真っ暗な室内で、父はダイニングテーブルに突っ伏していた。


「父さん、ただいま…? どうしたの?」


 父に近づいて、声をかける。呼吸はしているようだけれど、寝ているのだろうか。とりあえず机に荷物を置くと、突然、背後から声がした。


「おかえり、彩嗣演良君」

「…誰──貴方は!」

「三回目だね、少年」


 そこには、静かに佇む、炉ノ路(ろのみち)露那(ろな)の姿があった。彼は一言、静かに口を開いた。


「“杖”を渡せ。父親が死ぬのが嫌ならな」


 彼は、笑った。怪しく光る瞳はまるで、彼がこの世のものではないかのように感じさせた。

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