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不思議な少女と王子様

 駅のベンチに寝転がっていた、紫色の髪をして、どこかお人形に着せるような服を着た女の子。そんな少女は、僕を見て、指さして言った。


「…ボクはでぃーです。あなたをお兄ちゃんにしてあげるのです」

「えーっと、でぃー、ちゃん? 家族とはぐれちゃったのかな?」

「…家族はあなたです」

「うーん、僕は君とは初対面なんだけどな」


 ベンチに座ったまま、彼女は僕を見上げる。しゃがみ込んで、目線を同じにして話しかけるけれど、どうにも要領を得ない。帰省シーズンでも無いし、何よりほとんどに荷物がないわけだから、きっと家族とはぐれてしまったのだろうけれど。


「…このあたりに交番ってあるのかな。…あー、えっと、とりあえずお兄さんと交番に行こうか?」

「分かったのですお兄ちゃん」


 そう言うと彼女は、両手を前に突き出した。なんだろう、と思って眺めていると、彼女はむすっと頬を膨らませて話した。


「だっこ!」

「…あ、ごめんね。はい、どうぞ」

「えへへ」


 彼女をおぶると、背中で彼女が小さく笑った。もし妹がいたらこんな感じなのだろうか。なぜか、懐かしい気持ちになってくる。

 改札を出て側にあった地図を見てみると、歩いて五分ぐらいのところに交番があるらしい。地図を覚えて、路を歩いて行く。もう秋だというのに、まだ日差しは強い。ただ、周りに自然が多いからだろうか、吹く風は涼しく、清流のせせらぎが心地良い。おぶって歩いていると、彼女の声が背中の方から聞こえてきた。


「ねえお兄ちゃん。お兄ちゃんの名前はなんて言うのですか?」

「僕はね、彩嗣演良(あづきあくら)っていうんだ」

「へー、あくら…」

「そうだ、君の名前は?」

「でぃーはでぃーなのです」

「あー…えっと、苗字…上の名前はなんて言うの?」

「…でう…ないのです。だから、お兄ちゃんと同じように彩嗣となのるのです」

「あはは、そっか。君みたいな可愛らしいお姫様が妹だなんて嬉しいな」

「…もっと褒めてもいいのです、お兄ちゃん」


 顔は見えないけれど、彼女が楽しそうにしているのが伝わってくる。良かった、きっと彼女も心細いだろうし、楽しくないよりは、こうして笑ってられる方が良いだろう。

 でぃーちゃんをおぶっている分、思っているより歩いたけれど、無事交番にたどり着いた。ぽつんと立っている交番の扉を叩いて中に入ると、奥の方から眠そうな顔をした警官が出てきて、「おや、見ない顔だね」と口を開いた。


「帰省かな、僕たち?」

「あー、えっと…」


 事情の説明をしようとして、言葉に詰まる。つい先ほどまで、斬り合いをしていたとも言えないし。しかし不思議なのは、あんなに斬られたのに、血も付いていなければ破れてもいない僕の服だ。おかげで怪しまれはしないけれど、どうした原理だろう。


「その、ちょっと一人旅行に来てたんですけど…」


 結局僕は、一人旅行に来て途中下車したら、ベンチで一人寝ている少女を見つけた、と嘘をつくことにした。まあ、嘘も方便だ。


「そっか。嬢ちゃん、どうして駅で寝てたのか、思い出せるかな?」

「……」

「あれ、でぃーちゃん? 大丈夫、思い出したくないかな?」

「えっと、お兄ちゃん」


 彼女は、僕に耳うちをする。どうやら、知らない人と話すのは苦手らしい。それならどうして僕は平気なのかよく分からないけれど、とにかく言われたとおりに言ってみる。


「えっと、気づいたら寝てたらしいです」

「ほー…事件性だな。にしても兄ちゃん、随分なつかれてんな」

「あはは…」

「しっかし、俺はもう長いことこの町で警官やってんだが、そんな子は見たことねえな。それに、孫が来てるだの娘が来てるだのって話もねえし。…うん、悪いな兄ちゃん、ちょっと待っててくれるか? 本庁の方に掛け合ってみるよ」

「あ、どうもすみません」

「いやいや、まあ任せなさいって。待ってなよ嬢ちゃん、すぐになんとかしてやるからな」


 そう言って彼は、奥の方へと消えていった。それを見て、僕の膝の上に座ったでぃーちゃんが小声で聞いてくる。


「お兄ちゃん、さっきの人はだれなのですか」

「おまわりさんだよ」

「おまわり…?」

「うん、困ったことがあったら助けてくれるんだよ」

「へえ…お兄ちゃんは、こまっているのですか?」

「うーん、まあ…困ってはいるのかな」

「そうなのですか。じゃあ、早くよくなるといいですね!」

「だね」


 彼女の笑顔はとっても明るく、見ているだけで癒やされる。つられて僕も笑顔になって、微笑ましく思っていると、彼女は再び口を開いた。


「それで、あのおじさんは何をしにいったのです?」

「うーんと、そうだなあ…偉い人に、助けてもらいにいったのかな?」

「えらい、人…?」


 僕の答えを聞いたでぃーちゃんは、突如、わなわなと震えだした。顔色も途端に悪くなる。「大丈夫!?」と聞くけれど、彼女は僕を見て、小さく呟いた。


「偉い人は、だめなのです…ボクが、君を守るのです」


 そう言うと彼女は、僕にぎゅっと抱きついた。するとどうしたことだろうか、僕は浮遊感に襲われ、そして気が付くと、目の前の景色が一変していた。座ったままの姿勢だったから地面に倒れ込んでしまう。痛いな、と思っていると、今僕がいるのが住宅街なのだと言うことに気が付いた。そして、そこは──


「あれ、あくくん…と、その娘は?」


 僕の家の、真ん前だった。


「えっと…芽唯(めい)?」

「…お兄ちゃんの知り合いなのです?」

「お兄ちゃん?」


 



「へえ~、そうなんだ。にしても、可愛らしい女の子だね」

「えへへ、もっと褒めても良いのですよ、お姉ちゃん」

「え?」

「芽唯はでぃーのお姉ちゃんにしてあげます!」

「へえーそっかあ。お姉ちゃんか…だってさ、あくくん?」

「…どうして、僕の方を見るの?」


 結局事情を説明するために、僕は二人を自室に招いた。まあ、見られて困るものが無いのは良かった。たしかこういったことを泉充(いずみ)に話すと、「いや、いつでも女子呼んで良いって…お前、欲ゼロなんか?」と真剣な顔で言われたけれど、まあ確かにそういった欲はあまり湧かない。

 「お姉ちゃん」と呼ばれた芽唯がにやりと笑って僕を見るけれど、その目線は無視して話を進める。


「それで…まあ、なぜかでぃーちゃんと一緒にいたら、気づいたらここにいたんだよね」

「そーなんだ。もしかして、でぃーちゃんも何か能力持ってたり…」

「あれは、でぃーの魔法なのです」

「まほう?」


 僕らが話していると、でぃーちゃんは立ち上がって、胸を張っていった。


「でぃーは魔法が使えるので! お兄ちゃんとボクを飛ばしたのです!」

「魔法…」


 僕らは、魔法と聞いて、生徒会長選挙の一件が頭に浮かぶ。ただ、この年齢の子だし、“プレゼント”を持っているけれど、魔法だと思っている可能性の方が高いのだろう。


「そっか、凄いねぇでぃーちゃん。他には何ができるの?」

「…飛ぶことしかできないのです、今は。けれどきっと、他にもたくさんの魔法をしゅうとくしてみせるのです!」

「そっかあ、楽しみだなあ」


 芽唯は、でぃーちゃんと楽しく話している。芽唯自身に弟がいる、と言うのもそうなのだろうけれど、単純に芽唯は幼い子と打ち解けるのが得意だ。二人の会話を微笑ましく思いながら、僕はある人物にメッセージを送った。


「へえ、でぃーちゃんは魔法使いなんだね。凄いなあ…あ、もう返ってきた」

「あれ、エルちゃん?」

「うん、ちょっとエルヴィラ…の、お父さん──北巻さんに、聞いてみようかなってさ」


 僕のスマホをのぞき込んだ芽唯が、レインの相手を見て驚く。僕は、彼女の言う魔法、という言葉がどうにも気になって、エルヴィラに「北巻(きたまき)さんに取り次いで貰えないかな?」と聞いてみた。多分、僕が知っている中で、特殊な能力に一番詳しいのはあの人だ。するとエルヴィラは、「父は今在宅。今からでも問題は無い」と答えてくれた。そして一分後、「父も了承した」と来たので、早速行ってみることにした。


「それじゃ、行ってみようかな。でぃーちゃん、ちょっとお出かけしない?」

「どこに行くのです?」

「うーんと、僕の友達のところ」

「…妹としてしさつに行くのは良いですね。ボクもついていってあげるのです」

「良かった。…芽唯はどうする?」

「うーん、私も行こっかな。別に今日暇だし」

「そっか。それなら、両手に花だね」

「えへへ」


 そして、僕たちは家を出て、エルヴィラの家に行った。着くと、外でもう既に、エルヴィラが待っていた。彼女は僕らに手を振ろうとして、僕と手を繋いで歩いていたでぃーちゃんを見て驚いた顔をした。


「…彩嗣、瑪奈川(めながわ)…隠し子?」

「いやいや違うって! ていうか今までに私のお腹がでっかくなってたことあった!?」

「ちょ、エルヴィラ!? 流石に、それは洒落になってないよ!?」

「…別に私は、貴方たちがそういったことをしていても…変わらず、友達」

「いやそれホントみたいに聞こえるって!」

「流石に学生の身でそういう、のは…しないよ!」

「…そう」


 エルヴィラが、かなり悪戯めいた冗談を飛ばしてくるものだからかなり取り乱してしまったけれど、一旦落ち着いて、とりあえず中まで案内して貰った。中途で彼女に伝えると、「…誘拐?」と言われ、慌てて否定したけれど、確かに言われてみればほとんど誘拐と言っていいのかも知れない。この子に親がいるとして、その人がいなくなったことに気が付いたら、大騒ぎだし、僕はまごうこと無く誘拐犯だ。だから僕は、立ち止まってでぃーちゃんに言った。


「でぃーちゃん、君はどうしてあそこにいたの? …もしかして、君を待っている家族が、いたりするのかな」

「…家族は…いないのです。どうして、あそこにいたのかも…でも、お兄ちゃんがいるから、何にも怖くないのです」

「そっか…」

「わっ」


 僕は、でぃーちゃんを優しく抱きしめた。彼女が、どんな境遇にいるのかも分からないし、なぜこうしているのかも分からない。ただ、どんな運命が待ち受けていても、僕は彼女を守る。王子様として、そう決めた。


「大丈夫、でぃーちゃん。僕がきっと、君をどうにかしてみせるよ」

「…えへへ、あったかいのです」


 そすして、僕たちは応接間へとやってきた。すると、北巻さんがソファーに座っていて、僕らを見て「やあ」と言った。


「ふうむ…なるほど、そのお嬢さんについて調べて欲しいってことかな?」

「…まあ、そんな感じですね」


 僕が何かを言うよりも早く、彼は用件を言い当てた。ぴったりと合っているけれど、どうしてだろうか。不思議に思っていると、彼は立ち上がって「それなら別に今からでもできるよ」と言ったので、僕はお願いした。


「それじゃあお嬢さん。ちょーっと、おじさんについてきてくれるかな? 大丈夫、ただの検査だから、健康診断みたいなものだよ」

「…父さんが言うと胡散臭いから、私も着いていく」

「…お菓子くれたらやってあげてもいいのです」

「勿論勿論、アフターサービスは万全さ」


 北巻さんとエルヴィラは、でぃーちゃんを連れて部屋を出て行った。僕と芽唯は、部屋の中に残される。どうやら今日は、ふみさんが外出しているらしい。


「しかし、でぃーちゃんはどういう境遇なんだろうね」

「だねえ、そーしたもんかなあ。…あ、そーだ。んじゃさ、くるちゃん先輩に頼んでみれば? なんかこう、金と権力で色々調べてくれそーじゃない?」

「…言い方が悪いけれど、確かに一理あるね。じゃあ、久瑠々(くるる)先輩に聞いてみようか」


 僕は、久瑠々先輩にメッセージを送った。するとすぐに、彼女から電話がかかってきた。


『何用ですの、演良さん』

「あー、ちょっとお願いしたいことがあるんですけど…」


 僕は、彼女にことの経緯を告げた。すると彼女は、『…ラノベの導入ですの?』と一言呟いた。


『まあ、困っている子を助けるのは貴方らしいとは思いますが…それで、その少女…でぃーさんの、素性の調査ですわね?』

「はい。無理なことだとは分かってるんですが…」

『ま、そのぐらいならお安い御用ですわ。お母様にも頼んでおきます』

「あれ、久瑠々先輩お母さんと仲良くなったんですね。良かったです」

『まあ…そうとも、言えはしますけれど…』


 そこで、彼女は言葉に詰まった。どうしたのだろうと思っていると、彼女はため息をついて話し始めた。


『ちょっと、最近のお母様とお父様…ダダ甘なんですの』

「ダダ甘?」

『ええ。…ほら、間都樹(まつき)っていたでしょう? あれ以来、なんだか弱っているんですが、とりあえず日常系アニメの一話以外の娯楽が無い座敷牢にぶち込んでいるのですわ。それで、とうとう洗いざらい吐いたのですが、どうやら両親を洗脳していたらしいんですの』

「そういえば、そんなことを言ってた気もしますね」

『ええ。で、まあ私を冷遇するように仕向ければ、なんだかんだで来望(くるもち)の金と権力が手に入ると思っていたらしく。でまあ、それで、父と母は、私を愛せなくなっていたのを知ったらしいのですけれど…本題はここからですわ』


 彼女はそこで言葉を切って、一息ついてから、今度は少し高めのトーンで話し始めた。


『なんかお父様とお母様、結構物心つく前は子煩悩だったらしくて、今反動が来ていますの。母なんかは、添い寝をしようとしてきたり、慣れない料理に挑戦してみたり…お父様なんてこの前、たっっっかい楽器を買ってきたんですのよ。流石に持て余しますわ。しかもあの人達、果てはホームスクリーンで文化祭のバンドステージの映像、あれ毎日上映会してるんですのよ!? ──前も結構疎ましかったのですけれど、今は違う意味で疎ましいですわ』

「ははは…」

『まあとにかく、今の両親であれば多少の頼みは聞いて下さるでしょうし…まあ、その子の写真を後で送っていただければ、こちらで出来うる限りのことはしますわ』

「ありがとうございます、久瑠々先輩」

『いえいえ、それでは』


 どうやら、久瑠々先輩は前に進むことができているらしい。良かった、一安心だ。それから芽唯と話していると、三人が帰ってきた。でぃーちゃんは、キャンディをペロペロとなめながら、僕の膝に座った。

 北巻さんは、僕の目の前に座って、書類を広げながら重苦しい表情で口を開いた。


「…彩嗣くん。その子について、一つだけ分かったことがある」

「…はい」

「ディー君の中にある力は、“プレゼント”とは一致しない力。そしてそれは、“空飛ぶクジラ”のそれと一致している。僕はそこから、一つの仮説を立てた」

「空飛ぶクジラ…?」

「…結論から言おうか。彼女は…恐らく、人類に“プレゼント”を与えている存在そのものだ」

「…え?」


 その言葉を聞いて、僕は仮名波羅の言ったことを思い出す。──それが、“あたし達”の出した答えさ。


「…と、いうことは、彼女は…」

「うん。敢えて言うなら多分、彼女こそが“神”だ」

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